母親への見方が変わった経験から「年を重ねるごとに変わっていく女性の愛情を映画で描きたい」『クシナ』速水萌巴監督インタビュー
大阪アジアン映画祭2018でJAPAN CUTS Awardを受賞、神聖な山奥の村を舞台に女だけの集落に起こる波紋と3世代の女性の生き様に迫った美しきヒューマンドラマ、『クシナ』が11月20日(金)からアップリンク京都、11月21日(土)からシネ・ヌーヴォ、2021年元町映画館他全国順次公開される。
監督は、本作が長編デビュー作となる速水萌巴。脚本・編集・衣装・美術も担当し、深遠な寓話的世界観を作り上げた。『ブラック・レイン』に出演の小野みゆきをはじめ、『VIDEOPHOBIA』の廣田朋菜、そして新星の郁美カデールがそれぞれの立場で愛する人を守り、自らの自由を獲得しようとする女性像を体現。男性禁制の集落に足を踏み入れる人類学者役の稲本弥生が聡明かつ、自身も悩みを胸に抱えた女性像を見事に演じている。
本作の速水萌巴監督に、お話を伺った。(映画の結末に触れる箇所があります)
――――女3世代の物語ですが、制作の経緯を教えてください。
速水:元々は修了制作として作成したのですが、自分の貯金はもちろん使うし、親からにもお金を借りるということで中途半端な作品には絶対にしたくないと思っていました。知り合いのプロデューサーから今まで、人生で一番向き合ったことを問われた時に、考えた挙句行き着いたのが、母親と自分の関係でした。そこから母と娘を題材にした映画を撮ろうとシナリオハンティングを行いました。最初は『ガザの美容室』(15)のようなワンシチュエーションで撮影できる、女性がメインの会話劇を想定していたのですが、温泉地をロケハンするうちにラストカットになるものが閃いたのです。寂れた廃村に一人の女性が帰ってくる姿を、魂の姿になった村人たちが覗いているというイメージが湧き、そのイメージを発展させました。
■母親の愛情が単純なものではないと理解できた体験から生まれた女3世代の物語。
――――速水監督ご自身とお母様との関係も反映されているそうですね。
速水:誰もが母親に対して確執を抱えたり、反抗期を体験していると思うのですが、私の場合は大学入学以降から母親と分かち合えない部分が増え、仲違いしてしまった。関係が悪い中、私は留学するのですが、新幹線まで送ってくれた母親が別れ際に私へ手紙を渡したのです。当時は母親を拒絶していたので、その手紙をすぐには読めなかった。留学中は母親と距離ができたことで、少しずつわだかまりが解けていき、日本に帰国する日にずっと引き出しに入れていた手紙をようやく読んだのです。すると私が想像していたのとは全く違うことが書かれていて、その手紙をきっかけに母親への見方が変わりました。母親の愛情がそんなに単純なものではないことを理解できた瞬間で、年を重ねるごとに変わっていく女性の愛情を映画で描きたいなと思い、このような女3世代の物語になったのです。
――――なるほど、さらにオニクマが仕切るこの集落は、女だけがいることを許される場所ですが、その設定にした狙いは?
速水:この世の中で生きづらくなった人たちがもし山奥に逃げてこのような共同体ができたとしたら、男性だと居続けることが耐えられないとか揉め事が起きたりと、棲みつくことが想像できないけれど、女性であればそこに棲みつくことが想像できるし、共同体として成立すると思ったのです。
――――物語の中心となるオニクマ(鬼熊)、クシナ (奇稲)、カグウ(鹿宮)はそれぞれ非常に個性的かつ、日本の神話に登場しそうなネーミングですね。
速水:「奇稲」はヤマタノオロチの神話、クシナダヒメからとっています。「鹿宮」は私の母親に対する神聖なイメージを入れたくて、神聖なイメージを持つ鹿とおうちであり母親というイメージを入れる宮でカグウにしました。「鬼熊」は、とある集落で起きた鬼熊事件で起きたことが劇中でオニクマがやっていることにも重なるし、響きと少しかわいいイメージもあるところからつけました。
■オニクマ役の小野みゆき「やっと等身大の役のオファーが来た」
――――脚本段階でオニクマ役を小野みゆきさんと想定していたのですか?
速水:私のイメージではもっとふくよかでドシリとした感じだったのですが、インターネットで調べていた時、小野さんの写真に出会い、そこから釘付けになってしまったのです。写真から溢れるロマンがあり、どんな生き方をしたらこんな顔立ちになるんだろうと色々想像を掻き立てられ、ぜひお会いしたいと事務所に連絡しましたね。小野さんも「やっと等身大の役のオファーが来た。これは私にしかできないでしょ」と喜んでくださいました。80年代から90年代当時の女性という型にはめられた役であったり、見た目のイメージで与えられた役も多くて悩んだ時期もあったそうですが、オニクマはすっと役に入れたそうです。
――――しかもオニクマの町でのシーンを除いては、オニクマ演じる小野さんも、カグウ演じる廣田さんもノーメイクですね。
速水:カメラテストの時、メイクのパターンも色々試してみたのですが、ノーメイクだとその人の顔に刻まれる生き様が出ますし、そういう部分も見させていただいてキャスティングをしているので、それを出してほしいという狙いで、ノーメイクでとお二人にはお願いしました。やはり撮影が進むと睡眠時間が取れず、目の下のくまが日に日に濃くなっていきましたが、鬼気迫るシーンを演じていただく時に説得力が出ていたと思います。
――――オニクマをはじめ、一人一人のファッションもコーディネートが見事で、特にオニクマは村と町では別人のようなファッションをしているのも印象的でした。
速水:ファストファッションと着物の要素を組み合わせたもので考えようと思っていたところ、小野さんも私服を色々と持参していただいたので、皆で意見を出し合いながらオニクマのスタイルを作っていきました。着物に黒いファーをつけた時にはみんなで「これや!」と(笑)他にもそれぞれの力関係を色で表そうと、シーンごとに色々工夫を凝らしています。一方、町中でのファッションはボディコンで「古い」感じが際立っていると思います。
■クシナはシンボルのような存在。郁美カデールさんはまさに「クシナ」だった。
――――クシナ役の郁美カデールさんは、写真を見てすぐに決断したそうですね。
速水:手塚治虫の漫画『奇子(あやこ)』が好きで、教養には欠けるけれど圧倒的な美しさを持つ奇子みたいな女の子をイメージしていました。色々な子役事務所にあたったのですが、クシナはシンボルのような存在ですからとにかく圧倒的なものを持っていないと納得がいかなかった。撮影の数日前になって、ヘアメイクの方がクシナのイメージにぴったりな人がいると写真を見せてくれたのが郁美カデールさんで、「クシナがおる!」と感激し、その日のうちにカデールさんに会いに行きました。エキゾチックな顔だちで、一目見ただけで父親の存在について含みを持たせることができ、クシナとカグウの親子に何かあったと思わせられることができるし、カデールさん自身がまっすぐな目で「やりたい!」と言ってくれ、やる気がすごく伝わってきたんです。
――――クシナで印象的なのは、胎児のように丸く横たわりながら、カセットテープを聞いているシーンです。
速水:他人が何を考えているのかは絶対に分かり合えないことですし、それは血の繋がっている娘においても当てはまります。何を聞いて、どんな情報を得ているのかもわからないけれど、相手が何を考えているのかイメージすること、何を求めているのかをおもんばかることが私たちに必要なことではないか。それを象徴した一枚の絵のようにしました。
■世界中から自分の心地いいと思えるものを寄せ集めて、映画の世界観を作りたい。
――――クシナが川に流し、蒼子がクシナの存在を見つけるキッカケになるスカーフはアラブ系の言葉が書かれていました。衣装もそうですが、無国籍な雰囲気が感じられますね。
速水:私は寓話の力を信じているので、場所を特定されたくないという意識がありました。特定されるとそこに意味が付いてしまうし、見ている側は最初わかりやすくても、いざ物語を自分のものにするときには、情報が載っていない方が自分の物語に取り込みやすいのではないかと思っています。前作の大学の卒業制作作品も全編英語のサーカス団の物語で、日本と西洋とミックスした世界を描きました。私自身が100%日本に属していないと感じている部分があり、世界中から自分の心地いいと思えるものを寄せ集めて、映画の世界観を作りたいという大きなビジョンがある中で、自分流の映画の作り方をしています。
――――オニクマが守ってきた女だけの集落に人類学者の蒼子と助手の恵太がたどり着いてしまったことから物語が展開していきます。存在が波紋を呼ぶ唯一の男性、恵太はどのような点にフォーカスしてキャスティングしたのですか?
速水:あまりマッチョな男性像はそぐわないと思っていました。その点、小沼傑さんはすっと女性の中に入っていけるようなソフトな雰囲気がありました。私の生まれ育った環境は男性は外部でサポートしてくれるという存在だったので、この作品でもオニクマたちを町でサポートするシュウイチロウという男性の存在もあれば、蒼子をサポートする恵太がいるのも決して不自然ではないのです。小野さんとも話していたのですが、恵太は一人目の男性ではなく、きっと恵太のような男性がこの集落を以前も訪れているだろうし、結局居座ることはないんだろうなと。
■蒼子、オニクマ、カグウそれぞれの決断と成長を表したかった。
――――廣田さんが演じるカグウは前半、他の女性たちの間に混じり、あまり目立たないですが、オニクマやクシナと意見を闘わせ、次第に自分の意思を露わにする後半にカグウの成長を感じさせます。
速水:舞台挨拶でこの映画はそれぞれのキャラクターにとってどう捉えられるのかという話題をした時に廣田さんは「カグウは完全にポジティブだった。人生で初めて自分で決断することができた。そういう自由を手に入れたのだから」と言ってくださったのが印象に残っています。どうしてもタイトルからクシナが主人公と思って見始める方も多いと思いますが、物語論で言えば蒼子が主人公かもしれないし、これはカグウの成長の物語と思うかもしれない。観る人によって、様々な捉え方ができると思います。クシナが山を降りると決断したことで、蒼子、オニクマ、カグウそれぞれの決断と成長を表したかったですね。
■何かに違和感を覚えているからこそ、文化人類学を研究している蒼子を一人の人間として描く。
――――一方、稲本さんが演じる蒼子はクシナに大きな影響を与えるキャラクターです。
速水:最初は私が求めていた母親像や、村の環境から抜け出させてくれるものとして蒼子を作り上げましたが、彼女自身も問題を抱えていたのです。物語には明確に出していませんが、彼女はカトリックの出自ながら自分は男性を好きではないかもしれないという疑問を抱いています。大学時代に映像人類学の授業で見た映像で、自分とはかけ離れた世界の中に美しいと思えるもの、自分に合うものがあるということに気づきました。蒼子も何かに違和感を覚えているからこそ、文化人類学を研究しているという設定です。人類学者という肩書きはありますが、それ以前に一人の人間だし、間違いを犯すことだってあります。その部分に関しては日本とニューヨークでいただいた感想でも違いがあり、ニューヨークでは蒼子の人間性について質問されたのに対し、日本では人類学者という設定について、その内容を指摘する意見をいただきましたね。何年か前にご一緒した時に惚れ込んだ稲本さんに演じていただいた蒼子は唯一、あて書きしました。
――――カグウと蒼子が川に入ってのクライマックスは、速水監督が映画になると手応えを感じたそうですが。
速水:最初は二人が揉みくちゃになるシーンを撮った後に、カグウの顔の寄りを撮る流れだったのですが、モニターを見ていて釘付けになってしまった。カメラマンが二人の格闘が終わった後に機転を利かせてカグウの寄りショットを撮ってくれ、その時カグウ演じる廣田さんがとてもいい表情をし、私自身が物語の中に没入したような感覚を覚えました。それまでは現代劇でもないし、答えが皆の中に共通してあるわけでもないので私が色々と判断しなければならないことにプレッシャーを感じていたのですが、そのショットが撮れた時、自分の意思を貫いて良かったと思えたのです。
――――集落を守るためなら手段は厭わないというオニクマの固い決意と行動力は、ある意味閉鎖的であり、集落にいる人たちが本当にそれを望んでいるのかと問いたくなります。
速水:まさしくそれが言いたかったことで、オニクマはカグウに「いつまで、あんたの人生に付き合わされなあかんの」と言い放ちますが、結局依存しているのはオニクマですから。自分の存在を肯定させるために娘たちを利用しているとも言えるし、オニクマも自由ではないなと感じます。
――――川の音など非常に癒されるロケーションでしたが、山深い場所で大変でしたか?
速水:実際は5〜6箇所のロケーションを一つの村に見立てているので、編集段階までは本当につながって見えるか不安でしたね。メインの場所は山形県にある限界集落で撮影しました。当初録音がうまくいかず、一から環境音を作らなければならない状況でしたが、だからこそ割り切ってサウンドデザインをきちんとできたのは良かったですね。
――――音楽も「ケ・セラ・セラ」や「カノン」などが使われていますね。
速水:普通の商業映画では絶対にこんな使い方はしないと思いますが、母親との答え合わせの映画だったので、思い出の曲を2曲使いました。母親は私が映画の道に進むのを反対していたけれど、自分も映画は好きで、よく「ケ・セラ・セラ」を家で歌っていたんです。
――――美術や衣装も全て手がけておられますが、集落の中でも一人一人が自由に暮らしている雰囲気がよく出ていましたね。
速水:ありがとうございます。まだ若い集落なので、それぞれが自由な格好で時にはパーティもしながら生活を楽しんでいるんです。私は『スターウォーズ』シリーズやキャラクターデザインも好きだし衣装を考えるのも好きなので、今後そのような作品にもチャレンジしていきたいですね。日本映画は映画全体のルックス、プロダクションデザインを統括している部署がないので、そこを変えていくのが若い世代かなと思っています。今回は初めてということもあり一人でほぼ全てをやってしまったので、次は各部門に任せて、もっと多くの人を巻き込んで映画を作っていきたいですね。
(江口由美)
<作品情報>
『クシナ』(2018年 日本 70分)
監督・脚本・編集・衣装・美術:速水萌巴
出演:郁美カデール 廣田朋菜 稲本弥生 小沼傑 佐伯美波 藤原絵里 鏑木悠利 尾形美香 紅露綾 藤井正子 うみゆし 奥居元雅 田村幸太 小野みゆき
11月20日(金)からアップリンク京都、11月21日(土)からシネ・ヌーヴォ、2021年元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒kushinawhatwillyoube.com
(C)ATELIER KUSHINA
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