『しあわせな人生の選択』悔いなき人生の終わりには君がいた

成熟した大人のドラマだ。『瞳の奥の秘密』リカルド・ダリン、『アイム・ソー・エキサイテッド』ハビエル・カマラというアルゼンチンとスペインの名俳優の共演。それだけで観なくてはという気にさせられたが、末期がん治療を断った男と彼の元を訪れた友人の4日間の物語は本当に地に足のついたものだった。セスラ・ゲイ監督が自らの母の闘病体験を基に作り上げた作品は、人生の終わりを迎えるための様々な決断を淡々と描きながらも、男同士の友情がじんわりと沁みる。


リカルド・ダリンが演じるのは人気俳優のフリアン。妻とは離婚、息子はアムステルダムの大学に通い、今は愛犬トルーマンと病魔に蝕まれながらも静かに暮らす日々。フリアンのいとこ、パウラから余命いくばくもないことを知らされた旧友トマスを演じるのはハビエル・カマラだ。家族とカナダに住んでいるトマスが突然フリアンの前に現れるところから始まる物語は、病気のこと、愛犬トルーマンのことで精神的に不安定なフリアンを、トマスが静かに支える様子が淡々と描かれる。自分がこの世からいなくなる前にトルーマンの引き取り先を探そうとするフリアンは、自分の病気のことを棚に上げて、他人に預けられるトルーマンの心配をするが、トマスは一緒に動物心理学の本を探してあげたり、とことんフリアンに寄り添う。ハビエル・カマラの抑えた演技が、4日という限られた時間を無私の気持ちで奉仕するトマスの人物像を浮かび上がらせる。深刻すぎず、サイレントコメディーっぽいニュアンスをほんのり加えるさじ加減も絶妙。帰国前日の夜、本人の前では飄々としていたトマスの積もり積もった気持ちが放出するシーンは、別れの儀式のような悲しみを帯びていた。


主演を務めていた舞台の降板を言い渡され、トルーマンを預けた先では子どもに受け入れられず、心配ばかりが募るフリアン。だが3日目の朝、息子の誕生日を翌日に控えているとトマスに告げたことから、急きょアムステルダムにいる息子を訪問するという奇襲攻撃をかける。重くなっていた物語が、舞台が移ることでぐっと軽やかに。自転車の往来が激しい街、息子が住んでいるのは川のボートハウス、そしてミュージアムのような大学、父に似てイケメンな息子、しかも彼女もキュート・・・。やはり若さは武器だ。息子に自らの病状のことを告げようとしても、結局は告げられず、熱い抱擁をして別れるフリアン。もし自分がフリアンの立場なら・・・と考えてしまう場面だ。俳優として注目を浴び、一人で晩生を暮らしてきたフリアンだからこそ、誰にも迷惑をかけない死を願い、トマスの力を借りながら準備を進めてきた4日間。人生の終わり方はいずれ自分自身のテーマにもなる。自分の意思で、人生の終わり方を決断するフリアンを演じたリカルド・ダリンも見事。最後に老犬トルーマンを演じたトロイロも、主演2俳優同様味わい深い静かな演技が印象的だった。こういう味わい深い人間ドラマが評価されるスペイン映画界、いやぁ、羨ましい。