「楽しくおおらかに前へ進む久遠チョコレートに学ぶべきことはたくさんある」 『チョコレートな人々』鈴木祐司監督、阿武野勝彦プロデューサーインタビュー


「温めれば、何度だって、やり直せる」。魔法のような言葉と、チョコレート作りに取り組む様々な障害や個性を持った従業員たちの姿を見ていると、その結晶となって店頭に並ぶチョコレートたちがなんとも愛おしく感じられる。『人生フルーツ』の東海テレビによる、愛知・豊橋から生まれた久遠チョコレートと代表の夏目浩次さんや従業員たちの姿に迫るドキュメンタリー『チョコレートな人々』が、2023年1月2日(月)より第七藝術劇場、1月6日(金)より京都シネマ、1月28日(土)から元町映画館他、全国順次公開される。

 監督は、『青空どろぼう』の鈴木祐司。テレビドキュメンタリー「あきないの人々」で夏目さんを取材して以来、20年に渡って取材を続け、障害者を正当な賃金で雇用するためにたどり着いたチョコレートづくりと、そこに至るまでの試行錯誤の日々、また様々な障害を持つ従業員たちにも密着し、彼らが仕事しやすい環境を作る夏目さんの現場での日々も丁寧に追いかけている。色とりどりのトッピングが施されたチョコレートたちができるまでの細かい工程をじっくり見ることができるのも楽しい。改めて、働き方や従業員が心地よく働ける職場づくりを考えてみたくなる、奥深いチョコレートにまつわる物語だ。

本作の鈴木祐司監督、阿武野勝彦プロデューサーにお話を伺った。



■夢を実現するために努力する夏目さんは20年間全く変わらない(鈴木)

―――久遠チョコレート代表の夏目浩次さんと鈴木監督は20年以上の長い付き合いだそうですが、出会った当時の印象や、そこからの繋がりについてお話しいただけますか?

鈴木: 2002〜2003年ぐらいに初めてお会いしたときから、夏目さんは前向きで、決して諦めない。絶対にできないと思うようなことを言っているように見えても、その夢を実現するために努力しておられる姿は、この20年間全く変わらない。その意思や、やると決めたら次の日に動き始めるというフットワークの軽さを含め、こんなすごい人は見たことがないです。今も取材に行くたびに、新しい挑戦を次々とされ、驚かされてばかりです。


―――夏目さんが夫婦でパン屋を営んでおられた時代もよく知っておられるとのことですが、従業員だった堀部美香さんとのエピソードが印象的ですね。

鈴木:堀部さんは2004年当時、商店街の人やお客さんから「美香ちゃん!」と声がかかる人気ぶりだったのですが、急に辞めることになってしまった。僕にとっては初めて携わる番組(「あきないの人々」)で、夏目さんだけでなく堀部さんもずっと取材していましたから、そんなに簡単に辞めさせるなんてと心の中で怒っていました。本作で当時の状況を夏目さんが語ってくれたことで、想像以上に多大な借金を背負っていたことが原因だったと知ったのです。



■鈴木監督は、どんなに遠くても取材対象者の生き方を追い続けてくれる人(阿武野)

―――鈴木監督が本作を製作するにあたり、阿武野プロデューサーの働きかけが大きかったそうですが、その経緯を教えていただけますか。

阿武野:鈴木監督とは「あきないの人々〜夏・花園商店街」から始まり、「約束〜日本一のダムが奪うもの〜」や映画『青空どろぼう』など、ドキュメンタリーを何本も作ってきました。(鈴木)祐ちゃんは、どんなに目の前に忙しいことがあっても、取材対象者と長く、きちんと関係を続けていくことができる人です。徳山ダムも久遠チョコレートの豊橋も、大阪から和歌山に通うぐらい、結構遠いのですが、ニュースになる/ならないは別にして取材対象者の生き方や何をやっているかを追い続けてくれる。東海テレビで他にこういうことのできる人はいません。

でも、会社という組織は彼の特性を活かさずにデスクにしてみたり、ワイドショー系のプロデューサーにしようとしていたので、これは大変だなと思っていたのです。入社当時から祐ちゃんのことを知っている私としては、このまま組織に翻弄される彼を見たくないと思った。東海テレビはドキュメンタリー至上主義なので、ドキュメンタリーをやっている人は人事異動から外されるわけです。今しかないと思い、祐ちゃんに作りたい作品はあるかと聞くと、「夏目さんのことをまとめたい」と即答でした。


―――救いの手を差し伸べられたわけですね。実際に夏目さんや久遠チョコレートの従業員たちに密着した本作を作る過程で見えてきたことは?

阿武野:会社の事情が、久遠チョコレートを合わせ鏡にして見えてくる。久遠チョコレートの従業員が作業中につい激しく踏む動作をして、階下のテナントから苦情がくるシーンがありますが、夏目さんはすぐにゴムマットを敷き、最終的には別の場所にラボをもう1カ所新設する決断をします。その姿を見ていると、経営者や年長の人間がいかに現場を観察したり、慮ったり、差配したりすることを丁寧にやらない時代になったかが、合わせ鏡のように、よくわかります。僕らのドキュメンタリーを作るという仕事は、いつも足元で自分たちとくっついているものを見てしまう。これは日本社会の病根かもしれないし、時代の特性かもしれません。


―――夏目さんの、人を変えるのではなく個人に合わせてやり方を変えるという方法は、効率重視とは真逆ですが、人を大事にしていることが伝わります。

阿武野:テレビ版を作ったとき、タイムキーパーの女性が「先に生まれたものが、後に生まれたものの場を作らなければいけない。それが(本作には)描かれているんですよね。東海テレビではそういうことしているのでしょうか」と言われ、彼女はきちんとこの作品を観ているなと思いました。逆にそういうことを気づかされましたね。



■今の従業員みんなで一生懸命作るから、会社としての体力がつくという発想(鈴木)

―――受注品の発送作業が間に合わないという、会社としてあまり出したくないような内容も全て映し出され、夏目さんと鈴木監督が強い信頼関係を築かれていることがよくわかりました。失敗をしても、生産管理の人を採用するのではなく、今のようなやり方を貫くと夏目さんが宣言され、ブレない姿勢を感じました。

鈴木:今在籍している従業員のみんなで一生懸命チョコレートを作るから、やりがいがあり、面白いし、会社としての体力がつくという発想です。映画でも従業員が成長する過程を盛り込みたいと思っていたので、撮影時に入社してきた方を中心に取材していきました。後々店を任される、まっちゃんがそうですし、取材中にパウダーラボが開所したので、そこで働いている方にも早めに打診して取材させてもらっていますね。


―――取材時に、働いている本人だけでなく、母親に取材をされているのも印象的でした。障害者が働ける場所はあっても、本当にわずかの賃金しかもらえないケースが多いですが、久遠チョコレートの賃金を上げる取り組みは、長年我が子と二人三脚で歩んできた母親にとっても嬉しいことではないですか?

鈴木:おっしゃる通り、お母さんたちは長年我が子のことをずっと見守ってきていますから、本人たちに取材してもどう思っているか掴めないときに、お母さんに代弁してもらうこともありました。


―――ナレーションもいい合いの手になっていて、滋味深い言葉が揃っていました。

阿武野:僕が書きましたが、なるべくコンパクトに、あまり説明はしないことを心がけました。宮本信子さんは、「いい人が読んでます」という感じではなく、ちょっと突き放した感じで読んでくださるので、とても良かったです。

 「あきないの人々〜夏・花園商店街」の時も宮本さんにナレーションをしていただいたので、この作品はテレビ版から宮本さんにお願いしようと決めていました。宮本さんがナレーションをするなら、音楽は伊丹組の本多俊之さんと決まっていきましたね。


―――夏目さんが自分の小学校時代の苦い体験を吐露する場面は、どのように撮ったのですか?

鈴木:家にお邪魔して、家族で食事のシーンを撮らせていただいた後に、昔の写真を見ながら話してほしいとお願いしていました。以前、小学校時代のことをチラリと聞いたことがあるのですが、今、ご自分も親の気持ちがわかるようになったからこそ、アルバムを見ながら当時自分がしたことへの、強い後悔の念が押し寄せたのではないでしょうか。


―――障害を持つ人を数多く採用し、今や全国展開している久遠チョコレートの取り組みがテレビで紹介されたことで、夏目さんに障害者を雇用する事業所からマイナスな意見も寄せられていると語っておられ、そんなことがあるのかと驚きました。

阿武野:雇用しやすい障害者しか雇用していないという声が出るとは、想像だにしませんでした。それが福祉事業所側からの発言と知り、その闇を感じましたが、夏目さんはそれを打ち破ることをしようとしている。それが凄いし、僕らも発見の連続です。



―――まっちゃんが店長になり、新規開店した久遠の焼き菓子の新店舗は、ユニフォームや内装がとても素敵ですね。

鈴木:まっちゃんは、最終的には番組を通じて父親や友達にご自身がトランスジェンダーであることをカミングアウトされましたが、最初取材を断られたのです。小・中学校などで自分の性自認を隠しながら生きている人たちに向けて、まっちゃんが自身のことをオープンに語ることによって、少しずつ隠さなければいけないという風潮が変わっていくのではないかと僕の想いを伝えると、お母様と相談され、覚悟を決めてくださいました。今は、お店でも「まっちゃん、頑張って!」と色々な方に声をかけていただいているそうです。


■久遠チョコレート神戸店はもっと取材がしたかった(鈴木)

―――新長田アスタくにづか内に新規オープンした、久遠チョコレート神戸店の舞台裏にも迫っておられますね。

鈴木:久遠チョコレートの各店舗の中でも、神戸店が、一番ハンディキャップのある方をたくさん採用し、みんなで助け合っていることを感じられます。看護師の資格をお持ちの、医療リハビリを行なっている会社がこの神戸店を立ち上げたので、人の気持ちに寄り添ったり、従業員のケアがきちんとされていて、時間があればもっと取材がしたかったぐらいです。


―――まさに、人に会いに行きたくなるようなお店ですね。本当にたくさんの人の踏ん張りが詰まった映画ですが、編集で苦労したことは?

阿武野:世の中はなんとなく多様性やSDGsを標榜したり、色々なことを言っているけれど、意外と置き去りにされたり、不当な状態に置かれている人が数多くいる。そこにきちんと焦点を当てながら、世の中がこれで良いのかを結果的には問う内容になりました。とりわけ今の時代は小さな組織でも若い人たちが心の病で会社を辞めたり、休職することが日常的に起こり、それが当たり前になっていますが、「働き方改革」ではなく、「働かせ方改革」が大事なのではないかと思うのです。

 この作品は日本の病巣に触れている気がします。「日本社会の病気の治し方」とでも言いましょうか。「ここに夏目さんの視線が送られている」「ここで夏目さんが行動している」ということを編んでいき、夏目さんを軸に、この物語になっていきました。



■夏目さんの物語に終わらず、日本の大問題がここにある(阿武野)

―――働く側が、会社が提示した働き方に合わせられなかったら、働く側に合わせた働き方を提案していますね。トップダウンの真逆の考え方です。

阿武野:日本社会は、仕事に人を合わせようとしすぎたのではないでしょうか。日本社会が活力を失っている原因の一つでもあるし、物作りをする人をもっと大事にしなければいけない。リーマンショック以降、数字と金に翻弄され、底が抜けてしまった日本社会に生きるみなさんが、『チョコレートな人々』を観たら、「ああ、こういうことなのか」と目を開かされることがきっとあるのではないでしょうか。障害者のみなさんと、彼ら彼女らを雇用している夏目さんの物語に終わらず、日本の大問題がここにあると思うのです。

 そんな内容でありながらも、楽しくおおらかに、前へ進んでいくという久遠チョコレートからは、学ぶべきことがたくさんあります。


■夏目さんを成長させた、堀部美香さんの登場シーンにこだわり(鈴木)

―――作中で登場するテロップも、可愛いあしらいになっていて、軽やかさが感じられました。

阿武野:編集マンが『人生フルーツ』の奥田繁さんで、そういうこだわりのあしらいをしてくれたんです。

鈴木:僕のこだわりは、美香さんが登場するシーンです。彼女が夏目さんのパン屋で働いているときから見てきたので、2000年代のテレビ版から一緒に仕事をしてきた奥田さんはそれをわかってくれました。カメラマンは今回からご一緒した方々なので、具体的に「こういうシーンから入りたい」とか、カットされそうになったら理由を説明して使うようにもしました。夏目さんをあそこまで成長させたのは、美香さんの存在があったからだと思っていますから。


―――『チョコレートな人々』は、2023年正月映画として東京、大阪を皮切りに公開されますね。

阿武野:この秋はミニシアターの動員が厳しかったと聞いていますが、東海テレビは今まで10数本をかけていただき、ミニシアターに育てていただいたので、なんとかそのご恩返しをしようと、配信サービスには出さず、映画館でしか観れない形になっています。まずは東京で『人生フルーツ』のようにジワジワと広がって、長く観ていただきたいですね。テレビだと一回、もしくは再放送で二回、ローカルでオンエアをして終わりですが、映画にすると、2022年作品として何年も観てもらえますし、歴史に残りますから価値があります。


―――「何度でもやりなおせる」なんて、日頃言われることがないので、気持ちが穏やかになる作品でもあります。

阿武野:今は過剰プレッシャー社会ですから、そこから逃れようがなく倒れていってしまうので、そこで倒れない方法を考えるヒントが、この作品にあると思うのです。


―――最後に、これからご覧いただくみなさんにメッセージをお願いします。

鈴木:20代、30代と、これからの社会を作る若いみなさんに観ていただき、自分が何かやりたいことがあるときの励みになる作品となれば嬉しいです。障害がある人もできるだけ同じ場所で活動をするというインクルーシブ社会が目指される中、そのいいモデルでもありますので、ぜひご覧ください。

阿武野:今は、情報やお金を回すことが前に出てしまった社会なので、額に汗して物を作る人が報われる社会をもう一度作っていくという考え方が大事だと思いますし、ユーチューバーが小学生のなりたい職業1位の今、お子さんたちにも観ていただきたいですね。

(江口由美)



<作品情報>

『チョコレートな人々』(2022年 日本 102分)

ナレーション:宮本信子

プロデューサー:阿武野勝彦

監督:鈴木祐司

2023年1月2日(月)より第七藝術劇場、1月6日(金)より京都シネマ、1月28日(土)から元町映画館他、全国順次公開

公式サイト⇒https://tokaidoc.com/choco/

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