「ポストコロナ時代のヒントがたくさんある」アジア9カ国のキャストが大阪・キタで行き交う唯一無二の群像劇『COME & GO カム・アンド・ゴー』リム・カーワイ監督インタビュー
シネマドリフター(映画漂流者)、リム・カーワイ監督の『新世界の夜明け』『FLY ME TO MINAMI - 恋するミナミ -』に続く大阪3部作の完結編、『COME & GO カム・アンド・ゴー』が11月19日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、12月3日(金)よりテアトル梅田、12月4日(土)よりシネ・ヌーヴォ、12月10日(金)より京都シネマ、2022年1月 14日(金)よりシネ・リーブル神戸、1月28日(金)より宝塚シネ・ピピア他全国順次公開される。
自身も暮らしていた大阪・キタの中崎町を舞台に、台湾の名優、リー・カンションや日本からは千原せいじ、桂雀々、渡辺真起子、尚玄、兎丸愛美、望月オーソンらが参加。ベトナム、中国、ミャンマーなどアジア9カ国のキャストを迎え、平成最後の春、大阪で撮影を敢行。時代の変わり目をスクリーンに焼き付ける。観光客、留学生、技能実習生、ビジネスマン、移民、ブローカーと様々な目的や夢を持って大阪に集まった外国人たちや、日本人たちの人生模様が万華鏡のように展開する。漂うような人たちの喜びや痛みを、シネマドリフターならではの距離感で見つめる、カーワイ流人生賛歌と言えるかもしれない。
本作のリム・カーワイ監督にお話を伺った。
■アジアン・ミーティング、C02が大阪で映画を撮るスタートに
――――私は大阪のミナミよりキタに馴染みが深いので、多国籍の人たちが置かれた状況がキタを舞台に描かれていることが新鮮かつリアルでした。大阪3部作の3作目は最初からキタで撮影するつもりだったのですか?
カーワイ:僕は大阪大学卒業後、東京で6年間サラリーマン生活を送り、中国の北京電影学院でしばらく映画の勉強をし、映画産業に進むつもりでした。2010年3月に自主制作の長編デビュー作、『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』(映画祭タイトル『それから』)がアジアン・ミーティング2010(当時、大阪アジアン映画祭関連イベントとして開催)に招待上映され、久々に来阪しましたが、またすぐに戻り、夏には香港で『マジック&ロス』を撮影したんです。
その編集をしていたとき、アジアン・ミーティング主催者でCO2事務局長の富岡邦彦さんからCO2の作品を募集しているから応募してほしいと連絡をいただきました。黒沢清監督も審査員を務めておられ、非常に狭き門ではありましたが、提出した企画が採用され、大阪で映画を撮ることになりました。12年ぶりに長期間滞在して作ったのがクリスマスにリアルタイムで撮影した『新世界の夜明け』です。
ロケハン、シナハンから編集まで全部大阪で行い、2011年2月、第7回CO2映画上映展の上映では反響も非常に良く(Panasonic技術賞、観客賞のW受賞)、大阪は映画が撮りやすいなと実感しました。この映画を撮らなければ、まだ僕は北京にいたかもしれません。
――――アジアン・ミーティングが全てのスタートだったんですね。ちなみに、大阪はどういう点で映画が撮りやすいと感じたのですか?
カーワイ:世界的に日本は撮影しにくいと言われていますが、大阪の人は温かいし、場所も貸してくれたんですよ。『新世界の夜明け』のロケハンで、新世界のジャンジャン横丁の一番手前にあるビルのオーナーと偶然出会い、僕も初対面だったのに、タダでビルごと貸してくれたんです。そのビルを基地にして座組みしたり、空いている時間にゲリラ撮影したりと短期間、少予算でフレキシブルに映画が撮れたので、本当にやりやすかったんです。
――――2013年に2作目『FLY ME TO MINAMI - 恋するミナミ -』を撮っていますね。
カーワイ:2012年当時はまだ中国で大きな企画に取り組みたかったので、また戻って色々な企画の準備を進めていたのですが、ちょうど尖閣諸島問題が勃発し、日中関係が冷え込んだため日中合作企画がことごとくダメになってしまった。そこで心斎橋を舞台にした企画を作ったところ、日本人の企業家が製作費を出してくれたんです。それで、また大阪に戻り、『FLY ME TO MINAMI - 恋するミナミ -』を作りました。このころには、大阪を舞台にもう1本作るというアイデアが自然に生まれ、当時住んでいたのが中崎町(大阪市北区)だったので、撮るならキタで、そこを舞台にした大阪3部作構想ができあがっていたのです。
■2016年には作ると宣言、大阪万博決定が追い風に。平成から令和への変わり目を捉える
――――なるほど、中国を拠点にしながら、映画の撮影で大阪に滞在するうちに、大阪拠点に変わっていったと?
カーワイ:2012年末ぐらいから、住むなら大阪だと思っていました。物価も安いし、人もフレンドリーでオープンなので、僕の性格にも合っていた。でも日本人で大阪を拠点に映画を作る人は少ないです。実際、CO2で知り合いになった監督たちは、皆、東京に行っていますね。カンヌで脚本賞(『ドライブ・マイ・カー』)を受賞した大江崇允さん(『適切な距離』)も同期ですが、東京で活躍されていますし。
もう1点、東京を拠点にしなかった理由は、中国でも撮りたいと思っていたからです。実際に中国で大作(『深秋の愛』、香港映画祭2021上映作品)を撮り、2016年ぐらいにようやくキタの映画を撮れるかと思ったものの、製作費が集まらなかった。結局、大阪万博2025の開催が決まった2018年末にようやく出資者が現れました。これから大阪は盛り上がるだろうと。万博が決まっていなかったらまだ製作費のメドがついていなかったでしょうね。
――――平成から令和への変わり目であるのも非常に印象的だったので、そのタイミングを狙っていたのかと思いましたが、大阪万博決定が大きな推進力になったんですね。
カーワイ:2018年末に資金のメドが立っても、準備に1年かけていたらコロナで撮影できなかったかもしれません。実際には3ヶ月で脚本、キャスティングをはじめ、様々な交渉を行い、20人ぐらいのオールスタッフが集まったのはクランクインの3週間前で、それまではラインプロデューサーの友長勇介さんとふたりでずっと動いていました。
――――平成最後の桜が咲き誇る大阪・キタの様子を捉えることができたのも、スピード感のある準備のおかげですね。ちなみに当初からこれだけ大人数、多国籍なキャストを想定していたのですか?
カーワイ:2016年、大阪に戻ってロケハンをしていたとき、すでに『カム・アンド・ゴー』というタイトルも決めていたし、SNSで「『カム・アンド・ゴー』を作る!」と宣言していたんです(笑)当時書いていた企画書でも既に20数名の多国籍な登場人物が登場していました。というのも、インバウンドが始まり、中国人の観光客が圧倒的に増え、技術研修生も急増して、居酒屋やコンビニで見かける頻度が増えた時期だった。香港の雨傘革命が終わり、日本に移住する香港人も増えていたし、今より多い人数を想定していました。日本人は知らないかもしれませんが、大阪のミナミではバーで働く東欧系の女性が多いので、ウクライナ人など他にも様々なキャラクターを想定していました。最終的には絞られましたが。
■大阪アジアン映画祭ゲストたちが続々登場のキャスティング秘話
――――大阪アジアン映画祭のファンの方なら、映画祭のゲストで来場された俳優のみなさんがたくさん出演されているのも嬉しいところだと思います。映画人同士がつながり、新作でタッグを組むというのは、映画祭運営側としても理想的な形だなと。マユミを演じた兎丸愛美さんも『シスターフッド』(大阪アジアン映画祭2019)で主演をされていました。
カーワイ:知り合った人に出演をお願いして、人たらしですよね(笑)マユミ役はキャスティングのオーディションをし、何人か候補はいたものの、もう少し粘りたいと思った時に、撮影監督の古屋幸一さんがちょうど短編撮影をしていた兎丸さんを紹介してくれたのです。そのタイミングでゲスト来阪することを知り、連絡を取って『シスターフッド』Q&Aの後に兎丸さんと直接お会いして出演を快諾していただきました。
竜司役の尚玄さんは、2018年の東京国際映画祭のパーティーでお会いし、オーディションにも来てくれたんです。ぜひお願いしたいということで、『ココロ、オドル』で大阪アジアン映画祭2019の上映後登壇した翌日、衣装合わせをしました。話をしているうちに尚玄さんが沖縄出身であることを知り、竜司も沖縄出身の設定にして、三線を弾くシーンを入れることにしたんです。尚玄さんも、久々の三線演奏を披露するため、東京に戻って練習してくださったそうです。
――――3ヶ月で準備をしたとのことですが、尚玄さんに限らず、キャスト自身のバックグラウンドを役に反映させていったのですか?
カーワイ:そういう部分は大きいですね。ケンジ役の望月オーソンさんは、『東京不穏詩』(大阪アジアン映画祭2019)で初めて知ったのですが、東京のオーディションに来てくれ、ぜひ出演していただきたかったのだけど、彼に合う役がなかった。その時思い出したのが、海外から参加した監督かと思った短編『WHOLE』の川添ビイラル監督が、日本語ペラペラでパキスタンとのハーフであることにびっくりしたこと。日本には意外とハーフが多いんだなと感じたので、ケンジ役をハーフの設定にし、望月さんにお願いしました。
■リー・カンション出演決定でキャストも豪華に
―――― 一方、作品のある意味注目ポイントと言えるのが、台湾の名優リー・カンションさんの出演です。台湾人観光客、シャオカン役として、キタの街を一人静かに楽しむ姿が印象的でしたが、出演の経緯は?
カーワイ:10年以上前に、中国の映画祭でツァイ・ミンリャン監督とリー・カンションさんと知り合いました。ファンとして質問していたら、中国語が話せるからと急に通訳を頼まれ、日本との合作の企画では脚本翻訳を頼まれるなど付き合いは続いていました。
当初、予算は限りがあったので、日本在住の台湾人のキャスティングを考えていましたが、やはり諦めきれず、ダメもとでリー・カンションさんにオファーしました。カンションさんも僕が映画監督になっていたことを初めて知り、驚いていましたね。カンションさんの出演が決まると、彼に合うようなキャスティングをと、千原せいじさんや渡辺真起子さん、ベトナムのリエン・ビン・ファットさん(『ソンランの響き』)などキャストも豪華になりました。
――――結果として作品自体もパワーアップしましたね。カンションさんはAVオタク役ということで、日本人AV女優のサイン会にも参加していますし、アジアの中で様々な日本神話が崩壊する中、アジア男性の日本の性産業に関する期待度の高さにも驚かされました。
カーワイ:アジア圏男性が日本のことを考えるときは、AVと性風俗産業しかないというぐらい幻想を抱いています。インバウンドで観光客が増え、女性は観光や買い物、家族連れはスキーやテーマパークなどのアクティビティを楽しみますが、男性だけのツアーや、家族と一緒でもひとりになったとき、アダルトショップをあさったり、歓楽街を見学しますね。また、そういう観光客を相手にする女性たちを斡旋する中国人ブローカーも増えました。
■脚本にセリフなし。リハーサルで方向性を伝えるカーワイ監督流演出
――――外国人キャストたちの中で、渡辺真起子さんが演じるボランティアの日本語教師と、千原せいじさんがその夫で警察官という日本人夫妻のエピソードは、すれ違い夫婦のあるあるも描かれ、興味深かったです。渡辺さんは脚本がないのが新鮮だったとコメントされていましたが、これだけのキャストの撮影をどのように組み立てながら行ったのですか?
カーワイ:箱書きはありますが、セリフはありません。たとえば夫婦げんかするシーンでは、「富岡と佳子がけんかする」、それだけです。他にも、尚玄さんのシーンで「居酒屋、夜、ふたり、意見の違いで大げんかする」とか全部そういう感じで撮影しているんです(笑)。
――――それだけですか!ではキャストの皆さんがそのシチュエーションのセリフを考え、演じるんですね。これだけは語ってというセリフもないのですか?
カーワイ:こちらから、こういう内容の話をしてとお願いし、キャストのアイデアも入れ、その場で修正していきます。言ってほしくないことはその場でカットしたり、言葉が足りなければ付け足したり、中身はこちらが作っています。桂雀々さんが演じるレンタルおじさんの飯田も、話の流れを作り、あとは好きなように語ってもらっています。
――――リハーサルでそのあたりを調整するんですね。瞬発力が問われそうです。
カーワイ:だから終わったら、みんな忘れるんですよ(笑)リハーサルを2、3回やって本番なのですが、うまくいかないとか、カメラの動きがずれない限りは大体ワンテイクしかしません。だから一昨年、東京国際映画祭でワールドプレミアをしたときも、雀々さんをはじめ本当に本番で何を言ったか覚えていなくて、こちらがびっくりしました。
―――― 一度限りの結集だから生っぽさがあったんですね。編集はテンポが良く各キャラクターの心模様がシャッフルされながら描き出されるのも映画的でしたが、大変だったのでは?
カーワイ:編集は、今までで一番大変でした。最初のバージョンは3時間半でしたが、そこから3時間バージョンに。僕自身は結構気に入っていたけれど、まだ整理されていないというご指摘もあり、最終的には今のバージョンになりました。冒頭はこれしかないだろうという展開ですが、終盤になってからは、いくらでも登場人物を組み合わせられるし、可能性は無限大なんです。結局準備や撮影は短かったですが、編集だけで9ヶ月かかりました。
■香港映画ファンに反響大の12月開催「香港映画祭2021」
――――少し話を変えて、カーワイさんがキュレーションをしている香港映画祭2021のことを伺えますか。
カーワイ:香港インディペンデント映画祭を初夏にシネ・ヌーヴォ、出町座、シネマスコーレで開催し、非常に評判が良かったんです。その時すでに香港映画祭2021の企画も進めていました。やはり僕自身、一番コネクションのあるのが香港映画界ですから。文化庁のArt For the Futureという助成金を申請するために、シネ・ヌーヴォ山崎支配人、出町座田中支配人、元町映画館林支配人、シネマスコーレ坪井副支配人と僕の5人で香港映画祭実行委員会を立ち上げ、僕が代表として申請しました。お金がかかる日本語字幕もつけるのも助成金が出るので通常レートでお願いできますし、上映館には貸館料金を支払えますので、ミニシアターを応援するプロジェクトでもあるんですね。
香港インディペンデント映画祭と比べると、香港映画祭2021は商業映画を集めていますので、スターもたくさん出演しているということで、反響もインディペンデントより格段に良く、香港映画ファンのみなさんに喜んでいただいています。ファンの皆さんが想像しているエンターテインメント要素たっぷりの香港映画をお見せできるのは良かったと思います。
――――『カム・アンド・ゴー』の大規模公開や2つの香港系映画祭の開催、渡辺紘文監督と日本を縦断した最新ロードムービーの撮影と、本当に忙しい2021年でしたね。
カーワイ:映画監督になってこんなに忙しかったのは初めてです。新作は沖縄、鳥取など都会ではなく地方で撮影しましたが、かなり面白いので皆さんビックリすると思います。
■少人数企画なら、脚本なしで、地方で撮る自信がある
――――『カム・アンド・ゴー』で大阪3部作が完結したので、次は地方でという感じですか?
カーワイ:大規模スタッフによる撮影というのは、それこそハリウッドや東宝、Netflixなどからオファーがあれば絶対にやりたいですが(笑)。ただそれをするとなると企画を考えなくてはいけないし、時間がかかるので自分には向いていないでしょう。一方、少人数でやる企画なら、脚本なしでも撮れる自信はあります。多少スポンサーがつけば、いつでも撮るという気持ちが強いですし、大阪でなくても、地方で撮れる。海外でもバルカン半島やトルコ、ロシアなどでも撮れるじゃないかと思っています。カメラマン、録音マン一人ずつ、プロの俳優はいてもいなくてもいい。そんなロードムービーをしばらくはたくさん作り続けたいと思っています。
――――コロナの時代に、少人数でさっと撮れるのはある意味理想的だし、武器になりますね。ありがとうございました。最後にメッセージをお願いいたします。
カーワイ:大阪を舞台にしているので、関西の方はたくさん観に来ていただきたいですね。特にコロナが続いている今、それ以前の大阪を懐かしいと思うかもしれないし、コロナが収束後は『カム・アンド・ゴー』の世界に戻ると思いますが、ポストコロナの時代、人の行き来が戻ってくる中で、日本社会はどう対応しればいいのか、この映画にヒントがたくさんあると思います。
(江口由美)
『COME & GO カム・アンド・ゴー』(2020年 日本 158分)
プロデューサー・監督・脚本・編集・エグゼクティブプロデューサー:リム・カーワイ
出演:リー・カンション、リエン・ビン・ファット、J・C・チー、モウサム・グルン、ナン・トレイシー、ゴウジー、イ・グァンス、デヴィッド・シウ、千原せいじ、渡辺真起子、兎丸愛美、桂雀々、尚玄、望月オーソン他
2021年11月19日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、12月3日(金)よりテアトル梅田、12月4日(土)よりシネ・ヌーヴォ、12月10日(金)より京都シネマ、2022年1月14日(金)よりシネ・リーブル神戸、1月28日(金)より宝塚シネ・ピピア他全国順次公開
公式サイト→https://www.reallylikefilms.com/comeandgo
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