『ブランカとギター弾き』とにかくファンタスティック。日本人監督がスラム出身少女の目線で描く”home”とは?

昨日、ブリランテ・メンドーサ監督がフィリピンのスラム街を舞台にした『ローサは密告された』をご紹介したばかりだが、同じスラム街を舞台にしながら、こんなにファンタスティックな作品が出来上がるとは、驚くばかりだ。上空からスラム街の屋根を映し出し、人でごった返す市場で猫の鳴き声や子供達の声が聞こえる。懐かしのゴム飛びをして遊ぶ子供達もいれば、「お金を恵んで」と歩く子供たちも。中にはグループでスリをし、日々生き延びているストリートチルドレンもいる。ブランカはスリグループの女ボスのような位置づけだが、手下と思っていた男の子たちの逆襲に遭い、段ボールの家も壊されてしまう。家族のいないブランカは、ふと目にしたテレビ番組を参考に、お金を貯めて、母親をお金で買う張り紙をする計画を思いつくのだ。


大人目線ではなく、子供達の目線で語られる物語でブランカの導き手になるのは、公園で弾き語りをしている盲人ピーターだ。弾き語りのチップをブランカに盗られても、彼女を恨むことなく、ブランカがお金を稼ぐための旅のお供になる。ブランカの才能を見抜いたピーターは、ギターに合わせて歌える曲を教え、彼女の歌声に魅了されたレストランオーナーからお店で歌ってほしいと依頼されるまでになるのだった。


生きるために盗みを働くブランカは、自分の力でお金を稼ぐようになった時、店の店員に逆恨みされ店を追い出されたり、その街を縄張りとするストリートチルドレンに売り飛ばされそうになる。ピーターだけが頼りだったが、そのピーターとも離れてしまうと、少女を食い物にする闇の世界に引きずり込まれるのだ。描かれる現実はむしろ過酷だが、ファンタスティックと思えるのは、ブランカとピーターの醸し出す優しい雰囲気だろう。そして街の様子も陽光に包まれ、活気が伝わってくる。本作がデビュー作となる長谷井宏樹監督は、あのエミール・クストリッツァに認められた逸材。どことなくクストリッツァ作品に通じる「底辺の人々の暮らしをユーモアを交えて描く」姿勢が感じられるのだ。


お金で何でも買えると思っていた少女ブランカが、お金ではなく大事なものがあることに気付くまでの物語は、帰る家のないブランカが、大事な人のいる場所が自分の”home”だと気付く物語でもある。無償の愛でブランカを見守り、彼女の帰りを待ち続けるピーターの存在は、神様のよう。しかも心に響く弾き語りを披露してくれる。ピーター役を演じたピーター・ミラリさんは映画の完成後急逝してしまわれたそうだが、子供達の輝きを見事に映し出した本作の中で、包み込むようなミラリさんの優しさは永遠にスクリーンで輝きつづけることだろう。

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