『追い風』顔で笑って心で泣く不器用な生き方が愛おしい
自分がランニングを初めてわかったのは、向かい風で前に進まなくなって初めて、それまで自分に追い風が吹いていたことに気づくということ。人生もそうだ。やたらときつい向かい風が吹く中、必死で耐えているつもりでいても、実はただそれまでに吹いていた追い風を掴んでいなかったことが全ての原因なのかもしれない。
30歳間近のラッパー、DEGは、塾友のひかるに振られてもまだ諦められずにいる。「DEGの歌を聞いたら幸せになるけど、DEGは幸せになれないね」と周りから言われても笑って済ますしかなかった。周りが仕事を充実させ、結婚という人生の節目を迎えていく中、本意ではない仕事をこなし、歌い続けるDEGに周りから褒め言葉をもらうことがあっても、信頼する先輩から狭い範囲で満足していると厳しい指摘を受けるばかり。幼馴染の映画監督、あんぼーから、どうしていつも笑っているんだとツッコまれてもDEGは返す言葉がなかった…。
人は嬉しい時に笑い、悲しい時に泣くとは限らない。顔で笑って心で泣いて。心の中の誰にも聞こえない「ごめんね」という言葉がこだましていく。もっとわがままに、もっと自分の欲求にまっすぐに生きることができればいいだろうけれど、それをしないのがDEGだ。他人を押しのけたりしない不器用な生き方で、誰にも頼れず一人で悩む。でも、きっとそんな不器用な生き方ができるのも、ある意味若さであり真っ直ぐである証拠。懐かしくも愛おしい。フジニィの寄り添うようなギターの音色に、その心情を吐露し、「もっと自分を出していきたい。頼む、俺に音をくれ!」と貪欲さを滲ませるラップシーンは、強く感情を揺さぶられるのだ。他にもDEGのライブ感溢れる歌声を堪能できるシーンが、随所に盛り込まれているのも見どころ。また5月に急逝したユミコテラダンスも塾仲間役で出演し、クライマックスで素晴らしいダンスを披露している。
『1人のダンス』監督、主演の安楽涼が、同作にも出演で幼馴染でもあるDEGを主演に彼の半自伝的要素を取り入れ描いた本作『追い風』(MOOSIC LAB2019長編部門でDEGが最優秀男優賞とミュージシャン賞をW受賞)は、安楽監督の内面を映し出した『1人のダンス』とまさに合わせ鏡のようだ。映画を通して自身の内面をあぶり出し、向き合った二人、次の作品は安楽涼とDEGのW主演で、幼馴染の二人が未来に向かうための物語をぜひ観てみたい。やみくもに走り向かい風に行く手を阻まれるのではなく、これからはわずかな追い風を体で感じ、チャンスを掴んでほしい。そして、これからもDEGにはずっと笑っていてほしいと心から思った。
<作品情報>
『追い風』
監督:安楽涼
脚本:片山享、安楽涼
出演:DEG、安楽涼、片山享、柴田彪真、関口アナン、サトウヒロキ、大須みづほ、柳谷一成、ユミコテラダンス、藤田義雄
10月3日(土)より元町映画館他全国順次公開
※10月3日(土)より20:00の回上映終了後、毎日舞台挨拶実施。
登壇者:安楽涼、DEGさん、(3日のみ)柳谷一成さん
※本作鑑賞前に、緊急自体宣言下でリモート制作した元町映画館発の短編、『アワータイム』鑑賞をオススメ。映画館バイト役のDEGによるオープニングシーンは必見!
0コメント