「家族に対するやりきれない思いを否定しない作品。私も救われました」 『グッドバイ』主演、福田麻由子インタビュー


 早稲田大学在学中、映像制作実習で是枝裕和監督の指導を受け監督作『よごと』を制作した宮崎監督の長編デビュー作『グッドバイ』が、4月16日(金)から出町座、4月17日(土)からシネ・ヌーヴォにて絶賛公開中だ。主演は『蒲田前奏曲』の福田麻由子。何事もそつなくこなすが、打ち込めるものがない主人公、さくらが会社を辞めてしまうところから始まる物語は、さくらと母との対峙や、保育所という新しい職場で、新しい出会いや体験を経て、離れて暮らす父の思い出を膨らませる様子を、桜の花が蕾から花開く様子に重ねて描いている。複雑な事情を持つ家族の日常に静かに寄り添いながら、家族それぞれの“グッドバイ”に気持ちを重ねたくなるヒューマンドラマだ。

 繊細な演技でさくらの内面を見事に表現した主演、福田麻由子に、リモートでお話をうかがった。




■『グッドバイ』への参加で、コンプレックスを取り払い、前向きな気持ちになれた

――――3年前にメイン部分の撮影、昨年大阪アジアン映画祭で世界初上映された作品が、この3月から東京、そして4月に大阪、京都と桜の季節に晴れて劇場公開されました。今のお気持ちは?

福田:本当にうれしいですし、監督をはじめ、宣伝チームのみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。この映画は私にとって、すごく特別な作品です。ありがたいことに10代の頃からいろいろな作品に携わる機会をいただいてきましたが、その中でぼんやりと「自分には足りないものがある」という感覚がずっとありました。最初からお仕事として俳優業に取り組み、例えばテレビドラマなどは自分が特別に観てもらう努力をしなくても、たくさんの人に視聴していただける環境にいたので、これではいけないという焦りを漠然と感じていたのです。今回宮崎監督の『グッドバイ』に主演として携わったことで、お芝居の面でも、作品作りの面でも、「私のコンプレックスはこういうことをやってこなかったところにあったのだ」と実感しましたし、そこに参加させていただいたことで、やっと次のステップに行くぞ!という前向きな気持ちになれました。


――――宮崎監督は脚本を書く時から、さくらを福田さんのイメージに重ね、結果的に当て書きのようになったとおっしゃっておられました。インディペンデント、しかも学生映画の監督からのオファーは福田さんにとって珍しいパターンだったと思いますが、脚本を読んだ印象や、出演を決めた時のことを教えてください。

福田:同世代の方が、ゼロから労力も気力も使って作る作品の主演に私を起用しようと思ってくださったことが、とてもうれしかったです。特に3年前の私は、仕事も人生も立ち止まり、実質仕事を休んでいた状態でしたから、そんな自分にこの思いを託してくださったことに感謝の気持ちでいっぱいでした。ただ、作品の規模は小さくても、関わる人が少ないからこそ、監督の思いや、そこにかける熱量はとても大きい。当時の私は宮崎監督の期待に応えられるのかという不安の方が勝り、お引き受けするまでしばらく悩みました。



■人生に幸せや熱量を見出せないさくらを自分に重ねて

――――本作のさくらも、一通りそつなく器用にこなすけれど、特別な熱量を向けるものがない、今まであまり映画で描かれなかったようなキャラクターですが、演じるにあたって、さくらの人物像をどのように深掘りしたのですか?

福田:さくらは、自分で自分を縛りつけている女性ではないかと思いました。若干の家族の事情はありますが、勉強もある程度でき、なんでも器用にこなせ、わかりやすい不幸な出来事があったわけではない。でも、さくらはその人生に幸せや熱量や欲望を見いだせていない。その状況がまるで私自身のことのようで、脚本を読んでいても苦しかったですし、宮崎監督が私に演じてほしいと思われたのは、こういう部分ではないかと思ったりもしました。さくらの心のあり方は現代的でもあるし、ある意味、一番不幸でもあります。何にも興味を抱けないというのは寂しいことで、過去の自分に重なるところが多かったです。

もう一つ、私と真逆だと感じたのは、さくらは女性と男性を完全に分けて見ている思考の持ち主だということ。私は父親ともすごく仲がいいですし、女友達、男友達と分けることなく友達というくくりで接してきたので、さくらの男性に対する壁の作り方や、そもそも理解できない生き物と思っている部分は、意識してその感覚を取り入れながら臨みました。



■「感情を言葉にしたくない」監督の意図に応えるためのチャレンジ

――――さくらのセリフは極力抑えめで、その仕草や表情で内面を表現するシーンが本作の魅力となっています。それはセリフをできるだけ減らすという宮崎監督の意図でもあったそうですが、どのように各シーンでのさくらの心情を組み立てていったのですか?

福田:本当にセリフが少なかったですし、脚本を読んでいるだけではわからなかったのですが、実際に宮崎監督とお話する中で、感情を言葉にしたくないという気持ちをすごく感じました。私も、だからこそ映画を撮るのだと思うし、さくらが「うれしかった」と口に出すようなことはしたくなかった。とはいえ、さくらのバックグラウンドが何もわからなければ演じられないので、さくらと母との過去にあった出来事や事実関係を質問したり、ディスカッションを重ねました。私は普段から頭の中で何でも言葉にしてしまう癖があり、その癖がいい方向に働くときもあれば、役者としての幅を狭めてしまっていると感じることも多いので、今回は自分の中のチャレンジとして、今はうれしいとか、悲しいと言語化しないように意識して演じました。


――――この作品は食べるシーンが多く、味の記憶が家族の記憶や、離れて暮らす父親の記憶につながっていきますね。

福田:「この味で育ってますから」というセリフにもあるように、家族の中の当たり前が、無意識のうちに自分の大部分を作り上げている。ある意味恐ろしいことでもありますが、そういう部分が食事で表現されているのだと驚きました。家族が自分に及ぼす影響の大きさはこの映画の主題だと思うし、脚本を読む段階からそれを理解していましたが、食事シーンの与えるメッセージ性についてはそれほど意識をせずに演じていました。むしろ完成した映画を観て「なるほど!」とすごく理解できましたね。通常食べる演技をするときは、どうしてもきれいに食べようとしてしまうけれど、家で食べる時は寝ている姿と同じように無防備さがあります。だから、あまりきれいなシーンにならないように心がけました。


――――きれいなシーンにならないという意味では、毎朝冷蔵庫から出した牛乳をパックのまま飲んでいたさくらが、父の横ではコップに入れて飲むという行儀良さをみせるくだりは、見事な演出でした。

福田:あの動作をすることで「何やってるんだろう、私…」という気恥ずかしさがあったのですが、あの演出がラストシーンにつなげる大きな役目を果たしていると思います。コップに牛乳を注いだ時の気持ちが一つの引き金になっていたので、心の中で「監督、さすが!」と思っていました。



■言葉では言い表せない女性同士の空気感が出ていた母、幼稚園児彩衣とのシーン

――――離れた父に思いを募らせる部分だけでなく、母との関係を描く部分も見所が多い作品です。母が子離れを決意するまで、もしくは夫と過ごした思い出の家を手放す決心をするまでの物語でもありますが、娘のさくらを演じて感じたことは?

福田:決して仲が悪いわけではないのですが、お互いに踏み込まない部分がしっかりとある。甘えている部分もある一方、少し怖いと思ってもいる。そんな、さくらと母との絶妙な距離感が、私と母の距離感と完全にリンクしていました。作品を作るにあたって、あまり自分の実体験と重なるのも良くないと思うのですが、『グッドバイ』に関しては思いきり冒険するつもりで、自分と母との関係を重ねてしまおうと決めて臨みました。だからある意味すごく自然に演じましたし、演じながらすごく理解できる気がしました。母に対してだけでなく、保育所で面倒を見ている彩衣ちゃんとも、年の差はありますがどこか踏み込めない、ヒリッとした部分がある一方、女同士でわかり合えている部分もある。いろいろなものが漂う女同士の関係性がこの両者を通じて描かれ、本当にリアルだなと演じていても思ったし、作品を見ても改めて思いました。母とのシーン、彩衣ちゃんとのシーンは女性監督だから描ける、言葉では言い表せない女性同士の空気感が出ていて、とても気に入っています。



■家族が作った自分にどれだけ“グッドバイ”できるかが、自由な人生を送るためには重要

――――タイトル『グッドバイ』に重ねてお聞きしますが、さくらは何にグッドバイをしたと思いますか?

福田:すごくシンプルですが、家族であり、家族が作った自分ではないでしょうか。同世代の友達と話をする中で思うのは、自分の人生観や恋愛観に家族が与える影響はとても大きく根深いということ。大人になれば自分の人生を自分で選び、そこに責任を負わなければならない。家族が作った自分にどれだけ“グッドバイ”できるかが、自由な人生を送るためには重要なことではないかと思っています。思った以上に家族の影響は大きいと改めて思う一方、私はこの映画が描いている家族を見ると、すごく勇気をもらいました。私は家族に感謝しているし、すごく良くしてもらっているのですが、ある意味家族の呪いのようなものを感じているし、手放しで「家族っていいよね!」とは言い切れない。私の中で、知らない間に自分が作られてしまったような少しネガティブな気持ちや、すごく大好きだというポジティブな気持ちが混ざり合っているのですが、『グッドバイ』はネガティブな気持ちを否定しない作品で、逆に救われました。家族が最高!というテンションでもなければ、ひどい目に遭わされるというネガティブ一辺倒でもない。一番リアルな家族への気持ちを映し出す映画はなかなかないと思います。私の家族に対するやりきれない思いを、これでいいんだと肯定してくれました。私と似たような思いの人に届けばいいなと思います。


――――最後に、コロナ禍で仕事の環境に大きな変化が生じたと思いますが、今どんな思いで俳優という仕事に向き合っておられるのでしょうか?

福田:映画館で映画を観たり、生の舞台を観ることが制限されたことで、それがどれだけ今まで生活に潤いをもたらしてくれたかを実感しました。私は小さい頃から演じる側でしたから、コロナ期間は観る側として、自分がドラマや映画を必要としていたことを強く感じたのです。今後私が俳優を続けていく上で、この観る側の視点での気持ちは私を支えてくれると思います。

(江口由美)



<作品情報>

『グッドバイ』“Good-bye”

2020年/日本/66分

監督・脚本・編集:宮崎彩

出演:福田麻由子、小林麻子、池上幸平、井桁弘恵、吉家章人

4月16日(金)から出町座、4月17日(土)からシネ・ヌーヴォにて絶賛公開中。

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(C) AyaMIYAZAKI