「現実離れした作風を大切にしながらも人間ドラマをしっかり描きたい」『彼女はひとり 』中川奈月監督インタビュー


   インディーズ映画界の登竜門としても知られる田辺・弁慶映画祭の2019年(第13回)コンペティション部門で、主演の福永朱梨が俳優賞を獲得した映画『彼女はひとり』。

中川奈月監督が立教大学大学院の修了制作として手掛けた本作は脚本の完成度の高さから黒沢清作品などで撮影監督を担当してきた芦澤明子が参加し、第15回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭ではSKIPシティアワードなども受賞。



   そんな本作が、11/19(金)より出町座にて公開中、11/20(土)よりシネ・ヌーヴォでも公開が始まった(元町映画館では2022年公開予定)。

今回は中川奈月監督にインタビューを敢行。黒沢清監督からの影響や、学生時代の撮影の苦労などについて、お話を伺った。




■本作の着想と初期の内容について

――――高校生の青春と思いきや、ホラーやオカルトへと転んでいく予想外の展開が印象的でした。本作の着想について教えていただきたいです。

中川:黒沢清監督の演出が好きだったのもあり、ガッツリとホラー映画がやりたかったというのはあります。また、ドラマ性は考えずに、女の子が復讐する話をしたいというアイデアもあり、2つの要素が"幽霊"というアイデアによって、上手く結びついたので、ホラー表現はありつつもドラマ性を兼ね備えた作品になりました。



――――過去のインタビューによると、ホラー要素が強かった初期の脚本は講師陣のアドバイスを受け、NGになったとお聞きしています。

中川:当初は、主人公が見る夢のシーンが多く、異空間や異次元の描写にばかり凝ってしまっていました。その結果、現実世界に生きる主人公の葛藤があまり描けておらず、今の形になりました。


――――話の骨格や流れで通じている部分はありつつも、夢から現実の物語へと変わっていったということですね。

中川:最初は「夢」の場面を見せたいという気持ちが強かったのですが、主人公の気持ちを深掘りした方が面白いかなと思いました。

自分でも夢の描写を書いていくうちに話の筋が通らなくなってしまったので、書き直したことで初めて最初から最後まで繋がった作品になったなと納得しました。



――――劇中でも、主人公の澄子が夢から覚める場面が印象的でした。場面は初期の痕跡なのでしょうか。

中川:そうですね。これまで散々こだわって書いてきた部分だったので。笑

あり得たかもしれないもう一つの現実のような形で書きました。


――――やはり、現実世界の話があるからこそ、物語が進んでいる印象を受けまし

た。

中川:新たな脚本で、夢の要素も上手く使うことが出来て良かったなとは思いました。



■映画制作への原点

――――もともとは映画を観ることが好きだったと聞いています。そこから映画制作に取り組むには、気持ちがどう動いていったのでしょうか。

中川:ずっと映画制作に興味があり、大学時代も映画サークルに入っていたのですが、その頃、東日本大震災があり、制作の詳しいこともよく分からぬまま、活動は下火になり、時間が流れていきました。

その後、進路を考えるタイミングで映画業界への思いが捨てきれず、短編映画祭のインターンに参加していた時に「20代の間は好きなことをやればいいと思うよ」と言っていただいたことがきっかけで今があるという形ですね。

卒業後もやってみたら意外と続いたので、本当に自分のやりたいものが出来ているという実感も徐々に湧きました。



――――着実にステップアップしたという事なんですね。ショートフィルムフェスティバルのインターンから、NCW(ニューシネマワークショップの略。映画業界に携わる人材育成が目的の学校)、そこからまた大学の方に戻ったとのことで。

中川:NCWでは、短編映画の監督選考から落ちてしまい、もう少し映画を作りたいなという思いがあったので、立教大学大学院に進学しました。

過去にも立教大学の文学部に在籍していたのですが、映画が作れる学部ではなかったので専門の映像身体学科に進みました。


――――所属する団体が変わるだけで作ることの出来る映画の規模も変わりますよ

ね。

中川:映画を撮る学部はあるのに、そっちには行っていなかったというのも不思議ですが。笑



――――僕自身も大学時代は映画研究部に在籍していたので、専門の学部であれば、良い機材を使えたり、コネクションが広がっていったりという部分には、深く頷いてしまいます。

中川:本当にこの学部を選んで良かったです。何よりも篠崎誠先生の存在は大きかったです。私の脚本を気に入ってくださり、コネクションを繋いでいただいたので。


――――篠崎誠監督の作品も不思議というか、オカルト系の作品だということをお聞きしています。もしかすると、方向性に通ずるものがあったからというのはあるかもしれませんね。

中川:そうですね。それもあるのかもしれません。




■長編映画初挑戦ゆえの苦労

――――『彼女はひとり』は監督にとって初の長編作品ということでお聞きしています

が。

中川:それどころか、ほぼ映画を作っていない状態での制作になりました。NCWで10分程度の短編を作ったため、それを大学院の試験で提出したことはありましたが、自分が書いた脚本で一本撮りきったこともなかったので、撮影前は、ずっと「終わりだ」と思っていました。笑



――――やりたいことはあるけれど、作るまでのハードルが高いということですね。

中川:修了制作で映画を撮影しないといけないのに、まともに作ったこともなければ、良い脚本を書けた実感もなかったので「ヤバくない!?何のために、私は大学院まで来たんだろう……」と思っていましたね。笑


――――段階を踏んできたというよりも、いきなり、全力投球する形になったということですね。

中川:『彼女はひとり』の脚本が認められたことで、ちゃんとした映画制作が出来るスタートラインに立てたという感覚はありました。

もともと学生たちの協力で撮影しようとしていたところに芦澤明子さんが参加していただけることになり、これまでの経験に自信を持っていなかっただけに「とんでもないことになったな」と状況の変化に戸惑いました。



――――とても大変だったということですよね。

中川:根幹のメンバーは学生のため、誰一人、長編の撮影システムを把握していない中で、スタッフはプロという「ヤバい状況」でした。スタッフのみんなでアワアワしてしまい、車の手配も本当に大変でした。


――――スタッフの方々は、どのように集めたんですか。

中川:NCWで出来た仲間と、立教の学生、その知り合いの映画美学校の方々など、知り合いの力を借りて集めていきました。


――――所属している団体によって、人との繫がりも変わっていきますよね。撮影の期間は、どの程度になったのでしょうか。

中川:合計で2週間程度でした。



――――記憶がなくなるくらい、多忙な撮影だったのではないでしょうか。

中川:楽しかったという思い出と、思い出したくない失敗の両方があります。苦

初心者ゆえのやらかしがたくさんあって、色んな方に迷惑をかけたという反省もきっちりあるので、自分の中で傷は浅くなってきましたが、思い返すと関係者には申し訳ないという気持ちが残っています。


――――自分も、過去に友人2、3人と趣味の延長線上のような形で映画を作り、のちに学外団体の企画でプロの方をお呼びしたことがありました。皆さん、状況を把握して、先に先に行動してくださったので、自分自身の力不足から申し訳ない気持ちを抱いたというのは、とても、よく分かります。

中川:でも、本当に色々と学ぶことが出来、貴重な機会になりましたね。



■劇場上映への思い

――――今回の作品は、大学院の修了制作から劇場公開という流れになりましたが、その変化に対して、思うことはありますか。

中川:なにより、映画館という環境で観てもらえることが嬉しいですよね。当初は自分の作品が全国上映されることの意味ってなんだろうなと考えたこともありましたが、作品を知って、私についても知ってもらうことが一番大事だなと思うようになりました。

以前、テアトル梅田で上映した際には、観てくださった方々から感想や力強いお言葉を頂いて、そう思ってくださる方が他にもたくさんいるのではないかなと実感できました。

それぞれの観客によって観方が増えたり、作品と自分を知ってもらう機会があるのはすごくいいことだなと思いましたし、自分でも願ってもみない形になったので、本当に嬉しいです。



――――以前、他の監督にインタビューを行った際に、映画祭と劇場では観客の層が違うという話をしました。映画祭だと業界にいる内側の人が多いですが、劇場の上映だと外側にいる一般の方が多い印象です。やはり、感想はそれぞれで異なっていたりするのでしょうか。

中川:映画祭にいない人が来てくれるっていうのが、まず、嬉しいですよね。

映画祭と違い、何日間も続く上映になることで、間口が広がることも劇場上映の長所だと思います。


――――見逃してもチャンスがありますし、知り合いからの口コミ効果もありますもんね。

中川:場所に関しても映画祭と違い、都内だったり、行きやすい映画館で上映してくれるのが嬉しいです。


■主演・福永朱梨さんの魅力

――――『本気のしるし 劇場版』での存在感も記憶に新しい福永朱梨さんなど、本作は各俳優陣も魅力的でした。プロの役者の方を起用することで、自分の脚本からイメージが広がった部分などはありましたか。

中川:福永さんに関しては、画面には出てこないキャラクターの背景も作り込んできてくれたので、セリフがなくとも、ちゃんと作品の中で生きているなという実感がありました。

彼女の幼馴染である秀明役を演じた金井さんとの掛け合いでは、自分が書いたセリフ以上に強い表現を実現してくれて、こんなに怖いことになるんだと驚きました。

ちゃんと言葉を発する人たちは強いなと。2人が見事なハマり役になったことで想像以上のものが出来たと思います。



――――噂によると、オーディション時から、福永朱梨さんは役に入り込まれていたと

のことで。

中川:そうです。会場に入った時から怖くて。主演に決定した時にはピッタリだなと思ったんですが、本人が怖い人だったらどうしようと困りました。笑

しかし、オフで会うと、普通に可愛い笑顔が印象的な方で、撮影の時もオンオフを切り替えながら、素直に指示を受け止めてくださったので、現場では、とても、やりやすかったです。


――――内側から滲み出るオーラみたいなものが本当にピッタリだなぁと思い、観ていました。



――――今後も映画制作は続けていくとは思うのですが、今後の目標やビジョンなど

はありますか。

中川:やはり、現実離れをした作風を大切にしながらも、人間ドラマをしっかり描きたいという気持ちはありますね。それでいて、全国規模で公開されるような作品やジャンル映画にも挑戦したりと、今後も息の長い映画監督になりたいと思っています。


――――今後の作品も方向性としては、ホラーやオカルトになるのでしょうか。

中川:そういう匂いがあってほしいとは思っています。他の映画を撮ってもそっちに戻ってやりたいと思うだろうし、そういう描写に惹かれて業界に来たので、原点は大切にしていきたいと思います。


――――今後の活躍にも期待しています。本日は、ありがとうございました!


(大矢哲紀)


<作品情報>


『彼女はひとり』

2018年/日本/60分

監督・脚本・編集:中川奈月

出演:福永朱梨、金井浩人、美知枝、中村優里、三坂知絵子、櫻井保幸、榮林桃伽、

堀春菜、田中一平、山中アラタ

1/19(金)より出町座にて公開、11/20(土)よりシネ・ヌーヴォにて公開。元町映画館では2022年公開予定

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