「その時のその人にしか演じられない役があると思っています」風間志織監督インタビュー
■映画監督への意外な経緯
――――高校時代から映画を作り始めたと聞いています。作り始めた頃は、当時の年齢特有のモヤモヤ感を抱えていたと聞きましたが……。
風間:元々は映画を撮るつもりはなく、漫画家になりたいと思っていたのですが、漫画の描き方の本を読んでいた時に「映画をたくさん見よう!」と書いてあって。
中学生ぐらいから三本立て上映の映画館に通うようになりました。
高校時代、文化祭で演劇の脚本を頼まれたのですが、映画が良いなと思ったので、初めて8mmカメラを握りました。
――――漫画から映画にという流れが珍しいですよね。
風間:実はギャグ漫画を描いていたので、今とは全くテイストが違いました。
当時は何も分からない状態だったので、クラスでカメラを持っている人を探し、2~3台を順番に使って、撮影をしていました。 カメラのフィルムもシングル8とスーパー8の2種類があったのですが、全てのカメラを使ったので、編集の時にフィルムのサイズが合わないことも多く、大変でした。
――――今回の3作品の撮影方式はどうなっていたのでしょう?
風間:詳しく説明すると、 『火星のカノン』はスーパー16mm(35mmに伸ばすことを前提に考えられたフィルムの形式)、『せかいのおわり』がミニDV(家庭用にも使われていたデジタルの最初の規格。35mmのネガに落とすことで上映する)、そして、『チョコリエッタ』では、完全にデジタルに移行しています。
――――撮影方式によって、撮れる内容も変わってくるのでしょうか。
風間:デジタルになってからは、CGがやりやすくなりました。
――――合成という点では、『せかいのおわり』の一場面が印象的でした。飛行機が爆発するシーンは、今のCGとはまた違う味があります。
風間:あの合成を担当してくれたのは、実は『タイタニック』でもCGを担当していた方で、日本に帰ってきたばかりのところを、二つ返事で引き受けてくれました。
■魅力的な役者陣との出会い
――――役者に関しての質問に移ります。まず、渋川さんについて、お聞きしたいです。彼は登場するだけで作品が面白くなるような魅力を持っている方ですが、どういう経緯でオファーされたんでしょう。
風間:『火星のカノン』のキャスト選びで、当時はモデルだった彼の写真に惹かれて、オファーしました。
――――いまは役者のイメージが強いので、意外です。撮影中の様子なども踏まえて、どのような印象がありましたか。
風間:子供みたいな笑顔をするのが記憶に残っています。
―――― 一見、強面ですが、内面から滲み出る優しさが感じられますよね。小日向文世さんも、監督の初期作でよく出られていましたよね。
風間:彼は、私が脚本を担当した映画『非・バランス』に出演されていて、そのご縁もあって、オファーをしました。
――――画面に映るだけで空気感が変わるような俳優陣の起用は、監督が手掛ける作品の魅力だと思います。
風間:人間を見せることは映画の面白さの大切な要素でもあるので、そう言っていただけるととても嬉しいです。
――――『チョコリエッタ』に関しては主演二人についてお聞きしたいです。菅田将暉さんに関しては、オファーのきっかけが『仮面ライダーW』だったとお聞きしています。
風間:そうですね。当時、園児だった息子が『仮面ライダーW』にハマっていて、彼の演技が良かったので、オファーしました。
――――キャスト選びがぴったりハマったという感じなんでしょうか。
風間:候補は何人かいたのですが、熟考の末、安定した演技が出来る菅田さんをオファーしました。というのも、今回は森川さんの演技が定まっておらず、撮影も短期間だったため、それを受け止められる技量を持った役者さんが良いなと思い、彼を選びました。
■唯一無二のはまり役・森川葵さん
――――森川さんは今でこそ演技派というイメージですが、当時は駆け出し女優だったようにも思います。劇中で坊主頭に挑戦したことは現在の方向性を形作る上で、一種のターニングポイントにもなっていたと思うのですが、当時の彼女は、どんな様子だったのでしょうか。
風間:オーディションの際、彼女自身がモヤモヤとした思春期の真っ只中にいることが分かったので、「まさに『チョコリエッタ』の主人公だな」と直感しました。そのため、先に彼女の出演を決めて、菅田君を選びました。
――――まさに、彼女を支える形でキャスティングをしたという形ですね。
風間:撮影中に何が起こったとしても、余裕がある人という基準で彼を選びましたね。通年で撮影する「仮面ライダー」も過酷な現場ですし……。
――――たとえ、すごい役者陣が揃っていても、メンバーのコンビネーションで引き出される演技は変わってくるのかもしれません。 今のお話を聞いて、『チョコリエッタ』は当時の彼女だからこそ出来たのだなと思いました。
風間:どんな映画でもそうで、その時の、その人にしか演じられない役があると思っています。毎年、演劇をやっている方でも常に演技は変わっていくと思いますし、結局は、その時の自分でしかないんですよね。
――――確かに同じ作品でも繰り返し演じるうちに別の人物になっていくことがあるのかもしれません。森川さんに坊主頭を依頼した時のリアクションは、どうだったのでしょう。
風間:オーディションには、そもそも坊主頭に出来る人しか呼んでいなかったのですが、彼女に尋ねると「すごくうれしい」と言うんですよ。「切りたいと思っていたけど、タイミングがなくて」と。笑
――――逆に作品のおかげで、坊主頭に出来ると喜んでいたんですね。
風間:終わった後には気が済んだのか「もうしなくていいかな」と言っていましたが。笑
――――そこに人柄がでていますよね。
風間:その言葉もあって、彼女しかいないと思いました。「役のためならやります」とは言っていても、長い髪の毛を切りたくないという子が演じると、どうしても悲壮感が出るので。
――――劇中でも振る舞いが自然でしたし、はまり役だなと思いました。
■原作者・大島真寿美さんとの出会い
――――「チョコリエッタ」の原作者・大島真寿美さんとは、もともと知り合いだったとお聞きしました。どんな経緯で映画化に踏み切ったのでしょう。
風間:大島さんとは、名古屋シネマテークで自分の作品が上映された時に飲み会で知り合いました。20代の頃には、そういう出会いが多々あって。以降、一年に一度会う飲み仲間として、親交を深めていたんです。なので、お互いの作品は知っている間柄でしたね。
――――それぞれの作品から刺激を与えあうような関係性だったんですね。
風間:そうですね。互いにリスペクトはしていて、時々、面白かった作品の感想を交換したりしていました。
――――映画作りで切磋琢磨し合う関係性もありますが、小説など、別の分野で話し合える関係性だからこその発見もあるのかもしれませんね。
風間:『チョコリエッタ』に関しては、原作の2011年という時代設定を2021年に変えています。骨格は同じでも少し違う展開もあるため、彼女に許可はもらいましたが、長年の関係性があるからこそ、安心して変更することが出来ました。
――――原作があって映画化をするパターンは珍しくないですが、作品の精神性を再現できたのは、原作者との関係性があったからとも言えるのかもしれません。
風間:知らない方の原作でも脚色はしますが、今回は大島さんの懐の深さを知っていたので、臆せず取り組めた部分はあると思います。
■"せかいのおわり"と"映画"の物語
――――原作と映画で時代設定を変えた理由には、撮影前に起きた東日本震災の影響があると聞きました。どのような気持ちの変化があり、変更していったのでしょう。
風間:『チョコリエッタ』という原作そのものが、腐った世の中に対して、違和感や嫌悪感を抱える少年少女たちの物語でした。そんな折、震災によって国や世界のひどさが露呈することになったので、劇中で描かれた思春期の違和感は、誰しもが身近に抱く感覚にも通じているのではと思ったんですね。
もし、平和な世界で一人一人が平等に生きていたとしても、思春期の子供たちはそこにも疑問を抱くはず。完璧な世界というものは存在しないからこそ、私たちはより良い方向に現実を変えようと求め続けるのだと思います。実際に、未来に希望がなく腐った世の中だったからこそ、それでも生きる二人を描きたいと思い、設定を変化させました。
――――監督の作品では、登場人物が自分の生きる世界に退廃感を抱いており、まさしく『せかいのおわり』を感じているというのが一貫したテーマにも感じられます。そういう点が「思春期の苛立ち」を描いた『チョコリエッタ』の内容にも上手くリンクしたのかもしれませんね。
風間:大人の世界では見え透いた嘘が蔓延っていて、そこに子供達は絶望を感じたり、見ないようにさえしてしまいます。そんな状況が、(製作当時の)10年後には、より悪化するようにも感じていました。2011年に生きる幼い子供たちが思春期を迎える10年後の世界という意味で、時代設定に反映させています。
――――劇中でオマージュされているフェリーニの作品にも、そのような思いが関係しているのでしょうか。
風間:フェリーニは原作にも登場しますが、劇中では何十年経っても残る映画の一例として扱っています。おばあちゃんから孫まで、みんなが見る普遍的な映画の代表例として、フェリーニの作品を登場させています。たまたま、私自身もフェリーニが好きだったので、個人的に感情移入している部分もあったとは思います。
――――演劇であれば、一度きりしか味わえない面白さがありますが、映画は一度作ってしまえば永久に変わらないものです。受け取る側の状況によって見えるものは変わっても、作品が映し出しているものは変わらない。描いているテーマは普遍的ですが、鑑賞する時代によって、見えるものが変わってくることが『チョコリエッタ』の面白さだなと思いました。
――――劇中ではクレイアニメが登場しました。これは監督が作られたのでしょうか?
風間:これは制作部にいた森田博之君が高校時代に作った作品です。 『チョコリエッタ』は高校の映画研究部の話でもあるので、彼らが作る作品を考えていたのですが、その時に森田君が自慢げに「自分の作品が残っていますよ」と言ってくれて。スタッフにも好評だったため、採用しました。
――――本編でも登場人物が「自信作なんですよ」と言っていましたが、これは、ある意味、実話ということですね。
風間:そうですね。ちなみに彼は、劇中で、サーカス団員の一人(背の高いのが特徴)としても登場しています。
――――最後に今後、『チョコリエッタ』を観るであろう若い世代にメッセージをお願いします。
風間:逆に質問があって、今の若い人たちは映画の見方に正解を求めていますか。 つい先日、映画を観てくれた若い女性から、作品の解釈を問われることがあって……。
――――ここ最近のヒット作(『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』や『シン・エヴァンゲリオン劇場版』)は分かりやすさを重視している傾向があるように思います。特に最近は、解説や考察記事が人気ですよね。
風間:なるほど。では、そんな考え方や映画の見方があると思っている方には、まず、先入観を取っ払って、自由な状態で観て欲しいですね。 自分の中のどこかに答えがあるよと。
(大矢哲紀)
<作品情報>
風間志織監督特集
『チョコリエッタ』
2014年/日本/159分
監督・脚本・編集:風間志織
脚本:及川章太郎
原作:大島真寿美
出演:森川葵、菅田将暉、岡山天音、三浦透子、市川実和子、村上純、中村敦夫
©️寿々福堂/アン・エンタテインメント
『せかいのおわり』
2004年/日本/112分
監督:風間志織
脚本:及川章太郎
出演:中村麻美、渋川清彦、長塚圭史、安藤希、土屋久美子、クノ真季子、長宗我部陽子、高木ブー、田辺誠一
© 寿々福堂/マックス・エー/ビターズ・エンド/ポニーキャニオン
『火星のカノン』
2001年/日本/121分
監督:風間志織
脚本:小川智子、及川章太郎
出演:久野真紀子、小日向文世、中村麻美、KEE、はやさかえり、篠崎はるく、和久田理人
©アルゴ・ピクチャーズ/アンフィニー /バップ
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