『菊とギロチン』瀬々敬久監督、木竜麻生さん(主演)インタビュー
瀬々敬久監督(『友罪』、『ヘヴンズ ストーリー』)の最新作は、自主制作で撮りあげた青春群像劇『菊とギロチン』だ。構想30年の本作は、関東大震災後の日本を舞台に、実在したアナキスト集団のギロチン社と女相撲一座が出会い、片や日本を変えるため、片や自分の境遇に負けず強くなるために必死で生きる姿を、エネルギッシュに描き出す。
女相撲一座の新入りとして、不遇な境遇から抜け出し、自分の道を切り開こうとする主人公花菊役に木竜麻生、ギロチン社の古田大次郎役に演技初体験の寛 一 郎を抜擢した他、東出昌大、韓英恵、嘉門洋子、山田真歩、渋川清彦、井浦新、大西信満、篠原篤ら実力派俳優が勢揃いし、大正末期を生きた様々な境遇の人間の悲哀をスクリーンに焼き付ける。女力士たちの稽古に次ぐ稽古の姿や、アナキストたちの駆け回る姿を見ていると3時間があっという間の、とても熱量が高い映画。撮影所をはじめとした京都や滋賀、舞鶴などの関西ロケで大正末期の庶民の暮らしや、女相撲一座の興行を見事に再現しているのも見所だ。 7月7日からの全国ロードショーを前に、本作の瀬々敬久監督と、花菊役の主演、木竜麻生さんに、お話を伺った。
世の中を変えたいという志を持っていたアナキストと、相撲を頑張っている女力士たちを結びつけることで、30年来の構想を形に(瀬々監督)
■関東大震災以降の右傾化する流れと、現在の世の中の流れがリンクし、今作るべき作品と確信
――――80年代からアナキストを描く映画を作りたいと考えていたそうですが、女相撲にも焦点を当てることになった経緯は?
瀬々監督:助監督時代からアナキストの話を映画にできないかとずっと考えていました。90年代になり、井田真木子さんの「プロレス少女伝説」という本を読むと、女子プロレスの元祖として明治、大正期に女相撲が興行として存在し、幾つかの団体が日本全国を巡業公演していたと書かれていたんです。その女相撲を見た当時の女性たちの中には、虐げられた暮らしから逃れるため、家出同然で巡業について行き、力士になった人もいたという記実記述もありました。そこから女相撲に興味を持ち、もし実在したアナキストのギロチン社と、女相撲の力士たちが出会ったならば…と想定し、企画を作っていきました。
――――30年来の構想ですが、脚本はどのように変化していったのですか?
瀬々監督:最初の脚本は80年代に書いており、もう少し牧歌的な話でした。でも、東日本大震災後、関東大震災をもう一度調べ直してみると、自警団の存在に行き着いた。自警団を構成している中に、在郷軍人会というのがあるんですが、当時古田大次郎と中濱鐵は千葉県船橋市の海水浴場の別荘に仮住まいしていたんです。そして、すぐ近くの習志野市の陸軍駐屯地で、虐殺が行われた事実があったことが分かり、脚本に加えました。また、韓英恵さんが演じた十勝川は、当初は北海道出身という設定でしたが、途中から朝鮮に故郷を持つという人物像に変更しました。東日本大震災をきっかけに、大幅に脚本を書き直したのです。関東大震災以降、右傾化し、どんどん戦争に向かって行った時代と、特定秘密保護法や共謀罪などの法案がどんどん成立している現在は、どこか似ています。自主企画なので資金集めは難しかったのですが、今作るべき作品だと確信していたので、無理をしてでもクランクインしました。
■空族、相澤さんの脚本参加で注入されたユートピア思想と共感の精神
――――瀬々監督はいつもご自身で脚本を手がけておられますが、今回は空族の相澤虎之助さんと共同で脚本を書かれています。相澤さんの参加が作品にもたらした効果は?
瀬々監督:相澤さんは、フィリピンなどの南方に楽園があるというような作風の映画が多い作家です。南にユートピアがあるという発想に惹かれ、今回脚本を手伝ってもらいました。実際に、海岸のシーンではジャンベを演奏し、「アパッシュの歌」を歌うというト書きを相澤さんが書いています。踊っている場面もまさに相澤さんのアイデアですし、ユートピア思想がこの映画にも入っていると思います。また、相澤さんは「共感」という言葉をよく使います。アナキストは人に共感し、寛容であるという態度が自由のベースにあるので、相澤さんの考える世界観はとても重要でした。相澤さんが入ってくれたことで、自由や寛容が今の世の中に大切であることが、一貫して映画の中に注入されたと思います。
■独特のオーラのある寛 一 郎さんと、不器用そうだけど芯は強いというキャラクターに合う木竜さんに主役を託して
――――大勢のキャストが出演する群像劇の中で、木竜麻生さん、寛 一 郎さんという新人二人を主演に起用していますが、最初からメインは新人で臨むと決めていたのですか?
瀬々監督:一般の出資者を募ることから始めたんですが、同時に出演者も公募しました。書類選考で落とすことはせず、700人ぐらいの応募者のほぼ全員に会いました。その中に木竜さんもいたのです。花菊を彷彿とさせる昭和顔で、不器用そうだけど芯は強いというキャラクターにも合っていると感じ、決めました。寛 一 郎さんは、以前から人づてに「芝居に挑戦したがっている」と聞いていたので、声をかけてオーディションに参加してもらいました。演技は未知数ですが、独特の存在感やオーラがあり、彼に賭けてみようと思いました。女相撲座長役の渋川さんや、歴史に興味を持っていた東出さんはこちらからオファーしましたが、それ以外はほとんどオーディションで決めています。
――――木竜さんと寛 一 郎さん、二人の役者としての成長が、映画の中の花菊や大次郎の成長に重なりました。どのような演出をしたのですか?
瀬々監督:寛 一 郎さんは初めての芝居だったので、自分の剥き出しの感情をどうやって出すか、そのやり方が分からなかったのです。このままでは難しいと思い、クランクインして1週間経った頃に、1日だけずっと粘り続けたことがありました。東出さんの午後の出番も後日となったんですが、その日の撮影が終わった時に、東出さんが「寛 一 郎くん(の演技)のために僕ができることがあれば、手伝います」と言いに来たのです。翌日東出さんは、寛 一 郎さんをドライブに誘い、1日色々と話をしてくれたようで、それを機に、演技も随分変わり、成長していったと思います。木竜さんは芝居の経験はあるので、基本はできているのですが、あるレベルを超えることをやっていただくための試行錯誤がありましたね。
■相撲の描写、本当らしさにこだわり、女力士たちの生き様を伝える
――――この作品は女相撲の描写が非常にしっかりしており、アナキストたちよりもかなりウェイトを置いて描かれていますが、その狙いは?
瀬々監督:企画段階から、アナキストだけの映画だと頭でっかちだし、浮世離れしていると感じていました。彼らが世の中を変えたいという志を持っていたこと、いい加減な奴らだけれどちゃんと存在していたことを伝えたいと思う一方、同じように何かを変えたいと思っている人たち、つまり相撲を頑張っている女力士たちを彼らと結びつけることで映画の形になるのではないかと考えたのです。実際に、前半でそれぞれの力士の取組を一人一人丁寧に見せています。そこを丁寧に見せなければ、女相撲の世界観に観客が入り込めませんから。また相撲の取組を描く中で、各女性たちのキャラクターが浮き上がるような流れにしたいという狙いもありました。相撲の部分の本当らしさは、こだわった部分です。それがなければ、彼女たちの生き様が伝わりませんから、力士役の皆さんにはしっかり稽古をしていただいて、撮影に臨んでもらいました。相撲だけでなく、歌や三味線の練習、海岸のシーンで踊っているアフリカンダンスと、本当に覚えることがいっぱいで大変だったと思います。
■「隣にいる奴は敵じゃないぞ、共闘しろ」アナキスト中濱鐵の言葉が示す“横のつながり”の大切さ
――――女相撲一座の力士たちは虐げられた境遇の人たちですが、彼女たちが強くなろうとする中に様々な意味が込められている気がします。
瀬々監督:強くなるためには、自分を変えていくことが必要でしょうが、たった一人では自分自身が変わることはあっても、世の中を変える、真の変革を達成することは難しいでしょう。システム自体を変えることにどうつなげていくかが、今後のテーマになっていくと思います。女相撲興行一座が、グループであることも重要です。個人ではできないことも、グループや、もっと大きな単位になれば可能かもしれません。映画で、東出さんが演じる中濱鐵が言った「隣にいる奴は敵じゃないぞ、共闘しろ」という言葉が全てを象徴していると思います。横のつながりが一番大事で、映画でもアナキストたちと女相撲一座がどこかで出会い、一緒になろうとします。独立した者同士がダイレクトに結び付くことに可能性があると思いますね。例えば、映画館でこの映画を観るところから始めてもいい。同じスクリーンを同じ場所で観ることで生まれる同志感や、場の持つ力が、映画や映画館には備わっていると思います。
「私たちが練習してきた立ち合いのシーンは、お客さんに『女力士、カッコいい!』と思ってもらいたい」(木竜)
――――女相撲の他のメンバーは韓英恵さん、山田真歩さん、大西札芳さんといずれも個性的な力士を熱演されている中、花菊の成長をどのように表現していったのですか?
木竜:主役という形で映画に入らせていただくのは初めなので、本当に必死で、夜になってようやく次の日のことを考える。その繰り返しで、クランクアップまでなんとか走りきった感じです。クランクアップ後も、自分の足りない部分にモヤモヤしたり、落ち込みもしました。ただ、現場での監督からのアドバイスや、女相撲の座長である渋川さんに面倒を見ていただいたこと、また寛 一 郎さんと話をしたことや、力士の皆さんと練習をしたりご飯に行ったりしたことが、私の中でしっかりと残っています。そう考えると、クランクイン前に相撲の練習をしていた頃、クランクイン後、クランクアップ後と、それぞれ私の中で感じたことが違いますし、とても大切な作品になったと実感しています。
■「今、花菊を応援してもらっている」と受け止められた瀬々監督の言葉
――――見事な花菊役でした。具体的に、瀬々監督や寛 一 郎さんとはどんな話を撮影中にしたのですか?
木竜:寛 一 郎さんとは、撮影後コンビニに行きながら、色々な話をしました。お互いに撮影が大変だったので、そんな悩みを打ち明け合い、私も頑張ろうと思えましたし、後半、大西札芳さんの素晴らしい演技を引き合いに出されて、瀬々監督が「このままじゃ、大西に主役をとられるぞ」と言われたのですが、その後に「もっと頑張れ」とも言っていただいたのです。ショックと言うより、「今、花菊をすごく応援してもらっているし、今、頑張らなければいけないところだ」と私も受け止められたので、この言葉は忘れないと思います。
――――女力士たちが一緒に泊まり込み、数週間合宿状態での撮影で、なかなか体験できないような現場だったと思いますが、ロケでの思い出は?
木竜:2ヶ月以上に渡り、クランクイン前に皆で泥だらけになりながら練習をしていたので、クランクインする頃には、ムードメーカーで引っ張ってくれる人や、それを見守る人など、それぞれの役割ができていました。私は新入りの役なので、本当にみなさんに引っ張っていただきました。四股踏みの練習ができる場所をみんなで探したり、劇中で登場する「イッチャナ節」の練習を皆でやるのは、部活をやっている感覚でした。渋川さんも撮影以外の時も親方のように皆の面倒をみてくださいましたし、そういうのも含めて大人数での合宿は良かったです。あと、女相撲チームは、ギロチン社チームにちょっと対抗心を燃やしている部分がありました。脚本でアナキストたちが自由に発言をし、動き、お酒をかっ食らうシーンは少し憧れもするのですが、女相撲の方は本気と本気のぶつかり合いで頑張るしかない!と思っていましたね。私たちがこれだけ練習をしてきた立ち合いのシーンがスクリーンに映ったときに、お客さんに「女力士、カッコいい!」と思ってもらいたいですから。試写で観た時は、女性同士が身体をぶつけ合って闘うのを今までの映画では見たことがなかったので、純粋にカッコ良かったです。
■自分の目で女相撲を見て、「こんな風に(強く)なれるんだ」と思った花菊が羨ましい
――――当時の女性は本当に生きづらかったと思いますが、現代の女性である木竜さんはどのように感じましたか?
木竜:花菊の時代は結婚や子どもを産むのも早く、姉が亡くなると、代わりに自分が姉の夫のもとに嫁ぎ、家のことをしなくてはならない。今の私から見ても苦しいと思います。今はその気になれば何でもネットで調べて、知った気になれますが、当時の花菊は自分の目で女相撲を見て、「こんな風に(強く)なれるんだ」と思った。シンプルで、羨ましかったですし、声を大にして「強くなりたい」と言うのも、すごくいいなと思います。
(江口由美)
<作品情報>
『菊とギロチン』
監督:瀬々敬久
脚本:相澤虎之助・瀬々敬久
出演:木竜麻生、東出昌大、寛 一 郎、韓英恵、渋川清彦、山中崇、井浦新、大西信満、嘉門洋子、大西礼芳、山田真歩、嶋田久作、菅田俊、宇野祥平、嶺豪一、篠原篤、川瀬陽太 ほか
ナレーション:永瀬正敏
2018年/日本/189分/カラー/DCP/R15+/配給:トランスフォーマー
2018年7月7日(土)~テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ、MOVIX京都他全国順次公開
(C) 2018 「菊とギロチン」合同製作舎
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