『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』東独の”ボブ・ディラン"が向き合い続ける過去の罪
「国家はでっかい嘘をつく」
日本軍山西省残留問題の被害者であり、戦時中は加害者でもあった元残留兵の奥村和一さんが真相解明のため奮闘する姿に肉薄したドキュメンタリー映画『蟻の兵隊』の監督、池谷薫さんが、同作品を取り上げたドキュメンタリー塾で語った言葉だ。『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』を観ながら、この言葉が私の頭の中でこだました。東ドイツで、石炭採掘場のパワーショベル運転手の仕事に従事する一方で、労働者の日常を綴った曲を作り、ミュージシャン活動を続けていたゲアハルト・グンダーマン。お偉い方の現地視察で、安全上の懸念を一人訴える正義感の持ち主だが、それを逆手に取られ、シュタージ(秘密警察)に非公式で協力を仰がれ、報告することになる(76年9月から84年ごろまで)。理想とする共産主義を実現する東ドイツに対し揺るぎない信頼を寄せていたがための悲劇であり、90年、東西ドイツの統一以降はオセロの白が黒にひっくり返ったように、シュタージに協力していた者は次々と公表され、その罪が問われていくのだ。本作は、グンダーマンが暮らし、働いた東部ドイツのホイエルスェルダと、音楽活動の地ベルリンを舞台に、東ドイツ時代と統一後の2つの時代を同時並行で描いていく壮大な物語。個人史でありながらも、国家に翻弄される個人が、その中でどのように尊厳を保ちながら、罪に向き合って生きていくかをごく自然に表現した稀有な作品だ。
グンダーマンは、労働者であることを誇りに、そこで生まれる歌こそ自分の歌だと言わんばかりに、閉山により解雇されるまで、二足のわらじを履き続けた。そんな彼を描くのに労働のシーンは欠かせない。本作でも度々石炭採掘場のシーンが登場する。実にダイナミックで、東ドイツ映画といえども、劇映画でここまで労働シーンにこだわった作品は決して多くないだろう。そんなグンダーマンと、最初はバンド仲間の妻で、後々自分の妻になるコニーとのエピソードの数々も、グンダーマンの人間臭さが現れるところだ。
そんなグンダーマンがシュタージに協力していたことをコニーやバンド仲間に公表する東西ドイツ統一以降の物語は、かつて東ドイツ国民だった人たちに突きつけられた過去のおぞましき事実の重さが、国家の裏切りに対する複雑な感情を増幅させる。そのことを責められるのはシュタージとして協力した個人であり、グンダーマンであっても、その相手にどのような判断をくだすのか。受け入れるのか、拒絶するのか。本人の苦しみだけでなく、周りの葛藤も大きいものであったことが読み取れる。それだけでなくグンダーマン自身も監視されていた被害者であることを知るのだから、時代は変われど、ここでも国家のやることは変わらないのかという思いに駆られる。
グンダーマンの数々の歌やライブシーン、そして彼のどこか憎めないキャラクターも相まって、ことさらドラマチックな演出をせず、そのように生きてきた一人の男とその家族たちの生き様を描いたヒューマンドラマとしての豊かさがにじむ。東ドイツのボブ・ディランと呼ばれた人気ミュージシャンが、43歳という短い人生の中で非人道的なことに加担し、そのことを自らライブで公表し、罪を背負って生き抜いた。その姿が、今の私たちに何を伝えているのかを、しっかり読み解きたい。そんな気持ちにさせられる作品だ。
<作品情報>
『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』”GUNDERMANN”
(2018年 ドイツ 128分)
監督:アンドレアス・ドレーゼン
出演:アレクサンダー・シェーア、アナ・ウンターバーガー、アクセル・プラール、トルステン・メルテン他
5月29日(土)よりシネ・ヌーヴォ、6月4日(金)より京都シネマ、近日、なんばパークスシネマ、元町映画館、シネ・ピピア他全国順次公開
公式サイト → https://gundermann.jp/
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