「しっかりと呼吸をし、いい精神状態でいることが芸術家にとっては大事」 音楽青春群像劇『ミュジコフィリア』山崎育三郎さんインタビュー
音楽への深い愛情と知識に裏打ちされた漫画家・さそうあきらの<音楽シリーズ三部作>完結作となる音楽青春群像劇を映画化した『ミュジコフィリア』が、11月12日(金)より京都先行公開、11月19日(金)より全国順次公開される。
『太秦ライムライト』脚本、プロデュースの大野裕之と、『時をかける少女』(10)の谷口正晃監督がタッグを組み、全編京都ロケを敢行。芸術大学を舞台に、自分たちの新しい音楽を作り出そうと葛藤する学生たちの物語が、天性の音楽的感性を持つ新入生の漆原朔(井之脇海)と、天才作曲家の父を持ち、自身もその才能で音楽の最高峰を目指す大学院生の貴志野大成(山崎育三郎)を軸に展開する。朔の才能をいち早く見抜いた、独特の感性を持つ浪花凪(松本穂香)と朔との街中でのセッションや、大成が指揮をした夜の泉涌寺前での現代音楽の演奏など、音楽的な見所も満載だ。異母兄弟の朔と大成の複雑に絡み合う感情と、それを解く鍵となる父の隠された秘密など、音楽を愛するがゆえに苦しむ二人の「音楽を通じての会話」にも注目したい。
音楽の壁に苦しむ大成役を熱演した山崎育三郎さんに、お話を伺った。
■本当に癒された、映画の世界観を作る京都での撮影
――――昨年はコロナの第一波で緊急事態宣言が発出されて以降、演劇は公演中止が相次ぎ、またドラマ(「エール」)の撮影も感染予防対策を講じ、かなり緊張感のある現場だったと思います。そんな中、昨年秋、全編京都ロケである『ミュジコフィリア』の撮影はいかがでしたか?
山崎:昨年は僕が出演予定だった「エリザベート」も全て中止になりましたし、NHK連続テレビ小説「エール」の撮影も中断を経て、感染予防対策をしっかり行い、現場ではフェイスシールドやマスクをした状態でリハーサルに臨み、それを外すのは本番だけでした。一気に撮影のルールが変わってしまった中で、約1ヶ月、京都に滞在しての撮影は、お寺が目の前にあり、京都の歴史や文化を感じながらお芝居をできて、本当に癒されました。京都の街が、自然と『ミュジコフィリア』の世界観を作ってくれたから、僕たちはただそこに身を委ねることができ、とても穏やかな時間を過ごすことができた。撮影が終わっても帰りたくなかったし、今度は井之脇君たちと一緒に飲みに来たいですね。
――――『ミュジコフィリア』の原作を読んでの印象や、谷口正晃監督と話したことは?
山崎:原作を読ませていただきましたが、今回は原作を意識するというよりは、自分が感じる大成であったり、自分たちの『ミュジコフィリア』を作ろうというお話を谷口監督とさせていただきました。台本を頭に入れながらも、京都の街や空気、いろいろなものを感じながら、その空間で生まれたものを大事にして挑むことができたので、また原作とは違うアプローチでこの作品をみんなで作り上げることができたと思います。
――――山崎さんが演じた大成は指揮者ということで、オーケストラの指揮をするシーンも度々登場しますが、結構練習を積まれたのですか?
山崎:指揮の先生とマンツーマンで稽古も重ねましたし、動画を送っていただいて譜面を見ながら練習しました。本作で演奏するのは現代音楽なので、拍子がポンポン変わるので、音楽的にも結構大変ですし、それを指揮するのは本当にハードだったので、そこは結構凄く頑張りましたね。音の入り目で、その楽器の奏者に合図を送ったり、音が小さければ「もっと出して」と指示を送るというお芝居もやりながら、正確に振るという練習をしました。クラッシックはそれぞれの作曲家が求めているものをちゃんと表現するのが優秀とされる世界だと思っていましたが、現代音楽はそこからもう一歩踏み込み、今の時代に合った、より自由に表現していい音楽なので、指揮者を演じながらもクラッシックの世界が変わってきたなと感じました。
■ゼロから音楽を生み出したかった大成が超えられない壁
――――この作品は新入生の朔が、かつて大成が創設した現代音楽研究会に勧誘されるところからはじまります。鴨川や京都の自然と音楽を奏でるシーンも見どころですが、映画では既に大学院生でトップレベルの作曲家を目指している大成のもう少し奔放だったかもしれない過去が垣間見える気がしました。
山崎:大成はクラッシックをずっと勉強してきたけれど、自分が生み出す音楽や自分の才能を信じていたし、それを提示できる場所である現代音楽研究会を作ることで、より高いレベルの音楽を作り出せると思っていたはずです。彼にとって一番の目標は、何もないゼロから音楽を生み出す、作曲した楽曲が認められることであり、「新しい音楽を見せてやる」と思っているのに、それがずっとうまくいかない。彼自身は変わらないけれど、そこの壁がずっと目の前にあったのではないでしょうか。
――――大成は天才作曲家の息子として周りから期待され、自身も高い目標にストイックに挑むがあまりに音楽が辛いもののように見える部分が多いですね。
山崎:音楽は基本的な人間性が現れるものですが、大成は自分のなかに閉じこもり、孤独を感じている人です。結果的に音楽に対しても、大成が人に対するのと同じアプローチになってしまい、どこか解放できない。音楽云々ではなく、彼自身が変わらない限りその葛藤は続くでしょう。僕はミュージカル出身なので、華やかな役や、ちょっとコミカルなことを求められるシーンもありますが、今回の大成はほとんど笑わない役なので、新しい僕の芝居や表情を見ていただく役になっているのではないでしょうか。
■しっかりと呼吸をし、いい精神状態でいることが芸術家にとっては大事
――――天性の才能を持つ朔に対するライバル意識のようなものも、大成に影響を与えていますね。
山崎:大成と朔の違いは呼吸だと思っています。しっかりと呼吸をして心穏やかにいい精神状態でいることが芸術家にとっては大事ですが、朔はそれを自然にできるので、音楽を感じたままに表現できる。大成はいつも心の動きがかたまっているので、自然な音楽をキャッチできない。だから朔がしっかりと息が吸えているという自由さに対する憧れがあると思います。
みなさんも日常生活で嫌なことがあったり、緊張すると呼吸が浅くなりますよね。僕らはいつでも自分が自由で解放的にいなければいけない仕事です。例えば、2000人のお客さまの前で歌ったりお芝居をするとき、精神状態が良くないと思いっきり息を吸えない。撮影でも「用意!スタート」と言われた瞬間に、緊張やプレッシャーの中、映画館でお客さまの涙を誘うぐらいの最高のパフォーマンスをしなければならない。その葛藤は常にありますね。
――――山崎さんご自身は、自由に息が吸える朔のようなタイプですか?
山崎:今はどちらかと言えばそうですね。小さい頃は人前に出るのも、人に見られるのも嫌で、母の後ろに隠れているような子どもでしたが、心配した母が僕に歌を習わせたのが、歌い始めるきっかけになりました。だから根はシャイなのかもしれないけれど、周りのことを気にしていては何も表現できないので、憧れの先輩たちのように、なるべくポジティブかつ前向きでいるようにしています。
■音楽の最大の魅力は、共感を覚える瞬間
――――映画の中では、「自分にとって音楽とは」という問いが何度か語られ、大成の答えに彼の音楽に対する考えが象徴されていましたが、山崎さんご自身の音楽に対する考えは?
山崎:僕が音楽をやっていて楽しいと思うのは、共感を覚える瞬間です。オーディエンス(お客さま)のみなさんもそうですし、最近まで行っていたオーケストラとのツアーでは地方ごとにオーケストラの団体も指揮者の方も変わるので、同じ曲を演奏していてもアプローチが変わる。それ自体を楽しみ、お互いに感じ合いながら、その瞬間しか生まれないものを一緒に奏で、作っていくのが音楽の最大の魅力だと思っています。
――――井之脇さんが演じる朔とは真逆のアプローチですが、屈折した想いをお互いに感じていた二人が音楽を通して想いを解放するシーンは感動的です。
山崎:最終的に朔と共に感情を爆発させるシーンまではずっと抑え、自分の想いをぶつけ合うシーンに向かうわけですが、台本を読んだだけでは正直意味がわからなかったんです。だから、台本に書かれていた以上のものを二人で作り、向き合った時に生まれたものを大事にし、熱いものが生まれましたね。
■劇場に足を運ぶのは特別なこと、お客さまがいることをモチベーションに
――――ミュージカル俳優だけでなく、今やテレビでも大活躍の山崎さんにとって、映画出演はある意味新鮮なのではないかと思いますが、これからの公開を前にどんなお気持ちですか?
山崎:僕自身も映画は好きで、よく観に行くのですが、演劇も同じで劇場に足を運ぶというのは、特別なことだと思うんです。僕は舞台出身なので、お客さまがいるからこの仕事ができるということをずっと感じながら育ってきました。だからテレビであろうが、映画であろうが、僕のことを楽しみに待ってくださるお客さまがいるからこそ仕事ができることが一つのモチベーションになっています。テレビはどうしてもながら見になってしまいますが、映画館はじっくりと大画面でいい音で集中して観ていただけるとても贅沢な空間なので、お客さまに上映を楽しんでいただきたいですね。
■自分の成長には、いつも音楽があった
―――最後に、『ミュジコフォリア』は音楽を通じて成長する青春群像劇ですが、山崎さんご自身の音楽を通じての成長についてお聞かせください。
山崎:歌がなければずっとシャイなままだったかもしれませんし、音楽があることで苦しむこともたくさんありましたが、自分の成長にはいつも音楽がありました。変声期で歌が歌えなくなったり、どれだけオーディションを受けても受からなかったり、自分が主役を務めたアンサンブルでも(オーディションを)落ちることすらあった。歌えずに落ち込むこともあれば、歌を続けたことでチャンスもいただけた。歌があったことで朝ドラの久志役をやらせていただき、今年は全国高校野球選手権大会で甲子園でも「栄冠は君に輝く」を独唱したり、イチロー選手の現役最後のシーズン開幕戦では国歌を独唱させていただきました。歌とともに夢のような場所に行けたので、僕にとって歌はなくてはならないものです。
(江口由美)
<作品情報>
『ミュジコフォリア』
監督:谷口正晃
原作:さそうあきら「ミュジコフィリア」(双葉社刊)
脚本・プロデューサー:大野裕之
出演:井之脇海 松本穂香 川添野愛 阿部進之介 縄田カノン 多井一晃 喜多乃愛 中島ボイル 佐藤都輝子 石丸幹二 辰巳琢郎 茂山逸平 大塚まさじ 杉本彩/きたやまおさむ 栗塚旭 濱田マリ 神野三鈴 山崎育三郎
主題歌:松本穂香「小石のうた」(詞・曲:日食なつこ)
主題ピアノ曲:古後公隆「あかつき」「いのち」
2021年11月12日(金)より京都先行公開、11月19日(金)より全国順次公開
『ミュジコフィリア』公式サイトはコチラ
(C) 2021 musicophilia film partners (C) さそうあきら/双葉社
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