『エル ELLE』イザベル・ユペールがすべて

とんでもない変態映画のように見えるのに、ユペール様が演じるヒロイン、ミシェルの予想を裏切る行動の数々にどんどん惹き込まれていく。自宅に乱入され、暴行された被害者でありながら、それがトラウマになるというより、警察にも誰にも頼らず、自ら犯人捜しをするなんて、熟年世代とはいえ、そこまで肝の太い女性はなかなかいないだろう。女社長ミシェルの周りは、元夫や浮気相手、社内の妙な行動をする若手社員、そしてキリスト教徒の隣人夫妻と、不審な人物だらけなのだ。


物語が進むにつれ、ミシェルの性格に影響を与えたかもしれない父親のことや、子どもが生まれるミシェルの息子という家族の話も入り込み、彼女は決して孤独ではない代わりに、家族がいることによる様々な問題を抱えていることも分かってくる。そして、ついに真犯人が分かるところで物語が終わらないところも、この物語の恐ろしいところ。ミシェルの女友達との関係しかり、隣人の妻が語る言葉しかり、これって?これって?と見えなかった真実が露わになって、ゾクゾクとする。


『氷の微笑』のポール・ヴァーホーヴェン監督が全編フランスで、フランス人キャストを使って撮影した本作。ミステリーらしい曇った都会の映像も印象的だ。共演者では、隣人の夫役でロラン・ラフィットが出演。昨年のフランス映画祭では母の秘密を探る主人公役を好演した『ミモザの島に消えた母』で来日したが、今年のフランス映画祭で上映された本作でも、さすがコメディー・フランセーズ所属俳優と思わせる演技力を見せている。


とはいえ、何をさておいても、本作はユペール様抜きではありえない。ヴァーホーヴェン監督はユペールと一切キャラクターがなぜそんな行動をするのかという動機について話し合わなかったという。全幅の信頼でこの役を託し、ユペールも全身全霊で、そして軽やかに、時には滑稽さも交えて演じている。深刻になりすぎない独特のトーンが生まれたのも、その演技があったから。そして当のユペールも、「見るのは大変なシーンはあると思いますが、私にとって大変なシーンはありません」と断言。犯人捜しをしているうちに、逆にミシェルの内面を覗き見たいという衝動に駆られる作品だった。