『おもかげ』無意識に息子を探し続ける母の切実さが作品を貫く
なんと衝撃的なオープニングだろうか。15分ほどのワンシーンワンカットで描かれるのは、離婚した夫とバカンスに出かけた小さな息子からビーチで一人きりになってしまったという衝撃の電話と、息子から連絡が途絶えてしまうまでの息詰まるやりとり。否応無く緊張が高まる電話では、駆けつけたくても駆けつけられない母の歯がゆさと、切実さが溢れ出る。2019年アカデミー賞®にノミネートされた類稀なる短編「Madre」の「その後」を描いた『おもかげ』。10月22日まで公式サイトで公開されていた短編は、まさにこのオープニングシーンとほぼ同じ。こんな長編化のやり方があるのかと驚いた。
物語は10年後、舞台もスペインからフランスの海辺の街に飛躍する。遠浅で、ひたすら水平線が広がる美しいビーチ。曇り空のビーチを遠くから眺めているうち、少しずつカメラがズームアップしていく人影がある。ここでもワンシーンワンカットで、じっくりと彷徨うように海辺を歩く一人の女性をクローズアップしていく。フラフラ歩く女性が、サーフボードを片手にスイムスーツを来た若者たちの集団とすれ違う時、何かわからないけれど、スイッチが入ったかのように女性が振り向く。その女性こそ、10年前息子を亡くし、今はずっとビーチのそばで住んでいるエレナだった。
息子が失踪したというビーチから離れることができないエレナ。でも働いているビーチのカフェで、前に海辺ですれ違った男子高校生に話しかけられる。パリからバカンスで別荘に来たというジャンは、エレナの様子から亡き息子のおもかげを重ねていることが伝わってくる。戻るはずのない息子を待っているかのように海辺に居続けたエレナが、ついに出会ってしまった若者。そこから二人がどのような関係を作り上げていくのか。少しずつ親密に、そして少しずつ周りがそれに気づいていく。ただ、年の離れた恋愛というありふれたものではなく、エレナはあくまでも息子を見つめるような眼差しなのが切ない。
最初はエレナを歓迎したジャンの両親も、ジャンがエレナと会い続けている事実を知り、二人を引き離そうとする。エレナの彼氏とて、エレナの苦しみがわかるだけに、二人の関係が間違いを起こさぬうちにと携帯を取り上げ、引越しを提案する。誰にもわからない二人の気持ち。ただ一つ言えるのは、二人の間にまた会いたいという強い気持ちが芽生え、そしてそれが周りを混乱に陥れるという現実にも向き合わざるを得ないということ。
息苦しいパリや口うるさい親から離れ、自分を静かに受け入れてくれるエレナにジャンがどんな気持ちを抱いているのか。声高に語られることはない二人の次第に追い詰められていく様子も緊張感たっぷりに追いかけ、そして、二人の未来を想像させる余地を残してくれる。老けきり、笑顔すらなかったエレナが、次第に生きる力を取り戻していくのは、10年という時の力と、息子を重ねることができたジャンの存在があればこそ。そして自分の中で目を背けていたことに向き合う勇気を再び持つことができたからだろう。スペインの新星ロドリゴ・ソロゴイェン監督は、波乱の運命を辿った女性にようやく訪れた奇跡の夏を、寄せては返す波のように鮮やかに描いて見せた。
<作品情報>
『おもかげ』”MADRE”(2019年 スペイン、フランス 129分)
監督・脚本:ロドリゴ・ソロゴイェン 共同脚本:イサベル・ペーニャ
出演:マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュール、アンヌ・コンシニ、フレデリック・ピエロ
10月23日(金)よりテアトル梅田、京都シネマ、11月20日(金)よりシネ・ピピア、12月19日(土)より元町映画館にて公開
配給:ハピネット
©Manolo Pavón
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