『FACING THE WIND』故郷、親の老いと向き合うダンサーの心の動き
9月24日に閉幕した「なら国際映画祭2018」。今年のインターナショナルコンペティションに選出された8作品中女性監督の作品は5作品と、他の映画祭に比べても高い割合を占めており、河瀬直美監督がエグゼクティブディレクターを務める映画祭ならではの女性監督発掘への気概を感じた。
残念ながら最高賞に当たるゴールデンSHIKA賞や観客賞は逃したものの、アニエス・ヴァルダのように村の様々な表情を捉えながら、主人公の女性の内面をダンスで表現するという芸術的な取り組みに目を奪われた作品を紹介したい。
スペインのメリチェル・コレル・アパリシオ監督初長編作『FACING THE WIND』。
主人公は47歳のダンサー、モニカ。長年故郷を離れ、ブエノスアイレスでダンサーとして活躍しているモニカに、父危篤の知らせが届く。久しぶりにスペインの故郷の村に戻り、母と再会した時には、すでに父は他界していた。年老いた母は、納屋もある家を維持しながら、厳しい寒さに耐えての農村生活をすることは難しいと、自宅を売ることを決意。母に請われて、家のことが片付くまで村に残ることに決めたモニカだったが・・・。
映画は、狭くて暗い中、悶えるように動くヒロイン、モニカの動きから始まる。あまりに近すぎて何が動いているのか見えない恐怖心すら覚えるぐらいだ。そんなモニカのダンスはその後もモニカの心象風景を表す役目を果たす。周りは岩場が多く、冬は雪が積もる大自然の中の小さな村にポツリと立つ実家の部屋で、夜、これからの自分はどうしたらいいのかと惑う気持ちを踊りで表現。そして、最後は風が強く吹く村の山場で、夕陽を浴びながら心のままに動き、踊る。言葉ではなく、身体表現で気持ちを表すことができるのは、それだけの表現力と鍛え上げられた肉体がなければならない。モニカ役を演じたモニカ・ガルシア(Mónica García)さんは、実際にダンサー兼振付師として活躍している方。メリチェル監督が映画を企画した後、キャスティングの段階で出会ったそうだが、すぐに彼女がヒロインにふさわしいと直感。ヒロインの年齢も、モニカ・ガルシアさんと同じ年齢(47歳)にし、劇中での動きなどもモニカさんと意見交換しながら決めていったそうだ。
「最初は狭く暗い場所から、だんだん広く、そして外で自分の殻を解き放つかのように動き出す。そのような動きを、モニカの心の動きと重ねています」(メリチェル監督)
祖父の死をきっかけに、祖母と母の物語を映画にしたというメリチェル監督。映画の舞台となっている村(ビジャマルティン・デ・ビジャディエゴ Villamartín de Villadiego)は、ブルゴス州の小さな村で、映画でも教会の鐘が鳴り響き、主の祈りが唱えられる通り、キリスト教の影響が大きい場所でもある。冬を越すための薪割りなど、昔ながらの慎ましい田舎暮らしと、そこで久しぶりに過ごす老いた母とすっかり大人になった娘の会話がトランプをしながらというのも、面白い。故郷や親と離れて過ごしていた娘、モニカが、人生の後半に差し掛かるとき、向き合わざるを得ない局面となる。多分、こういう境遇の人は多いはず。他人事ではない物語だ。
写真を撮りながら、「アニエス・ヴァルダはお好きですか?」と聞いてみると、「もちろん!そう言ってもらえるのは一番嬉しい!」とグッと表情に輝きが。まさに、アニエス・ヴァルダの映画に出てくるような木と小屋の印象的なショットが、この作品にも潜んでいてハッとさせられた。ヴァルダの影響を、若いスペインの監督作品から感じることができたのも、私にとってはこの作品が心に残る一因だ。そして、「ここはどこだろう?」と思わずロケーションを聞きたくなるぐらいの個性を持つ風景も。モニカ・ガルシアさんとは次回作でも一緒に映画を撮ろうと考えているそう。次は、男女の恋物語、そしてロケーションは南米、ペルーあたりだそう。メリチェル監督自身が3年間住んだことがあるのだそうで、これからも国を超え、多分都会というよりは田舎を舞台にした映画を撮るのではないか。そんな気がしている。
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