『春江水暖~しゅんこうすいだん』富春江の美しさたるや!絵巻物のように綴る三世代家族物語
中国の河は本当にスケールが違うなといつも驚かされる。そしてジャ・ジャンクーの『長江哀歌』をはじめ、河を題材にした映画には傑作が多い。この『春江水暖~しゅんこうすいだん』も、本作の脚本も手がけたグー・シャオガン監督の故郷の富春江が舞台だ。壮大な河の景色やその四季を映し出すだけでなく、富春江で行われている人の営みが同時に映し出されているのも魅力的。次男夫妻は船暮らしで、魚を穫って生計を立てているし、何気ないシーンのようで見るものを驚愕させるのが、長男夫妻の娘、グーシーの恋人で学校の先生のジャンが、グーシーは歩いて、ジャンは河を泳いで、目的地を目指すシーンだ。
カットを割らず、ひたすら泳ぐジャンの姿をカメラが横にスライドしながら、長回しで延々と捉え続ける。その中には、河岸で様々な人の営みが映り込むだけでなく、ジャンとは逆行してカラフルな浮きをつけて泳ぐスイミングの集団もいたりして、日本の川ではなかなかお目にかかれない風景だ。タイトルに絵巻物と入れたのも、まさに日本でもかつてよく描かれた絵巻のように一枚の横長の絵の中に様々な人の営みが表現されているのを映画に取り入れ、三世代家族の物語を立体的に綴っているのだ。仰々しさはなく、あくまでも自然に。でもよく見ていると、ある時点で画面の中のメインの人物がスイッチしていく。一つの画面の中でいくつものレイヤーを発見して楽しむことができる、まさに何度でも見たくなる傑作だ。
物語は、グー家の母で4人の息子を育て上げたユーファンの盛大な誕生祝いパーティから始まる。日頃バラバラの兄弟や親戚が一同に会すおめでたい席には、まさにこれから登場するオールキャストが登場。華やかで効果的なオープニングだ。実は本作の登場人物は、ごく一部の俳優を除き、ほとんどがグー・シャオガン監督の親戚。しかも実際に彼らが営んでいる仕事をキャラクターの職業にしているので、ドキュメンタリーのようなリアルさがある。食堂を営む長男夫婦は現在母ユーファンと同居しているが、長男嫁とは馬が合わない。一方娘のグーシーはおばあちゃん子で、自由恋愛でジャンとの結婚を望み、結婚相手を選ぶ自由もなく2度の結婚をした自身の体験からユーファンもグーシーの背中を押す。次男夫婦は息子のために再開発の立ち退き料で家を買おうとしている。男手一つでダウン症の息子カンカンを育てる三男は、借金を重ね、ついに裏稼業に手を出してしまう。30代半ばで独身の四男は取壊し現場で働きながら、勧められた見合いをするのだが…。
年老い、痴呆症を患うユーファンの介護問題、トラブルメーカーの三男が引き起こす問題、グーシーの結婚問題と一家は様々な問題を抱えながら、富春江の四季折々の自然が人間の営みを包み込むように、穏やかに挿入されていく。四季ごとの中国の伝統行事を取り入れ、中国の人々の営みをつぶさに遺していく試みや、2022年冬季オリンピック開催地としてかつての北京オリンピックの時のように急速な発展と言う名の破壊を余儀なくされている富陽の変わりゆく姿も遺している。そこにグー・シャオガン監督の使命感のようなものを思わずにはいられない。
冬、雪の季節はまさに中国の伝統的な山水画のような景色が広がる。発展の方向に邁進してきた中国にまだ残されている景勝地だ。そこで交わされる祖母と孫娘の会話は、かつて私たちにもあった祖父母との時間を思い出させてくれる。後ろに山があり、ずっと降りていくと広大な富春江が広がるロングショットは、実は今私自身が身近にある神戸の風景にも重なる。山あり大河ありのフォトジェニックなロケーションを最大限に活かし、そこに家族それぞれの物語を丁寧に重ねた壮大な絵巻物。押し付けがましくない自然な表現は、エドワード・ヤンなどに通じるものがある。宋代きっての文豪、詩人の代表的な詩からとられたというタイトルの春江水暖(しゅんこうすいだん)に、グー・シャオガン監督作品の文学的な深みも感じられる。ビー・ガン監督(『凱里ブルース』)のように映画の可能性をさらに広げようとする若き俊英のデビュー作は、改めて中国映画界の層の厚さを実証してみせた。
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<作品情報>
『春江水暖~しゅんこうすいだん』(2019 年 中国 150分)
監督・脚本 : グー・シャオガン
出演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン
配給:ムヴィオラ
公式サイト:http://www.moviola.jp/shunkosuidan/
2月11日(木・祝)からBunkamuraル・シネマ、2月19日(金)からテアトル梅田、京都シネマ、3月13日(土)から元町映画館 他全国順次公開
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