『グッバイ・ゴダール!』天才監督の妻はつらいよ


ちょうど関西豪雨で自宅が陸の孤島となった時、オンラインでフランスのドキュメンタリー映画『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー』を見ていると、まさに『グッバイ・ゴダール!』で見たのと同時代のゴダールや妻であり主演女優のアンヌ・ヴィアゼムスキーのインタビュー映像に出会え、ちょっと身震いした。フライヤーの真っ白の壁に赤の小物がポイントになっている場所は、当時ゴダールとアンヌが暮らしていた家だ。アンヌが主演した『中国女』は、まさに二人の家でロケをし、さらに言えば朝から二人で大喧嘩をしても、そのまま仕事で撮影場所となり、ゴダールは喧嘩でお互いが放った言葉を急遽セリフにも入れていたという。ちなみにこの時のアンヌの相手役は、ヌーヴェルヴァーグの申し子、ジャン=ピエール・レオ。レオと喧嘩のシーンで、リアルにゴダールと喧嘩をした時の言葉を言わなくてはいけない。アンヌは、この時とても混乱していたと語っている。

ジャン=リュック・ゴダールの2番目の妻だったアンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝的小説を映画化した本作。物語は、二人がまだ熱々だった60年代から始まる。ノーベル文学賞受賞作家フランソワ・モーリアックを祖父に持つまだ二十歳前後の学生、アンヌと、ヌーヴェルヴァーグを代表する監督、ゴダールは、瞬く間に恋に落ち、結婚することに。メディアの注目を一身に集め、マオイズムを題材にした新作『中国女』の主演にも抜擢。アンヌの人生はゴダールによってガラリと変わり、その才能に大きな影響を受けていくが、60年代後半になると社会もヌーヴェルヴァーグも停滞し、その歪みが爆発しようとしていた。


フランス史、そしてフランス映画史に残る大きな出来事、1968年の五月革命で学生らと共にデモに参加する二人の姿や、フランソワ・トリュフォー、アラン・レネ、クロード・ルルーシュらと共にカンヌに乗り込み映画祭の中止を訴える場面が描かれ、トリュフォーとゴダールの決別地点となった頃、妻アンヌともギクシャクし始めた様子がよく分かる。今までの友達関係を断ち、「政治映画を政治的に」撮るようになってきたゴダールには、もはやアンヌのことが目に入っていなかったようにも映る。五月革命までの、才能溢れる芸術系カップルの姿と、それ以降のゴダールが猛進する背中を追うことがもはやできなかったアンヌ。一つ一つのエピソードをとってみれば非常に私的だが、俯瞰してみると、あるカップルの出会いと別れの物語。実にシンプルなのだ。


ゴダールという巨匠を演じるのは非常に勇気が要ったに違いないが、ルイ・ガレルのゴダールぶりは、本人さながら。才能があり、探究心も強い。常に新しい手法で映画を撮ろうと模索し、映画同様複雑な内面を持ち合わせていたのだろう。そんなゴダールを、ウィットも交えながら自然に演じて要る。そして60年代からタイムスリップしたかのように魅力的なアンヌを演じるのは、ラース・フォン・トリアー監督『ニンフォマニアック』で主人公の若い頃を演じたステイシー・マーティン。とにかくオシャレ!教養もある若きアンヌの悩める姿に共感してしまう。全体的にポップな仕上がりではあるが、しっかりとヌーヴェルヴァーグの過渡期、そしてゴダールが大きく方向性を変える時期をアンヌ目線で映し出したのが新鮮だった。本当に監督の妻はつらいね。全てを映画に捧げるのだから。