幽霊やラブストーリーの奥に、コミュニケーションの問題を描いた日仏合作 『海の底からモナムール』ロナン・ジル監督インタビュー


 エリック・ロメール監督作『美しき結婚』の音楽を手がけたフランスのロナン・ジル監督が、広島を舞台にオール日本人キャストで描く幻想的なラブストーリー『海の底からモナムール』が、2021年1月23日(土)よりシネ・ヌーヴォ他全国順次公開される(2021年1月緊急事態宣言発令のため公開延期)。

 10年ぶりに故郷の島に戻ってきた青年タクマを演じたのは『曇天に笑う』『貞子』の桐山漣。10年前、イジメに遭い、島の崖から飛び降りた女子高生・ミユキを清水くるみが演じた他、三津谷葉子、前野朋哉、杉野希妃らが共演する。

本作のロナン・ジル監督に、お話を伺った。



■エリック・ロメールに注目された音楽。『美しき結婚』に携わったことが映画のキャリアにつながる。

━━━音楽監督としても有名なロナン・ジル監督ですが、今までのキャリアを教えてください。

まだ10代の頃、音楽制作で初めて映画の仕事に携わりました。当時、エリック・ロメール監督は映画学校で教えており、私の友人はロメール監督のクラスで短編を撮ったのです。その作品の音楽は僕が担当したのですが、ロメール監督自らが生徒全員の短編をチェックしていたそうで、監督から自分の映画の音楽をやってみないかと連絡をいただき、ロメール監督作品に参加しました(『美しき結婚』)。本当にラッキーでしたね。その後は映画だけでなく、テレビの音楽も手がけていきました。ミュージシャン志望だったのですが、家族の希望もあり、『美しき結婚』参加から1年後に大学の法学部に進んだところ、映画のエンドクレジットに私の名前があるのを見つけた教授がいたのです。映画産業にコネクションがあると思われた私は、フランスで映画に関する新しい法律ができたところだったので、教授からリサーチを頼まれ、それがきっかけで映画の契約や共同製作など映画にまつわる法律のスペシャリストにもなれました。その後短編を自分で監督するようにもなりました。


━━━短編はどんなテーマの作品だったのですか?

私が撮るのは、いつもちょっと変わったラブストーリーです。どうしてお互いが分かり合えないのか、コミュニケーションがうまくいかないのかを、ミステリー仕立てで描いています。カップルはコミュニケーションが難しいですから。



■溝口健二『雨月物語』で日本の幽霊に興味を抱く。

━━━日本の文化にも関心を寄せておられるとのことですが、何がきっかけだったのですか?

子どもの頃近所に溝口健二や成瀬巳喜男、小津安二郎などすごく昔の日本の映画を観ることができる映画館がありました。溝口健二の『雨月物語』で幽霊を見てから、日本の幽霊に興味を抱きましたね。『リング』もフランスで人気がありましたし、日本映画で幽霊をたくさん観ることができました。


━━━本作を撮るきっかけは?

幽霊の話はあくまでも比喩で、コミュニケーションの問題を描いた作品です。日本的要素とフランス的要素をミックスすると、幽霊が登場するラブストーリーが作れるのではないかと思いました。ホラー的要素もありますが、バイオレンス的描写や、やたら恐怖感を煽るような描写はありません。もう一つの要素として、学校でコミュニケーションがうまくできない子がいじめられるという問題を描いています。日本ではアニメや映画でもよくいじめの場面が描かれますが、フランスでは学校でいじめはあっても、映画であまり描かれることはありません。若い世代にも観てもらいたいので、学校で起こっているいじめにも触れています。



■フランス人は幽霊の映画に興味がない。日本だからこそ実現できた作品。

━━━日仏合作になった経緯は?

このストーリーは前々から原案をメモしていたのですが、私はフランス人なので日本で撮影するのは難しいと思っていました。プロデューサーの小野さんと映画館で親しくなり、日本の幽霊について話をしていた時に、私が温めていた原案を話したところ「是非、映画を作ろう」と声をかけていただいて、夢が実現に向けて動き出しました。フランス人は幽霊の存在を信じませんし、幽霊の映画はあまり興味がありません。文化が全然違いますから、フランスでこの映画を作ることはできなかった。ヒロインの若い女の子は愛されたいと願っているのですが、生きている時に愛されなかったという呪いのようなものが出てきます。最後にやっと愛されるのがすごくロマンチックで、僕が表現したいことの比喩にもなっています。日本だからこそ実現できた作品なのです。


━━━本作は、海がもう一つの主役でもありますが、なぜ広島の瀬戸内海で撮影したのですか?

広島にいる友達が紹介してくれたのですが、瀬戸内海がとても素晴らしく、ここで是非撮影したいと思いました。また、広島の隣にある小さい村に藁ぶき屋根の家があり、とても魅力的で、日本の田舎の風景も綺麗にとれると思ったのです。瀬戸内海は小さい島がたくさんあり、島にはお年寄りばかりで若い人が少なく、若い人は都会に憧れている。そんな現場を見ていると、どんどん物語が膨らんでいきました。瀬戸内海は霧っぽい感じがとても魅力的で、少し怖さを感じる雰囲気がありますね。日本は暑いときは湿気が多いので、光がグレーっぽい色合いになります。南仏など、暑い時の海はコバルトブルーなのでミステリアスな雰囲気は全くありません(笑)。



■キャスティング秘話と、2組のカップルに込めた狙いとは?

━━━主要なキャラクター、それぞれイメージ通りのキャスティングができたとのことですが、どんなイメージでキャラクター造詣を行っていったのですか?

桐山漣さん演じるタクマは写真を撮るなどアーティスティックな面があり、普通の田舎の男の子より感受性豊かで、しかも男前。ただ、自分のことを男前という意識はないというキャラクターです。タクマだけが、村の中でいじめられていたミユキに声をかけるのです。桐山さんは私が書いた日本語の台詞を直してくれ、シナリオを読んでキャラクターを理解するまで色々質問してくれました。一方、ミユキは元来シャイですが、一瞬で全く違った表情を見せます。それこそ一瞬で目の表情が変わる重要なキャラクターです。ドラマや映画、Youtubeなどから友達が色々な人の動画を送ってくれ、最終的には清水くるみさんに演じてもらいました。彼女は水中のシーンが多いので、体力的にも大変でした。また、神社のシーンでは、日頃マンガばかり読んで他人とのコミュニケーションを閉じているミユキが、突然タクマに信じられないことを言いますが、うまく感情をコントロールできず、感情が爆発する様子を見事に演じてくれました。タクマの彼女を演じた三津谷葉子さんは、標準的な28歳の女性を演じてもらいました。美人なのですが、価値観も生活も標準的で、撮影中はとてもコミカルでした。タクマの幼馴染役を演じた前野朋也さんはいつもコミカルだけど、演技ではすごく真面目。初めて話をしたときに、すぐ前野さんなら上手く演じられると分かりました。桐山さんとのバランスも良かったですね。


━━━男女4人のバカンスがとんでもない方向に転がっていきますが、4人の中で唯一幽霊を信じていないキャラクターを演じていたのが、前野さん演じる幼馴染の彼女役である杉野希妃さんでしたね。

杉野さんとはヨーロッパの映画祭で知り合ったのですが、ヨーロッパ人のような考え方の持ち主なので、幽霊を信じていないキャラクターが必要でした。全ての役が幽霊に対して違う視野を持ち、またカップル間のコミュニケーションにおいても、違う考え方を持っています。タクマのカップルは結婚を真剣に考えていたり、ミユキの影を感じてシリアスな局面にも陥ります。一方、前野さん演じる幼馴染のカップルは、釣りをしたり、未来に対しての心配をせず、気楽に付き合う関係性で、違うカップルの関係を見せています。社会の中には様々なタイプがあるということを、このカップルで比喩的に表現しています。私が思うに多分幽霊は愛にも似ていて、愛も若い頃は信じているけれど、年を取ると忘れてしまうし、そして愛も怖いでしょ?(笑)。



■テーマ音楽をキャストに聞かせることで、僕が考えている方向性を理解してくれた。

━━━確かに愛は魅力的ですが、怖くもあります。最後のシーンは非常に美しく印象的でしたが、最初からあのラストと決めていたのですか?

私はシナリオを書く時、最後から始めるのです。頭の中にあるテーマから、最後は幽霊がどうやって復活するのか、そこからシナリオを書いていきました。音楽のテーマもこのシーンのために作りました。暗くロマンチックな雰囲気を最初に音楽で作っておくと、脚本を書く時にも助かるし、キャストやキャメラマンに説明する時も、音楽を聞いて雰囲気を掴んでもらいました。言葉よりも分かりやすかったと思います。フランス語だと細かいニュアンスを伝えられますが、私の日本語ではそこまで伝えられないので、映画を作る上で大きな助けになりました。キャメラマンも、このテーマ音楽を聞かせることで僕が考えている方向性を理解してくれ、自分のイマジネーションをプラスして撮影に臨んでくれました。


━━━キャメラマンはセドリック・クラピッシュ監督作常連のドミニーク・コランさんですね。

ギャスパー・ノエ監督の作品も撮っている売れっ子で、私の映画にもいつも参加してくれる友達です。日本で映画を撮るからと誘うと、「日本に行ったことがないから、行きたい!」と二つ返事でOKしてくれました。日本のスタッフとボディランゲージでコミュニケーションをとっていましたね。私が最初から最後まで全部の絵コンテを100ページぐらい作り、その日何をするかを伝えていました。




■パリで感激の声。「田んぼがこんなにフォトジェニックだとは思わなかった」

━━━日本のスタッフとキャストと共に広島で撮影をした感想は?

本当に楽しかったです。パリに住んでいる日本人の編集やカメラマンの方が、映画を観た時に「田んぼがこんなにフォトジェニックだとは思わなかった」と感動してくれました。日本人の皆さんからすれば見慣れた風景でしょうが、フランス人の私からすれば、田んぼにサギが飛んでいる風景や、田んぼの真ん中に学生服を着た生徒たちが歩いていく姿が素晴らしく、映画に使って良かった。渋谷の風景とか、『ロスト・イン・トランスレーション』など、日本はいつも同じイメージがありますが、そうではないイメージを見せたかったのです。


━━━最後に、日本の皆さんにメッセージをお願いします。

幽霊やラブストーリーの部分は感じ取りやすいと思いますが、もっと深いところではコミュニケーションの問題を描いています。観客の皆さんが、自由に感じ取ってください。映画を観て楽しむ、すぐに怖いと思う。そしてその翌日もこの作品についての会話が続いてくれればうれしいです。

(江口由美)



<作品情報>

『海の底からモナムール』(2017年 日本・フランス 84分)

監督:ロナン・ジル

出演:桐山漣、清水くるみ、三津谷葉子、前野朋哉、杉野希妃

2020年12月4日(金)~アップリンク吉祥寺、2021年1月23日(土)〜シネ・ヌーヴォ他全国順次公開(2021年1月緊急事態宣言発令のため公開延期)。

公式サイト⇒https://uminosoko-movie.com/ 

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