「秋ちゃんの『世界ってかっこいいんだ』という言葉を遺したかった」 『世界』塚田万理奈監督インタビュー
3月10日より開催中の第18回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門の塚田万理奈監督作『世界』がアジア初上映された。
故郷の長野で2020年より16ミリフィルムで10年がかりで撮影する『刻』プロジェクトに取り組んでいる塚田監督。その中で生まれた中編『世界』は、吃音に悩む中学生の秋と、生活のためのアルバイトに時間を割かれ、焦りを覚えているミュージシャンのゆうみが、悩みながらも、ささやかな美しさを見出していく。心の奥に小さな灯りがともるような作品だ。当映画祭に先駆け、2月開催されたロッテルダム国際映画祭に入選、世界初上映された注目作だ。
本作の塚田万理奈監督にお話を伺った。
■子どもたちが大人になるまで10年をかけて撮る『刻』プロジェクトと主演、涌井秋さんとの出会い
―――塚田監督とは、『刻』のクラウドファンディング開始時にオンラインで取材をさせていただいて以来で、今回大阪アジアン映画祭に最新作が入選され、リアルでお会いできて大変嬉しいです。まずは、本作を作るきっかけになった10年プロジェクトの『刻』や、主演の涌井秋さんとの出会いについて教えてください。
塚田:映画『刻』は撮影を始めてから3年目になります。わたしが子どもの頃から大人になるまで10年間の友達との出来事を映画にしたいと思ったときに、映画はどうしてもフェイクだけれど、わたしが感じてきたことや、目の前の友達の感情も本物なので、なるべく本物を捉えられることができるような体制で撮りたいと考えました。ひとりの人間はひとりが演じるべきだと思い、子どもたちが大人になるまで10年をかけて少しずつ撮影をしていくプロジェクトをスタートさせました。ただ役者に演じてもらうのではなく、わたしがこの子と一緒に10年間、共に生きていきたいと思える人と取り組みたかったので、演技未経験の子どもたちと出会えるように、長野で撮影前に、映像ワークショップを2年ほどやっていたのです。秋ちゃんは、新聞でワークショップのことを知り、応募してくれました。
―――撮影までに2年間の準備期間があったんですね。
塚田:はい。秋ちゃんは読書が大好きで、洋楽もよく知っているすごく頭の良い子です。でも時々、わたしに泣きながら電話をしてくることがあり、何も言わずにただ泣いているだけなので、何か抱えているものがあるのだろうなと気持ちを寄せていました。その後、中学校卒業前に作文で賞を獲ったので読ませてもらったとき、自分の吃音について書いていて、わたしは初めて彼女が吃音で悩んでいたことを知りました。振り返れば、秋ちゃんが電話で言葉なく、泣いていたというのも、言葉を出したくても出せなかったのかもしれません。ただ、喋れるときはスラスラ言葉が出てくるので、彼女の症状は理解されづらい。そんな自分の言えなかった悩みを書いたものが、新聞に載るかもしれないのは嫌だと秋ちゃんが泣いてしまったので、どうして嫌なのかを聞いてみると「もっと世界とか、かっこいいことを書きたかった」と。
■世界はかっこいい
―――作品のキーワードになっている言葉ですね。
塚田:そうか、世界をかっこいいと思っているのかとわたしも衝撃を受けました。確かに秋ちゃんが好きな音楽の話をしているときは、とてもキラキラしている。一方、わたし自身は好きな映画のことをやってきたはずなのに、周りのみんながどんどん作品を撮り、映画を仕事にしていくのを見て焦り、苦しくなる瞬間があったんです。秋ちゃんたちが好きなものや未来を信じていることが美しく、そんな彼女たちと生きて、励まされてきたので、彼女の「世界ってかっこいいんだ」という言葉を遺しておかなければ、この世の中もダメになってしまうと思いました。そして、秋ちゃんにそれを言い返せる作品を作りたいと思い、「あなたのことを撮りたい」とお願いして、撮らせてもらったのが今回の『世界』です。
―――フィクションとはいえ、映画として残るものに撮られることへの不安もあったのでは?
塚田:最初は映画に撮られることをすごく怖がってもいたし、すごく辛いことをたくさん抱えている時期でもあったのですが、「とにかく、万理奈ちゃんがわたしのことを撮ることだけに、今は賭ける」と言ってくれたので、秋ちゃんがそこに魂をくれたような撮影でした。
■本当の心の中の声が出るのを待つ
―――ファーストシーンから授業で前に出て発表をする秋の姿を少しずつ近づきながら捉え、その瞬きも全てを包み込むかのようで、じっと待つ映画なんだと印象付けましたね。
塚田:秋ちゃんのタイミングでセリフを言ってもらうために、彼女からセリフが出るまで待つことは最初から決めていました。ラストのセリフは、わたしだけに言ってくれた言葉を使っているのですが、どうしてもみんなの前で言えなかった。わたしになら言えると言ってくれたので、わたしがカメラの隣に立ち、そこを向いて話してくれました。秋ちゃんの本当の心の中の声が出るのを待ち、撮った映画ですね。
―――なるほど、まるで観ているこちらに話しかけられている気がしたし、その言葉により説得力が出た気がします。全体的に、秋はいつもやわらかな光が当たっているように見えましたが、『刻』のように16ミリで撮影したのですか?
塚田:今回はデジタルで撮りました。わたしたちは基本的にフィルムで撮っているチームで、『刻』もフィルムで撮影していますし、秋ちゃんもフィルムで撮られることに慣れている子なのですが、今回雪をCGで入れたくて、それもデジタルで撮る一因になっています。
■自分自身のことを書く
―――様々なアルバイトをしているミュージシャンのゆうみは、監督ご自身を反映させたキャラクターだそうですね。
塚田:ゆうみ役の玉井夕海さんは、わたしがとても仲の良いミュージシャンで、とても自分の置かれている状況に近い人です。秋ちゃんのことが美しいと思える、触れ合わない視点が欲しかったのですが、最初はどういう人間にすれば良いのか悩んでも書けなくて葛藤していたら、夕海さんが「万理奈さん自身のことを書いたらどうですか」と提案してくれたのです。「万理奈さんが(秋ちゃんのことを)美しいと思ってきたなら、あなた自身でいいと思う。だって万理奈さんの映画だから」と言われて腑に落ち、そこからは自分をモチーフに書いていきました。
―――芸術に携わっている者ならでは、周りの声かけもリアルです。
塚田:「ゆうみさんがミュージシャンであることを忘れちゃいそうですよ」とスタジオを使っていたバンドマンが言いながら去っていくシーンがありますが、あれは実際に夕海さんが言われた言葉なんです。しかも言った本人に出演してもらい、演技してもらっているんですよ。彼らは実際のバンドで、若く、常に活動をしてイキイキしているミュージシャンを象徴した存在。一方、夕海さんは、音楽をやりながらも、生活のためにアルバイトをし、音楽をやりたくない時期もあったり、音楽の時間だけでなく、それ以外の時間も持っている人です。ミュージシャンでない時間もある中で、そういう言葉を言われたことに衝撃を受けたというエピソードから、取り入れました。
■未来のある秋の美しさに励まされ
―――好きなことを仕事にしたとき、そのバランスは他の仕事以上に本人だけでなく、周りからも問われる気がします。
塚田:夕海さんともよく言うのが、わたしは映画監督として生まれたわけではないし、夕海さんもミュージシャンとして生まれたわけではない。お互いに生まれてから映画や音楽をやり始めたわけで、自分の心が「世界がきれいだ」とか「食べ物が美味しいな」と思える人間でなくなってしまえば、きっとわたしたちが作る映画や音楽は美しいものにならない。心豊かでいたいと思うけれど、焦ったり弱い瞬間も多くて、未来のある秋ちゃんの美しさに励まされているんです。
―――秋とゆうみは同じ町に住んでいても触れ合う間柄になるわけではありませんが、それだからこそ感じられる美しさを表現している映画ですね。
塚田:同じ音楽や同じ映画を海外の人が観たり、聞いたりすることもしかりで、他人じゃないと思える部分があると思うのです。実際に日頃触れ合っている人だけを愛するのではなく、例えば「あっ、同じTシャツ着てる」とか、あの寂しくない瞬間があれば、世の中の人同士、もっと仲良くなれると思うのです。映画で秋ちゃんがハミングするのはゆうみが昔よく聞いていた歌で、彼女が偶然懐かしさを感じる声に出会う。そういう美しさを表現したくてできたシーンです。秋ちゃんからは出来上がった作品を見て、「万理奈ちゃんがわたしを撮ることに覚悟を持っていることは知っていたけれど、その覚悟がどんなものだったのかわかった。本当にありがとう」と言われました。
―――タイトルの『世界』はとてもシンプルで雄大です。
塚田:世界は、秋ちゃんがかっこいいと思っている世界でなきゃだめだという想いと、一方で彼女自身が美しいと言えるひとつになるし、彼女自身が世界だとも思っていました。そこからシンプルにつけたタイトルです。
■『刻』のキャストたちと、四季ごとの撮影
―――話は最初に戻りますが、3年かけて撮ったという『刻』の中学、高校編の撮影について教えてもらえますか。
塚田:子どもたちが休みの土日を使い、春夏秋冬の四季ごとに2日間ずつ再会しながら、みんなでちょっとずつ撮っていきました。脚本は最後まであるのですが、子どもたちには撮影するときの分ずつ渡していて、大人編がどうなるのかは知らないという状態です。彼らは、わたしが一緒に生きていきたいという気持ちで、ひとりずつ自ら声をかけて出会った演技未経験の子たちなので、本人に合わせて書き直してもいます。ただ1シーズン終わるごとに、脚本の想定にはないような成長の仕方をして、色々な意見や「こんなの演じられない」という話がたくさん寄せられます。でも、できないことを言われる方が、その子自身の譲れないものがあるのだと、ちょっと嬉しくなったりもするんです。そういう時は話し合って、その子が理解できることやわたしの譲れないことをすり合わせ、脚本を書き直していきます。書き直しては次の撮影をしてという繰り返しで、今ではプライベートでもメールや電話をしてくれたり、遊びに行ったり、参観日に観に行ったりするような、親よりは若く、ちょっと先を生きている変な友達感覚で遊んでくれていますね(笑)
―――完成予定は?
塚田:2030年です。映画を撮っているというより、生活というか、人生の一部のような作品ですね。その時々で、彼らを撮っているという作品です。
―――それだけの信頼関係があるからこそ撮れるのだろうなと痛感します。すごく楽しみにしています。
塚田:わたしも元気でいなきゃなと思いますし、すごく楽しみです。
(江口由美)
<作品紹介>
『世界』 (2023年 日本 28分)
監督・脚本:塚田万理奈
出演:涌井秋、玉井夕海、山本剛史、池田良
https://www.oaff.jp/2023/ja/program/if06.html
第18回大阪アジアン映画祭公式サイト
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