「大事なのは私たち一人一人の政治に対する関心がもっと深くなること」 『れいわ一揆』原一男監督インタビュー
2019年7月、結党したばかりの山本太郎さん率いるれいわ新選組は、東京大学東洋文化研究所教授の安冨歩さんをはじめとする個性豊かな候補者たち10名を擁立し、れいわムーヴメントを起こすほどの選挙戦を展開していたことを、皆さんはご存知だろうか。ドキュメンタリー界の鬼才、原一男監督が安冨さんらをはじめとするれいわ新選組候補者たちの選挙戦に密着。自身初となる政治ドキュメンタリー『れいわ一揆』が、9月18日(金)からアップリンク京都、9月19日(土)から第七藝術劇場 、11月7日(土)から元町映画館にて公開される。
新型コロナウィルスによる影響で4月の公開予定から半年遅れの公開となり、その間れいわ党内で問題が頻発したことから「別の意味でこの映画が旬を迎えている」という原一男監督と島野千尋プロデューサーにお話を伺った。
■世界初上映直前!モブシーンに突如湧いた問題点と、忘れられない作業。
――――昨年7月の参議院選挙期間に撮影し、3ヶ月後の10月に開催された東京国際映画祭では日本映画スプラッシュ部門の特別上映として、深夜0時からという異例の上映でしたが、何よりも作品完成のスピード感に驚かされました。
原:島野プロデューサー(以降島野P)が出品すべきだということで、東京国際映画祭シニア・プログラマーの矢田部吉彦さんに打診したところ、ぜひやりましょうとおっしゃっていただいたので、上映日が先に決定しました。それに間に合わせる形で仕上げをしたのですが、音にこだわると時間が足りないので納期を優先すると、やはり音に対する不満が残ってしまった。もう一つは、東京国際映画祭開催の直前に仕上がり、胸を撫で下ろしたその時に、僕がモブシーンにマイケル・ジャクソンの「スリラー」で踊ったという話をしていた友人から、「音楽を無断で使うと、マイケル・ジャクソンの管理事務所から1億以上の罰金請求をされるよ」と聞かされ、さすがに島野Pがビックリしてしまったんです。急遽モブシーンの音楽を落として上映したのですが、やはり音楽が入ることを前提に構成しているので、そこでガクッと勢いが落ち不自然になってしまった。そこから、次の上映まで2ヶ月ほどあることが分かっていたので、もう一度腰を据えて音を全てやり直しました。
――――劇場公開用では、音のないモブシーンに斬新な工夫がされていますね。
原:モブシーンの前に、安冨さんはマイケル・ジャクソンの思想について語っているので、このモブシーンを削除すると芯がなくなってしまう。どうしても入れなければならないけれど、音楽のないモブシーンを挿入するにはどうしたらいいのか。考えた末に、秘策を入れました。後、安冨さんの「政治家はずっと冬眠していて、選挙の時だけ、土から出てきてミンミンと泣く」というスピーチが好きなので、「ミンミンミンミン」を倍に増やして、「民」という文字を入れ、せっかくなのでセミのイラストを入れたんです。止まっていると味気ないので動かしてとお願いし、次は飛び立つようにしてもらうと、セミが飛び立つとき、オシッコをかけられたことがあるという経験談が飛び出して(笑)そこからオシッコの角度をああでもない、こうでもないと検討し、物足りないので、最後にオシッコがかかる場所に人がいた方がいいということで、「この人しかいない」と安倍さんの顔を入れ込んだ。あっという間のシーンですが、ミンミンゼミは私たちの中で忘れられない作業でしたね。そんな風に少しずつ膨らましていったので、映画祭でご覧になった方も随分印象が違うと思いますよ。
――――なるほど、まさに準備万端の状態で4月の公開を迎えるはずだったのが、緊急事態宣言発令により、公開時期が白紙になってしまいました。
原:公開直前に劇場さんが休館になってしまったので、清水の舞台から飛び降りるどころではなく、崖から真っ逆さまに落ちたような感覚で、途方にくれました。題材が題材だけに旬を逃したくないとずっと思っていたのですが、撮影から1年の間に、れいわ新選組の内情がガタガタになってしまったので、これはまた別の意味でこの映画が旬を迎えているということもあり得るのではないかと感じています。
■かねてから興味を持っていた政治ネタ、安冨さんからのオファーで実現。
――――本作を撮るきっかけとなった安冨歩さんは、原監督が配信している「CINEMA」塾のゲストで会われたのが最初だったそうですね。
原:ネットde「CINEMA」塾を月に一度開催しているのですが、映画人以外にも気になる人を呼ぼうということで、ゲストでお越しいただいたこともある畠山理仁さんに紹介してもらったのが安冨さんで、2時間のうち半分が東松山市長選の話でした。私も前から政治ネタを映画にすると面白いのではないかと思っていましたが、撮影の制約が多く、撮れたとしても映画への使用許可が出ない等、横やりの入る可能性が大きいので、逆に興味を持たないようにしていたんです。でも、ひょんなことで安冨さんと出会い、その一年後、我々がアメリカで上映ツアーをしていた時に、安冨さんから「原さんが映画を作ってくださるなら、選挙に出ます」とオファーをいただいたのです。こちらが言い出したことなので、責任がありますし、帰国した翌日から安冨さんのところに向かい、撮影を始めました。
――――安冨さんだけのドキュメンタリーにしなかったところに、原監督らしい群像劇の厚みを感じました。
原:安冨さん一人を撮って面白い映画になるとは思わない。映画の場合、主役、助役、端役、敵役とそれぞれの役割を担っている人がいて、それが機能を果たしてこそ、主人公が魅力的に浮き立つ表現ですから、今回の場合も他の9人の候補者を撮ることにより、安冨さんの魅力が倍加し、同時に出番は少なくても他の人なりの魅力を伝えるように撮り、相乗作用をもたらせることは、最初から考えていました。
――――安冨さんの出馬の決意を映し出した後、山本代表に選挙戦中の撮影について原監督ご自身が電話で直接許可を得ていましたが、元々知り合いだったのですか?
原:面識はなかったです。安冨さんが記者会見をする日に、初めて山本太郎さんの顔を見ました。もちろん二人とも撮るわけですから、電話でお話しましたが、直接ご本人に顔を合わせて「よろしくお願いします」と伝えたかったのだけど、なぜか山本さんの方にはバリアがあるんです。声をかけてほしくないというオーラがビンビン伝わってくる。以降、撮影中に少しでもお時間を作っていただけるよう申し出をしたのですが、NOと言うか、無視するかという感じでした。選挙戦終了から2ヶ月後、他の候補者の方にインタビューをしたいと思い、9人の候補者の方は皆、快く受けてくれたのですが、山本さんだけは全く返事がなく、ひたすら無視されてしまう。とにかく私たちのことを避けていますし、出来上がった作品に対しても、一言の言及もないです。映画の中で山本さんの悪口など一言もないですし、むしろ好印象を持ってもらえるような作品になっているんです。れいわ新選組が心底いいなと思い、惚れ込んでカメラを回していたのに、なぜこのようなことになるのか。山本さんのインタビューだけないと、むしろご覧になったみなさんが変に思うだろうに、こればかりは仕方がないですね。
――――安冨さんは愛馬ユーゴンを連れて選挙戦を行いましたが、最初は突飛なように見えても、だんだんその真意が分かるような気がしました。お子さん連れの聴衆も多かったですね。
原:僕は安冨さんの演説にずっと付いて回ったのですが、安冨さんの話を聞きたいと集まる層が大体中年女性層で、子育て真っ最中の方が一番多かったんです。子育てで一番悩んでいる世代が、悩んでいるからこそ安冨さんの言葉を聞くことで理解させてもらえる。私もそうですが、安冨さんの説明は難しいテーマを分かりやすく語ってくれるので、スーッと気持ちいいぐらい理解させてくれる。聞いている側も快感ですよ。
■偶然撮影できたのだけど、映画が出来てみれば必然だったように思えてくる「神様の演出」シーン。
――――れいわ陣営だけでなく、自民党陣営の選挙戦の様子も挿入されています。「恥を知れ」発言直後の三原じゅん子議員の姿もありましたね。
原:場所取りのために、2〜3時間前に現地入りしていたのですが、いつもれいわ新選組が演説する前に自民党が演説しており、三原じゅん子さんが撮れたのも偶然なんです。世耕さんも、耳あたりはいいけれど、本当に内実のない話をして何だこれは!という感じですよ。偶然撮影できたのだけど、映画が出来てみれば必然だったように思えてくる。これは神様の演出ですね。作り手が持っている以上の何かがうまく働いて、映画は世の中に出て行き、意味を持つところがある。一本の映画が生まれ、それが世の中に出て行くことこそ奇跡だと私は思うんです。なんだかんだと忙しかったけれど、楽しかったですね。
――――安冨さんとユーゴンが渋谷で選挙運動をしている時には、偽警察も登場したのにも驚きました。
島野P:某動物愛護団体が、偽物の警察手帳を見せながら公職選挙法違反だと詰め寄ってきたのですが、逆に警察を名乗っているのですから、そちらの方が完全に違法なんです。やはり動物愛護団体は最後まで安冨さんに疑問を持っていたようですが、もともと人間は動物と共生してきたわけだし、安冨さんは「動物が苦しい場所は、人間が苦しくないはずがない」とおっしゃっていましたが、それは劇中でのユーゴンを見れば分かると思います。実際に選挙戦で安冨さんと同行したユーゴンは、賢くて暴れない馬として選ばれたのですが、去勢をしていなかったんです。それでも周りを困らせなかったのは、彼の知性のなせる技です。馬は人間と違って動きが速いので、こちらがカメラを構えていてもあっという間に通り過ぎてしまう。それを三脚とカメラを持って、75歳の原監督が走って追いかけていたのには、さすがだと思いました。
――――一旦沖縄まで行った安冨さんが、兵庫の元町、西宮、京大の吉田寮と自身のルートや故郷の大阪府堺市に近づいてくる行程になっていますね。
原:意図的か無意識なのかはわかりませんが、だんだん核に引き寄せられていく感じがしていました。
島野P:最初選挙活動でどこに行きたいのか安冨さんに尋ねると、自分は故郷とは最も縁遠い人間だから、そういう場所は選択しないとはっきりおっしゃっていた。ただ選挙戦が後半になるにつれ、だんだんご自身のルーツに近づいていくので、日程を聞きながら、選挙は本人の意識を変えるのだなと感じていました。
■安冨さんは撮られる中で、自分自身の内面を問う作業をするようになっていた。
――――故郷堺市で最後の演説をした時、安冨さんも強い思いを吐露し、聴衆も涙するほどでした。短期密着ではありましたが、選挙戦の全てを共にする中で安冨さんの変化を感じましたか?
原:通常、ドキュメンタリーの本質といえば、人間の生の感情を掘り下げていくことで、それがドキュメンタリーの役割だと信じて映画を作っています。今回は、最初から選挙戦の期間で映画を作るという前提があったので、通常の作り方は無理だと思っていたんです。選挙戦ですから、候補者たちが話す言葉の魅力、言葉の持つ力、そもそも言葉って何だろうというところにフォーカスすることを決めて撮影をしていました。人間の感情を掘り下げるのは横に置いておくつもりだったのですが、わずか3週間とはいえ、カメラは安冨さんに向かっているわけで、すぐそばで見続けられると撮られる側からすれば「自分って何なのだろう」と無意識のうちに問う作業をするものなんです。安冨さんもドキュメンタリーの主人公なので、自分自身の内面を問う作業をするようになってしまったのでしょう。それもあって、選挙戦の最後は堺市駅前に行き、生の形で自分の母親とのことや、幼少時代のことなど、故郷に言及するうちに思わず涙してしまう。まさに自分の原点にかなり近寄ってきたからだと思います。こちらも撮っているうちは気づかないけれど、作品になって何回も見ているうちに、今まで作ってきたドキュメンタリーのように、人間を描く作業になっているなと改めて思いました。
■一本の映画でこれだけ多くのカメラマンを起用して作ったのは初めて。一番チームワークを感じることができた。
――――今回は非常に多くのカメラマンが日本各地で候補者たちの演説を撮影し、膨大な映像データがあったと思いますが、編集時にそれらをご覧になって感じたことは?
原:安冨さんは私と島野Pで担当し、れいわ祭りという候補者全員が集合して演説する時に、他の候補者を撮影しました。取材が多く集まる時には、カメラマンの場所を決められてしまい、一度そのスペースに入ったら出られなくなってしまうため、どうしても複数のカメラで追わなければいけないケースもありました。私から見ていると島野Pのフットワークが悪くて何度も叱りたいと思ったのですが、実際に撮った映像を見てみると、私が唖然とするぐらいいい映像を撮っているんですよ。よくこんなシーンを撮ったな!と褒めてあげたい。他のカメラマンもさすがと思う映像がたくさんありました。映画は監督一人のセンスで作るものではないということを常々思ってはいるのですが、実際に一本の映画でこれだけ多くのカメラマンを起用して作ったのは今回が初めて。チームワークを一番感じることができましたね。
島野P:人手が必要だったので、スマホでもいいからと映画の撮影をしたことがない人にも集まってもらったことがありました。原さんが取材スポットから動けないときは、私の方からカメラマンたちに聴衆を撮るということや、原さんの映画になるということを考えて撮影してくださいと説明し、そのことでプロの方も素人の方も一発でこちらの狙いを理解してくださいました。原さんのカメラの哲学があり、皆、原一男印をわかっているからこそ、見よう見まねで必死にやってくださった。それが良かったのだと思います。
■先の参議院選挙を一番総括できていないのは、山本太郎さんかもしれない。
――――聴衆とれいわの議員たちとのセッションのようなその場の熱が伝わってくる映像でした。今は随分トーンダウンしてしまいましたが、原監督は今のれいわ新選組をどう思われますか?
原:昨年、東京国際映画祭の時、山本太郎さんと候補者たちがレットカーペットを歩くとれいわ新選組最大のPRになるのではないかと思い、好意でお誘いしたのですが、どんな映画になるのかまず見せて欲しいと言われたんです。何度も映画祭上映時にご覧くださいと案内するのだけど、事前に見せて欲しいと譲らなかった。検閲ですかと聞いても、知っておきたいからとお茶を濁す感じで、次第に映画の一部をカットしてほしいという要請まで来たものだから、もう何とも言えませんよ。
島野P:安冨さんは「先の参議院選挙を一番総括できていないのは、山本さんかもしれない。この映画を観ていないのなら、ぜひ観てほしい」とおっしゃっていましたね。
■大事なのは私たち一人一人の政治に対する関心がもっと深くなること。それをこの作品で呼びかけていきたい。
――――今年は『なぜ君は総理大臣になれないのか』『はりぼて』と政治ドキュメンタリーが次々ヒットしていますが、この状況は追い風になりそうですね。
原:基本的には昨年のれいわ新選組で山本太郎さんが、今まで政治に無関心な人たちの関心を呼び起こしたわけです。政治に関わっていかなければいけないということを気づかせてくれた山本さんの功績は大きいと思うんです。そう思った人たちが、れいわの内紛で政治への熱が冷めてしまうのは辛い。せっかく気づいたのだから、自分の中にある政治への要求をもっと目覚めさせないと、日本という国が全部ダメになりそうな状況です。大事なのは私たち一人一人の政治に対する関心がもっと深くなることですし、それをこの作品で呼びかけていこうと考えています。今こそ政治に目覚めなければいけないという無意識の庶民の欲望が表に出そうで、今ひとつ出切らない。マグマ寸前のような状況だと思います。
島野P:熱狂の渦の中で撮影している時の方が、ドキドキしていましたね。今は冷静に振り返ることができる。やっと映画を冷静に観ていただけるタイミングになったと思いますね。
(江口由美)
<作品情報>
『れいわ一揆』(2019年 日本 248分)
監督:原一男
撮影:原一男 島野千尋 岸建太朗 堀井威久麿 長岡野亜 毛塚 傑 中井献人 田中健太 古谷里美 津留崎麻子 宋倫 武田倫和 江里口暁子 金村詩恩
9月18日(金)からアップリンク京都、9月19日(土)から第七藝術劇場、11月7日(土)から元町映画館にて公開。
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