『ロスト・イン・パリ』パントマイム好きにはうれしい!ジャック・タチ風人生讃歌

カナダ国旗がささっている大きすぎる赤いリュックを背負った主人公フィオナ。地下鉄の改札ではひっかかって動けなくなり、階段を上る時もカナダ国旗だけがたなびくように見える。全てがそんな感じで、ちょっとしたことが、フッ、フッと笑えてしまう仕掛けがいっぱい。フィオナと、彼女が落とした荷物を拾い、こともあろうにその荷物のセーターを着て、お金の入ったカバンを持ち、セーヌ川の船舶レストランに乗り込むテント暮らしのドム。この二人の動きが素晴らしい。パントマイム的な動きで、風が吹けば瞬時に体が斜めになったり、一挙一動が見逃せないのだ。


いきなり印象的なことばかり書いてしまったが、カナダ人の主人公が幼い頃にパリに渡った叔母マーサからの手紙を受け取ったことからはじまる、パリでのマーサ探しの物語。88歳になったマーサも、若干認知症気味で、社会福祉士から施設入りを勧められることを嫌がり、まんまと逃げるという知恵と意思の持ち主だ。フィオナ、ドム、マーサの3人と犬一匹が織りなす、すれ違いと愛の物語は、喜劇ならではの、川落ち、挟まりなどのドッキリもあれば、土地勘のないフィオナが視覚障がい者に道案内をしてもらうなど、逆転の発想もあって、ボーダレスなところが楽しい。マイムっぽいといえば、劇中でマーサが友人のノーマンとベンチに腰掛けながら、脚のダンスを披露する。二人の脚をクロスさせたり、並べてリズムを取ったりと、往年の映画に出てくるような粋なシーンがさらりと登場する。


エッフェル塔が見えるセーヌ河岸や、地下鉄のシテ駅など、初めてのフランス旅で訪れた場所も登場。マーサのグリーンのTシャツや、黄緑のテントをはじめ、色づかいも鮮やかで、メリハリの効いた動きと共にポップな雰囲気の中、自らの最後は自分で選ぶマーサの強い意思が垣間見える。これって昨年『92歳のパリジェンヌ』というやや残念な邦題がついてしまった、原題『La derniere lecon(最期の教え)』のヒロイン、マドレーヌと同じ。カナダからパリに単身で訪れ、夢を叶えて女優になったマーサに、施設で人生を終えるという選択肢は考えられなかったのだろう。その逃げっぷりも見事。このマーサを演じたのは『愛・アムール』のエマニュエル・リヴァ。残念ながら本作が遺作となってしまったが、このマーサには惹きつけられるものが多かった。


監督兼出演のフィオナ・ゴードンとドミニク・アベル。演技も見事だが、途中レストランでのタンゴシーンも見事だった。そのバックで、音楽のベース音に合わせて体を上下させる観客たちのリアクションもピッタリ(笑)。本当に細かいところまで、ほっこり笑わせるエッセンスがいっぱい。ジャック・タチ作品以来のフランス発コメディーは、愛もしっかり感じられる見事な人生讃歌だ。