MIRROR出演のスペシャルオープニング作品、井浦新が米映画初主演のクロージング作品、コンペ部門作品を紹介!プログラミングディレクター、暉峻創三氏に聞く第19回大阪アジアン映画祭の見どころvol.2


暉峻創三氏に聞く第19回大阪アジアン映画祭の見どころvol.2では、スペシャルオープニング、クロージング、コンペティション部門作品を一挙ご紹介する。



■MIRRORに香港映画界の未来を託した『盗月者』

―――まず『盗月者』をスペシャルオープニング作品に選んだ理由は?

暉峻:『盗月者』は、多くを語らずともキャストやスタッフの名前を見れば、スペシャルオープニングになった理由は分かってもらえると思いますが、ちょうどこの旧正月映画の一本として香港で公開されたばかりの作品です。とにかく現地ではMIRRORという男性アイドルグループが絶大な人気を誇っており、元々はテレビや音楽業界で活躍していましたが、今は映画業界もMIRRORを救世主として香港映画の未来を託しているんですよ。

というのも香港映画界は良くも悪くも役者の新陳代謝が進まない。高齢化が激しい業界と言われていて、いまだにジャッキー・チェンも現役ですし、主演するスターが50〜60代だったりするんですよ。今までも若い世代主演でやろうとしていた時期はありましたが、結局アンディー・ラウやトニー・レオンを抜くような存在が出てこないとずっと指摘されてきた。その中でついにこれがスターと言えるMIRRORが出てきたわけです。しかも『盗月者』はMIRROR から3人も起用しているところから、香港映画の未来はこの一本の成否にかかっていると言えるぐらい、香港でも期待が寄せられています。



―――OAFFではここ数年、MIRRORのメンバーが出演する作品をコンスタントに上映していますね。

暉峻:OAFFではMIRRORの作品を集中的に紹介してきたという歴史もあります。実はこの映画の企画を知ったとき、監督のユエン・キムワイはこのジャンルの映画が得意という認識がなかったので、単にスターが出演するだけの映画になるのではと危惧していましたが、いざ見てみるとすごく良くできており、MIRRORのメンバーの個性を活かした配役で、選択肢としてはオープニングという特別な枠しかないと思ったのです。加えて昨年のOAFFで上映した『星くずの片隅で』で圧倒的な評価を得たルイス・チョンが主演の一人でもあり、かなりの部分で日本(東京)が舞台になっているという点でも文句なしのスペシャルオープニング作品です。全編日本語の予告編もあるので、探してみてください。


■OAFFアンバサダー的存在の井浦新、初アメリカ映画主演作『東京カウボーイ』



―――クロージングの『東京カウボーイ』もOAFFらしいセレクションですね。

暉峻:井浦新の初アメリカ映画主演作ですが、これまでの積み重ねの果ての選択とも言えます。井浦さんは気がつけばOAFFの顔になっている俳優で、『東京カウボーイ』は『トルソ』(OAFF2010、OAFF2022オンライン座オープニング作品)、『白河夜船』(OAFF2015オープニング作品)、『嵐電』(OAFF2019オープニング作品)に続く4作目。もはやOAFFのアンバサダー的存在の人なんですよ。

それだけではなく、本作の監督、マーク・マリオットのもとで脚本兼出演しているのが、『マンフロムリノ』(OAFF2014)で来阪した藤谷文子です。共同脚本で『マン〜』監督のデイヴ・ボイルは、裕木奈江主演のアメリカ映画『ホワイト・オン・ライス』(OAFF2010)以来付き合いのある常連監督で、OAFFがもう少し広い概念でアジア映画を捉えたとき、アメリカ映画でもアジアとの関係が見られる作品なら上映しようという基本路線を最初に可能にしてくれた人です。撮っているのは常にアメリカ映画なのにOAFFファンにも親しまれています。2月15日よりNetflixで賀来賢人主演の監督作「忍びの家 House of Ninjas」が全世界配信されますし、まさにデイヴが世界に羽ばたこうとしているタイミングでもあります。それらを総合して、今年のOAFFのクロージング作品としてこれほど相応しいものはないでしょう。


―――コメディ要素も含まれたヒューマンドラマですが、異文化で奮闘する主人公を演じる井浦さんの魅力が出ているのでは?

暉峻:今までの井浦新と違う側面を見せていて、彼の新たな代表作の一本になるでしょう。設定自体は既視感がありますが、全然見飽きない。これは監督や脚本の功績が大きいのでしょう。無茶苦茶に見える話も、なぜか素晴らしくリアリティーがあるところも評価しています。


■中高年女性が映画を牽引するカンヌ監督週間上映作『ブラックバード、ブラックバード、ブラックベリー』

―――では、コンペティション部門作品を見ていきましょうか。まずはジョージア映画の『ブラックバード、ブラックバード、ブラックベリー』です。

暉峻:応募本数が激増したこともあり、14本に絞り込むのが本当に大変。入選の実力があるのに泣く泣く落とさざるを得ない作品がたくさんありました。その中で選ばれた14本ですからどれも素晴らしいのですが、『ブラックバード、ブラックバード、ブラックベリー』はカンヌ国際映画祭の監督週間でワールドプレミアした作品で、それから日本のどの映画祭でも上映されず、配給会社にも買われていなかったこと自体に驚いていました。



―――日本で配給が付く可能性が高いと思っていたんですね。

暉峻:そうですね。48歳の女性が主人公で、作品のテーマ自体もOAFFと親和性が高い。例えば昨年のOAFFのラインナップを見ても、中高年の女性が映画を引っ張る作品が他の映画祭と比べてもはるかに目立っていました。薬師真珠賞に輝いたルー・シャオフェン(『本日公休』)がその典型だと思いますが、『ブラックバード、ブラックバード、ブラックベリー』は作品の凄さに加え、OAFFのカラーという点でもすごく似合う一本です。実際、出品交渉に一番苦労した作品でしたが、入選作品にすることができて良かったです。


―――昨年に引き続いてのジョージア映画入選となりました。

暉峻:エレーヌ・ナヴェリアーニは日本で初めて紹介される監督ですが、ヨーロッパではすでに知られているようです。これまでの言動を見ていると、おそらくこの人は、女性監督というくくりで自分が見られたり、女性監督らしい表現という言葉で作品が語られたりするのに抵抗を感じている。そういう人が作った映画であることを頭の片隅に置いて観てもらえると、興味深い点を発見できるのではないでしょうか。


■最注目のモンゴル映画よりヴェネチア入選作『シティ・オブ・ウィンド』

―――モンゴル映画の『シティ・オブ・ウインド』も、今回は伝統的なシャーマンの青年が主人公で、興味深いですね。

暉峻:この作品もしかるべき配給会社の人が観たら、絶対に買い付けてくれるだろうと期待しています。OAFFではモンゴル映画を長くウォッチしてきましたが、ここ数年で明らかに新時代が始まったと注目していたので、その流れからも本作を入選させることができて良かったです。結果的にOAFFでの上映がワールドプレミアになった『セールス・ガールの考現学』(OAFF2022)は、その後日本で劇場公開もされたことをきっかけに、モンゴル映画界がOAFFに注目してくれるようになりました。



―――そんな効果があったとは!

暉峻:他にもゾルジャルガル・プレブダシの短編『裸の電球』(OAFF2021)を世界初上映したのですが、彼女は昨年、長編デビュー作『冬眠さえすれば』でカンヌ国際映画祭のある視点部門に入選したのです。その作品がカンヌに入選した初めての長編モンゴル映画となり、モンゴル映画史的にも大事件だった。その数ヶ月後のヴェネチア国際映画祭で入選したのが『シティ・オブ・ウィンド』なんです。それまでめったに三大国際映画祭での入選がなかったモンゴル映画が、正規部門の注目される部門に入選したことで、世界的にもモンゴル映画への目線が強くなっています。そういう意味では、OAFFでぜひやらなければという一本です。監督のラグワドォラム・プレブオチルは日本初紹介で、彼女の初長編です。伝統的なモンゴル映画風に始まっていくのですが、そこからの展開が素晴らしい。『ブラックバード〜』と同様にキャスティングがずばりハマっており、主演の作品を引っ張る力は凄いものがありますね(ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門主演男優賞を受賞)。


■巨匠作品より魅力的な新しいフィリピン映画〜『ハイフン』『行方不明』

―――フィリピン映画はコンペティション部門に長編2本が入選しました。

暉峻:世界の映画祭が紹介してきている作品とは全く違う種類の才能を今年は紹介しています。監督もまだあまり知られていないふたりですし、映画の作りも新しい。フィリピン映画といえば、ラヴ・ディアスやブリランテ・メンドーサらが世界の映画祭を席巻していますが、それらより魅力的ではないかと感じる2本なので、監督の知名度など気にせずどちらも観てほしいですね。



―――『ハイフン』は映画祭が舞台の作品ですね。

暉峻:『ハイフン』は男性主人公が日本人の映画監督という設定なので、日本の観客にとってはキャッチーだと思います。さらに映画祭開催期間中の話なのですが、監督が現地に到着してから映画の字幕をつけるという、日本の映画祭では考えられないようなことが起こるんですよ。僕もフィリピンの映画祭に行ったことがありますが、フィリピンならあり得なくもないというぐらい、映画祭スタッフみんなが火事場のバカ力を持っている。良くも悪くも事前に入念な準備はせず、行き当たりばったりなのですが、必ず最上の形でやり遂げてみせるんです。なのでこの映画の設定も、フィリピンの映画祭では十分あり得るシチュエーションなのです。


―――なるほど、フィリピンの映画祭を知っている人にはリアリティがあると?

暉峻:そうですね。基本はシンプルな話で、そんなに過去を見せたりもしませんが、ふたりの現在の関係性の変化だけで見せてくるところが凄い。

フィリピンの映画祭では企画書の時点で応募し、入選すると製作補助金を交付されるという独自の制度があり、映画祭発の映画がたくさん誕生しています。その制度をはじめたのが、シネマラヤ財団が運営するシネマラヤ・インディペンデント映画祭(以降シネマラヤ)で、他の映画祭も後に続いている状況です。『ハイフン』とこの後に紹介する『行方不明』はどちらもシネマラヤの資金交付作です。



―――アニメーション映画『行方不明』がコンペティション部門に入選したのは画期的です。

暉峻:昨年のシネマラヤは入選の幅を広げた年で、アニメーションや長編ドキュメンタリーも初めて入選しました。カール・ジョセフ・パパは、なら国際映画祭2016インターナショナルコンペティション部門でモノクロアニメーション『ビリンおばさん』が入選したのが日本初紹介でした。今回の新作『行方不明』も、俳優に演じさせて撮影し、それをトレイスしてアニメーションにするロトスコープという手法を取り入れています。母親役にフィリピンの大女優ドリー・デ・レオン(『逆転のトライアングル』)が演じているのも見どころです。


―――アニメーションだからできるキャラクター造形が魅力ですね。

暉峻:主人公が口のない男というのも意味深ですし、画としての存在感も凄い。『行方不明』はアカデミー賞のフィリピン代表に選ばれただけでなく、ロッテルダム国際映画祭やパームスプリングス国際映画祭にも入選しています。今年のOAFF入選作には、タイ映画『親友かよ』もしかり、映画を作る話などクリエイター系の話が増えているのも何かの現れかもしれませんね。


■タミル語圏マレーシア人の生き様に迫る『水に燃える火』と、命の選択を巡る物語『未来の魂』



―――その意味では、まさに映画産業の労働現場を描いているのがマレーシア映画『水に燃える火』です。

暉峻:監督のサンジェイ・ペルマルは、前作『世界の残酷』(OAFF2017)を特集企画《アジアの失職、求職、労働現場》で取り上げており、『水に燃える火』もまさにそのテーマに当てはまる作品です。主人公はマレーシア人ですが、マジョリティのマレー系や中華系でなく、少数派のインド・タミル語圏の人。映画が好きで映画人として生きていこうと頑張っているものの、かなり辛い思いをしてきたというベルマル自身の体験が映画の中に盛り込まれています。辛い社会状況や映画界の中の人生を描いていますが、社会を告発したり、映画界を告発するというタッチではありません。



―――『未来の魂』は、『美麗』(OAFF2019)監督・主演コンビによる最新作で個人的にも再びOAFFで上映されることを待ち望んでいたので、嬉しいです。

暉峻:OAFFの前にはベルリン国際映画祭もあるので、てっきりそちらで世界初上映を狙っているのかと思っていたら、本当にOAFFに期待をして応募してくれていたようです。ジョウ・ジョウの初監督作『美麗』も(同性愛描写があったため)中国で検閲が通らなかったのですが、本作も検閲が通る見込みがないと諦めたそうです。中国では検閲が通らないと国内での上映禁止だけでなく、海外映画祭に出品しても上映中止に追い込まれる可能性があるため、監督自身がオーストラリアに映画製作会社を設立して、結果的にはオーストラリア・中国合作になっています。とはいえ、中身は純粋に中国映画ですね。


―――本作が中国で検閲に通る見込みがないと判断される理由は?

暉峻:胎児の段階で先天性疾患のある可能性が高いと診断されているけれど、主人公は産むかどうか悩む物語で、我々からすればそんなに問題のあることは描かれていないと思うのですが、迷わず直ちに中絶するという決断を下さないこと自体がモラルに反するという考えが中国政府にはあるようです。作品の主題を捻じ曲げない限り検閲には通らないという状況だったので、監督はオーストラリア映画にする決断をしたのでしょう。そういう話題性は別としても、母と胎児の会話が作品の中心にあり、生まれる前の胎児にもモノローグ的なセリフがあるという映画の構造が非常にユニークな作品です。


■若手からベテランまで、様々なタイプの監督作が揃った日本映画〜『水深ゼロメートルから』『においが眠るまで』『スノードロップ』



―――観るのを楽しみにしています。最後に今年はコンペティション部門に日本映画が3作品選出されましたね。

暉峻:14本のコンペ入選作中、日本映画が3本もあるのはおかしいと感じる人もいるかもしれません。でもカンヌをはじめとする欧米の主要国際映画祭も、自国の映画を多数入選させています。そして国際的な視野で見るならば、自国の秀作が多数ワールドプレミアされるというのは、映画祭自体の魅力や評価を高める重要なポイントなのです。大阪発で日本映画が世界に羽ばたいていくためのプラットホームという役割も、大阪アジアン映画祭は強く意識しています。今回入選した3本は、それぞれ、全く違うタイプの作品になっていると思います。

一番のベテランは、『水深ゼロメートルから』の山下敦弘監督ですね。ここ最近で一番身軽で自由に、本人の得意な作家性を発揮して撮れた一本だと思います。そういう意味では、すごく若々しい映画になっていますよ。



逆に最も大抜擢と言えるのが東かほり監督の『においが眠るまで』。OAFF2022で焦点監督に選んだということもありますが、ここまで感動的な映画になるとは観るまで想像もできなかったし、東さんの監督としての力に改めて驚かされました。映画とか映画館がテーマになっているので、同じコンペの『水に燃える火』とも繋がりがあると言えます。池田レイラ(親子芸人の完熟フレッシュ)の主演も勇気ある決断であり、圧倒的かつ確信をもったキャスティングで、彼女の映画を引っ張る力も凄いですね。



『スノードロップ』は吉田浩太監督の作品ですが、監督の知名度はちょうど中間ぐらいでしょうか。前作『Sexual Drive』も非常に魅力的な作品だったのですが、ワールドプレミアはロッテルダムでした。今回はOAFFのために世界初上映を他映画祭でせずに待っていてくれました。今回は「彼がこういう映画も撮れるのか」という驚きがある作品で、自分自身の体験をベースに、生活保護を受けて生きる人が一つの主題になっています。一方で吉田浩太の監督としての懐の大きさという視点から見て感心したのは、生活保護を受ける側が中心の物語ですが、それを認定する役所の担当者もきちんと人間として描けている点です。一面的なキャラクターではなく、すごく深く描けているという脚本の視野の広さも評価ポイントが高いところです。


※コンペティション部門のタイ映画『親友かよ』『Solids by the Seashore (英題)』紹介はコチラ

※コンペティション部門の『サリー』『トラブル・ガール』はvol.4台湾映画特集にて、『作詞家志望』はvol.5香港映画特集にてご紹介予定です。

プログラミングディレクター、暉峻創三氏に聞く第19回大阪アジアン映画祭の見どころvol.3に続く




第19回大阪アジアン映画祭は2024年3月1日(金)から10日(日)まで、ABCホール、シネ・リーブル梅田、T・ジョイ梅田、大阪中之島美術館で開催。

チケットは2月21日(水)より順次発売開始。