「国際的ブレイクの下地が整ったタイ映画の今を大特集!」プログラミングディレクター、暉峻創三氏に聞く第19回大阪アジアン映画祭の見どころvol.1


  2024年3月1日(金)から10日(日)までABCホール、シネ・リーブル梅田、T・ジョイ梅田、大阪中之島美術館で開催される第19回大阪アジアン映画祭(OAFF2024)。1月末に第一弾ラインナップ、その後2月上旬にかけて追加ラインナップおよびスペシャルオープニング&クロージング作品が発表され、世界初上映や待望の日本初上映作など、話題作、注目作が勢ぞろいした。中でも特筆すべきは、最新ヒット作をはじめ、タイの新作を一挙8作品紹介する特集企画<タイ・シネマ・カレイドスコープ2024>&THAI NIGHT。この春は多数来場予定のゲストとの交流もぜひ楽しんでほしい。

プログラミング・ディレクター、暉峻創三氏に聞く第19回大阪アジアン映画祭の見どころシリーズ。vol.1では、今年大注目のタイ映画特集についてその背景や作品の魅力をご紹介しよう。



■応募作品激増の裏で見られた変化

―――今年は昨年よりも上映作品が増え、ボリュームアップしていますね。

暉峻:作品募集時点での特徴で言えば、応募作が激増したことでしょう。例年数%ずつ応募作品数が増えていたのですが、今年は昨年比で約3割はかるく超えるぐらいの増加。日本もそうですが、コロナ禍で主に雇用を守ることを重視して芸術や映画製作への特別な助成が行われたことから、その助成金を使って撮った作品が昨年まで増えていたので、今回はむしろ減ると予想していたのですが、国内外問わずグンと増えたのには驚きました。


―――それは凄い。大阪アジアン映画祭(OAFF)の認知度が高まったことの表れでしょうか?

暉峻:元々OAFFは長編劇映画を紹介する映画祭として開催してきましたが、2018年に芳泉短編賞が新設され、ここ数年、短編にも意欲的で、注目作が選出される映画祭として知られるようになってきました。そういう経緯から短編の作家たちもOAFFへ応募するようになってきたという流れがあります。とはいえ、長編が主体であることは間違いないので短編で入選するのは、宝くじに当たるぐらいの狭き門なんですよ。


―――暉峻さんから見た、今年の作品の傾向は?

暉峻:一瞬プログラムを見ているだけでは気づかない傾向としては、インド映画と韓国映画の長編の入選がないんですよ。韓国映画は昨年も、釜山国際映画祭創設メンバーで、2017年に急逝したキム・ジソクさんのドキュメンタリー映画や特別招待作品部門で日本の配給会社から出品された劇映画以外に、入選した長編映画はなかった。長編韓国映画で、直接韓国から応募された作品の入選ゼロは2年連続になります。


―――韓国映画の今までの勢いが落ち着いてきたのなら、逆に今、アジアで注目すべき国は?

暉峻:アジア映画ファンのみなさんはOAFFに対しても韓国映画やインド映画を期待しておられるでしょうから、ラインナップを見てそれらがないことに愕然としていらっしゃるかもしれない。そこはOAFFとして挑戦的なラインナップにしています。今こそウォッチしておきたい新しい傾向が生まれている国や、作品本位で、こういう国のこういう映画が紹介されるのは珍しいというラインナップになっていると思います。特集方面では、今回タイ映画特集をするというのが、大ニュースですね。


■突然ブレイク期を迎えたタイ映画〜新しい風の『葬儀屋』『ティーヨッド 死の囁き』

―――全8本の最新タイ映画を紹介する特集企画<タイ・シネマ・カレイドスコープ2024>ですね。企画の背景は?

暉峻:「カレイドスコープ」(万華鏡)というタイトルの通り、色々な模様を見ることができる特集になっています。背景の一つとして、タイ映画界そのものが昨年、突然大人気となるブレイク期を迎えたんですよ。僕の知る限り、タイは年間30本台ぐらいしか長編劇映画が作られていないぐらい映画業界は弱小でした。またタイの興行収入におけるタイ映画の市場規模は20%前後しかないと言われています。日本や韓国では国産映画の興行収入が50%を占めているのに対し、タイ映画は人気がなく、ハリウッド映画が興行収入の大部分を占めていたのです。

そんな中、昨年は国内でタイ映画のメガヒット作が続出し、市場占有率が40%と一気に跳ね上がり、タイ映画業界内部の人も驚くようなことが起きた。しかも既成のメジャー映画会社が作った大予算映画ではなく、思わぬ場所から出てきた意外な映画が大ヒットしたんです。



―――それが、今回THAI NIGHTで上映する『葬儀屋』ですね。

暉峻:これは昨年最大のヒット作で、標準のタイ語ではなくタイ東北部のイサン語で作られている映画で、タイ映画産業の中では超マージナルな存在なのです。そんな限られた地域に向けて作られた映画の評判が口コミの力で広がり、気がつけば過去10年間の中でもナンバーワンのメガヒット記録を打ち立てているんです。とにかく魅力的なコメディホラーです。



 昨年タイでの興行収入第2位を記録したのが、『ティーヨッド 死の囁き』。こちらはタイ中心部、バンコク拠点の映画会社が作った作品です。『トム・ヤム・クン』を作ってきたサハモンコンフィルム・インターナショナル、その後にはメジャー映画会社GDHなどが老舗となっていく中、『ティーヨッド〜』のエムピクチャーズはまだ新しい製作会社なので、時代が変わりつつある象徴にもなっています。かつての韓国映画界のように世界的に大ブレイクするかは観察が必要ですが、タイがアジアの映画界の中で一番注目したい国であることは間違いなく、このタイミングでタイ映画特集をできたのは、本当に幸運でした。


■GDHの『親友かよ』から、アピチャッポンに続く才能、ウォン・カーウァイの影響を感じるラブストーリーまで


―――タイ映画界にそんな大きな変化が起こっているとは知りませんでした。

暉峻:短編を含めて全8本、映画祭向けの映画だけではなく、映画祭では滅多にやらない作品も入っているのが特徴です。映画産業的な立役者となった『葬儀屋』と『ティーヨッド 死の囁き』という興行収入第1位、第2位が揃っているのに加え、安定的な人気を誇るGDHの『親友かよ』がコンペティション部門に入選しています。この作品は、アカデミー賞長編外国語映画賞にタイ代表として選ばれています(OAFF2023『ユー&ミー&ミー』主演コンビが再共演)。ちなみに日本でもヒットした『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の監督がプロデューサーを務めています。



そして『Solids by the Seashore(英題)』は作家的な評価が突出した一本。アピチャッポン・ウィーラセタクンに次ぐ、最新世代の凄い才能が現れました。この作品は昨年の釜山国際映画祭でワールドプレミア上映されましたが、その直後から毎月のように映画祭で入選しており、国際的に大反響を呼んだ作品です。



一方で、タイ映画が国際的なブレイクを果たす下地として、BLドラマといわれるジャンルが国境を超えて熱い人気を得てきましたが、そのジャンルで大人気になったスターの主演(プーンパット・イアン=サマン<アップ>、プーウィン・タンサックユーン<プーウィン>)で話題を呼んでいるのが『フンパヨン 呪物に隠れた闇』です。第一弾ラインナップ発表時に一番反響が大きかったことから、人気ぶりがわかりますね。



『仮想』は特別な一本です。タナコーン・ポンスワン監督は癌を患っており、コロナ初期に撮影を行い、基本的な編集まで手がけた段階で亡くなってしまったそうです。その後、ポンスワン監督の姉も映画監督兼プロデューサーだったことから、その姉が残りを仕上げ、昨年末にようやく完成して封切りに至ったという経緯があります。ポンスワン監督の遺作ということを抜きにしても最高傑作だし、ウォン・カーウァイの影響を強く感じる、今までにないタイ映画の姿を示しています。



主にアジアの有能な才能に製作補助金を拠出してきた民間組織プリンピクチャーズが新人監督育成のためのワークショップを開催(Netflixも共催)した中で作られたのが、スパマート・ブンニン監督の短編『ブレイズド・アウェイ』。プリン・ピクチャーズのトップの一人は、OAFF2017でスペシャル・メンションを受賞したアノーチャ・スウィチャーゴーンポン(『暗くなるまでには』)で、才能を見出す目が素晴らしい。このプリン・ピクチャーズから補助金を得ると、世界の映画祭から要注目作家と認識され、製作の進行状況をウォッチされる状況です。公式サイトで過去の製作助成作品の情報を見ることができますが、カンヌなど主要映画祭に続々入選していることがわかります。ブンニン監督も今後伸びていくことは間違いないでしょう。



『さよならの言い方』は、昨年製作のタイの短編で、応募作なので全く知らなかった才能ですが、本当に驚かされた一本です。何も込み入ったドラマ展開はしませんが、ちょっとした空気感の掴み方が抜群に上手い。ドラマチックな展開をしなくても全ての画面が映画として成り立ってしまうという、監督の基礎的な映画の力を強く感じました。


■韓国から学び、自国映画の世界進出を図る目標を掲げたタイ

―――タイ政府が映像コンテンツを国家戦略として位置付けたのも大きいと?

暉峻:タイの場合は映画業界側の変化だけでなく、タイ政府側も大きく変わったことがもう一つの背景としてあります。タイは、大きな成果をあげている韓国のソフト(映画、テレビドラマ、ミュージシャングループなど)の世界的な流通ぶりや外貨を稼ぐ力をかなり研究し、政府の関わり方の面でも参考にしたようです。その根本にあるのは、政府が直接関与するのではない、という考え方。映画の場合はKOFIC(韓国映画振興委員会)に政府の役人ではなく、映画業界や評論家、映画教育に携わる人など、映画方面の専門家を集め、事実上そこに権限を委ねていろいろなことを決めていく形をとっています。


―――日本でも諏訪敦彦監督らが立ち上げたaction4cinemaがフランスの国立映画映像センター(CNC)の日本版設立を訴えていますが、政府を巻き込むことはなかなか難しい。タイに先を越された感じがします。

暉峻:タイ政府は韓国から学び、既存の政府の人間ではなく、新設したソフトパワー戦略委員会に色々なことを委ね、映画に関してはタイ映画の世界進出を図る目標を掲げています。現地の人が「新政府」と呼ぶぐらい新しい組織が活動し始めたタイミングでもありました。今年になって初めてタイ映画を世界の主要な国際映画祭の場でプロモートしていく方針を正式決定し、今年の1月から3月まではロッテルダム、ベルリン、OAFFの3映画祭をプロモートの場に選んでくれました。タイ映画界そのものの活性化と、タイ政府側の政策の変化、そして新組織稼働のタイミングがOAFFの開催にズバリと合い、この規模の特集を実現することができました。今後来日ゲストも発表されますが、タイ特集のゲストの数も凄いことになりそうです。是非楽しみにしていただきたいですね。


プログラミングディレクター、暉峻創三氏に聞く第19回大阪アジアン映画祭の見どころvol.2に続く



第19回大阪アジアン映画祭は2024年3月1日(金)から10日(日)まで、ABCホール、シネ・リーブル梅田、T・ジョイ梅田、大阪中之島美術館で開催。

チケットは2月21日(水)より順次発売開始。