「今の社会がこのままでいいのかと考えるきっかけにしてほしい」ドキュメンタリー映画『百年と希望』西原孝至監督インタビュー


 今年創立100年を迎える日本共産党。女性の権利や性的マイノリティの人権問題を訴える池内さおりさん、高校生の校則問題に切り込む池川友一さんをはじめ、長年地道な活動を続けた党員など99年目となる2021年の活動を記録した『百年と希望』が、7月2日(土)よりシネ・ヌーヴォ、元町映画館、7月8日(金)より京都みなみ会館、7月16日(土)より第七藝術劇場にて公開される。

 監督は、『わたしの自由について〜SEALDs 2015〜』『シスターフッド』で若者たちの政治や人権に対する声を届けてきた西原孝至監督。本作でも中堅党員や自らも社会活動を続けている若い支援者にカメラを向けている。延期された東京オリンピック2020開催の是非に揺れる選挙戦にも密着した2021年の東京を映し出す一本でもある。さまざまな格差がさらに拡大するなか、改めて政治とは、またわたしたちが投じる一票の重みについても考えたくなる作品だ。

 SAVE the CINEMAの呼びかけ人として、自身も政治とミニシアターとの架け橋となる活動を続けておられる西原監督に、お話を伺った。


■デモで必ずお会いした日本共産党の議員の方々。SAVE the CINEMAでも力になってくれた。

――――政治に注目するようになったきっかけは?

西原:20代のころは政治に対して自分の意見を表明することはありませんでしたが、東日本大震災が起き、自分たちの生きている世界は不確かだという感覚が芽生えました。ただ政治のニュースに目がいくようになりましたが、行動は起こせていなかった。2015年にSEALDsの活動を知り、自分より一回り下の若者たちが日本の未来を思って行動している姿に衝撃を受けたことから『わたしの自由について〜SEALDs 2015〜』を作り、デモに参加したり、カメラを回して自分のSNSにアップし始めました。


――――本作を構想し始めたのはいつ頃ですか?

西原:そのようにしてデモに足を運ぶようになると、必ずお会いするのが日本共産党の議員さんだったのです。いつも挨拶するような関係が続く中、2019年に日本共産党の職員でデモを応援する部署の方とお話したとき、2022年に日本共産党が創立100周年を迎えることを初めて知りました。元々日本共産党の活動にはシンパシーを感じていましたが、なかなか国民の支持を得られるには至らず、政党支持率は3%ぐらいだという現状があります。これは野党に共通することでもあるので、日本共産党を撮影し、左派に支持が広がらない理由を考えるドキュメンタリーが作れれば面白いのではないかと考え始めたのです。


――――デモで日本共産党の政治家のみなさんに必ず出会っておられたんですね。

西原:さらに2020年、コロナ禍となり、私もSAVE the CINEMA(政府にミニシアター支援を要望するプロジェクト)で署名を集め、文化庁や経産省へ陳情に行ったのですが、初めてのことで、やり方がわからなかったところを、日本共産党の吉良よし子さんと、はたの君枝さんが僕たちに同行してくださり、自分たちの言葉が詰まった時に、吉良さんが「文化庁がこういう危機に『文化を守る』と言わないで、どうするんですか?」と切り込んでくださった。とても頼もしかったんです。「文化芸術復興基金」創設へ向けて共同で演劇・音楽・映画・美術が共同でアクションを起こすWe Need Cultureでは、日本共産党の山添拓さんが僕らの想いを汲み取っていただき、安倍元首相に、「ミニシアターやライブハウスを守る気はありますか?」と質問してくださった。

 そういう経緯があり、僕の中で日本共産党との距離が近くなりました。困っている市民の声を掬い取り、政治や社会に届けていく。代議士の仕事をきちんとされていると実感し、日本共産党への興味深さが募ったので、2020年秋に企画書を書き、日本共産党本部の了承も得て、昨年1年間取材させていただきました。



■応援スピーチで抱いた、自分たちの声を代弁してくれている安心感

――――コロナを機にさまざまな声を政治へ届ける中で、日本共産党の政治家のみなさんが力になってくださったことがよくわかりました。ちなみに以前は日本共産党にどんなイメージを抱いていたのですか?

西原:僕は大学で状況するまで地元の富山で暮らしていたのですが、日本共産党は反戦平和を訴える、自民党に反対している党というざっくりしたイメージでした。富山は保守王国なので、毎回自民党が圧勝するのですが、日本共産党はいつも選挙で負けているイメージで、あまり何を訴えているか当時は見えていませんでした。その後、SEALDsデモの時、各政党のみなさんが応援スピーチをしてくれたのですが、一番盛り上がったのが日本共産党の方だったんです。本作で登場する池内さおりさんも来られていましたが、自分たちが思っていることを言ってくれるという安心感がありました。そこからは漠然と信頼感が持てるというイメージを持ちましたね。


――――困っている市民の力になってくれるという実際の姿とパブリックイメージが離れている気がしますね。

西原:日本共産党は、旧ソ連や中国の体制を一番批判している政党なのですが、根強い反共イメージがあることは否めません。この映画を作ろうとしたきっかけには、日本共産党に抱かれている誤解を解きたい。パブリックイメージを壊すことができればという想いもありました。


■日本共産党、これまでの100年とこれからの100年をつなぐ中間地点の映画づくり

――――日本共産党の100年を描くとなるとプレッシャーもあったでしょうし、何を取り入れ、何を削るか、その取捨選択が難しかったと思いますが。

西原:最初は100年の資料映像とか、栄光の100年史という構成も頭の中で考えたのですが、今トップのポジションにある人の声を入れてしまうと、総括になってしまう懸念がありました。それよりも撮影した99年目に日本共産党で活動している方がどんな想いで政治や市民に向き合っておられるかに注目したかった。偶然このタイミングで映画を作ることになりましたが、これまでの100年とこれからの100年をつなぐような中間地点の映画を作れればという想いが強かったです。そこで自然と興味が向いたのが、自分の同世代である中間世代の議員活動をされている方で、他にももっと若い方や、長年日本共産党で地道に活動をされてきた党員の方にもお話を聞きたかった。党を代表する方よりも、日本共産党に所属し、活動を続けておられる方を選びたいという想いから、絞り込んでいきました。


■自分たちの想いを汲み取ってくれる議員を増やすことの意義

――――中高生世代の10代女性を支える活動をしているColaboの仁藤夢乃さんが、政治の世界に自分たちの声を届けてくれる人がいることの重要性と、社会を変えるにはまず政治に誰かを送り込むことだと語っておられました。

西原:市民が声をあげることはできますが、やはりできることには限界があります。SAVE the CINEMAでミニシアターへ緊急助成金を求める9万通の署名を手に、関係省庁に届け、結果的に「コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業(ARTS for the future!)」が行われることになりましたが、これは新たな企画を期限までに提出し、採択された場合、その活動をした後で補助金が支払われる形でした。企画がなくても緊急時にミニシアターへ助成金が支払われるようにするためには、やはり自分たちの想いを汲み取ってくれる議員さんを増やすしかない。困難な状況に置かれた若い女性たちを支える仁藤さんの活動について、一番親身に話を聞いてくれたのが日本共産党の池内さんだったので、確固たる思いで応援をしておられるのだと思います。

――――市民の思いを汲み取るというのは、自民党との大きな違いですね。

西原:自民党だと経済界など声の大きいところに向けた経済政策には手厚いですが、市民に対する福祉政策は置き去りになっている。池内さんはそういう福祉政策や人権問題が大事だと思っておられます。前回の選挙は惜しくも落選してしまいましたが、選挙戦でジェンダー平等やLGBTQ、気候変動など今まで政治で扱われてこなかったテーマが俎上に上がってきたのは、池内さんが党の中でも大事だと声を上げてきた結果です。僕も政治の中でそのようなテーマが上るようになったのは嬉しいことだと思うし、すぐに大きく扱われなくても、これからも争点としていってほしいですね。



■女性の権利向上、人権問題を訴える池内さおりさん、日常のおかしいと思うことを問う池川友一さんに密着

――――わたしは池内さおりさんのスピーチにとても感銘を受けたのですが、本作でも池内さんとその選挙戦に一番密着していたのでは?

西原:デモでよくお会いしており、『わたしの自由について〜SEALDs 2015〜』ではトークゲストにも来ていただきました。現職の議員時代から女性の権利向上など人権問題を訴えておられるのに僕も共感していましたし、2017年に落選し、昨年再挑戦するところをぜひ撮りたかったのです。昨年は夏の東京都議会議員選挙、秋の衆議院議員選挙と大きな選挙が二つありましたので、それにも注目したかった。

 他にも、池川友一さんが都立高校でのツーブロックの髪型禁止の撤廃を求める映像がSNSや多くのメディアで取り上げられました。池川さんは、日常のおかしいと思うことを社会に率直に届けていく。「あなたの困った声からはじめる。それが政治です」と選挙期間中もスローガンとして掲げていましたが、今の日本共産党を表す言葉だと思います。


■自分たちの活動を応援してくれる「個人への共感」

――――池川さんの応援演説をされた美容師の米田さんも、同世代の若者たちに届く、とても力強いスピーチをされていましたね。

西原:米田さんは、自分がカットした高校生のお客さまが1週間後に丸坊主にさせられたのを見て、自ら校則改革に動こうとしたところ、同じ活動をしていた池川さんに出会ったそうです。ですから、彼の場合は同じ想いで行動している政治家がいて、それがたまたま池川さんであり、たまたま日本共産党だったという流れです。日本共産党へのイメージを特段持っておらず、同じ想いの池川さんを応援したくて応援演説の場に立たれた。さきほどの仁藤さんもそうですし、日本共産党を応援するというより、自分たちの活動を応援してくれる個人への共感です。だからこそ、応援している人の声も届けたいと思いましたね。


――――政治家と市民との関係性がよくわかりますし、市民の声を国会に届けるボトムアップの形は、本来政治のあるべき姿だと思います。

西原:与党の政治は自分がやりたいことをやる自己実現のために政治を行なっているふしがありますが、本当は困っている人を助けるのが政治なんです。それを確実にやろうとしている政党のひとつが日本共産党ですから、偏見を持たずに、今の姿を見ていただければと思います。



■自分なりの「希望」を考えてほしい

――――タイトルに、希望という言葉を入れた意図は?

西原:映画でも仁藤さんは「今の社会に希望はない」と言い切りますし、一方で、落選をした池内さんに、「今回の選挙で、池内さんのことが知れて、まだ日本社会に希望があると思った」と伝える方もおられた。希望というのは人によって本当に色々な捉え方があるし、多義的な言葉だと思います。ですから、この映画を観た方が、自分なりの希望は何なのかを考えていただければという願いを込めて、このタイトルをつけました。


――――今、『れいわ一揆』や『なぜ君は総理大臣になれないのか』など、選挙を扱ったドキュメンタリー映画が多い中、本作ではかなりニュートラルな描き方をしているのが西原監督らしいなと思いました。煽るような演出もありません。

西原:映画を通してどちらが良い/悪いと言ってしまうのは、映画のやるべき範疇を超えている気がするのです。それより、それぞれの意見や現実を通して、観てもらう人の解釈に委ねたいし、いろいろな受け止め方ができる作品にしたい。一方的に善悪を決めるように描くと、そこで思考が止まってしまいます。この映画を出発点に、お一人お一人が考えてもらうきっかけになればと思っています。


――――機関紙「しんぶん赤旗」にも密着しておられます。

西原:日本共産党は政党助成金をもらっていないので、しんぶん赤旗の売り上げが党の財政収入の8割を占めるのですが、それだけでなく社会に果たしている役割も大きいのです。大手メディアが本来のジャーナリズムのやるべき権力の監視ができているのかという点で、自分も忸怩たる思いがありますが、しんぶん赤旗は何の忖度もなく、時の政権の不正を暴き、権力を監視することを当然のように行なっています。ジャーナリズムのやるべき姿を全うしている点や、紙面の成り立ちについて取材をさせていただきました。


――――あとは比例区順位の付け方から、日本共産党の矛盾も見えてきますね。女性候補者を増やし、ジェンダー関係の公約を掲げながらも、男性候補者が当選しやすい順位づけがされています。

西原:他の政党は惜敗率を採用しており、落選したとしてもどれだけ接戦であったかが重視されています。それを採用していたら、前回の衆議院選挙では池内さんが惜敗率トップなので、当選していたはずです。ただ日本共産党の東京選挙区は現職優先(男性二人)なのです。ずっとそのシステムでやってきているから男性が当選しているわけで、仁藤さんも指摘していますが、ジェンダー平等を掲げながら、明らかに整合性は取れていませんし、日本共産党自身も変わらなければいけない部分を描いています。


■若者が抱きはじめた政治に対する意識と気候変動への危機感

――――コロナ禍で大学に行けなくなった分、社会活動に目を向けるようになった若者が増えたとの声もありますが、取材を重ねる中で、若者たちの意識の変化を感じることはありましたか?

西原:コロナ禍で政治が自分たちの生活に密接に結びついているという意識が芽生え始めた予感を感じます。ジェンダー平等や気候変動、特に気候変動については僕らよりもずっと危機感を抱いています。前回の選挙には結果として結びつかなかったけれど、若い世代の胎動を感じます。そこに向けて、日本共産党もぶれることなく、変わりながら、今の訴えを続けていってほしいと思います。


――――最後に関西では7月10日の参議院選挙直前というタイミングでの公開となりますが、それも含めて、メッセージをお願いします。

西原:日本共産党をモチーフにしたドキュメンタリー映画ですが、日本共産党を通して今の日本が抱えている矛盾点を描いています。映画をご覧いただき、今の社会がこのままでいいのかと考えるきっかけになればと思います。選挙前にご覧いただき、投票率が上がると嬉しいですね。

(江口由美)



<作品情報>

『百年と希望』(2022年 日本 107分)

監督:西原孝至 

出演:池内さおり、池川友一、木村勞、吉田剛、黒田朝陽

7月2日(土)よりシネ・ヌーヴォ、元町映画館、7月8日(金)より京都みなみ会館、7月16日(土)より第七藝術劇場にて公開

公式サイト → http://100nentokibou.com/

※元町映画館、7月2日(土) 9:30の回上映終了後、西原孝至監督、アルテイシアさん(作家)によるトークイベントを開催

※シネ・ヌーヴォ、7月2日(土) 12:25の回上映終了後、西原孝至監督による舞台挨拶を開催

(C) ML9