若い旅人たちの声が未来に届くことを想像しながら 『二重のまち/交代地のうたを編む』小森はるか監督、瀬尾夏美監督インタビュー
東日本大震災後、かさ上げ工事がされ、かつての街の風景が一変してしまった陸前高田市。日本各地から選ばれた4人の若い旅人たちが陸前高田市でちいさな継承の種を受け取る様子を映し出すドキュメンタリー映画『二重のまち/交代地のうたを編む』が4月2日(金)より出町座、4月3日(土)よりシネ・ヌーヴォ、初夏元町映画館他全国順次公開される。
監督は東日本大震災後のボランティアをきっかけに陸前高田に移り住み、人々の記憶や記録を遠く未来へ受け渡す表現を続けてきたアーティスト小森はるかと瀬尾夏美。今回は二人によるプロジェクトで、瀬尾監督が2015年に、震災から20年後の2031年の人々の姿を想像して描いた物語「二重のまち」を道しるべに、旅人たちが街の人から聞いた話を自分の言葉で語り直すワークショップを通じて、話を聞くことや、継承の始まりを体現するような彼らの声を映像で綴っている。旅人たちが自由きままに歩きながら、見つめた先にある陸前高田の様々な風景も、震災を経て変わるもの、変わらないものを静かに映し出す。
本作の小森はるか監督、瀬尾夏美監督に、お話を伺った。
■今までの10年間にあったこと、一つ一つを思い出すタイミング(小森)
この10年間、メディアとしていかに街に関わり続けるかを選び、続けてきた(瀬尾)
――――瀬尾監督と小森監督が最初は陸前高田に旅人として入られ、そのまま10年間この地で取材をしながら暮らしてきた土台があるからこそできた作品だと思います。最初に、陸前高田での活動を振り返っての感想を聞かせてください。
小森: 陸前高田での10年間で色々な節目があり、その都度、街の風景や人の気持ちが変わる様子を見てきました。今は新しいまちでの生活にも馴染み、穏やかな生活を送っている方が多いと思うのですが、その一方で津波の後の草原のままだった時間や、その間に人々が色々な営みをしていた時間との距離が生まれてきています。今までの10年間にあったこと、一つ一つを思い出すタイミングでもありますね。『二重のまち/交代地のうたを編む』をはじめ、過去作品の特集上映もやらせていただく機会があったので、自分自身もこういう時間があったなと思い出していたところです。
――――映画で旅人たちが朗読した「二重のまち」は、2015年に瀬尾さんが書かれたそうですね。
瀬尾:私たちは旅人だったというより、旅人でいるためにどうすればいいかをずっと考えているんだと思います。陸前高田に住むようになった頃は、どういうスタンスでまちに関わればいればいいのか悩んだ時期もありました。ただ、地元の方から「あなたたちは、すこし距離を取って話を聞いたり書いたりすることでできることがあるし、そうでなければ表現者ではいられなくなるんじゃないの?」と言われたことがあって、生活者としてそこで落ち着くのではなく、メディアとしていかに街に関わり続けるかを選ぼうと思い、それを続けてきました。
――――メディアとして関わる中で、どんな変化がありましたか?
瀬尾:街の人たちとの関わり方がつねに変化していくのと同時に、話の聞き方も変化してきました。最初は私が現場で聞き取りをするという単純な形でしたが、たとえば「波のした、土のうえ」という作品では、私が聞き取った話をテキストに起こし、ご本人に手直ししていただいたうえで朗読してもらいました。その後は、「二重のまち」の朗読会などを通して対話の場を設けたり、そして「交代地」のプロジェクトでは、(陸前高田の)外の人が聞き手になることにより、新たな語り方が生まれてくる、ということに取り組んでいます。対象と距離が近づきすぎると、お互いに話さなくても伝わると思い込んでしまう。そうではなく、本当に聞けているのか、今聞くべき言葉はどこにあるのかをずっと問い続けること。それは常に気を付けています。
■全体を把握せず、管理するべきことと自由にそこにいることのバランスを取る(瀬尾)
そこにいるのは旅人と被取材者だけという環境を作る(小森)
――――今まではお二人で活動を続けてこられましたが、今回は全国から4人の聞き手となる若者を選び、彼らと2週間のワークショップを行う中で、新しい取り組みをされています。地元の方をはじめ、多くの方が関わるプロジェクトになりましたが、心がけていたことがあれば教えてください。
瀬尾:4人の旅人、撮影陣や制作回りのスタッフ、食事の用意をしてくださる方、そして地元の方たちがいつも出入りしているような状態だったので、全体を把握しようとないことが大事だと思っていました。私の担当は、語りを聞いていくための場づくり、ワークショップの運営でしたが、それぞれの現場で生まれている会話の全てがとても価値のあるものだったと思います。旅人同士が話している内容でも、聞きこぼしたくないような言葉本当にたくさんあり、色々なところでそれぞれが貴重な経験をしている。でもそれを管理したいとか、記録したいと欲張りになってしまうと、皆がしんどくなってしまう。だから、ワークショップでは、それぞれの旅人たちがきちんと語れるような場にすることに専念し、管理するべきことと自由にそこにいることのバランスをどう取るかに注力しました。
小森:旅人が話を聞く陸前高田の方たちからすると、撮影現場の中では私たち二人が一番近しい人たちなので、私たちが現場にいるとこちらに向かって話しかけてしまう可能性が高い状況でした。でも今回の制作では、私たちはできるだけ透明な存在になり、カメラは記録するだけの存在で、そこにいるのは旅人と被取材者だけという環境を作ることに注力しました。また協力してくださった方たちもその意図を理解してくださいました。私が撮影現場に行っていないところも多々あるのですが、今までは全て一人でカメラを回していたので今回はそういう形でも役割を手放せてよかったです。現場にいる人それぞれの役割に委ねながら進めていくことができるような時間が作れたと思います。
――――2週間という短期間ではありますが、他の地域からやってきた旅人のみなさんが聞き取りを重ねる中で、どんな変化がありましたか?
瀬尾:「交代地」のプロジェクトの肝のひとつは、それぞれが朗読する前に話している「語り出し」のテキストが生まれたことだと思っています。「これは私がおばあさんになった未来の話です」とか、「お父さんへのお返事のようなお話です」というのは、ワークショップの終盤に出てきた語りです。当初の私のイメージとしては、「このテキストはこういうお話です」という紹介文のようなものは、もっと簡単に言えるものだと思っていたのですが、最初はたどたどしくて。でも、地元の人から聞いた話を、なんとかして自分の言葉で「語り直し」ていこうとする旅人たちと対話を重ねていくなかで、聞き手から語り手へ変化していくためには、彼ら自身が自分のことを知るのが重要なのだと気づいていきました。
■話を聞くためには自分のことを知り、自分の立場を決める時間を持つことが必要(瀬尾)
――――自分自身との対話が必要ということですね。
瀬尾:話を聞くというと、単純な受け身の行為と思われがちですが、じつはそうではなくて、相手が何を話したいのか想像しながら、「なるほど、こういう意味ですか?」「私はこう思います」どの意思表明をしたりと、主体的な態度も必要です。それには、同時に聞き手である自分がどういう人であり、どういう立場でここに立つのかを考えることも必要です。ワークショップの後半で何かが足りていないと思い、旅人たちに自分の故郷のことを語ってもらう時間を作りました。話してくれた相手に対して接するのと同じくらい、旅人自身が自分を丁寧に扱うことで、ようやく自分の立場を決めて、相手の話を「語り直す」ことができるようになるのだと思います。
もう一つ興味深かったのが、映画を見てくれた方から「非当事者が当事者とどう関わるかという映画ではなく、聞き手が当事者性を回復していく過程を映しているんですね」と感想をいただいたことです。震災のような大きな出来事があれば、様々な形でそれを目撃してしまう。そうすれば、だれもが当事者性を持ちます。でも、それは社会的な抑圧によって隠されてしまい、どう関わって良いのか悩んでしまう。自分はこういう風にショックだったとか、こういうことに気が付いたとか、その体験を話すことによって自分を知って、それぞれが当事者性を回復する。旅人たちにとって、この15日間の自分自身への向き合い方は、今後の生活にも影響を与えているのではないかと思います。
――――旅人、一人一人が語り直すシーンは、シャープな映像の中、悩みながら、自分の言葉で伝え、継承しようとする彼らの気持ちが言葉とともに伝わってきました。
小森:ワークショップの過程でカメラに向かって語り直すことが必要だというのは、瀬尾の判断でした。瀬尾が出演者に対して聞き取をしていった中で、語り直してもらいたいエピソードの始まりをテキストにし、その紙を手元に置いた状態で撮影を行いました。語ることを全て書いているわけではないので、続きを自分自身で思い出しながら語っていくのです。そこで自然と本人とテキストの間に語りが生まれ、それがカメラに記録されていく。パフォーマンスを撮るのでもなければ、カメラ目線の語りを撮るのでもない。発話する瞬間に起きていることや、そこで他者を想像している光景、いろいろな表情が真正面から写っていく、ということが起きたのは、映画のシーンとしても良かったと思います。
――――旅人たちが街を歩くシーンも本作の見どころですが、ロケーションの選定や撮影について教えてください。
小森:「二重のまち」は春夏秋冬の4つの章があり、それぞれのお話の中に描かれている風景に近しい場所を歩いてほしいという気持ちが私の中にありました。歩き方をこちらで指示するのではなく、なんとなくロケーションと歩く場所を決め、どこに歩いていきたいか、どのぐらいの距離を歩くかは旅人たちに任せました。すると、撮影のために歩いているのではない身体が写っていきました。彼らは自由に軽やかに歩き始め、気になる場所を見つけたらそちらに向かっていったり、撮影はおかまいなしで自分のスピードで歩いてくれました。明確な絵作りをするのではなく、旅人たちに任せて、歩く時間をカメラも一緒に過ごしたという感じでしたね。
■映画の各シーンから、旅人たちが「どのように居てもいい」ことが伝わってくる(瀬尾)
――――歩くことは旅人には必須であり、映画の中でも時間を割いていますが、瀬尾さんは歩くことやこのシーンについて思うことは?
瀬尾:4人の旅人たちが見ているものは、それぞれ全然違うものだったと思います。本当にその場所と関わりながら歩くような歩き方や、風景を見ながら自分のことを省みる歩き方、遊ぶように歩くなど、、「歩く」と言っても色々なことが映っている気がします。それによって、旅人たちがどうやってその場所にいたかが伝わってくるし、あの道をどのように歩いてもいいということが観ている人にとって新鮮だったかもしれません。どうしても被災をした場所に行くと「学ばなくてはいけない」とか、「何か情報を得なければいけない」というイメージがあるかもしれませんが、本当は色々な歩き方があり、ときに楽しんだり面白がったりしなければむしろわからないことがたくさんあります。歩くシーンに限らず、旅人たちが地元の人と関わっているシーンから、誰もがどのように居てもいいんだ、ということが観る人に伝わっているのではないでしょうか。
■旅人が大事と思った話が残っていくのだろうなと思う(小森)
――――地域の様々な物語、特に今回は被災をした地域の物語を継承する小さな種が蒔かれたと思いますが、今回このプロジェクトを映画化したことで見えたこと、また今後のビジョンがあれば教えてください。
小森:旅人たちが陸前高田の方に話を聞く中で、その方しか体験していないことを聞いた人もいるだろうし、他者の痛みや悲しみを受け取った分、誰かに伝えたいと思ったり、伝えることは難しくてもなんとか触れたいと思ったという実感は、彼らにとってとても大きいと思うのですが、それだけではなく純粋に陸前高田はきれいなところだったなとか、美しいと思った部分も同時にあったと思うのです。”継承”となると、伝えたいことの中にも優先順位ができてしまうのですが、いわゆる”当事者から非当事者への継承”において大事なこととはまた全然違う伝えたいものが、旅人たちの中からこれからも出てくると思います。どのようなことを伝えたいと思ってもいいし、これを語り継がねばならないということでもない。その人が大事だと思った話が残っていくのだろうなと思います。今回は旅人たちの声を記録し、それを映画の中でどのように聞いてもらうかを中心に考えて作りましたが、もっと先の未来に、どういう声の人がこの物語を読もうとするのか、この物語を必要とするのかを考えることは、今後私たちが作品を作る上でも、継承を自分なりに考えていく上でも大事なことだと感じます。
瀬尾:誰かに話を聞けば、何かを伝えなくてはと思わされてしまう、ということがあるのだと思います。震災が起き、「語らずにはおれない体験」がたくさん生まれた。語るのもしんどいけれど、それを体の中にしまいこんでいるのもしんどい。だから、実は聞き手を求めている、という人も多いと思うのです。同時代を生きるひとりの人間として「あのときどうだったんですか?」と問いかけたり、「教えてください」と聞かせてもらって、すこしでもコミュニケーションが生まれると安心感があるし、お互いに生きやすくなったりもするんじゃないでしょうか。
■しんどさを分かち合っていけるようになれば、継承は自然に生まれてくる(瀬尾)
――――実は聞き手を求めているというのは、災害から時間が経てば経つほど、より実感することなのかもしれませんね。
瀬尾:さまざまな当事者と非当事者の間に、分断や境界が生まれてしまっている状況が多くあると思うのですが、教えてくださいとか、手伝ってもいいですかとか声をかけることがやっぱり必要で、じつはそれが、語り伝えることのはじまりなのだと思います。
私たちのように、震災の当初から現場にいさせてもらってる者としては、とくにこれからは、当事者と非当事者の間をつなぐのが役割だと思っています。聞きたいとか分かりたいと思っている人と、語らねばと思っている人をつなぐ。そういうお節介があってもいいかなと感じます。震災に限らず、様々なマイノリティの問題など、社会にはいろんな問題があるので、誰かが抱えているしんどさや、語らずにはおれない体験を、少しずつみんなで分かちもつことができるようになれば、「継承」は自然に生まれてくるものだと思います。
(江口由美)
<作品情報>
『二重のまち/交代地のうたを編む』(2019年 日本 79分)
監督・撮影・編集・ワークショップ企画・制作:小森はるか
監督・作中テキスト・ワークショップ企画・制作:瀬尾夏美
出演:古田春花、米川幸リオン、坂井遥香、三浦碧至
4月2日(金)より出町座、4月3日(土)よりシネ・ヌーヴォ、初夏元町映画館、他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.kotaichi.com/
(C) KOMORI Haruka + SEO Natsumi
映像作家・小森はるか作品集2011-2020も同時上映
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