「俳優陣の才能のせめぎ合いを感じました」渋川清彦、松浦りょう、山本奈衣瑠出演作で芳泉短編賞スペシャル・メンション受賞の『オン・ア・ボート』ヘソ監督インタビュー


 3月10日に閉幕した第19回大阪アジアン映画祭で、短編プログラムBとして世界初上映されたヘソ監督の初短編映画『オン・ア・ボート』(インディ・フォーラム部門)が見事、芳泉短編賞スペシャル・メンションを受賞した。

 出演は渋川清彦、松浦りょう、山本奈衣瑠、中尾有伽、和田紗也加、杏奈メロディー。新婚カップルの新居というワンシチュエーションで、結婚と人生についてお互いの本音が表出していく様を練られた脚本と確信的なショットの積み重ねで魅せる示唆深い短編だ。

授賞式では開口一番「やった!」と喜びを表現し「普段はCMディレクターをしており、今回は初めて映画業界に関わる機会でしたが、映画祭の方々、ご一緒したフィルムメーカーの方々も本当にいい方ばかりでした。選んでいただけただけでも光栄なのに、僕を信じてくれたキャストやスタッフ、関わってくれたみんなにお土産ができて、すごく嬉しいです。ありがとうございました」と語ったヘソ監督に、映画祭上映後(3月6日)お話を伺った。




■生粋のシネフィルだった大学時代と、短編プログラムB『ちょっとだけ逃げてもいい?』との共通点

―――初の短編映画で参加した映画祭はいかがですか?

ヘソ監督:僕はCMディレクターなので、どうやって接点のない映画業界に足がかりを作っていけばいいのかを考えていたし、映画界での共通言語を知らないことに劣等感を覚えていましたが、出品者同士の交流の場を度々設けていただき、事務局の方が出品者を紹介してくださったことで、話をすることができ、映像という意味では同じ言葉を持っていらっしゃることに気づきました。本当に最高な気分で映画祭を過ごさせていただいています。


―――さきほど、同じ短編プログラムB『ちょっとだけ逃げてもいい?』のウー・ジーエン監督と『愛情萬歳』の話で盛り上がっておられましたが、昔から映画がお好きだったと?

ヘソ監督:人生のある時期までは自分をシネフィルと称している時期もありました。今は作品数が多すぎて全てを追いきれないのですが、大学時代は年間1000本観ていました。


―――それは生粋のシネフィルですね。

ヘソ監督:映画はいいなと思ったきっかけは、ヴィム・ヴェンダースです。『PERFECT DAYS』はヴェンダースのキャリアの中でも不思議で大事な作品だと思うので、日本で撮ってくれたことがとても嬉しいです。ツァイ・ミンリャンもヴェンダースと同じぐらい尊敬する監督のひとりで、しかも『愛情萬歳』は彼のフィルモグラフィの中で一番好きな映画です。ウー・ジーエン監督の『ちょっとだけ逃げてもいい?』と『オン・ア・ボート』で共通しているのは、登場人物が方法は違えどふわっと高く高く飛んでいき、その高さを観客に楽しんでもらうところであり、最後にストンと落ちたとき、どちらに転ぶのかという物語になっている点だと思うのです。『愛情萬歳』も最後に着地する地点が好きですね。


―――なるほど、興味深い考察ですね。ちなみに『オン・ア・ボート』は企画の段階で、ある条件があったそうですが?

ヘソ監督:本作にご協力いただいたのが、忠とさらの新居となった家を建築した会社なので映画を作るにあたっての条件は、ワンシーンワンカットでも構わないので劇中でその家を登場させるということでした。最初は山で撮るという話もあり、何本も脚本を書いていたのですが、次第にそれを組み合わせる形となり、結果的にはワンシチュエーションワンロケーションでやりきりました。


(写真左から:依田純季プロデューサー、ヘソ監督、『ちょっとだけ逃げてもいい?』ウー・ジーエン監督)


■人によって考え方の異なる結婚について描きたかった

―――初短編監督作を夫婦の話にした理由は?

ヘソ監督:個人的な話になりますが、僕が高校の進路に悩んでいた時、母が「本当は美大に行き、画家になりたかった」と話してくれたのがとても衝撃的でした。美大を諦め、他の大学に行ったからこそ、母は父と大学で出会い結婚したわけで、母が夢を追えていれば僕はそもそも生まれていなかった。当時はすごいことを言われたなと思ったのですが、“選択・結果・犠牲”の3つを描くにあたり、結婚はすごく大きな人生の選択になると実感したことが理由の一つとしてあります。僕自身は結婚して円満に過ごしていますが、一方で結婚にいかほどの意味があるのかを常日頃から考えていました。独身時代から妻とは一緒に住んでいたので結婚したからといってすごく何かが変わったわけではない。制度面でも結婚したからといって、すごくいいことがあるわけではない。そのように、人によって考え方の異なる結婚について描きたいと思っていました。登場人物が魅力的な映画を撮りたいので、それまでに書いていた忠やえだまめが主人公の作品から必要な要素を抽出し、家という要素を合わせていったのです。


―――忠を演じた渋川清彦さんの、細かいところが気になり、どんどん陰湿になっていく感じがホラーの要素を感じさせました。最初から渋川さんに演じてもらいたかったと?

ヘソ監督:脚本で忠というキャラクターを書いているときから渋川さんを思い浮かべて当て書きしていきました。渋川さんの過去の出演作はほぼ全て拝見しましたが、忠のような役はなかったのではないかと思います。


―――忠の一挙一動にその性格が表れていましたが、渋川さんには細かい演出をされたのですか?

ヘソ監督:本読みの時点から、渋川さんの中に忠のキャラクターができていたようにお見受けしました。現場でも、ワンカット目の仕草から、まさしく忠になっていましたし、細かい表情の作り方も人間のぎこちなさが表出していて、ご本人はいたって朗らかな方なのに凄いと思いました。


―――それにしても、本当に立派な一枚板のダイニングテーブルでしたね。忠が選んだということで、そこにも彼の思い入れが暗示されている訳ですが。

ヘソ監督:脚本で最も具体的に書いたのが「一枚板の美しいテーブル」だったので、美術監督の秋葉悦子さんに「本当に一枚板でやるんですね?」と確認されたぐらいです(笑)。恐る恐る「やります」と返事すると、本当に一枚板を仕入れてくださり、そこから自分たちで加工してテーブルを作っていきました。



■山本奈衣瑠の言葉、「わたしたちは同じ宇宙の人だと思う」を大事に

―――監督のセンスを感じるキャスティングですが、えだまめを演じた山本奈衣瑠さんも非常に印象的な演技をされていましたね。

ヘソ監督:2020年、SUKISHAとkiki vivi lilyがコラボレーションした楽曲「Gray Spring」のMVを製作したのですが、卒業式帰りの高校生の一瞬を捉えたものにしようと考えていました。主演の方は決めていたものの、もう一人がなかなか決まらず、ひたすらInstagramで探していたら山本さんが自ら編集長を務めるEA magazineの写真が出てきたのです。「こんな表情をする人がいるんだ」と驚き、早速メールでMVの詳細を記載して出演依頼をお送りし、出演いただくことになりました。撮影前に渋谷でお互いのことを知るためにお茶をしたのですが、10分ぐらい話したところで、「わたしたちは同じ宇宙の人だと思う」と言っていただいたんです。今でもスタッフたちと仕事をしていると、はっとこの言葉が思い浮かぶことがあるぐらい、とても大事な言葉です。


―――言われて、とても嬉しい言葉ですね。気持ちが通じ合うというか。

ヘソ監督:しっかりと映っているときの演技も素晴らしいのですが、一瞬カメラが動いてほとんど映らない時の表情も非常に美しい。本当に、ただ存在するだけでいられる人なんだと実感しましたし、この方と一緒に映画を撮りたいと強く思いました。えだまめは企画や脚本を4〜5本書いており、急に生まれたというよりは、僕の中にソリッドにあり、たまたま『オン・ア・ボート』に居合わせたという感覚です。ずっと山本さんを思い浮かべながら書いてきたキャラクターなので、ついに演じていただくことができ、僕も本当に嬉しいです。



■松浦りょうを思い浮かべて書くことで、一気に「さらの物語」へ

―――山本さんでなければできないような自由さや、さらへの強い思いが溢れていましたね。さらを演じた松浦りょうさんは、どういう経緯でキャスティングしたのですか?

ヘソ監督:最初は広告のオーディションでお会いしたのですが、その時もひとりだけ別世界にいるような佇まいをされていたんです。映画のオーディションとは違い、ただ短い距離を歩くことだけということが多いのですが、逆にその人自身が持つ強さや弱さが見えてくるのです。終わってからご連絡をし、そのとき仕事をご一緒しました。さらは、もともと書いていたキャラクターである忠とえだまめの接点を持たせるためにどうすればいいかを考えながら書いているうちに、自然に生まれたキャラクターであり、『オン・ア・ボート』にしか登場しないキャラクターです。脚本を書いていてもさらが動き出すまでに勢いが足りないと感じていたのですが、松浦りょうさんに演じてもらうことを想像しながら書き進めていくと、一気に筆が進み、さらが主人公のように振舞い始めた。だから、この物語は「さらの物語」だと思ったのです。


―――えだまめが部屋のピアノを弾き、さらが歌うシーンも印象的でした。ヘソ監督が歌詞を作詞されたそうですね。

ヘソ監督:filmbumの企画として制作する中で、音楽プロデューサーのKan Sanoさんとコラボレーションができるということも決まっていたので、僕はこういう内容にしたいと書いてお渡ししたところ、僕の言葉は一言一句変えず、詞先で後から曲をつけてくださいました。夜にKanさんからの曲が届いた時は感動しました。あまりプロフェッショナルな曲になると、さらやえだまめが歌っているという現実味がなくなるのですが、その塩梅も絶妙で、最初にデモ曲をいただいてから何一つ変えていないです。


―――えだまめも最初はたどたどしかったのに、最終的にはかつてのボートの上のように軽やかなピアノと、さらの伸びやかな声が響いていました。松浦さんの歌も素晴らしかったです。

ヘソ監督:ワンテイクでしたが、松浦さんの声が部屋中に響いて、鳥肌が立つぐらいでした。山本さんはこの役のためにピアノを練習してくださり、撮影中もホテルの部屋にキーボードを入れさせていただき、空き時間にも練習を重ねてくださった。だから、撮影ではえだまめとしてピアノを弾いてくださいましたね。



■三者三様の芝居が作る、映画の中でのひりつき

―――編集やセリフが確信的で迷いがなかったですね。

ヘソ監督:渋川さん、松浦さん、山本さんは演技スタイルが三者三様でした。渋川さんは本読みへの姿勢やセリフを全て完全に入れた状態で来ていただきましたし、松浦さんや山本さんもそれぞれ芝居のスタイルが違います。家に篭りきりでの撮影だったので、お互いの芝居へのアプローチを見ながらという部分があり、俳優たちの才能のせめぎ合いを感じることができました。脚本や編集もさることながら、俳優のみなさんが本作のひりひりした部分を作ってくださったと思います。


―――今回の上映で観客の反応はいかがでしたか?

ヘソ監督:序盤の忠やえだまめの行動で笑っていただけたのは、笑えなくなってくる後半への助走であり、振り幅が大きくなると思うのです。僕は映画館で映画を観なければ、オンラインなどでは観たうちに入らないと思っている人間なので、映画祭の素晴らしい環境(大阪中之島美術館1Fホール)で、あんなに素晴らしいお客さまに観ていただけたことにすごく感動していますし、本当に生きていて良かった。



■アカデミー賞ノミネートを本気で狙う理由は?

―――映画祭で配っていた『オン・ア・ボート』チラシの裏に監督の自筆で「”実写フィクション短編作品”では日本映画史上初となるアカデミー賞ノミネートを本気で目指しています」と書かれていましたが、そこを目標にした理由は?

ヘソ監督:今回、幸いにも選んでいただき上映機会をいただきましたが、通常短編映画は映画館でかけてもらう機会を得にくく、上映機会が限られています。とにかく映画祭で上映してもらうことでしか、本作に関わってくれたみなさんにお返しができない。アカデミー賞にノミネートされる基準として、アカデミー賞に認定されている世界の映画祭で短編部門のグランプリを撮らなくてはいけないので、高いゴールに向かうための階段がいくつもあるんです。だからアカデミー賞を本気で狙うことで、みなさんに「今はどの段階にいます」というご報告ができるなと思ったのです。僕は映画が好きですが、短編を作って資金的なことや、出口(上映機会)のなさについても痛感していて…。


―――コロナ禍の助成金、AFF(ARTS for the future!)で作られた短編や中編がここ数年、ミニシアターで度々上映され、かつてよりは中編や短編が上映される敷居は下がってきてはいます。魅力的な短編プログラムとか、1日限定上映なら劇場上映の可能性はあると思いますよ。

ヘソ監督:出品者で短編を作っているみなさんも、どのように出口を作っていくのか悩まれていたので、一緒に何かやりましょうとお話ししていたんです。



■違う国の家族をひたすら覗き見する短編プログラムB

―――大阪アジアン映画祭で上映された短編を組み合わせた短編集を全国のミニシアターで上映できれば、同映画祭にとっても初の試みになり、短編の魅力を知っていただく機会になるのでは?

ヘソ監督:他の短編プログラムも素晴らしいですが、短編プログラムB(日本映画『オン・ア・ボート』、台湾映画『ちょっとだけ逃げてもいい?』、韓国映画『姉妹の味』)は3作品共に共通点と全く違う点があり、違う国の家族をひたすら覗き見しているみたいなのです。今回は最初で最後の映画祭かもしれないと思ったのでやれることは全てやろうと思っていましたが、急に不安になってきたところ突然“顔はめパネル”の製作を提案されて。でもキャストの方のところの顔に穴を空けるということはしたくなかったので、悩んでいたところ閃いたんです。『On a Boat』のOのところに穴を空ければいいじゃないかと!映画祭会場に入ってから、最初にしたことが顔はめパネルの組み立てでしたから(笑)


―――最後に伝えたいことがあれば、お願いします。

ヘソ監督:人生で初めて参加する映画祭が大阪アジアン映画祭で本当によかったです。運営も素敵な方々ばかりで、選ばれた作品も素晴らしいし、携わった方々も素晴らしい。僕は自分から話しかけるタイプではありませんが、映画祭という場だからこそ色々な人に話しかけることができました。今は、この短編プログラムBでミニシアターを巡りたいと本気で思っています。

(江口由美)

自ら組み立ての顔はめパネルにて。左より制作の張彤さん、ヘソ監督、ダニエル・ラゾフ撮影監督

Photo by OAFF


<作品紹介>

『オン・ア・ボート』(2024年 日本 32分)

監督・脚本:ヘソ

出演:渋川清彦、松浦りょう、山本奈衣瑠、中尾有伽、和田紗也加、杏奈メロディー

©2024 PYRAMID FILM INC.

第19回大阪アジアン映画祭公式サイト

https://oaff.jp/