イスラーム映画祭3『ラヤルの三千夜』~獄中出産したパレスチナ人女性の終わらない闘い
舞台はレバノン内戦勃発から5年後の80年。ヨルダン川西部で、主人公ラヤルが夜中に見覚えのない罪で連行されるところから始まる物語は、パレスチナ刑務所で出産した女性の実話を基に、いまだ変わらず続くパレスチナ人への人権侵害と、そのような過酷な状況でも自尊心を失わず、母として子どもを育てる女性の逞しさ、無言の抵抗の持つ意味を教えてくれる骨太なヒューマンドラマだ。
教師だったラヤルが人権無視の裁判で無実ながら有罪となり送られたのは、パレスチナ人とイスラエル人両方が混在するパレスチナ刑務所。刑務所の中も社会の縮図で、既にパレスチナ人とイスラエル人はそれぞれ派閥を作り、イスラエル人のボス的女性が新入りのラヤルをけん制してくる。一方、パレスチナ人の中には「パレスチナの戦士」と呼ばれる屈強な女性が女性受刑者を束ね、反逆の計画を練っている。
刑務所の中の人間模様も、ラヤルが獄中出産して、雰囲気ががらりとかわる。パレスチナ人集団の中で、ラヤルだけでなく周りの女性たちも一体となって彼女の息子を育て、重い物語の中でも子どもが希望の光となることを示してくれる。ボスの言いなりだったイスラエル女性も、ラヤルが苦境から助けたことで、陰ながらラヤルの味方に。また、ラヤルのイスラエル人弁護士も彼女のために力を尽くし、単純なパレスチナVSイスラエルの対立構図にはめ込まない描き方がいい。女性が集まってワイワイガヤガヤ、時には両陣営がぶつかり合っての大ゲンカ。女囚ものならではの陽気さも垣間見え、決して重苦しいだけの映画ではない。
問題行動と咎められる度に、制裁を加えられ、個室で息子と二人きりになっても、壁にチョークで文字や絵を書き、息子に必要なことを教えていったラヤル。元気に育っているところに面会へ訪れ、引き取ろうとした夫を追い返す。息子を何としても守り育てる母の覚悟が滲み出る。
また、82年に親イスラエルの民兵によるパレスチナ人の大量虐殺、サブラー・シャティーラ事件が起きた時の衝撃も描かれる。テレビで難民キャンプでの虐殺があったことを知ったラヤルら受刑者たちは、武器不所持の抵抗運動に踏み切る。隣の男子刑務所にも広がり、イスラエル側がもはや抑えようのない抵抗運動は、一部の受刑者を釈放するという成果をもたらすが、失われた命は戻らない。歴史に残る大量虐殺事件を塀の中から映し出し、後世にその悲劇を伝えているのも本作の意義深いところだ。
劇中で登場する刑務所は、ヨルダンで実際に使われていたもの。深い夜の闇、鉄線が張り巡らされた建物は、自由を奪われた人たちの苦悩が沁みついている。本作で登場するイスラエル人受刑者もパレスチナ人女性が演じ、過去に刑務所に面会で長年通ったキャストもいたという。本作のプロデューサーも務めるメイ・マスリ監督は、過去に多くのパレスチナ人女性が獄中出産していることを知り、取材を重ね、ラヤル像を作り上げた。朝日新聞GLOBE誌のインタビューでは、今もパレスチナ人はいつ逮捕されるか分からず、「野外の大きな刑務所に住んでいるようなもの」と語り、日本での公開を心から望んでいたという。理不尽な抑圧に負けず、声を上げる女性たちの闘いの物語は、パレスチナ問題を考えるのはもちろんのこと、虐げられた立場にいる女性が、諦めずに闘い続ける勇気を与えてくれた。心から日本での劇場公開を望みたい。
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