緊急公開!香港全土の民主化デモに密着。国家弾圧に争う若者たちの叫びを目撃して! 『香港画』堀井威久麿監督、前田穂高プロデューサーインタビュー
香港で12月2日に民主活動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)、林朗彦(アイヴァン・ラム)に対し、無許可集会の扇動罪として実刑判決が言い渡されたことは大きなニュースとなった。その1年前、逃亡犯条例改正案をきっかけにエスカレートした香港民主化デモを記録した日本人監督による貴重なドキュメンタリー『香港画』が、12月25日(金)からアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、1月9日(土)から第七藝術劇場、1月23日(土)から元町映画館、2月26日(金)からアップリンク京都 にて緊急公開される。警察との衝突により、催涙ガスや放水だけでなく、時には実弾まで浴びせられる悲壮な状況の中、香港の若者たちは自由のために闘い続ける。元警察官の女性議員や、イラストのボランティアで民主化デモに参加する学生、日本から民主化運動や香港の現状を発信し続ける香港人留学生と様々な立場の人たちへのインタビューも挟みながら、香港全土で、弾圧の網を縫って繰り広げられる民主化デモをある1日になぞらえて描き出す。まさに必見の28分だ。
本作の企画・監督・撮影の堀井威久麿さんと企画・プロデューサー・撮影の前田穂高さんにお話を伺った。
■なぜ若者たちが死ぬかもしれないリスクを冒してまで社会に反抗するのか、その原因が知りたかった。(堀井)
――――香港民主化デモを撮影し、さらには映画化しようと思ったきっかけは?
堀井:仕事のため、香港を訪れていたとき、九龍半島のネーザンロードでバリケードを張っているデモ隊に出くわしました。それは何十万人も参加している合法的なデモだったので、思わず見入ってしまい、とにかく後をついていったのですが、合法的なデモの最後には勇武派と呼ばれる暴力も辞さない若者たちが残り、警察と面と向かってにらみ合いをしているうちに、催涙ガスが飛んできたりすることもありました。まだ防護グッズを持っていなかったので初回から痛い目に遭いました。香港は日本と同様に先進地域であるし、豊かな場所であるはずですが、そこで生まれ育った若者が、なぜ一生を台無しにしてしまうかもしれない、もしくは死んてしまうかもしれないぐらいのリスクを冒してまで社会に対して反抗するのかが、最初はすごく不思議だった。だからその原因を知りたいと思ったのがきっかけですね。
――――前田プロデューサーは映像とは関係ない仕事をされていたのを辞めて、本作のプロデュースと撮影のため香港入りされたそうですね。
堀井:はじめて香港に行った時は土地勘がなく、どこで何が起こっているかわからなかったので、日本にいる前田さんに連絡を取っていたんです。前田さんはオンラインの地図情報やYoutubeにアップされている動画を見て、どこにデモ隊がいるかを指示してくれたので、二人三脚で取材をしていきました。
前田:2014年に堀井さんのフィクション作品の仕事でご一緒してから、定期的に連絡を取り合っていたのですが、香港から帰ってきた時に連絡をもらい、なんとかしてこれを映像作品として形にできないかと話し合ったんです。
――――二人で撮影のため香港入りされてから、まずデモをしている場所を探すのが大変だったそうですね。
堀井:合法的なデモに関しては最初から日時や場所が決まっているのですが、非合法なデモに関しては毎朝SNSの中で、「ここでやろうよ」「いや止めようよ」「じゃあここでやろうよ」という感じで意見が次々と交わされます。もちろん全て広東語なので、僕たちは全然意味がわからない。だからなんとなく漢字の意味を想像しながら、ここじゃないかと推測して行ってみる。実際行っても何も起こらないとか、がせネタだったとか、警察がマークしていたということもありますから、打率としては非常に低い。2〜3割ぐらいでしたね。
――――劇場公開するなら最初から長編で作るという手もあったと思いますが。
堀井:私にとっては短編という映画の作り方は普遍的ですし、逆に長編を作ったことはないんです。だから最初から短編にすることは決めていましたが、今回短編にも関わらず、劇場公開していただけるところまで漕ぎ着けたことがうれしいです。やはり日本でも多くの方が香港事情に興味を持たれていて、この作品を広げていきたいと思っていただける劇場主さんも多かったのだと思います。
作る段階で映画祭への出品は考えていましたが、コロナ禍でほとんどの映画祭が中止かオンラインのみとなる中、門真国際映画祭が8月に初めて実映画祭(オンラインもあり)を開催されるということで、出品しました。オンライン上映の方は、香港からのアクセスがすごかったらしく、サーバーがパンクするぐらい多くの方が閲覧していただけたようです。
■2020年6月の国安法施行以降は、相当のリスクと覚悟を決めなければ撮影は難しくなってしまった。(堀井)
――――なるほど、今では香港でデモのリアルな様子を見ることが難しいのかもしれません。映画ではPRESSの腕章を付けたカメラマンが常に写り込んでいましたが、当時香港のニュースでは、デモの報道がきちんと流れていたのですか?
堀井:2019年の段階では報道規制は入っていなかったので、我々のような海外メディアも含めて自由に報道ができたと思います。ただ、今年の6月、香港国家安全維持法(以下、国安法)が施行されてからは、いわゆる大本営のメディアしか香港政府が現場の撮影を認めなくなったので、今は相当のリスクと覚悟を決めなければ我々が撮影するのは難しいですね。
――――いまお持ちいただいているマスクを被って、催涙ガスを避けながら撮影していたんですね。
堀井:催涙ガスを防ぐ防毒マスクは、PRESSの皆さんがよく使っておられました。ただ、ペッパースプレーや直接体にかかる放水車は防げないんです。
前田:放水車からの液体を左半身に浴びて、カメラは守れたのですが、中に催涙成分の化学物質が入っているのですごく体が痛くなるんです。発がん性物質も含まれているそうでかなり危険ですし、たまたまその場に居合わせた女性が、放水車の水を全身に浴び、吹き飛ばされることもありました。
堀井:香港社会では分断が広がっています。警察も仕事をしていないときは一市民ですが、警察官という仕事をしている限り、民主派と呼ばれる人たちに永遠に責められ続ける。だから彼らの中にもストレスが鬱積していて、それが市民への無差別攻撃につながってしまう人がいるのも事実です。
――――今は、香港国内で声を上げるのは危険なので、国外から香港民主化の声を上げる若者が増えているのですか?
堀井:特に今年の6月の国安法が成立したことで、香港国内では表現の自由が徹底的に制限されています。だから海外で活動するしかないという現実問題があり、日本がその大きな拠点の一つになりつつあります。香港の中では「光復香港」「時代革命」というスローガンを掲げただけで逮捕されてしまいますから。
――――撮影しながらどんな感情が湧き上がってきましたか?
堀井:若者たちと怒りにはすごく共感しながらも、私たち自身が怒らないようにしていました。それをしてしまうとこの映画のコンセプトが崩れてしまうので、あくまでも俯瞰し、一定の距離感を保ちながら寄り添うことに努めました。
前田:放水されたときは腹が立ちましたが、見ていて複雑な部分がありますね。おでん屋のシーンは距離感を保つのがこんなに難しいのかと撮りながら、心の整理がなかなかつかなかったですね。
――――報復行為なのか、露店に次々と備品が放り込まれているのを、店主たちがその場でじっと見ていましたね。
堀井:実はあのおでん屋さんが持っていた防犯カメラの映像を警察に提供したことがきっかけで、デモ隊が逮捕された事件があったのです。その行為に怒った市民がおでん屋を囲んで投げ込んでいたんです。
前田:おでん屋にしてみれば、警察が提供を求めているのに断れば自分たちが逮捕されてしまうわけで、あれこそ香港の象徴的な姿だと思います。ある日突然親中派か民主派か、どちらかの立場を選ばされたことによる分断ですね。
――――香港理工大で学生たちが籠城している様子も映し出されていますが、彼らは出てきたら逮捕されてしまうのですか?
堀井:そうですね。あの現場だけで既に2000人逮捕されていますし、僕たちが行ったときには警察が大学の周りを包囲していました。今残っているのは、最後の最後まで出て来ずに籠城している人たちで、そんな彼らを勇気付けるためにミュージシャンが音楽を奏でているんです。
前田:規制線からたった50mしか離れていない場所で、あの演奏がされていたんです。しかも通行人を含め、周りには全く人がいないガランとした中、彼らだけがバスターミナルで演奏していました。
堀井:その様子がとても心に残ったので、この映画でも表現したいと思ったんです。
■香港事情がすごく動いているので、映画製作のスピード感が重要だった。(堀井)
――――この夏に開催された門真国際映画祭で世界初公開、そして年内に東京で劇場公開と非常に早いスピードです。
堀井:香港事情がすごく動いているので、作るならスピード感が重要だと思っていました。日本に関しては、周庭さんがいたからつながっていた部分があり、彼女が逮捕されてしまった今、ニュースで香港のことを取り上げられなくなる可能性がある。そういう意味でもこの映画を出すタイミングはすごく重要だと思っていました。彼女の影には2000人もの人が裁判を待っているという現実もあるにも関わらず、日本では報道されていません。
■ブルース・リーの哲学「水のように動く」が最先端のデモに受け継がれている(堀井)
――――香港の伝説的スター、ブルース・リーの名言「水のように動く」、自然発生的に動くということをデモ隊が身をもって体現しているそうですね。
堀井:僕も高校時代ブルース・リーが大好きでずっと見ていたのですが、そういうかつてのスターが現代の若者に支持され、その哲学がSNSを使った最先端のデモに受け継がれているのはすごく面白い現象ですね。何千人もの人間がリーダーの指示なく動くのを初めて見たのですが、それはSNSの中で仮想的に民主主義が行われており、それに伴って動いているからなのです。
前田:警察がいつ、どこで何をするかわからないので、最初に作った計画を守るのではなく、状況に応じて行動を変えるという流動的な動きが見られましたね。
堀井:だから僕たちも彼らに合わせて流動的に動く撮影方法をとりました。そうしなければ何も撮れなくなってしまうので、ほぼ毎日、計画なしで動いていました。
――――この作品がユニークなのは、香港のあらゆる場所でのデモシーンをある1日のシーンになぞらえて構成していることです。このアイデアはどこから来たのですか?
堀井:この手法に関しては、香港人の女性映像作家がアメリカで作ったインディペンデント作品で、Youtubeにもアップされている『Hotel22』にオマージュを捧げています。この作品はサンフランシスコで生きるホームレスが冬、22番線のバスの中で朝まで過ごす様子を24時間で構成しているのですが、これを見て、『香港画』にもこの手法が使えるのではないかと思ったのです。
――――香港の人たちに日本の我々ができることは何なのかを問いたくなる作品でもありました。
堀井:欧米諸国は経済的制裁をはじめ、いろいろな施策を打ち出していますが、日本が何かできるとすれば、今は移民をほとんど受け入れていない状況ですが、困っている香港人を受け入れる土壌を作ることではないでしょうか。特に香港人は親日家が多いので、欧米に行くより、日本に行きたいと思っている方が多いのではないでしょうか?
――――今回の取材で出会った香港のみなさんとは、その後交流を続けているのですか?
堀井:香港民主化を訴える在日香港人からなる団体、”Stand with HK at JPN”で活動をしているケンとウィリアムは、撮影後も仲良くさせていただき、本作公開にも宣伝協力をしてくれています。ただ日本で顔を出して活動をしているのは彼らだけで、まだ二十歳そこそこですが、もう香港には帰らないという覚悟でやっている。映画に出てもらったからには、僕たちも彼らを何らかの形でバックアップしていかなければと思っています。
前田:彼らや周りの団体が主催の「友よ、水になれ」香港人は変幻自在展が、12月16日から20日まで目黒区美術館区民ギャラリーで開催されていたんですよ。
堀井:写真や立体物、年表、香港中から集められたデモに関するアートなどが集まり、非常に内容の濃い展示でした。
■「この状況を日本に伝えて!」という現地のみなさんの気持ちを大事にしたい(堀井)
――――こういう個展が関西でも開催してほしいですね。我々が何ができるかといえば、まずは『香港画』や個展などを通じて、香港事情に関心を持つことでしょうか。
堀井:そうですね。ただ昨年と今年の香港は全然違います。今は民主化の声を上げることすら危険です。ただ撮影中、多くの現地の方に言われたのが「この状況を日本に伝えて!」だったので、その気持ちを大事にしたい。悲壮感はありつつも、必死で闘っている姿は忘れられません。
<作品情報>
『香港画』(2020年 日本 28分)
企画・監督・撮影:堀井威久麿 企画・プロデューサー・撮影:前田穂高
2020年12月25日(金)からアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、2021年1月9日(土)から第七藝術劇場、1月23日(土)から元町映画館、2月26日(金)からアップリンク京都 にて公開
©Ikuma Horii
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