「自然と人」の視点を加え、縄文土器から宇宙船のニューセラミックまでを紐解く 『陶王子 2万年の旅』柴田昌平監督インタビュー
『森聞き』『千年の一滴 だし しょうゆ』の柴田昌平監督が中国のスタッフと共同制作し、陶磁器の歴史を地球規模で紐解く『陶王子 2万年の旅』が、1月16日(土)から第七藝術劇場、1月29日(金)からMOVIX京都、順次元町映画館 にて公開される。
本作では各時代の陶磁器から作られた陶王子がナビゲート役として登場。陶王子の声にはのんが扮し、縄文土器からはじまる陶磁器の歴史を時には喜びに満ち、時には絶望を覚えながら、その時代の陶工たちの思いまでも代弁する。人間が土や粘土で遊んでいた時代も振り、土器ができる原点にも思いを馳せる。今現在使っている陶磁器や食器たちが、はるか昔から繋がっているという大いなるロマンを感じられる壮大なドキュメンタリーだ。
本作の柴田昌平監督にお話を伺った。
━━━陶磁器2万年の歴史を、まずは土をいじるところからスタートさせる壮大な作品ですが、前作の『千年の一滴 だし しょうゆ』がきっかけになったそうですね。
柴田:僕は基本的に物欲や所有欲がないので、陶磁器について一般的に有名なものは知っていても、それほど深い知識は持っていませんでした。ある時『千年の一滴 だし しょうゆ』をご覧になったマリー・ルイーズさんというフランスの女性の方から、陶磁器の歴史を解き明かす作品を作りませんかと40ページぐらいの資料が届いたのです。フランス語は全くわからないので、なんとか翻訳して読んでみると、縄文土器から始まり、最後宇宙船にまで活用されているニューセラミックまでセラミック(陶磁器)のトータルな意味をドキュメンタリーで取り上げようとされている。このようなスケールの大きい作品は観たことがないので、この題材に向き合ってみたい、やりたいと思いました。マリーさんは文化的な側面で組み立てておられましたが、僕はそこに「自然と人」という視点を入れたいと思いました。そもそも粘土は何なのかを調べると、実は粘土は地球にしかないわけです。だから地球上でどういう粘土があるのか、炎とぶつかるとどんな化学反応を起こすのか。東洋的な感覚と西洋的な感覚をミックスさせながら、当初は『千年の一滴 だし しょうゆ』のプロデューサーだったリュックも交えてディスカッションを重ねていきました。
■陶磁器人形アニメーション作家、耿雪 (ゴン・シュエ)との出会いが作品の原動力に。
━━━陶磁器2万年の旅をナビゲートしてくれた陶王子の存在が人形アニメならぬ陶磁器人形アニメで展開していたのが素晴らしかったですが、様々な材質からなる陶王子を作るアーティストとはどのように出会ったのですか?
柴田:企画をし始めて三年ぐらい経ち、ようやくロジックが立ってきたのですが、それだけではお勉強だけのドキュメンタリーで終わってしまうという危惧がありました。既存のドキュメンタリーの文法でも難しいと思い、世界中のセラミックアーティストを色々調べていた時に、偶然、耿雪 (ゴン・シュエ)さんが大学の卒業制作として作った人形アニメーションがYoutubeにアップされていたのを見たのです。焼き物でアニメを作っていくことや、無機質なものが急に生き物になったような感覚を覚えることにびっくりしました。耿雪さんがこの作品に参加してくれるのなら、まだ資金は足りていなかったけれど、この作品を完成させるために全力で駆け抜けようと思いました。それぐらい彼女の参加はこの作品にとって大きな原動力になったのです。
━━━陶王子を土器版から陶磁器版まで、陶磁器2万年の旅に合わせて全て一人で作っておられたのには感嘆しました。
柴田:耿雪さんは北京在住ですが、映画でも登場した景徳鎮に行けばどんな土の材料でも手に入れることができるんです。こんな土はどうかといえばすぐに探して試し焼きもできますし、釉薬もすぐ手に入る環境なんですよ。今でこそ観光客が訪れる焼き物の総本山的場所になっていますが、文化大革命の時代は伝統文化が破壊されていたので、小さな工房は破壊されてしまった。今はその破壊から立ち直りつつあるとはいえ、まだ復興の途中と言えるのではないでしょうか。
━━━時代の流れとともにどんどんと陶磁器の文化を吸収していく陶王子のキャラクターは、誰を反映しているのですか?
柴田:僕にとっては知らないことだらけだったので、自分の知的好奇心を満たしたいという気持ちで作っていたという点では、陶王子は僕自身を反映しているとも言えますし、最後に陶工が釜に身を投げてしまうシーンは、耿雪さんが最初に絵コンテを書いてくれたのです。陶磁器を作っては思い通りのものができずに身を投げてしまう陶工は、今でこそ著名になりましたが、まだ葛藤の最中で、精神的に苦しんでいた時期だったという耿雪さん自身であったり、彼女を含めた中国の陶工たちの苦悩を反映しているのかもしれません。一方で、メソポタミアで意気揚々とし、「僕は絶頂期だった」と陶王子が自信たっぷりに語るシーンは、本作の美術を担当している今井加奈子さんがアイデアを出してくれました。時には中国のカメラマンのアイデアを取り入れたこともありましたし、色々な人格が入り、みんなで作った作品になっています。
■性別を感じさせず、あどけなさや透明感を表現できるのは、のんさんしかいない。
━━━本作の語りであり、陶王子の声を俳優、のんさんが担当しておられます。マットな声質で、観客と歩調を合わせるかのように、ゆっくり語りかけてくれ、心地よく2万年の旅に誘ってくれました。
柴田:あのような語りができるのは、のんさん以外にいない。このキャスティングは僕自身の強い希望でした。高貴な感じも必要ですが、あどけなさや透明感も必要です。それをキャラクターとして作った声ではなく、本人が持つ地の声だけで表現できる人を20代で探すと、他には思いつかなかったのです。男性らしいとか女性らしいという性別を感じさせない点も重要でした。
━━━映画では粘土をこねる子どもたちの姿が映り、土器になる以前は今でいう写真のような形を記録する役割を担っていたという指摘は非常に興味深かったです。
柴田:熊谷幸治さんは「必要から土器が生まれたのではない」とおっしゃっていましたが、元々は粘土で遊ぶことによってそれが記憶になっていたわけで、遊びの中でつい発見しちゃったという実感が楽しいなと思いましたね。陶器の遊び心というか、「もっと遊んでいいんだよ」と語りかけてくる。子どもの教育でも、「こういう形を作りなさい」というのではなく、遊び心がきっと必要なんでしょうね。放っておけば、六人の子どもたちがそれぞれ全然違うものを作っていましたから。
■安くて丈夫な磁器にこそ、最初の土器からの歴史がある。
━━━最初は遊び心で生まれた土器が、時代を経るにつれ、権力を誇示する象徴になったり、特に後年ヨーロッパでは、政治的な思惑が絡むなど、人間の欲そのものの写し鏡になってしまっていることに気づかされました。
柴田:中国の毛継東さんは、中国の国宝も撮影するような著名なカメラマンなのですが、今回彼と一緒に仕事をして、最後に言っていたのは、国宝も大事だけれど僕たちが日頃使っているような、安くて丈夫な磁器にこそ、最初の土器からの歴史があるんだよねと。スタッフの中ではそういう思いに至っていましたね。
━━━日本人はマイコップを持っているのが普通という文化で、陶磁器が生活に密着していますが、これは他の国にも見られるのですか?
柴田:マイコップとかマイ茶碗を使うのは、日本だけではないでしょうか?中国は金属器こそ最上級という時代がありましたが、日本は縄文時代からはじまり金属器が土器より上になった時代はないと思うのです。中国はずっと金の器で食事をしていたけれど、明の時代になってようやく磁器で食事を摂るようになったそうで、日本は大陸から切り離され、農耕ではない文明が長く栄えたという地理的環境が今も息づいている気がしますね。日本は土が豊富で、森も豊富なので、一県ずつに焼き物の産地があるぐらいですから。
■本作のルーツは『森聞き』
━━━日頃手にする土器や陶磁器にも歴史が宿っているなと実感しましたね。
柴田:『森聞き』は山で仕事をしている人たちを高校生が訪ねて、話を聞くというドキュメンタリーで、僕のルーツと言える仕事だったのですが、その中で焼畑をしているおばあちゃんのパートがあったのです。今度はそれをもっと掘り下げたドキュメンタリーを作ると、その作品を気に入ってくれたフランス人のプロデューサーが参加して『千年の一滴 だし しょうゆ』を作ることになった。そこから本作につながった訳で、『森聞き』がルーツになっていますね。
━━━今回、日本と中国を中心に取材をされて、陶磁器に対する考え方や使い方の違いを感じましたか?
柴田:中国での陶磁器の位置付けは、日常使いでもある一方、自らの象徴としてどんな家でも必ず日常使いプラスアルファの置物があるんですよ。日本はプラスアルファがマイコップとなる文化で、中国のマイソサイアティにいく文化との違いを感じましたね。日本人は柳宗悦らによる民藝運動で完成していない美も含め、侘び寂びも結びつきながら、小さいところに入っていく美意識がある。
もう一つの発見だったのは、中国人は縄文土器を知らないということ。きっと教科書に載っていないのでしょうね。美術学校を卒業した耿雪さんですら「なんとクリエイティブな土器があるのか!」とすごく驚いていました。そんな耿雪さんも普段使っているのは日本から買って帰ったキャラクター入りのコップだし、景徳鎮で会った若い作家で、作っているのはすごく透明度のある磁器だけど、彼が普段使っているのは日本から持ってきた日常使いの陶磁器なんですね。よりパーソナルな空間に入っていった時、焼き物が一番落ち着くのかなと思います。これだけモダニズムやグローバリズムが進んだ世の中でも、民藝運動が提唱したことは意味を持つ気がしますね。
━━━この作品を観て、久しぶりに土を捏ねて、陶芸をしたくなりました。
柴田:日本人は修学旅行だとか、旅行先で誰でも一度は陶芸を体験したことがありますよね。中国でもせいぜい人口の1%ぐらいでしょうし、こんなに陶芸体験のある民族は、他にはないと思います。
(江口由美)
<作品情報>
『陶王子 2万年の旅』
(2021年 日本・中国 110分)
監督:柴田昌平
語り:のん
人形製作:耿雪 (Geng Xue ゴン・シュエ)
2021年1月16日(土)から第七藝術劇場、1月29日(金)からMOVIX京都、順次元町映画館 にて公開。
※第七藝術劇場1/16の上映後、越智裕二郎(西宮市大谷記念美術館 館長)、土渕善亜貴(京焼 清水焼 陶あん 4代目当主)、柴田昌平監督によるトークショーあり。
1/17の上映後、食のエキスパート×柴田昌平監督によるトークショーあり。
公式サイト⇒http://asia-documentary.kir.jp/ceramics/
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