古い価値観と新しい価値観の衝突は、今の日本で噴出している問題 『サムライと愚か者 -オリンパス事件の全貌-』山本兵衛監督インタビュー
2011年、英国人元社長マイケル・ウッドフォードさんの不当解雇を発端に明るみになったオリンパス損失隠蔽事件。誰もが知るカメラ機器メーカーの不祥事は当時メディアでも報道されているという漠然とした記憶はあったものの、その真相を理解している人は少ないのではないだろうか。
ニューヨークで映画を学び、プロデューサーとしても活躍している山本兵衛監督の初長編となるドキュメンタリー『サムライと愚か者 -オリンパス事件の全貌-』は、オリンパス事件の全貌を明らかにする一方、1985年プラザ合意後の日本経済を振り返る作品にもなっている。 マイケル・ウッドフォードさんや、告発記事を執筆した山口記者、掲載した月刊「FACTA」編集長他へのインタビューを始め、当時のオリンパス幹部の記者会見映像などを交えながら、経済問題が苦手な人にも分かりやすく「何が起こっているのか」を提示。相対する両者の意見を聞いているうちに、現在日本に起きている諸問題と共通するものを感じ取れることだろう。
8月11日(土)よりシネ・リーブル梅田で公開される本作の山本兵衛監督に、作品の狙いや、マイケル・ウッドフォードさんの人物像についてお話を伺った。
■マイケル・ウッドフォードさんが行動を起こすたびに日本社会の負の部分が見え隠れする。
―――今までプロデューサーとしても活躍してこられたが山本監督ですが、ドキュメンタリーで長編デビューを飾った感想は?
山本:ドキュメンタリーでデビューするとは思っていませんでしたが、結果的には良かったです。フィクションの短編は4本ほど撮っていたのですが、僕自身、どうやってストーリーを伝えるのかという点では初のドキュメンタリーでも違和感がなかったです。
―――かなりドラマチックに描かれていますね。
山本: 元々は奥山和由プロデューサーと何か一緒にできないかというところから始まり、いくつか企画をお聞きした中で、海外経験の長い僕が興味を持てたのが、オリンパス事件のものでした。最初は事件を認識していた程度でしたが、その後自分で調べ、全容を把握した上で、これならば今まで海外で映画を勉強し、映画産業に携わってきた経験をもとに、自分なりのユニークな視点で捉えられると感じました。経済事件の話だったので、観客もついていけないのではないかと思い、いかに面白く、映像としてもストーリーとしても緊迫感を持続させるかということに、だいぶん気を遣いました。
―――ご自身で調べていくうちに、感じたことは?
山本:当初は外国人であるマイケル・ウッドフォードさんが社長として日本社会に入ってきたことで、日本社会の在り方が見え隠れするのが興味深かったのですが、それ以上に私自身が海外生活をする中で日本に対して感じてきたことが、そのまま今回起きている事件に見事に反映されていることに気付きました。実際、ウッドフォードさんが行動を起こすたびに日本社会の負の部分が見え隠れしています。権力が人を腐敗させる物語ですが、それは普遍的な問題ではないでしょうか。映画化して何回も伝えるべきテーマですし、日本社会のあり方に対する疑問を投げかけたことができたのではないでしょうか。
■日本のメディアの忖度が過度に働き、自己規制してしまうことは大きな問題。
―――この作品は海外で資金調達を行っていますが、最初、日本の大手放送局からは、内容はいいが、こういう企画には手が出せないと告げられたそうですね。
山本:最初走り出した時は、チームオクヤマのポケットマネーだったのですが、全体予算が集まらない中、プレゼンの場に来られていた日本の大手放送局からは、「報道部が既に報じているので、ドキュメンタリーとして取り上げるのはちょっと話をしないと・・・」というような自己規制がかかり、話が前に進みませんでした。マイケル・ウッドフォードさんを取り上げるということで、海外での資金調達も同時進行で行ったところ、海外の放送局が手をあげてくれ、最終的には日本の他にフランス、ドイツ、デンマーク、スウェーデンの5カ国合作になっています。
―――日本より海外の方が大きく報道され、その問題点を突いていたことに驚きました。海外でこのように大きな報道となっていたのは、外国人社長が一方的に解任されたことも大きいのか?
山本:メディアのあり方もこの映画のテーマの一つです。日本のメディアの忖度が過度に働き、自己規制してしまうことは大きな問題だという思いがありました。日本の、しかも世界的ブランドを持つ大手上場企業会社で起きていることを海外の媒体から知るというのは、なかなか前例のない事件だったと思います。映画でも出ているようにFACTAで最初の告発記事が掲載されていますが、大手メディアではないので影響力が小さいと思われ、オリンパス側からすれば嵐が過ぎるのを待つような感じだったのかもしれません。ウッドフォードさんが本でも書いていますが、「日本社会はなぜこんなにもたれ合いの社会なのか」と。当時オリンパスの幹部の中には元日経新聞(日経)の方もいらっしゃったようですし、オリンパスと日経はとても親しい関係です。オリンパスは企業ブランドを高めるため宣伝に莫大なお金をかけるので、日経にしてみれば大手クライアントの不利になるような情報を積極的には掲載しない。そういう意味での自己規制が働いていることはこの事件に関しては否めないでしょう。
■『サムライと愚か者』は、視点が違うだけで表裏一体
―――映画のタイトルになっている『サムライと愚か者』は、ウッドフォードさんが役員陣に対して言及した言葉です。
山本:ウッドフォードさんは自分の理念に沿って行動したという気持ちが強かったと思います。ただ、オリンパスの幹部の皆さんも社長3代に渡って損失を隠し続けた訳で、会社のためには何でもする。まさに自分たちがサムライでウッドフォードさんが愚か者と思っていたでしょう。逆にウッドフォードさんからすれば、自分や自分を支持してくれたオリンパスの社員の皆さんがサムライで、幹部たちが愚か者だと。僕は、映画を編集して仕上げた時、サムライと愚か者は一見対義語に見えますが、同義語かもしれないと感じました。ただ視点が違うだけで、表裏一体のような気がします。
―――ここまでして会社を守ろうとするのは、かなり日本的なのでしょうか?
山本:海外で社員による不正が起こったと言えば、「お金を取って、逃げる」というパターンがほとんどです。今回の事件は、取るお金すらなく、会社の損失という恥を隠すために色々な小細工を30年にも渡って行っていた訳で、海外の人から見ればかなり不思議な事件でもあったでしょう。自分たちの既得権を守るために、試行錯誤して周りを引っ掻き回したという側面もあったと思いますが。
―――ウッドフォードさんは自分が社長に指名された時、どんな気持ちだったのですか?
山本:当時候補者が10人ぐらいいたそうで、選ばれてかなり驚いたそうですが、本人の話を聞いていると、すごく社長をやりたかったのだと思います。彼なりに今後のオリンパスのビジョンもしっかり持っていましたし、会社のことを大事にした企業戦士でした。彼の就任当時は、日産やソニーなどをはじめ外国人社長が流行っていたとも言えるのですが、他の人と違う点は、ウッドフォードさんが30年間オリンパスで働いてきた生え抜き社員だったということです。会社に対する忠誠心も、社内で評価されていたでしょう。逆に言えば飼い慣らされ、言うことを聞いてもらいやすいと思われていたのかもしれません。そういうちょっと変わった立ち位置なので、今から思えば幹部の方々はウッドフォードさんをコントロールできると過信していたのでしょう。例えば、ウッドフォードさんは日本語が分からなかったので、得意先に会長と同行した時も、最後まで外人扱いのままで、会長が主に話をしていたようです。
―――もしウッドフォードさんが、少しでも日本語が理解できていれば、状況が少しは変わっていたでしょうか?
山本:本人は認めたがりませんが、もう少し状況は違っていたと思います。やはり異文化と接するときに、言葉が分かる事でプラスアルファの予測や、状況把握ができたと思います。ただ本作に関わってくれたイギリスのプロデューサーの話では、ウッドフォードさんは労働者階級の町、リバプール出身で、労働者階級生まれであるにもかかわらず、ここまで出世する人は珍しいそうです。アメリカと比べて、イギリスは階級制度がまだ残っているのです。高校卒業後様々な職を転々として、後にオリンパスが買収した会社に営業として働いていました。そこでメキメキと頭角を現してきた、とても野心のある人ですね。実際、お話をしていてもカリスマ性があって、話をするのが上手く、プレゼンテーションの才能もありますよ。
―――社長になった時、役員会でそのプレゼンテーションすらさせてもらえなかったのですか?
山本:オリンパスのアメリカ支社長も務めているので、ウッドフォードさんにとって役員会で議論をするのは当然なのです。日本でも役員会はあるのですが、そこは駒を動かすところではないということを、彼は理解していなかったのかもしれません。根回しというシステムは日本人ならではですが、彼にしてみればここまでグローバルな企業なのにという思いはあったでしょう。自分ではコミュニケーションを取ろうとしていたのに、上手くいきませんでした。
■古い考え方と新しい考え方が衝突する中で、どのようにコミュニケーションを取ればいいのか。
―――異文化理解が一つのキーポイントでしょうか?
山本:まさしく、今は日本といえども価値観がどんどん多様化しています。例えば、日本のスポーツ界の至る所で噴出している問題にも共通する、古い考え方と新しい考え方との衝突もそうです。そういう中で、どのようにしてコミュニケーションを取ればいいのかが、テーマの一つでもあります。今後、このような事件がもっと起きるのではないでしょうか。
―――どちらかが悪いように見えもしますが、現代社会において完全な善悪は存在しないのかもしれませんね。
山本:本当の被害者は社員の皆さんです。リーダーが3代に渡っておかしなことをして、自分たちの既得権を守っている。それは今の日本社会でも同じだと思います。今回ドキュメンタリーを作って思ったのは、経済事件というと難しい内容と思われたり、数字のことは分からないと思われがちですが、お金というのは我々が感じている以上に身近なものだということ。お金の動きや歴史は我々の生活と密着しますし、日本のバブル崩壊とオリンパスの負債が増加したのとも重なる訳です。
―――善悪をはっきりと提示しなくても、やはりウッドフォードさんの語りは聞き入りたくなる魅力がありました。
山本:ストーリーテラーとしてのウッドフォードさんの魅力がありますから、この映画はまず彼の視点から始めました。ウッドフォードさんも口を酸っぱくして言っているのですが、日本はもっと外に向けて開いた国となり、前を向いて進むべきだと。物事を前に進める力とは、忖度などとは違う力です。外圧がなければ、物事が前に進まないようでは悲しいですね。色々な価値観をどのように受け入れて行くのか。他の国でも直面している問題です。オリンパス問題もまだ終わったわけではなく、責任は誰が取るのか。誰も責任を取らない社会には、皆いたくないはずです。責任を取るべき人が取らずに、居座っている世界でいいのかということに尽きるのではないでしょうか。
―――最後に次回作について教えてください。
山本:医師免許不所持で刺青を彫ったと訴えられ、有罪判決を受けた若きタトゥーアーティスト(現在控訴中)を追ったドキュメンタリーの短縮バージョンを作成し、先日カタールのアルジャジーラ放送局でオンエアされたばかりです。外国人はファッションで刺青を前進にいれているのに、日本ではヤクザのイメージが強く、今でも医師免許がないと彫れない訳です。時代錯誤の感じがしますし、刺青師の中でもベテランの人たちは、このムーヴメントに対し「お上の公認を貰うなんてけしからん。闇の世界で楽しむものだろう」といい顔をしていない。逆に若い世代はタトゥーパーラーで営業しているのでヤクザの人に彫ったことなどない訳です。なぜ政府がそこに目を付けたのかを含め、切り口は違いますが、これも新しい価値観と古い価値観が衝突した問題ですね。表現の自由、職業選択の自由という観点から有罪判決が出ることに関して疑問を呈する弁護士さんの意見もあります。またダンスもそうですが、大阪でサブカルチャーが標的にされていることにも疑問を感じているので、そこまで踏み込みながら、長編にしていきたいと思っています。
(江口由美)
<作品情報>
『サムライと愚か者 -オリンパス事件の全貌-』
(2015年 ドイツ/フランス/イギリス/日本/デンマーク/スウェーデン 79分)
監督:山本兵衛
出演:マイケル・ウッドフォード、山口義正、阿部重夫、ジョナサン・ソーブル、和空ミラー、宮田耕治他
8月11日(土)よりシネ・リーブル梅田、今秋元町映画館他全国順次公開
(C) チームオクヤマ/太秦
0コメント