『最後の決闘裁判』今まで語られなかった視点があぶり出す”真実”
裁判と決闘。どちらも白黒をつけるものだが、片や法にのっとり、片や文字通り命がけであり力づくの闘いだ。そんな真逆に思える決闘が合法化され、決闘の勝者が裁判で勝者とされていた時代があった。本作は、14世紀パリで実際に起き、当時民衆たちの大関心事となり、それ以降も歴史家や法律家たちの間で様々な疑念や論争を呼んだ伝説的決闘裁判を、巨匠リドリー・スコット監督が映画化。原作を読んで、リドリー・スコット監督にオファーをしたのは、本作で主演も務めるマット・デイモンだ。自身の出世作となった『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』で共同脚本を務めた盟友ベン・アフレックと再びタッグを組み、本作でもプロデュースと共同脚本を担当。最初から登場人物3人の視点で描かれた黒澤明監督の『羅生門』をイメージし、脚本家にニコール・ホロフセナーを迎え、女性視点で今までにないアプローチを加えたことが、本作を従来の歴史ミステリーから大きく飛躍させている。つまり、男たち中心に描かれてきた史実が、いかに独りよがりで、自己顕示欲による理由から行われたものであるかが露わになるのだ。#Me too 運動が起こる何百年も前に起きた勇気ある性暴力の告発とも見て取れる。ジム・ジャームッシュ、ノア・バームバックからテリー・ギリアムまで俊英たちに愛され、この人が出たらハズレなし!のアダム・ドライバーとの演技合戦、そして本作のキーパーソンを演じる新星、ジョディ・カマーにも注目してほしい。
大勢の観衆が見守る中、決闘裁判をするために二人の男が現れた。一人は、妻、マルグリッド(ジョディ・カマー)が性的な乱暴を受けたことから、決闘裁判を最終的に訴えた騎士、ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)。そしてもう一人は、カルージュの友人で、マルグリッドに訴えられたものの、無罪を主張していた宮廷の家臣ジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)だ。14世紀当時は、女性が自分一人で訴えを起こすことができなかったため、夫のカルージュが訴えを起こし、マルグリッドは決闘の舞台を望む、櫓のような場所に立たされていた。夫が勝てば、マルグリッドの訴えは真実とされるが、夫が負ければ、彼女自身も偽証の罪で、全裸で引き回された上、火あぶりの刑を受けることになる。まさに夫婦ともども命がけの決闘なのだ。
緊迫感に満ちた中スタートした物語は、カルージュ、ル・グリ、そしてマルグリッドの視点で、3人の出会いから事件が起こるまでの時間が3度語られる。頭の中まで筋肉でできていそうな、マッチョな騎士、カルージュは、ピエール伯爵(ベン・アフレック)に疎まれ、父の後を継いで領地を守るつもりが、伯爵から追い出され、窮地に陥っていく様や、裏切り者の汚名を着せられた父を持ちながらも、土地付きで嫁入りする美しいマルグリッドとの穏やかな結婚生活。疫病や飢饉でお金を取り立てられる中、戦に出かけては手柄をあげ、お金を稼ぐ忠実な夫が、最後は妻のために命がけで闘うという、彼にとっての美談のストーリー仕立てだ。
まさに真逆の性格とも言える、モテ男のル・グリは、逆に成り上がり者。ピエール伯爵のお気に入りとなり、坊ちゃん育ちらしく取り立てのできない伯爵に変わって、民から厳しい取り立てを行い、カルージュが引き継ぐ土地を、伯爵から譲り受ける。そんな中出会ったのがかルージュの妻、マルグリッドだった。権力に物を言わせて、恋まで手に入れようとする好き放題男の自惚れぶりも見ものだ。
ここまででも充分緊迫感があり、両者の熱演ぶりに圧倒されるのだが、実はこれらはあくまでも”自分にとっての都合のいい真実”だったとわかるのは、マルグリッドの物語が始まってから。「美しき妻」と悲劇的存在で今までなら終わっていたかもしれないマルグリッドの目から見たカルージュやル・グリがどのように映っていたのか。カルージュが愛に満ちたように語っていた結婚生活の実態は?ル・グリが相思相愛のように思っていた二人の関係は?子どもを産むことが結婚と直結していた時代、子を授からないことでプレッシャーを常に感じていたり、夫の遠征中に馬の世話を指示したり、帳簿つけなどの仕事に励んだりと、マルグリッドという人物の生き様が、男たちが遠征で闘うのと同じ濃度でしっかりと語られ、そして彼女にとっての事件の真実が語られる。義母(カルージュの母)の「私も我慢したんだから」という、負の連鎖を押し付けるようなセリフも、マルグリッドの視点だから出てきたシーンだろう。毅然としたマルグリッドを演じたジョディ・カマーは、今後の注目株だ。
映画では決闘裁判の前に、通常の裁判でマルグリッドが出廷し、審議に本当に関係するのか?と思うような性的なことまで聞かれるくだりがある。当事者の言葉は信用されず、セカンドレイプのような言葉を浴びせられ、時代が変わろうとも権力者側(男)はしゃあしゃあと無罪を主張するというのは変わらない。中世の物語がとても身近に感じられるのも、プロデュースを手がけたマット・デイモンやベン・アフレックの狙いではないかと思う。決闘のシーンや戦闘シーンの迫力は言うに及ばず、リドリー・スコット節が全開!通常ならマッチョマッチョな戦闘もので終わってしまうアクション大作に、ミステリアスで、どこかファニーですらある絶妙な新風を吹き込んだ製作陣の狙いが十二分に伝わる新時代の決闘物語だ。
(江口由美)
<作品情報>
『最後の決闘裁判』”The Last Duel”
(2021年 アメリカ 153分)
監督:リドリー・スコット
出演:マット・デイモン、アダム・ドライバー、ジョディ・カマー、ベン・アフレック
10 月15 日(金)全国公開
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