かつて日本映画にあった「大人の鑑賞に耐えうる作品」を作りたい 『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』脚本、西岡琢也さんインタビュー


1972年に実現した沖縄返還の裏側に、アメリカと対等に交渉を展開し、最後の最後までアメリカの理不尽な占領と闘いぬいた外交官が日本にいた。『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』は、実在の外交官、千葉一夫がアメリカや外務省内で様々な交渉を重ねる一方、琉球政府行政主席とも交流を重ね、命が尽きるまで沖縄に思いを寄せ続ける姿を描いた骨太な物語だ。


NHKBSドラマとして放映された本作を映画版に再編集。資料映像も交えながら、沖縄の知られざる歴史を浮き彫りにし、沖縄戦直後から現在に至るまでの沖縄の苦悩と、一枚岩ではなかった外務省内での攻防を映し出す。千葉一夫を井浦新が熱演している他、妻惠子役に戸田菜穂、外務省北米局長役に佐野史郎、アメリカとの密約を主張する駐米大使役に大杉漣と、見応えのあるキャストが揃い、沖縄を取り戻そうとする男たちの一歩も譲らぬ交渉ぶりが現在によみがえるのだ。こんなに勇敢かつユーモアを備え、アメリカと対等に渡り合う外交官が現在にもいれば、日米関係はまた違う局面を見せたかもしれないと思わせる、現在にも通じる部分を感じることだろう。  

本作の脚本を担当した西岡琢也さん(『沈まぬ太陽』『太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男-』)に、脚本執筆のエピソードや、現在の日本映画について思うことを語っていただいた。




 ■1972年沖縄返還時と2017年当時。沖縄の現状がほとんど変わっていない中、ラストをどうするかが、一番の悩みどころだった 

――――沖縄を題材にした作品ですが、本作に携わることになったきっかけは? 

西岡:宮川さん(NHK報道番組ディレクター)がドラマ化を熱望し、柳川さん(NHKドラマ番組部ディレクター)に話を持ちかけたのがそもそものきっかけで、宮川さんが出版した本(『僕は沖縄を取り戻したい 異色の外交官・千葉一夫』)のゲラ段階のものを読ませてもらいました。交渉ばかりの話なので、シナリオ化するのは難しいなと思いました。千葉一夫の話をしなければいけないのに、エピソードが足りないのです。交渉のことは非常によく調べてありますが、それだけではドラマになりませんから。  


――――実際に脚本が出来上がるまで、原案から様々な試行錯誤があったと思いますが、どのようなプロセスを経て現在の形になったのですか。

 西岡:まずはラストをどうするかが、一番悩みどころでした。72年沖縄返還前後の話ですが、脚本を書いた2017年現在の沖縄の現状は、当時とほとんど何も変わっていません。沖縄返還交渉の裏で密約があったことも明らかになっているので、千葉一夫が奮闘し、やっと沖縄返還を達成したと手放しには喜べない訳です。もう一つは、原案に詳細に記された交渉の数々を、どうしたら分かりやすく伝えられるか。本ならもう一度読み返すことができますが、ドラマはどんどん流れていく訳ですから、交渉を整理し、何が問題で、何が揉め事の中心かを掴んでいきました。 


――――交渉が中心の作品ではありますが、映画ならではの要素として千葉一夫の家庭での一面も描かれ、妻とのエピソードから千葉の内面が垣間見えたのも楽しかったです。 

西岡:交渉ばかりだと視聴者は見てくれませんから。NHKだけではなく、こういう硬派な物語の場合は「妻の目線から」という要望が局から入ることが多いですね。本作は仲代達矢さんに客観的なナレーションを担当していただいていますが、妻の声でナレーションをと要望されることもあるんですよ。


 ■沖縄返還に一生懸命尽くしていく千葉を井浦さんは剛速球の芝居で熱演。(昔なら)緒形拳さんの演技が理想 

――――ドラマの場合、脚本家がナレーションやキャスティングを指名できるんですね。 

西岡:そうです。主演についての要望も出しましたし。今回の井浦新さんは、柳川さんの一押しでした。以前一緒に仕事をして惚れ込んでいたようです。井浦さんは沖縄返還に一生懸命尽くしていく千葉を、とても熱を込めて演じてくれました。まさに剛速球の芝居です。ただ、千葉さんという人は、最後に写真も出てきますが、実際はもう少し柔らかい印象の人で、大使館のパーティーでは、英語でジョークを言って来場されたアメリカの人たちをよく楽しませた人だったそうです。実際の千葉さんとのイメージとは若干異なっていたかもしれません。柔らかい部分もあれば、直球の怖さを出せるという点では、私の中では緒形拳さんが理想ですね。本当に万能のいい役者だったと、しみじみ思います。外務省のメンバーで言えば、千葉の部下を演じた中島歩さんは、柳川さんがディレクターを務めた『花子とアン』に出演経験があったことから今回起用したのですが、とても感じ良く演じてくれましたね。 


■いつものほほんとしていた親友、大杉蓮さん。実在の人物を演じるのは「とても気を遣う」と悩みを漏らすことも。

 ――――本作では主人公千葉と対立することもしばしばあった沖縄返還交渉時の駐米大使、植田を、今年急逝した大杉漣さんが演じています。脚本家からみて、大杉さんはどういうタイプの俳優でしたか? 

西岡:「ストレスのない大杉」といつも言っていました。いつも、のほほんとしていましたから。僕が最初にピンク映画を手がけていた頃からの付き合いですから、今はなんと言っていいのか、口が重くなってしまいますね。ただ、人づてに大杉さんが言っていたと聞いたのは、今回もそうですが実在の人物を演じるのは非常に気を遣うと。それはどの役者さんもそうだと思います。特に大杉さんは、本作の後、NHK番組の再現ドラマで福島第一原発の吉田昌郎所長役を演じています。奥さまから、この役も随分悩んでいたと聞きました。


 ――――あまりかけ離れてもいけないし、実在の人物を演じるのは確かに気を遣いますね。脚本家という立場の西岡さんは、実在の人物をもとにした作品を書くときは、同様のやりにくさはあるのですか? 

西岡:実在の人物が生きている人の場合は、直接本人にお会いして、了承を得られればこと無きを得るのですが、亡くなっている方がモデルになっている場合は遺族の方からご指摘を受けることが多いですね。今回はそのようなことはありませんでしたが、やはり遺族は亡くなった方を神聖化してしまいがちなので、悪いことはあまり描いて欲しくないという傾向はありますね。


 ■大人の鑑賞に耐えうる作品を作りたいし、もっと大人の作品を増やしてほしい。そんな題材をみつける自信はある

――――ATGの時代から活躍されてこられた西岡さんから見て、昭和から平成時代の日本映画の変化をどう受け止めておられますか? 

西岡:僕は、大人の鑑賞に耐えうる作品を作りたいと思っているし、『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』は、大人の方にもしっかりと受け止めていただける作品になっていると思います。生真面目なものだけではなく、コメディーでもそうですが、とにかく大人が見て楽しめる作品が必要です。そういう作品はかつて日本映画でもありましたし、テレビドラマでも大人が見て納得したり、なるほどなと思える作品がたくさんありました。でも、今は子ども向けしか作っていない。劇場に行っても、大人は午前十時の映画祭ぐらいしかいなくて、ほとんどがポップコーンを片手にした子どもばかりです。子ども向けと同じぐらいとは言いませんが、大人の作品をもっと増やして欲しいし、僕も書きたいです。今は映画会社の若手社員たちは今の若年層に見せる映画の企画を、必死で探していますが、僕は企画として、たくさんの人が見たいと思える題材を見つける自信があります。 


――――成熟した作品を嗜好しなくなってきた観客にも問題点はあるかもしれませんね。 

西岡:観客に責任はありません。作り手の問題です。作り手が映画のレベルを下げるから、観客の鑑賞眼が無くなってくる。良い作品と悪い作品の見分けがつかなくなってしまうのです。大々的に宣伝することで、良い作品と思わせてしまうのです。


 ■優秀な監督とは、俳優、脚本、スタッフ、それぞれの力をうまく引き出す人。 

――――今年はカンヌでパルムドールを受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』が大ヒットしていますが、西岡さんが思う「良い作品」とは? 

西岡:監督が脚本を書いた作品が昨今散見されますが、大体は別の人が編集をする場合が多いです。編集は、簡単に言えばもう一度シナリオを書くような作業です。編集マンが編集をする場合は、監督が撮ってきたものを客観的に見て、足りないカットを要請したり、再構築することができます。監督が編集までしてしまうと、その作品は監督の頭の中を見るようなものになってしまいがちです。映画は総合芸術と言われますが、映画作りの醍醐味は、俳優、脚本、スタッフのそれぞれが力を発揮して作ることです。僕が思う優秀な監督とは、それら皆の力をうまく引き出す人ですし、それがうまくいった作品は、良い作品になるでしょう。 


――――最後に、西岡さんがまた仕事をしたいと思える監督、また今後一緒に仕事をして見たいと思う監督は? 

西岡:井筒和幸さんや高橋伴明さんにはデビュー当時から良くしていただきましたし、相米慎二さんや池田敏春さんも一緒に仕事をさせていただき、いいお兄ちゃんと思える仲間でした。これからは、若い監督とも仕事をしたいですね。石井裕也君は、彼が大阪芸大1年生の時に僕の授業を受けていたそうです。『舟を編む』は非常にオーソドックスな演出をしていて好感を持ちました。『バンクーバーの朝日』で興行的に失敗し、また規模の小さい映画に戻ってしまったのがもったいない。ああいう人材を育ててあげないといけないですし、そういう意味で石井君とは一緒に仕事がしたいと思います。後は『聖の青春』の森義隆さん。僕も昔、将棋の映画を手掛けようとしたことがあったのですが、動きがないので難しかった。でも『聖の青春』はすごく面白くて、松山ケンイチさんをはじめとする役者たちも非常に良い。そんなに将棋ファンという訳でもないのに、ラストはドキドキし、アクション映画になっていました。彼の演出も非常に生真面目で好感が持てましたね。もう一人は『ディストラクション・ベイビーズ』の真利子哲也さん。あれにはビックリしましたね。こういう人たちに、もっとスケールの大きな作品を撮らせてあげたい。今の日本のメジャー作品は、監督の熱が感じられませんから。 


■何か自分の刻印を押そうとしている、気持ちの入った監督とぜひ仕事をしたい。 

――――もはや、企画ありきで映画を作る時代ではなくなってしまった。製作委員会方式の弊害かもしれませんね。 

西岡:井筒さんにしても、相米さんにしても、自分の作品には自分の刻印を押そうとしていました。多分どの監督もそうだと思います。でもそういうものも今のメジャー作品ではあまり見られない。脚本家も自分の刻印を押そうとして監督と議論を重ねます。そういう意味で今は脚本家も、誰でも同じという状態に陥っている。つまり、「誰でもいい監督」と「誰でもいい脚本家」、さらに言えば「誰でもいい俳優」で作っているから、面白くない作品が量産されるのです。かつてフランキー堺さんが自身でプロデュースをし、念願の作品『写楽』を撮りましたが、そういう気持ちの入った作品は今ほとんどありません。そういう意味では過去作品も含めて、石井君、森さん、真利子さんは何かを感じるんです。山下敦弘、熊切和嘉、呉美保と大阪芸大出身者の彼らもそうですが、何か刻印を押そうとしているのが感じられる。そういう監督がもっと増えて欲しいと思っているし、そういう監督とぜひ仕事をしたいですね。  




<作品情報> 

『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』(2018年 日本 1時間40分) 

監督:柳川強 

脚本:西岡琢也 

原案:宮川徹志『僕は沖縄を取り戻したい 異色の外交官・千葉一夫』岩波書店刊 

出演:井浦新 戸田菜穂 尾美としのり 中島歩 みのすけ チャールズ・グラバー 吉田妙子 平良進 津波信一 佐野史郎 大杉漣 石橋蓮司他 

2018年8月25日(土)~京都シネマ、シネ・リーブル梅田、近日〜元町映画館 

(C)NHK