伝説のゲイボーイ、吉野ママのバーを名古屋に再現!初監督作で観客に届けたかったことは?『mama』はるな愛監督インタビュー

 

 タレントのはるな愛が初めてメガホンをとった短編『mama』(シネマスコーレ支配人、木全純治さんが監督した44分のメイキング映像と同時上映)が、12月5日(土)にシネ・ヌーヴォにて特別上映、2021年1月22日(金)より京都みなみ会館、1月23日(土)よりシネ・ヌーヴォ、他全国順次公開される。

 名古屋のミニシアター、シネマスコーレが制作・配給を手がける本作で初監督したはるな愛が映し出したのは、この11月に90歳を迎える伝説のゲイボーイ、吉野ママだ。撮影地の名古屋に吉野ママのバーを再現し、トランスジェンダータレントとして活躍しているたけうち亜美や、女装タレントのゆしん、はるなとは東海テレビの映画番組「映画MANIA(マニア)」で共演中の俳優・田中俊介が客として訪れ、吉野ママの戦中・戦前・戦後の生き様を掘り下げていく。

 LGBTQという言葉がなかった時代、ゲイというだけで激しい差別を受けた時代から自身の気持ちに素直に生きてきた吉野ママの言葉は、辛いことも明るい笑い話に変え、聞く者を楽しませてくれる。はるな愛と親交が深い気鋭のサックス奏者、中村瑠美衣のパンチの聞いたアドリブ演奏もあいまって、吉野ママの生き様や、若い世代へのメッセージがじんわり響いてくるのだ。「今までゲイバーに足を運びにくかった人にも路地裏に迷い込みながら入ってほしという気持ちでドキュメンタリー要素の多いフィクションに仕立て上げた」というはるな愛監督にお話を伺った。



――――まずは本作を撮るきっかけにもなっている「映画MANIA(マニア)」という番組について教えてください。

はるな: 「映画MANIA(マニア)」は、VHSビデオ収集家で私の初出演作『ニューハーフ物語 わたしが女にもどるまで』も持っているというシネマスコーレ副支配人の坪井篤史さん、BOYS AND MENの元メンバーで今は俳優として活躍している田中俊介さん、SKE 48高柳明音さんの4人で映画の話をする番組です。自分の性自認について悩んでいた時、世界や大人の生き方、女性の人生など映画から受けた影響が本当に大きかったというエピソードもお話しますし、中川大志君に昔の銀幕スターの色気を感じると話題にしたら、私の誕生日の回に、幕が開いたら中川君がビシッとタキシードを着て立っていてくれて大感激したこともありました。第一線で活躍する監督にゲストでお越しいただいたり、映画のことを題材に色々なジャンルに広がっていく番組ですね。


――――初監督作ですが、非常に撮りたいもののビジョンをしっかりもっていらっしゃる印象を受けました。

はるな:小さい頃からテレビや映画が大好きで、ドレスを着て歌っている松田聖子さんを見て、私もテレビであのドレスを着て歌いたいと思っていました。はっきりと画面やスクリーンで自分の行きたい場所が見えていたんですね。私のようなトランスジェンダーではなくても悩んでいる人たちが画面から何か新しい刺激を受けてもらえるのではないかと思ってテレビに出演しているので、もし私が映画を作らせてもらえるなら、そこからたくさんのものを受けて持ち帰ってもらいたい。だからビジョンをハッキリと描きました。



■吉野ママとの出会いと悩んでいた時にかけてもらった大きな言葉。

――――はるなさんは、今回主演の吉野ママにとても救われた思い出があるそうですね。

はるな:私が18歳の時、上岡龍太郎さんのニューハーフが50人出演する番組があり、そこで初めて吉野ママに出会いました。その後私が尊敬するカルーセル麻紀さんのディナーショーがあり、参加させていただく機会があったのです。その目玉が全国から来たニューハーフが全員生まれたままの裸体でシャワーを浴びるというものでした。当時の私はどうしてもそれが嫌で、麻紀さんから随分怒られながらも別のショーに出演させていただいたんです。叱られたにも関わらず上京後、麻紀さんの誕生日会に参加し、「来年は脱がないと許さないわよ」と麻紀さんに芸能界を生き抜いたからこその叱咤をされた時に、奥のカウンターから吉野ママが「愛、あんなことを言われたけれど、あんたのやり方でいいのよ。何も合わせなくていいの」と言ってくれたんです。当時の私は鳴かず飛ばずで、テレビで当時キワモノと呼ばれていたカテゴリーにいるなら脱ぐこともしなければ面白がってもらえないのかと悩んでいた時でした。ママの言葉を信じていいんだと思うと、私にはすごく大きな言葉でした。


――――その苦労を経て、<エアあやや>でついにブレークされました

はるな:<エアあやや>でテレビに出演した24歳の時、携帯電話に麻紀さんから留守電が入っていたんです。「おめでとう。頑張ったわね」と。すごく険しい階段の上に麻紀さんがいて、その麻紀さんが「やっとここまで来れたね」と言ってくれたみたいで、私は号泣してしまいました。そこまでがむしゃらにやってきたこと全てが一瞬でほどけてしまったような、今でも忘れられない言葉です。あの言葉を麻紀さんからいただいたから、絶対に(芸能界で)上に行きたいと思いましたし、吉野ママにはすごく背中を押してもらったと思います。



■戦前、戦中、戦後と新宿2丁目がまだない時代からゲイとして生き抜いた吉野ママ。生きる苦しさを感じている人にママの話を聞いてほしい。

――――初監督作を撮るにあたり、最初から吉野ママを主役にと考えていたのですか?

はるな:吉野ママには不思議な魅力があり、ママの話はずっと聞いていられる。ゲイを認められず差別を受けていた時代のお客さんとの会話の距離感であったり、その時代背景が作ったママの魅力が喋り方に凝縮されているんです。「私たちの時代は大変だったけれど、笑ってちょうだい」という感じで、人に負担をかけない。ママの話なら映画にできると思っていました。


――――愛知で2日間での撮影と、タイトなスケジュールだったそうですが。

はるな:今回はあいち国際女性映画祭に出品させていただくことが前提だったので、愛知県を舞台にする必要があり、観ていただいた方にたくさんのお土産を持って帰ってもらいたいという私の思いを2日間の撮影で形にするためにも、ママしかいないと思いました。

戦前、戦中、戦後と新宿2丁目がまだない時代から銀座で小料理屋を営み、ここまでやってきた方です。だから、生きづらさや生きる苦しさを感じている人にもママの話を聞いてもらいたいと思いました。



■吉野ママの世界観を前面に出すため、監督に徹する。

――――吉野ママの出演が決まり、次に肝心なのはママの店に来場し、話を聞き出すお客様役です。はるなさんが監督しながら出演する方法もあったと思いますが、あえて亜美さん、ゆしんさん、田中俊介さんに託していますね。

はるな:本当にありがたいことにテレビでたくさんの方に見ていただき、はるな愛と言えばリボンをつけて、キャーキャー騒いでいるイメージを皆さんに持っていただいていると思います。私が監督するにあたり自分が出演したくなかった理由は、しっかりとママの世界観を前面に出し、ママの話を聞いていただきたかったからです。亜美さんやゆしんさんのように、ママのことを知らない世代の人にも聞いてもらいたかったし、トランスジェンダーやゲイの話だけに偏るよりもお客さんの目線で話を聞いてほしいという狙いで、田中俊介さんにも出演をお願いしました。だからキャスティングに私はいないけれど、撮影現場の奥には座り、聞いてほしい話があるときは一生懸命合図を送っていたんです。まさか、メイキング映像でその光景を使われるとは思っていなかったけれど(笑)本当に映画を作りたい一心で、助監督さんがお店に撮影依頼をするときも、私も一緒にお願いをさせていただいた。裏方だけど監督であることは意識しなければいけないと思いましたね。



■LGBTQという言葉だけで相手を理解することの難しさもある。

――――今はLGBTQという言葉に当てはめて表現する傾向がありますが、はるなさんご自身はそこに違和感はないですか?

はるな:LGBTQという言葉ができる前から私たちは働いていたし、ママはもっと前から働いていたわけで、私はトランスジェンダーだと思っても性格が男なので、トランスジェンダーの人と話をするとその一文字は背負えないと感じることもあります。今はLGBTQという言葉があり、そこから発散するグラデーションで個性を見つける時代になっています。ただその言葉で相手を理解することの難しさもある。そういうことより、一人の男性がゲイだと表明して女装し、戦前から生き抜き、90歳を迎えたという生き方を見てほしいですね。私たちがどういう人生にたどり着くかわからないけれど、ママという大きな船に乗っていたら、どんな荒波で潮をかぶったり、落ちそうになっても、絶対に大丈夫と思える存在です。



■まずは生きてこそ。楽しさの裏側にすごく苦しいことがあっても、明るく喋るママはすごいエンターテイナー。

――――はるなさんも、亜美さんやゆしんさんにとってその背中から学びたいと思える大きな存在なのでしょうね。

はるな:そんな背中を見せることができていたらいいですね。でも、まずは生きてこそなんです。今は芸能界でもコロナ禍で生きる苦しさや絶望的な気持ちに駆られる方が多いのですが、やはり生きてこそだし絶対に死なないでほしい。楽しさの裏側にすごく苦しいことがあっても、明るく喋るママはすごいエンターテイナーだと思っています。できれば一杯お酒を飲んだ後に映画館に来ていただいて、ママの話を聞いて、「悩んでいる部下をちょっと連れていこう」と思ってもらえる映画になればうれしいですね。


■自分らしくいれば、少し楽に生きられる。個性を認め、お互いにわかり合うことが一番大事。

――――波乱万丈なのにカラッと笑って語ってくれるママのお話を聞いていると、生きる元気が湧いてきますね。

はるな:どんなことがあっても生きていけるし、自分らしく生きないと襲いかかる悩みがすごく重いものになってしまう。苦労の量は、どんなに金持ちでも貧乏でも、偉い人でもそうでなくても皆一緒だと思うのですが、そこで自分らしく生きていればその重さが軽減されるのです。それを感じてもらえれば、少し楽に生きられるのではないでしょうか。


――――冒頭に赤ちゃんにお母さんがおっぱいをあげるシーンがありますが、吉野ママもいわばみんなのママというメッセージが読み取れました。

はるな:「生まれてきた子どもが自分の個性を決めることができるようになったらいい」というママの言葉がありますが、国同士もしかりで、個性を認め、お互いにわかり合うという一番大事なことが含まれていると思います。



『mama』(2019年 日本 36分)

監督:はるな愛

出演:吉野寿雄、田中俊介、ゆしん、たけうち亜美、坪井篤史、中村瑠美衣

12月5日(土)にシネ・ヌーヴォにて特別上映、2021年1月22日(金)より京都みなみ会館、1月23日(土)よりシネ・ヌーヴォ、他全国順次公開

公式Twitter⇒https://twitter.com/mamathemovie1