「自分が正しいと思っていることが無意識に誰かを傷つけてしまうことは多い。一歩立ち止まるきっかけになれば」『愛のくだらない』野本梢監督インタビュー
多くの人が生きづらさを抱える現代で約10年間に渡り、人々に寄り添う作品を発表し続けてきた監督・野本梢。彼女の長編2作目であり、初期作からの常連・藤原麻希が主演を務めた長編映画『愛のくだらない』が、現在、大阪・シアターセブンほかで上映中(12/17上映終了)、元町映画館では1月29日(土)より1週間上映、京都みなみ会館でも近日上映される。
SNSにおける監督の実体験なども反映し、描かれるのは30代女性のリアル。仕事とプライベートで葛藤する主人公の姿が評価され、田辺・弁慶映画祭では異例の弁慶グランプリと映画.com賞をダブル受賞した。今回は、そんな本作について、野本梢監督にインタビューを敢行。過去作から続く映画作りの原点や監督作品の魅力について伺った。
■映画作りのスタンスについて
――――監督の作品では"LGBTQ"や"発達障害"など、身近にありながらも理解が難しい物事を題材にすることが多いです。それも含め、監督自身が映画を作りながら、それらのテーマの理解を深めている印象を持っていました。このようなスタンスをとり始めたきっかけを教えていただきたいです。
野本:本当におっしゃる通りで、ありがとうございます。レズビアン女性が登場する『私は渦の底から』を作ったのがきっかけです。
ジェンダーについては「3年B組金八先生」の上戸彩さん(第6シリーズでは性同一性障害の役柄)を見た当時から関心を持っていました。
その後、『私は渦の底から』を作り、観た方から「人に言えない悩みがある」と打ち明けてもらうことが増えたのがきっかけとなり、お話を聞き、インタビューをさせていただく機会が増えました。なので、自分の内側にあるものを映画にしていくより、知るきっかけを与えていただき、インタビューや本を読んだりすることで、理解を深めていくことが多いのかもしれません。
――――映画を作ることで観客から新たなリアクションや意見をもらい、次の作品へと繋がっていくということですね。
野本:そうですね。
――――監督の作品では、トイレがよく登場します。ここには何かこだわりがあるんでしょうか。
野本:私自身、結構、お腹が弱いので、トイレにいる時間が長いんです。
その時って、自分と向き合わざるを得ない時間だなと感じていて。
元々はそんなに意識的にトイレは入れてなかったんですが、振り返ってみると、主人公に変化が生じたり、何かを考えるきっかけとして、トイレを登場させることが多いなということに気がつきました。ある意味では、自分一人だけがいる場所、特に身体を感じる場所なのかなとも思います。
――――物語では、他者との関係性から主人公を浮かび上がらせる場合が多いと思っています。なので、主人公が自身の考えと向き合う場面を描くのは、なかなか珍しいのではないでしょうか。
野本:そうですね。ただ、言われてみると、主人公と他者との間で何かがあった後に、トイレのシーンが登場することが多いかもしれません。
――――その点では、監督の初期作『あたしがパンツを上げたなら』も、同じくトイレが舞台になる作品でした。こちらも藤原麻希さんが主演を務めており、『愛のくだらない』冒頭にも似たような場面は登場していました。ある意味で今回の作品は監督が原点回帰した一作とも言えるのではないでしょうか。
野本:確かにそうですね。規模は全く違いますが、大筋に関しては『あたしがパンツを上げたなら』と同じ構造になっているかもしれません。
どちらも、主人公が他者を邪険に扱うことで窮地に立たされ、最後には自分の行いを省みることになるという点で共通しています。
――――今回の作品は、徐々に脚本が変わっていったと聞いています。主演の藤原さんの過去のインタビューによると、最初はファンタジー要素が強かったとのことですが、その部分はどのように変わったのでしょうか。
野本:もともとは男性が妊娠するという設定が大きな軸になる予定でした。ただ、脚本の執筆中に実生活や仕事で様々な出来事があったので、それを反映して、内容は変わっていきました。
――――確かに「男性の妊娠」という題材は、映画の序盤こそ目立ちますが、それ以降、30代女性の葛藤がメインになっていたので、今のお話を聞いて、かなり腑に落ちました。ファンタジーとヒューマンドラマのバランスが独特な作品ですよね。
野本:感想を聞いていると、戸惑っている方もいましたね。笑
■短編と長編の違いについて
――――監督の過去作は主に短編だったため、「もっと見ていたい」という欲も感じましたが、今回は長編ゆえに人物描写の満足度も高かったです。監督にとって、短編と長編の違いはなんだと思いますか。
野本:一番は、何に関しても長いなっていうことですね。笑
制作的な感想にもなりますけど。
今回は登場人物も多く、各視点から見た主人公像という意味で、より立体的に人物を描けたと思っています。
短編だと1対1の関係性から主人公が自分自身を見つめ直しますが、本作ではあらゆる方向から気づきを得ることになります。
――――長編映画第1作『透明花火』は登場人物の多い群像劇だったので、過去の短編映画制作を活かした作品だと思いました。本作では一人の人間を追っていく物語という部分が違いますが、この点に関しては、どのような工夫をしましたか。
野本:自分の経験に影響を受けているので、これまで自分が出会ってきた人達を思い浮かべながら、制作しました。
この方にはこういうことを思われているだろうし、この方にはこういうことをしてしまったなと。
なので、たくさん人は出てくるけれど、それぞれが主人公に対して全く違うことを思っているという点で、多面的な描写が出来ていると思います。
――――監督は、色んな方との対話を通して、自分の価値観や思想を深めてきたとおっしゃっていました。今回も実体験を人に相談しながら、映画制作を進めたということですね。
野本:そうですね。映画制作を通して、気づかされることも多かったです。
自分自身、「自分はくだらないな」とか「自分は単純だな」と思うことは多いので、その感情は入れようと思って作っていました。
■監督の集大成として
――――映画の撮影中に、現場の様子や役者の動きから、脚本と変わった部分はありましたか。
野本:色んな方がシーンをまたいで登場しますが、自分は各人物の視点を蔑ろにしがちな部分もあったので、役者の方々には本当に助けられました。
「なんで、ここではこういう気持ちだったのに、次のシーンでこうなってるの」と、確かにそれぞれの立場に立ってみると、不自然なことが多く、それをリハーサルの時に言われて、シーンを追加したこともありました。
――――本作は監督の過去作からのメンバーも多く、その関係性があったからこそ、意見が出しやすい現場だったのかもしれませんね。
野本:なので、遠慮なく言ってくれるのは良かったです。
言われた直後に、一瞬、落ち込むことはありましたが。
――――ミニシアター界隈の日本映画を観ている人にとっては、かなり、豪華なキャスト陣が揃っています。スケジュール的に出演が厳しい方もいたのではと思いましたが、これも過去作で仕事を共にした信頼関係からでしょうか。
野本:大半の方は企画が固まる前からお声がけしていたので、役と役者さんを融合させながら、脚本執筆を進めました。
実際に会って、いいなと思ったら、その時点で声をかけておいてという形で決まりました。
――――当て書きということですね。
野本:ほぼ全員そうですね。
――――過去作を観ていると、思わぬ役者の方が登場したり、ある種、監督の集大成というか、これまでの作品が繋がって出来たような長編映画でした。
野本:撮影するときは本作で一旦休憩しようかなと思うぐらい、全てを注ぎ込んで作りました。
――――本編を観ていると、これまで以上に過去作の役者陣が登場するので、監督が映画作りを引退されるんじゃないかと焦りました。でも、これからも映画作りは続けるんですよね。
野本:そうですね。撮りながら、色んな欲がでてきたので。
■TV局での撮影秘話について
――――過去にTV局勤務の経験があり、今回も局内のシーンは実際の現場で撮影していると聞きましたが……。
野本:プロデューサーの繫がりで、あるケーブルテレビ局さんでも撮影を行いました。24時間稼働ではあったので、営業などをされている裏で融通を利かせて、撮影を行っています。
――――となると、かなり、大変じゃないですか?
野本:人のいない朝方のシーンを撮る時に、実際に働いている方を撮らないようにしたり、アフレコで静かにしたり、スタッフ総出で「今、ここ写りますんで」とお声がけしました。本当にご迷惑をおかけしました。そのため、エキストラの方はおらず、写っているのは、全員、本当に働いている方です。
――――だとすると、撮影というか、取材に近い形だったのでは。
野本:なので、役者さんとしてはやりやすかったようです。
――――TV局という点では、これまで短編映画を数多く撮ってきた監督ゆえに、オムニバスドラマの形式も合うのではと思っていたのですが、監督自身はいかがですか??
野本:実は撮りたい気持ちはあります。笑
過去にも、関係者の方に小出しにその気持ちを伝えてはいたのですが、まだ、全然叶わず……。
――――なるほど。監督の作品は良質なヒューマンドラマゆえに、もっと多くの人に観て欲しいとは思っているのですが、やはり、インディペンデント映画という土俵だと届かない層がいるのも事実だと思っていて……。テレビとの接点があれば、偶発的に届くべき層もいそうだなと思っていました。最近は、女性監督がTVで映像作品を発表する機会も多いですしね(東京MXでは、安川有果監督・枝優花監督・山中瑶子監督が単発ドラマを発表している)。
野本:なんで、呼んでくれないんだろう……。(一同笑い)
■監督作品の核心と今後の活動について
――――監督の作品は人間の内面を繊細に描くのが魅力だと思っています。そういう部分も、人と話しながら思いつくのでしょうか。
野本:昔から人をじっと見て生きてきた部分があるので、それが影響しているのかもしれません。
「今、こう思ってるな」とか「嫌な思いをしているな」とか、そういう部分に興味を持ちながら生きているので、作品もそこに視点を向けがちですね。
――――幼少期から、そのような性格だったんでしょうか。
野本:もちろん、嫌われたくないという気持ちもあったのかもしれませんが、他者の気持ちには敏感ですね。
――――それこそ本作でも無意識に他人に迷惑をかけることや、余裕がなくて、周りの人に目を向けられない主人公の姿が印象的でした。そういうところがすごいリアルだなと思いましたが、それも、監督自身の価値観に近いんでしょうか。
野本:まさに、そうですね。今の「嫌われたくない」というのも、ちょっと距離がある人にはそう思うんですが、逆に距離が近い人や大切な人は無下に扱ってしまうという部分もあるので。
――――難しいですよね。逆に仲が良いからこそ、そこが見えなくなってしまうところはありますよね。
野本:甘えてしまうというか。これぐらいは許してくれるだろうというのはありますよね。
――――今後、作品を撮っていく中で、挑戦したい題材などはありますか。
野本:今回も少し触れたんですが、不妊治療のことをしっかり描きたいと思っています。
友人からお話を聞いた時に、お金の問題など、全く知らないことも多く、それはどうにか映画にしたいなと思っています。
――――当事者じゃないと難しい問題って、今、たくさん出てきていますよね。その現実を映画というフィクションを作りながら向き合っていくっていうことが素晴らしいなと思っていて。観ている側もそこから問題意識を持つことは多いと思っています。ちなみに、今後も長編映画には挑戦してみたいですか。
野本:そうですね。この後、実際に何本か短編を撮ったんですが、応援して下さっている関係者からは「もう、短編を撮るのはやめなさい」と言われていて。笑
その方たちの顔が浮かぶので、ちゃんと勝負をかけて、長編は撮っていきたいですね。
――――短編となると単独上映が難しいというハードルがありますよね。
野本:また映画祭を回っていくのかと言われると、それも違うような気もしますし。
――――でも、最近は短編が上映されるケースも増えています。
野本:短編を撮って、映画祭に入選して終わりではなく、しっかりと映画館での上映に持っていきたいという思いはあります。それでやっと映画が完成するような思いもあって。
――――これからも監督が色んな方との関係性を通して、新たなテーマにチャレンジしていくと思うと、今後の作品も楽しみです。最後に、これから作品をご覧になられる方にメッセージをお願いします。
野本:自分が正しいと思っていることや何かを守ろうとすることで、無意識に誰かを傷つけてしまうことは多いと思います。それを一歩立ち止まるきっかけになるような映画になってくれればいいなと思います。
――――特に今の時代は、みんなピリピリしていますよね。自分は棚に上げて、他者に攻撃がしやすい社会になっている。本作を観て、自分もまずは己から見つめ直していこうと思いました。本日はありがとうございました。
<作品情報>
『愛のくだらない』
2020年/日本/95分
監督・脚本:野本梢
出演:藤原麻希、岡安章介、村上由規乃、橋本紗也加、長尾卓磨、手島実優、根矢涼香、櫻井保幸、鈴木達也、綱島恵里香(綱島えりか)、山下ケイジ、岡田和也、後藤龍馬、松木大輔、桑名悠、高木悠衣、樋口大悟、笠松七海、村田啓治、永野翔
大阪・シアターセブンで上映中(12/17上映終了)、元町映画館は1月29日(土)より1週間上映、京都みなみ会館でも近日上映。
©︎2020『愛のくだらない』製作チーム
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