『パリの調香師 しあわせの香りを探して』フランス版こじらせ女子に光が差すまで


 残念ながら今年はコロナ禍で、フランスからのゲストが来日できなかったが、毎年東京か横浜で開催されるフランス映画祭では、フランスの映画人が多数来日を果たし、観客もQ&Aの後のサイン会やレッドカーペットイベントでは豪華ゲストと生で触れ合うことができる絶好の機会となっていた。私も近年プレスとして参加し、数々のゲストを取材してきたが一番印象に残っているのが、本作で主演を務めるエマニュエル・ドゥヴォスだ。前作『ヴィオレット-ある作家の肖像』を提げての来日だったが、芸能一家で育ち、まさに俳優というオーラが漂うドゥヴォスは質問にも「ウイ(そう)」とか「ノン(いいえ)」の一言で返されてしまうことも多く、一緒に取材したメンバー一同顔面蒼白になった覚えがある。本作はコロナ禍で長らく休館していたフランスの映画館の営業再開初日となる2020年6月にプレミア上映が行われ、待ちかねた映画ファンが詰めかけたという。物語も華々しい実績を持ちながらも、苦境に陥ってしまった調香師アンヌが人生の停滞期を抜け出すまでを描いているが、この映画自身が停滞してしまったフランス映画界に一筋の光を差したのではないだろうか。



 かつては天才的な嗅覚を持ち、有名ブランドの香水を数々手がけてきたアンヌは、仕事に忙殺されるあまり嗅覚を一時的に失ってしまい、それ以降行政や企業からエージェントを通じて依頼される臭い軽減のための各種仕事を請け負う日々に。独身で人とのコミュニケーションが苦手な、まさにフランス版こじらせ女子的性格のアンヌの前に現れたのは絶対に仕事をやめられない事情を持つ、離婚調停中の男、ギョームだった。



 冒頭にギョームが娘の通うスイミングスクールで小銭の持ち合わせがない中、見事な口のうまさで娘のアイスクリームを手に入れるシーンが出てくるが、ある意味人たらしというか、苦境でも粘りをみせる交渉上手な男だ。そこには離婚しても娘と暮らす共同親権を得るために、なんとしてでも大きな住まいを探さなくてはいけないという切実な事情があった。なんとか得た送迎先がよりにもよって、気難しそうなアンヌというところから、二人の一見正反対に見えるデコボココンビの化学反応が映画をどんどん魅力的にし、並外れた嗅覚を持つためにアンヌが潔癖主義にならざるを得ないエピソードの数々が喜劇のように展開していくのだ。



 単なるプライドの高いおひとりさまではなく、アンヌには深く傷ついた過去や、また嗅覚が失われるのではないかという不安、本意ではない今の仕事を続けざるをえないことへの葛藤があることを知るギョームと、ギョームにも見事な嗅覚があることを見抜くアンヌ。運転手と雇用主の関係は、次第に仕事をする上でもかけがえのない存在になっていく。本当に少しずつだが、ギョームに対する態度が変わっていくアンヌを演じるデュヴォスがみせる大人の可愛らしさに惹きつけられる一方、ギョーム演じるグレゴリー・モンテルの娘に対する思いや、アンヌにみせる優しさが辛い現実でも失われないことに、ほんのり胸が熱くなる。



 頭の中から、記憶に至るまで香り一辺倒だったアンヌに、新しい風を吹き込んだギョーム。彼自身が最大の窮地に陥ったときも、もはや一人ではなかった。愛の国、フランス映画でありながら、男女の恋愛の物語に安易に落とし込むのではなく、人と人との関係が生まれ、育んでいく様子を調香師の知られざる仕事を交えて描いたヒューマンドラマ。プロフェッショナルな女性ならではのこだわりや譲れなさを体現したドゥヴォスの品のあるコメディエンヌぶりも見事だった。


<作品情報>

『パリの調香師 しあわせの香りを探して』”Les Parfums”(2019年 フランス 101分)

監督・脚本:グレゴリー・マーニュ

出演:エマニュエル・ドゥヴォス『ヴィオレット-ある作家の肖像』

グレゴリー・モンテル『スクールズ・アウト』

セルジ・ロペス『パンズ・ラビリンス』

2021年1月15日(金)より シネ・リーブル梅田、1月29日(土)より シネ・リーブル神戸、京都シネマ他全国順次公開

公式サイト→ parfums-movie.com

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