羽根に傷を負った白鳥と、白鳥を見守り続ける男性の日常を丹念に追った富山発のドキュメンタリー『私は白鳥』槇谷茂博監督インタビュー


  市議の政務活動費不正受給問題に迫り、大反響を巻き起こしたドキュメンタリー映画『はりぼて』制作のチューリップテレビ。その最新作となる『私と白鳥』は、白鳥の飛来地として知られる富山の豊かな自然と、そこで生きる人と白鳥の姿を通して命の愛おしさを感じられるドキュメンタリー映画だ。

  監督は、チューリップテレビの槇谷茂博。組織に属することなく、一人で白鳥を映像で記録し続ける自営業の澤江弘一さんと出会い、報道特集で全国に放映。本作でも登場する羽根に傷を負った白鳥が仲間と離れて暑い夏を富山で過ごす羽目になるところから、秋の再会までを捉え、大きな反響を呼んだという。

  映画版では2年に及ぶ追加取材を重ね、澤江さんや傷を追った白鳥の老い、コロナ禍での異変や取材自体が困難に陥るなどのトラブルにも見舞われながら、その先にある人と白鳥との関係や、日常の中から小さな喜びを見出す生き方を浮き彫りにした。肩の力を抜いて、自然界に生きる白鳥と、白鳥に負けじと自らの心の羽を広げる澤江さんの4年間を体感したい作品だ。

  12月11日(土)から第七藝術劇場での公開を前に、『はりぼて』とは違う形で映画化にこぎつけたという本作について、槇谷監督にお話を伺った。




■白鳥に名前をつけていた澤江さんのことを深く知りたいと思った

――――まずは、澤江さんとの出会いについて教えてください。

槇谷:2017年の冬、富山に白鳥の飛来数が非常に少なかったんです。そこで、なぜ少ないのかを調べることになったのですが、富山に例年は何羽ぐらい飛来してくるのかを地元の鳥類専門家などに聞いてもよくわかりませんでした。そこで、紹介を受けたのが澤江さんだったんです。話を聞くと毎朝白鳥の飛来数を調べているというのです。そこで取材に行かせたのですが、カメラマンが撮った映像を見ると、澤江さんが白鳥に名前をつけて呼んでいて、これはすごい方だと思いました。いつの間にか、白鳥の飛来数の減少理由よりも、澤江さん自身のことをより深く知りたいと思うようになったのです。


――――澤江さんに関心を寄せるようになってから、どのように追加の取材へつなげていったのですか?

槇谷:当時はニュース番組に、5分ぐらいで富山のユニークな人を紹介する「ひとものがたり」というコーナーがあったので、そこで紹介させていただこうと取材を申し出ると、前年から白鳥の映像を撮っているとおっしゃり、澤江さんが録画した映像を見せていただいたんです。澤江さんも教えてくださりながら思わず涙するぐらい、そこにも様々なドラマがありました。そうやって取材でお邪魔するたびに、白鳥の映像を3時間ぐらい見せていただきながら、説明してくださったのです。


――――通常の取材とは一味違う、濃密な時間を共に過ごされたんですね。

槇谷:元々、白鳥の飛来地で餌を与えている方は澤江さんの他にも何名かいらっしゃいます。だから澤江さんの基本的なスタンスは、自分が取材を受けることで、他の方に迷惑が及ぶことを考慮し、取材を受けたくないというものでした。自分だけ「白鳥に餌をやるおじさん」として目立つと和を乱してしまうので、影の存在でいいんですと。


――――それをこのように積極的に取材を受けてくださるようになった理由は?

槇谷:澤江さんはお一人で暮らしていますが、取材を担当したのが、入社1年目で息子のような年齢の記者だったので、親子のように接し、色々なことを教えてくださいました。そのように人間関係を構築できたのが良かったのではないでしょうか。私自身はデスクで仕事の振り分けや指示をする立場なのですが、取材担当の梶谷記者から頼まれて、私が代わりに取材に行くこともありました。



■「ここまできたら私自身も見たい」と思った、白鳥の再会シーン

――――決定的な瞬間を捉えるために、結構待ち時間も多かったのでは?

槇谷:結局現場にいなければ始まらないので、とにかくカメラを構えてじっと待っていることが多かったです。『はりぼて』で政務活動費の取材に現場の記者を行かせておきながら、私は白鳥の取材に行くことも多く、そのバランスを取るのに骨が折れました。社内でも、「白鳥の取材をしているけれど、番組になるの?」という意見を持つ社員も少なからずいました。一時期は、カメラマンの取り合いのようになっていましたね。


――――限りある人員、特にカメラマンをどのように振り分けるか。難しかったと思います。

槇谷:羽を怪我したために飛ぶことができず、1年間富山で、たった1匹で過ごした白鳥が、翌年秋に仲間の白鳥と再会するシーンがあります。これはいつ撮れるかわからないし、撮れない可能性の方が高い。夜に再会しても撮影できないし、ある意味賭けのような部分もありました。ただ、ここまできたら私自身も見たいという気持ちになっていましたね。



■富山に冬の訪れを告げる、白鳥の飛来

――――槇谷さんご自身も富山のご出身ですが、富山県民にとって白鳥の飛来はどのような影響を与えているのでしょうか?

槇谷:白鳥の飛来が冬の訪れを告げてくれます。富山県内でいくつか飛来地がありますが、田尻池に白鳥が飛来した翌日は朝刊一面に「今年も白鳥、初飛来」とトップニュースになります。ちなみにここ数年は澤江さんが初飛来を撮っているんですよ。ここ数年は澤江さんからチューリップテレビに「そろそろくるよ」と連絡を入れてくださるし、今年は『私は白鳥』の上映前ですから、自分が初飛来を撮らなければと9月中旬ぐらいからスタンバイしておられました。


――――最初は、テレビ番組として放映されていますが、そのような流れで映画化したのですか?

槇谷:報道特集で全国に放映されたのですが、放映前は正直怖さもありました。ご批判の声も覚悟していたのですが、放映後、澤江さんへの共感や応援するお声をたくさんいただきました。もしかしたら、今皆さんは、こういう作品をご覧になりたいのかなという手応えを得、『はりぼて』の映画化という追い風もあり、ご協力を得ながらもう少し撮影を続けることにしました。


■困難だった追加取材

――――後半の2年は事件級のことが多く起こりましたね。澤江さんも怪我をした白鳥も孤独であり、それぞれが老いに直面していきます。取材していて感じたことは?

槇谷:取材すること自体が以前より大変でした。白鳥がシベリアに旅立ってしまうと、澤江さんの気持ちが落ち込んでしまうのと、病気で体力が落ちてしまったことが重なり、会って話をすることができないぐらいの状態だったことも多かったです。さらにコロナにより、会えない時期もありましたね。


――――雪の立山連峰を背に、2両編成の電車が走り、手前の池には白鳥たちが戯れる。本当に美しく、富山に行きたいと思う映像でした。冬の雪は相当深いですが、雪の中でも撮影したんですね。

槇谷:車を停められる所に置いてから、延々とカメラを担いで雪の中を歩くので、寒いというよりむしろ汗を掻くぐらい。雪の中の白鳥たちの映像は澤江さんとこちらの両方のカメラで捉えています。


■白鳥のことが少しずつわかってきた

――――白鳥が飛び立つ様子も、水面を蹴って飛ぶんですね。

槇谷:白鳥は協調性のある鳥なので、家族単位で「飛ぶぞ」と合図をしながら、風の向きを見極めて、よしというタイミングで水面を蹴って飛んでいくんです。撮影をしているうちに、澤江さんほどではありませが、少しずつ白鳥のことがわかってきました。


――――白鳥は繊細だと澤江さんも度々おっしゃっていましたが、撮影も難しかったのですか?

槇谷:一度、白鳥が急に動き始めたので、カメラマンが慌てて後を追いかけようとした瞬間に、その音で白鳥が飛んでいってしまったことがあったのですが、その時は澤江さんに「(大きな音を立てたら)生態系にとっても良くないし、自然なことではないですよね」とたしなめられることもありました。


――――そのお話を聞くと、日頃、私たちは動物たちにどれだけ生きづらさを感じさせているのかと反省の念に駆られます。ちなみに水中撮影もされていましたが。

槇谷:白鳥との距離感が大事ですね。後半の水中撮影は澤江さんがやってくれました。というのも、澤江さんの快気祝いも兼ねて、番組でいただいた社長賞の賞金から、水中撮影できるゴープロをみんなからプレゼントしたんです。最初は無理だとおっしゃっていましたが、気づけばバッチリと、白鳥が米を食べる映像を正面から捉えてくれました。



■映画化に難色を示していた澤江さん、白鳥がその背中を押した

――――澤江さんにとっては、白鳥は愛情を注げる存在なのでしょうね。

槇谷:傷ついた白鳥に関しては、我が子のように見守っている感じが強かったですね。とても知的で賢く、優しさも厳しさもあり、純粋でまっすぐな方です。愛する白鳥を前に、澤江さんは、カメラの前でも取り繕うことなく、全てを見せてくれました。取材をすればするほど、その魅力を感じていったのです


――――澤江さんが組織的にではなく、一人でやっていた白鳥観察や白鳥への餌やりを映画化により共有されることに関しては、どのような感想をお持ちなのですか?

槇谷:私たちは、澤江さんが撮った映像を使いながら映画化することは、喜んでいただけると思っていたのですが、澤江さんにとってはそうではなかった。やはり白鳥が大事であり、撮影はご自身の趣味で行なっていることなので、人様にお披露目するためにやっているわけではないと。映画化され、注目が集まることで、白鳥の生育環境や日常に影響を与えることになってはいけない。映画化を考えさせてほしいと言われていました。

 最終的に、白鳥自身が富山湾の方に移動したことや、白鳥の生命力を鑑みて、澤江さんは自分が心配するほどのことではないし、僕の方がわがままだったかもしれないと、納得してくださいました。澤江さんの映像を見せていただけるかどうか分からない時期もあったのですが、澤江さんと白鳥の関係を応援していただけるような作品にしたいと説得しました。最終的に白鳥が後押ししてくれましたね。


――――逆に、澤江さんがそこまで真剣に考えてくださったからこそ、こちらも身が引き締まる思いがしたのではないですか?

槇谷:澤江さんらしいですよね。逆に「僕の映像、どんどん使ってください」と言われたら、そんな人でしたっけと戸惑ってしまっていたかもしれません。



■存在感を消してもらった天海祐希さんのナレーション

――――ナレーションの天海祐希さんは、いかにも天海さんという語りではない自然な語りでしたね。オファーの経緯は?

槇谷:富山にゆかりのある人を基本ラインに、白鳥のような凛とした姿、強さ、たくましさ、澤江さんの人生にも共感していただけると思い白羽の矢が立ちました。実際にお話をすると、祖父母が富山に住んでおられ、そこでよく夏休みを過ごし、富山の風景が忘れられず、ずっと富山で仕事をしたいと思っていたとおっしゃってくださった。収録では、天海さんに天海節全開というよりも、最終的に天海さんがナレーションだったとわかるぐらいのトーンでお願いしたいとお伝えしました。天海さんも自分の色が強くなることで、雄大な自然が魅力的な作品の色を壊したくないと思ってくださったようです。気持ちを込めてとお願いしたセリフが3箇所ぐらいありますが、それ以外は天海さんの存在感を消していただくという共通認識のもと、ナレーションをつけていただきました。映画をご覧になった天海さんとも「澤江さんは、本当にすごいですね」と話が盛り上がりました。


――――まさに白鳥ファースト、そして白鳥と澤江さんの絆を感じる、気持ちのいい映画です。同じ地球の中できちんとある白鳥の世界を見せていただきました。

槇谷:この作品は富山の自然の中で、ある男性の日常の姿を淡々と見つめた作品です。皆さんも、今辛いことや、悩みがあると思いますが、1日1日積み重ねていくことにより、前を向く自分になれると思います。ぜひこの作品をご覧いただき、前向きに明日を生きる力を感じていただければ嬉しいです。

(江口由美)


<作品情報>

『私は白鳥』

(2021年 日本 104分)

監督:槇谷茂博 

出演・白鳥撮影:澤江弘一

語り:天海祐希

主題歌:石崎ひゅーい

2021年12月11日(土)より第七藝術劇場、12月17日(金)より京都シネマ他全国順次公開

※12月11日(土)第七藝術劇場の上映後、槇谷茂博監督、リモートで澤江弘一さん(出演・白鳥取材)、梶谷昌吾さん(チューリップテレビディレクター)の舞台挨拶あり

公式サイト⇒https://www.watashi-hakucho.com/