「オープン上映」で新しい映画体験を届けたい! ひとり一人の表現の可能性をさぐる『へんしんっ!』石田智哉監督インタビュー
電動車椅子を使って生活する石田智哉監督が、第2回立教大学映像身体学科学生研究会スカラシップ助成作品として、見えない人、聞こえない人をはじめとする「しょうがい者の表現活動の可能性」を探るドキュメンタリー映画『へんしんっ!』を制作。見事、第42回ぴあフィルムフェスティバルグランプリに輝いた。関西では6月26日(土)から第七藝術劇場、7月1 7日(金)から京都シネマ、今夏元町映画館他全国順次公開される同作は、日本語字幕と音声ガイドがついた「オープン上映」を実施。石田監督は音声ガイド制作にも携わっている。
最初は自身がインタビュアーとなり、客観的な立場だった石田監督が、振付家の砂連尾理の誘いで自身が舞台に立つことになった中盤以降は、自らが主人公となり、かつて体験したことのない表現を皆で作り上げる様子が臨場感たっぷりに描かれる。しょうがいを違うコンテクストを持つ身体と捉え、ひとり一人の異なる動き、それ自体が表現となるのを目撃するとき、観客自身が持つ表現に対するイメージも大きく広がることだろう。
本作の石田智哉監督に、お話を伺った。
――――映画の中では中学3年生の時に自身でiPadを使って映像を編集したエピソードも語っておられましたが、映像を使って自己表現をしたいと明確に思うようになったのはいつごろからですか?
石田:大学3年生でゼミを選ぶまでは、絶対に映像をやりたいと決めていたわけではなかったですね。中学3年生の時に車椅子の視点で浅草を観光しているところを撮って映像編集をする面白さを知りました。高校のときは映像というより、iPadを使いながらできることの可能性を探し、写真加工などにはまっていたんです。学校行事のボランティアに来ていただき出会った赤﨑正和さん(立教大学現代心理学部映像身体学科の卒業制作で池谷薫監督の指導のもと『ちづる』を監督)から、立教大学にこのような学科があることを知ったのは進路選択にもつながりました。
映像身体学科は、映像だけではなく、演劇やダンス、哲学や東洋・西洋の身体論など、さまざまなことを専門にした先生がいらっしゃるので、授業でいろいろなものに触れ、思考を深めることができる。哲学や写真論にも興味があったんです。でも3年生でゼミに入る前に、大学の推薦入試時の志望理由書を見返すことがあり、「自分だから撮れる映像表現をやりたい」と書いていたのを見て、初心に戻った気分で篠崎先生のゼミを目指そうと決めました。
■映画をしょうがい、年代、地域に関係なく楽しむことを模索する環境に身を置く
――――大学に常時手話通訳できる職員がおられたり、サポートの手厚さに驚きましたが、首都圏でもこれだけ支援が行き届いているのは珍しいのですか?
石田:立教大学自体、しょうがいのある学生に対する支援が手厚く、しょうがい学生支援室やボランティアセンターという場所があるのは大きいですね。視覚しょうがいや聴覚しょうがいなど、自分とは違う、身体しょうがいのある人に出会ったことや、ボランディアサークル「バリアフリー映画上映会」で、映画をしょうがい、年代に関係なく楽しめるにはどうすればいいかを模索する環境に身を置いていたことも、この作品を作るにあたってはすごく大きなことだったと思います。
――――映画の冒頭に登場するバリアフリー映画上映会での立場や、高校時代など、石田さんは周りを束ねる立場になることが多かったと語っていましたね。
石田:中学、高校と特別支援学校に通っていたのですが、生徒数が少ないこともあり、役職がまわって来やすかったです(笑)でも、生徒会長をやったり、文化祭や上映会などで企画を立ち上げることは好きでしたね。
■自分も表現することに身を置き、しょうがい者の人が表現活動を始めたきっかけを聞きたいという好奇心が原動力に
――――ゼミを選択するにあたり、担当教授の篠崎誠監督からは、学生の映像制作の精神的、肉体的に大変な部分を説明されたそうですが、それでも映像制作をやりたいと思った原動力は何だったのですか?
石田:大きく2つあります。映像制作や、自分が表現することに身を置くことで、今まで自分が知らなかった自分の新たな一面が出てくるのではないか。そういうことを期待し、やりたいと思ったのがひとつ。あと、出発点は表現活動をしているしょうがい者が、どんなことを考えて活動をしているのか、どういうきっかけで表現活動を始めたのかを聞きたいという思いからで、その好奇心があったからこそ大変と言われてもやりたい!と言えたのかなと思います。
――――撮影に入ってから、何度も篠崎監督から「自分の視点で」とアドバイスが入ったそうですね。初の長編でその視点を獲得するための葛藤を経て、石田さん自身が手応えを感じたターニングポイントはいつ頃ですか?
石田:実際に自分の視点を見つけるのはなかなか時間がかかりました。砂連尾さんと出会い、保健室で自分が普段受けている介助や、制作スタッフとの関係性を話し始めたところが大きなきっかけになったなと振り返ると思います。砂連尾さんに、「保健室の古賀さんに抱えられて移動する感覚はどんな感じですか?」と質問されたんです。「うまく言葉にはできないけれど、この人はこんな感じ…と、一人ひとり違う感覚がある」と答え、砂連尾さんは「ダンスみたいだね」と話されていたのを聞いて、これも表現なんだと思ったんです。
■車椅子から床に降りる舞台経験
――――砂連尾さんはとてもフラットな見方をされ、動きというものに対する感度がとても高い方だと思いますが、実際に砂連尾さんから舞台に出ようと誘われたときは、どんな気持ちでしたか?
石田:好奇心と、いきなり出られるものなのかという驚きと戸惑いとがグチャグチャと混ざっている感じでしたね。砂連尾さんから、舞台で車椅子から降りるということを誘われた当初から言われていたのですが、車椅子から床に降りることは、よほど慣れている人しかしないので、それに対する怖さもありました。でも、どうやって自分のダンスができあがっていくのかという好奇心が優りました。
――――実際に抱き上げられて床に降ろされたとき、どんな感触でしたか?
石田:足を床に付けたときの体に伝わる振動が、腰から頭に響いて面白かったです。僕が床で横になっている隣でほかのパフォーマーの方が、獅子舞のように布を被って踊っていて、そのステップの振動がすごく頭に響きました。本番はみなさん特に熱が入っていましたから(笑)
――――石田さんは自分で編集をされているので何度もラッシュを見たと思うのですが、客観的に自分のパフォーマンスや登場シーンを見ての感想は?
石田:インタビューで自分が話すところを何度もラッシュで見ていると、自分の声を聞くことに対する違和感や驚き、恥ずかしさがありましたし、全然スラスラとしゃべれていないなと思いましたが、不思議なことに自分の声を聞き続けると次第にこういうものなんだと慣れてきて、ちょっとスッキリした気持ちになりました。またインタビューのとき、どのように手を動かしているのかとか、話すときに鼻に手を当てているなという体の癖もあるなと。パフォーマンスで車椅子から降りたとき、自分のなかの感覚と、客観的に見える動きとにずれがあり、砂連尾さんに指示された方向に動いていたつもりでも、逆方向に動いていたとか、不思議な気分でした。
■自分の中での大きな「へんしん」とは?
――――学生のみなさんが制作するドキュメンタリー映画は、撮りながら成長していくのが映画から伝わるのも魅力です。石田さんも最初は裏方に徹していたのが、途中からは自身がしっかりと映る構成に変わり、大きく「へんしん」しましたね。
石田:今回、作品を作る面白さを知ったことはとても大きかったです。今やっていることを、お話すると幼少期に自分の身体が体験した感覚を、表現したい。自分の経験を、どう言葉にするのかに興味を持つようになりました。それが自分に起きたもっとも大きな「へんしん」です。
――――美月さんや佐沢さんなど、インタビューもされた表現者の方々との座談会では、しょうがいにかかわらず、人によって体験していることは違うので、勝手にこれはできないと周りが決めつけないで、コミュニケーションをとることが一番だと感じました。石田さん自身、この座談会でどんな気づきがありましたか?
石田:ほかの身体しょうがいのある人がどう世界を感じているか、お二人がやっている活動を通じて知っていきました。はじめ手話は言語であることをなかなか掴めなかったのです。佐沢さんと対話し、「みみカレッジ」で絵本を媒介に手話を作っていくプロセスを目撃しました。「言語としての手話」と「クリエーションとしての手話」の違いを知り、手話の奥深さを感じました。他方、美月さんは「目が見えなくても、映画を楽しめる」という言葉を聞くこと自体が新鮮でした。もともとバリアフリー映画上映会を手伝っていただいたところから知り合い、とても伝える言葉を持った方だなと思いましたし、「映画は目で見るだけじゃない」と言われたことは、その後の「オープン上映」を志す上でも動かされた言葉の一つでした。
■「オープン上映」に込めた想い
――――今回劇場では、日本語字幕と音声ガイドつきで上映しますが、バリアフリー上映ではなく「オープン上映」と呼んでいるんですね。
石田:バリアフリー映画上映会で上映作品の音声ガイドを作る経験が、音声ガイドを知るきっかけでした。作品鑑賞後に、作っていくのですが、サークルでは全編は作りきれなかった。1シーン作るだけでも、20回くらい見て、どれくらいの言葉量で、どこを説明するといいのか検討しなければいけない。人によって説明したいと思う箇所が違うこともある。一方で、これは表現を考えることにつながるとても面白いものだと思いました。『へんしんっ!』をぴあフィルムフェスティバルで上映したときは、日本語字幕は付けたのですが、音声ガイドは間に合わなかったんです。本作を作るにあたり、自分にとって表現とは何かを主題にしているので、音声ガイドで自分が見せたいと思うことを言葉にし、自分の思いを乗せることは、この作品にマッチするのではないかと思いました。
バリアフリー上映と言うと、見えない人、聞こえない人のためにと、特定の人のためだけに日本語字幕や音声ガイドを届けることが強まるように感じ、他の表現を配給会社の方や劇場の方、音声ガイドを作ってもらった鈴木さん、美月さん、平塚さんと相談し、「オープン上映」と呼ぶことに決めました。
――――舞台のシーンではキャストの動きに合わせた説明が的確に、リズミカルにされていて、圧巻でした。
石田:音声ガイドはナレーションも非常に技術が要ることだと、収録現場に参加して痛感しました。美月さんにモニターとして収録に立ち会ってもらい、言葉のどの部分に抑揚を付けるかも細かく指摘されていて、本当に奥深かったです。ぜひ多くの人に聞いてもらいたいですね。
■編集で指摘された「これは石田くんが主役の映画じゃないのか?」
――――篠崎監督からは編集段階でさまざまなアドバイスを受けたと思いますが、どんな指導があったのですか?
石田:篠崎さんの中では、この作品は自分をひとつの軸として描く必要があるドキュメンタリーだということは、企画を話した段階からあったと思うのです。僕自身、撮られることへの抵抗はなかったのですが、編集で自分の映像を作品として構成していくことには戸惑いがありました。最初は被写体としてではなく、インタビュアーという視点で作っていましたが、言葉が多い構成になっていたため、これだと、映画として観客に届かないと篠崎さんから言われ続けました。その後、新たに編集したものを制作スタッフ以外のゼミ生や、篠崎さんがゲストスピーカーで呼んだ映画監督など、僕のことを知らない方に観てもらう場がありました。「これは石田くんが主役の映画じゃないのか?」と言われ、背中を押された気がしました。多くの方との出会いから、最終的に。このような構成になりました。
――――映画の中で監督として「暴君のようにはなりたくない」と明言していましたが、学生スタッフの皆さんと映画を作り上げた今、監督としてのあり方に思うところは?
石田:「いくら、みんなの意見を取り入れてやろうと思っても、最終的に、判断するのは監督だからね」と言われました。撮影中や編集したものを見てもらい意見をもらっても、変えなかった部分もあって。最終的にジャッジをするのは。やはり監督なんだと気づいていきました。この作品作りは「表現について考えること」をひとつの核としていて、そこは変わらなかった。その追い求め方が「人に訊ねること」から「自分で動いていくこと」へ、形を変えていってできたのかなと思います。今後、何かを作るときも、大きくスタイルを変えることはなくやっていくのかなと、今、お話しながら思いました。
――――いよいよ劇場公開ですが、最後にメッセージをいただけますか?
石田:劇場公開が決まり、作品をどう〈届ける〉のかを配給会社の東風のみなさんや、ポレポレ東中野とシネマ・チュプキ・タバタの劇場スタッフと話し合い、「オープン上映」をはじめ、音声のみの予告編なども挑戦しました。劇場周辺のバリアフリー情報をHPにあげるなど、届けることも作品の一部だと感じながら公開準備を進めてきました。映画をご覧いただいた観客のみなさん、一人ひとりが観終わったときに今まで持っていた、しょうがいに対するイメージがちょっと変わったり、劇場から外に出たとき、心がはずんでもらえたら嬉しいですね。
(江口由美)
<作品情報>
『へんしんっ!』(2020年 日本 94分)
監督・企画・編集:石田智哉
担当教授:篠崎誠
出演:石田智哉、砂連尾理、佐沢(野﨑)静枝、美月めぐみ、鈴木橙輔(大輔)、古賀みき
6月26日(土)から第七藝術劇場、7月24日(金)から京都シネマ、今夏元町映画館他全国順次公開
※第七藝術劇場、6/26(土)上映後、石田智哉監督によるオンライン舞台挨拶あり
公式サイト → https://henshin-film.jp/
(C)2020 Tomoya Ishida
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