「日陰にいるからこそ、そこにいる人の強さや美しさがわかる」 『生きててごめんなさい』ヒロイン、穂志もえかさんインタビュー


 『余命10年』『新聞記者』の藤井道人がプロデュースを務め、藤井と共にドラマ「アバランチ」で演出を担当した新鋭・山口健人が現代の若者たちの心の病みや恋愛の痛みを描く『生きててごめんなさい』#イキゴメ が、2月3日(金)よりなんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田、MOVIX堺、京都シネマ、2月10日(金)よりkino cinema神戸国際にて公開される。

『広告会社、男子寮のおかずくん』シリーズの黒羽麻璃央と『少女邂逅』で映画デビュー後、『街の上で』など今泉力哉監督作品他で活躍している穂志もえかが、同棲中のカップル、修一と莉奈の恋愛と仕事、そして自分を解き放つまでをドキュメンタリーのように生々しく熱演。共演には松井玲奈、安井順平、冨手麻妙と実力派が揃った。

出版社勤めの修一が、突然辞めた編集者の担当を引き継ぐものの、うまくゆかず、自分が小説を書く時間が減らされ、会社でパワハラを受ける様子や、バイトが続かず家にいる莉奈との衝突とその行方など、愛する人を守るために強くあらねばと踏ん張る男性が、恋人にパワハラしてしまう状況も描写。一方、修一と一緒にいることで弱い立場となっていた莉奈の決断にも心動かされることだろう。

本作で莉奈を演じた穂志もえかさんに、お話を伺った。



■オーディションで感じた、莉奈役は「わたしが貢献できる」

―――主人公、莉奈の生きづらさを見事に体現しておられましたね。脚本を読んだときの感想は?

穂志:オーディションの前でした。初めて脚本を読んだのは、まだ決定稿ではなかったので、莉奈の描き方や結末も違っていたんです。でも、その段階から「わたしが演じたら貢献できる」という気持ちがありました。莉奈役に選んでいただいてから、脚本や莉奈のイメージが変化していきましたが、その都度、山口監督と脚本の最初から最後まで莉奈のその時考えていることを擦り合わせて確認していきました。きちんと準備をして臨めたので、実際に演じるときは大きな疑問点や迷いはなかったです。


―――オーディションで「わたしが演じたら貢献できる」と思われたのは、莉奈の気持ちが手に取るようにわかったということでしょうか?

穂志:脚本が変わっていく中で、変わらなかったのは、莉奈が理不尽な目に遭う人生を送っていたり、自分では一生懸命やっているのに、周りが驚くような失敗をしてしまうところ。そういう部分に共感できましたし、恋人や仕事との関係性も自分の経験と重なる部分があるなと思っていました。アルバイト時代の実体験を思い出したりもしました。


―――確かに映画では、莉奈の過去の部分はあえて描いていませんね。彼女と両親との関係性がうまくいっていないのかとか、社会生活から離れている時期があったことも、会話で知る程度です。

穂志:見えているものだけが全てではないということを訴えるのに、とても効果的な描写だと思います。最初に、ボソッと莉奈が「クビになるのは8回目」と言うのですが、莉奈は7回クビになるまで、めげずにがんばってきた。観客のみなさんにはワガママで自分に甘い女性に見えてしまうかもしれませんが、すぐに諦めているわけではないところを、感じていただきたいですね。



■作品を通して、莉奈は変わっていない

―――最初は恋人に依存してしまった莉奈が、自分の能力を活かせる場所にたどり着き、ひとりで歩み出すまでの成長を描いた物語でもありますが、変化をどのように表現されたのですか?

穂志:山口監督とは、作品全体を通して莉奈のベースは変わらず、周りの環境が変わっただけだという話をしていました。莉奈は修一しか自分を愛してくれる人がいないと思い、彼によって自分の輪郭を形作るという気持ちでしたが、だんだんとふたりの歯車が狂い始め、思い切って環境を変えてみたら、莉奈は修一以外の世界を見つけることができた。もともと莉奈にあった文才や、彼女らしさを見つけてくれる環境に巡り会い、莉奈の世界が広がっていったと解釈しています。だから莉奈自身は変わっていないのです。


―――修一と莉奈のふたり芝居のようなシーンや、激しい喧嘩で莉奈が泣いてしまうシーンも多々ありましたが、現場では修一役の黒羽麻璃央さんと、どんな話をしていたのですか?

穂志:今までもそうですが、私の場合、あまり共演者の方と話をしてから撮影に臨むということはありません。黒羽さんも修一を演じるにあたり、すごく没頭されていましたし、わたしも莉奈のことで頭がいっぱいになっていました。2日間のリハーサルがふたりの関係性やパワーバランスを共通認識できる場でした。今回は特に、事前に話し合わなかったからこそ、現場でリアルなものがキャッチできたような気がしています。黒羽さんはとても気さくな方ですが、「おはよう」「寝れた?」といった日常会話のみで、役について話した記憶はないですね。


―――穂志さんは『街の上で』など今泉監督作品にも出演しておられます。今泉監督も日常と地続きの作品を撮っておられますが、本作はまた違う濃密な時間感覚で、日常と地続きの作品ですね。若い世代が中心の作品ですが、毎日出勤し、仕事で追い詰められる修一が、家で帰りを待つ莉奈に苛立ちをぶつけたり、夫婦になったらありがちなすれ違いぶりは、もっと上の世代の共感も呼ぶのでは?パワハラ問題や、男性だから養わなければと自分を逆に追い詰めたりする局面もあります。

穂志:本当に弱いとは何なのか、弱いと思っていた莉奈に宿っている強さなど、観る方によって様々なくみ取り方ができる作品だと思います。山口監督も賛否両論が分かれるだろうとおっしゃっていたので、どんな反応をいただけるか楽しみです。



■丸裸の気持ちで、カメラの前に立っていた

―――莉奈を演じるにあたって、難しかったことは?

穂志:どれぐらい莉奈の感情を出していけばいいのか、悩みました。あまりに泣きわめくのはどうだろうとも思ったのですが、山口監督が「思いっきり発散してください」とおっしゃったので、思いっきり表現しました。後からそれらのシーンを見ると、本当にグシャグシャな顔をしていて、丸裸の状態でカメラの前に立っていたことを思い出しました。


―――それは山口監督の狙い通りだったのではないですか?

穂志:プロデューサーの藤井道人さんが、「ドキュメンタリーかと思った」とおっしゃっていたように、自分で観直しても、本当にリアルだなと思いました。


―――莉奈の感情の発露ぶりを見ていると、修一が彼女にとって世界の全てだったのだろうなと。

穂志:修一とふたりの世界にずっといたので、もう少し環境が変われば、莉奈も落ち着くと思うのですが…。あとは自分との闘いだと感じました。修一も自分のコンプレックスと向き合いますし、莉奈も自分の世界は広がったけれど、広がった先でもまだモヤっとしている。莉奈も自分と向き合う必要があったのです。


―――デビュー作の『少女邂逅』で演じたミユリが20代になったらこんな感じになるのではないかと思ったのですが、穂志さん自身はいかがでしたか?

穂志:それぞれのキャラクターで抱えているものは違いますが、相通ずるものがあるとも感じました。これからもっと生きづらさがテーマの作品が、増えてくるのではないでしょうか。わたしのようなタイプが女優を続けることに意味を持たせてくれる2作品だと思います。



■日陰にいるからこそ、そこにいる人の強さや美しさがわかる

―――「わたしのようなタイプ」とは?

穂志:見た目やキャラクターが華やかなタイプではありませんし、この仕事を始めるきっかけとなったミスIDのオーディションでのグランプリ受賞時も、「言葉にできないけど、何かある」という選定理由コメントをいただき、わかりやすくない存在なのです。今は、わかりやすく、パッと目に留まるものが皆に愛され、流行のように流れていく中で、自分は日陰にいるような存在だと思っています。でも日陰にいるからこそ、そこにいる人たちの強さや美しさがわかる。色々な俳優のタイプがあっていいし、多様性という意味でも、わたしのようなタイプが演じることを通して、伝えられるものがあるのではないかと思います。


―――穂志さんは演じる作品ごとに、いい意味で化ける方だなと思いますし、本作の莉奈は、蒼井優さんを彷彿とさせる、観客の心を鷲掴みにするパワフルさがありました。

穂志:オーディションに受かり、俳優として活動するようになってから、蒼井優さんの作品を見漁る時期もあり、本当に魅力を感じていますし、「蒼井さんのようになりたい」と意識をしていた時期もありました。とはいえ、さすがにハードルが高いと思い、最近は意識せずにお仕事をしていたので、そう言っていただけて、本当に嬉しいです。


■退散することや環境を変えることは、逃げではない

―――ありがとうございました。最後に、莉奈や修一のような若い世代に向けて、メッセージをいただけますか。

穂志:置かれた場所で咲きなさい、与えられた環境で頑張り続けることが美徳という考え方が根深いと思うのですが、学校でも職場でも、本当に苦しくて、心の健康を損なうようであれば、ちょっと勇気が必要かもしれませんが、一度退散したり、環境を変えていい。わたしはそれを逃げだとは思いませんし、逆にいろいろな世界に触れて豊かに過ごしていただきたいです。

 そして恋愛も人の数、組み合わせの数だけ形があり、修一と莉奈のような形も往々にしてあると思います。莉奈のような人はメンヘラと括られてしまいがちですが、そんなことはありません。「みんな、いろいろあるんだよ」と言いたいですね。

(江口由美)


<作品情報>

『生きててごめんなさい』(2022年 日本 107分)

監督・脚本:山口健人

企画・プロデュース:藤井道人

出演:黒羽麻璃央、穂志もえか、松井玲奈、安井順平、冨手麻妙他

2月3日(金)よりなんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田、MOVIX堺、京都シネマ、2月10日(金)よりkino cinema神戸国際にて公開

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