緊急登壇の主演アデラ・ソーに誉められすぎて、リム・カーワイ監督恐縮しきり『すべて、至るところにある』元町映画館舞台挨拶


 シネマドリフター(旅する映画監督)、リム・カーワイ監督の『どこでもない、ここしかない』(18)、『いつか、どこかで』(19)に続くバルカン半島3部作の完結編、『すべて、至るところにある』が、3月23日(土)に神戸での初日を迎え、リム監督と、尚玄とW主演のアデラ・ソーさんが舞台挨拶で登壇した。


 偶然知り合いと関西に遊びに来ていたところ、リム監督に誘われて舞台挨拶が実現したというアデラさん。リム監督のミニシアターを巡る前作『ディス・マジック・モーメント』を観てから日本のミニシアターに興味を持ち、濱口竜介監督ファンとして本拠地の元町映画館にずっと来たかったので、来場できてとても嬉しいと流暢な日本語を交えて挨拶された。



 リム監督がバルカン半島で撮るのはこれが3作目。1作目の『どこでもない、ここしかない』の主人公を演じたフェルディと息子のムスタファも本作で登場し、同作を映画監督のジェイ(尚玄)が撮ったという設定のもと、新作への出演を打診するジェイに「『どこでもない〜』に出演したことで夫婦仲が険悪になったので二度と出演したくない」と拒否するシーンもあるが、実際は『どこでもない〜』で描いた話とリム監督。今回登壇したアデラさんは2作目の『いつか、どこかで』で本人役として主演を果たしている。クロアチアの思い出の品物を展示する「別れの博物館」で恋人の遺品を預け、現地の人々に出会うことにより、戦争の歴史や文化を知って自分の中が変化していく作品で、本作でもジェイがバルカン半島で旅行者のエヴァ(アデラ・ソー)と出会いふたりで作った作品として登場している。過去作品を知らなくても楽しめるが、知っているとより楽しめる作品になっている。


 映画製作中に喧嘩別れしてしまった映画監督、ジェイをエヴァが探す本作について、リム監督は「コロナ禍でロシアのウクライナ侵攻が起き、戦争状態が続く困難な時代に不安を覚える中、我々はどうやって生きていけばいいのかというメッセージを込めて描いた映画です」と思いを語った。バルカン半島三部作に共通する脚本なし、テーマは決めず、準備しながら撮影していく、当事者もどんな内容になるかわからないチャレンジングな映画作りを体験したアデラさんの感想など、さらに詳しい舞台挨拶やQ&Aの模様をご紹介したい。



―――劇中でジェイが「シネマドリフターだ」と自分のことを語っており、リム監督のことをジェイに重ねればいいのかと思いましたが。

アデラ:尚玄さんが映画監督のジェイ役だと事前に知っていたので、リム監督のことを演じるのではないかと思っていましたが、(撮影時のパワハラ的な)ジェイの行動はリム監督と全然違うとわかってきました。ただジェイがこの世の中に関して思っていることは、リム監督が思っていることで、よくわたしと語っていた言葉です。


―――現実と虚構が入り混じっているのを見ていくのがおもしろい映画ですが、脚本のない状態でロケ地に行って作るのは大変ではなかったですか?

アデラ:リム監督と一緒に作ったのは2回目で、1回目(『いつか、どこかで』)はすごく戸惑いましたが、その経験があったので割とやりやすかったです。前回はクランクイン直前に現地入りしましたが、今回は撮影の2週間前に行き、一緒にロケハンをしたので、現地の人と馴染み、そこで暮らしている人々の生活を知ることができ、出演する上で役に立ちました。撮影10分前にセリフを渡される無茶振りに慣れていたので、いかに現場で楽しむかの方が大事でした。スタッフ、役者を入れて5人のスタッフが車一台でバルカン半島を旅しながら撮っていたので楽しかったですし、毎日会話したり、一緒に食事をしたりできたのも良かったです。



―――撮影時にエヴァがジェイへ「自分勝手だ」と怒るシーンがありましたが、アデラさんがリムさんに怒りたいことはありますか?

アデラ:(通訳のリム監督が、「褒め言葉を自分で訳すのは恥ずかしいのですが」と恐縮しながら)スタッフの少ない現場も規模が大きい現場も参加したことがありますが、いずれも、人と人との意見の違いにより、お互いにイライラすることはあります。今回は撮影中にスタッフと監督が意見の違いにより言い合ったことも多少ありましたが、リム監督の場合は演出、制作だけでなく、助監督の仕事も全部ひとりでやっています。レンタカーの手配や、食事のレストラン、宿泊場所を探しますし、それをやりながら我々をリードして映画を作りあげたことは素晴らしいです。お互いに言い合っても最終的に映画が完成し、ある目標に向けて全力で映画を作れたのでとてもいい体験だと思いました。



―――カフェでの住民インタビューが劇中に何箇所か挿入されますが、戦争体験という重い証言を聞き出していますが、語ってもらうのが難しかったのでは?

リム監督:ボスニアのモスタールという町でアデラさんとロケハンをしたとき、映画の内容が決まる前にたまたまカフェに入り、その雰囲気が良かったので、映画の中でカフェシーンとして撮影したら面白いのではないかと思っていました。カフェオーナーと話をしてみると、30年前に戦争体験があり、近隣国のウクライナで戦争が起きたので言いたいことがあると告げられたのです。彼らの戦争の体験と、その後どうやって生活してきたのかをもっと知りたいと思いました。

 その後、エヴァとある女性(イン・ジアン)がカフェで語るシーンや、ジェイがひとりでカフェを訪れるシーンを撮ったとき、カフェに集まってくれたエキストラのみなさんとは撮影準備中に交流があり、皆大変なことを経験しているのを知りました。その後、尚玄さんがスケジュールの都合で帰国し、ビオグラードで劇場のシーンを撮り、劇映画のシーンは全て撮り終わったけれど何かが足りないと思ったとき、もう一度戻って彼らの話を撮り、もっとたくさんの人に知ってほしいと思いました。

 戦争の後、彼らは普通の生活をしており、世間からも関心をもたれなくなってしまったので、取材をすれば絶対応じてくれるだろうという確信がありました。1回だけの出会いだとそういう取材は難しいですが、2回目の劇映画撮影で心を開いてくれ、3回目に行った時にはいろいろと語ってくれました。実際、彼らの語る言葉はセルビア語やボスニア語なのでほとんどわかりませんでしたが、リアルに戦争を体験した人の言葉は感情が伝わるし、聞いていたアデラさんはずっと泣いていましたね。



最後に

「地味な映画ですが、一生懸命、命をかけて作りました。興味を持ってくれる観客は限られていると思いますが、今日はお越しいただき本当に感謝しています」(アデラ)

「今、映画館に行くというのはすごく難しい行為です。劇場に行くなら服を着替えて電車に乗り、暗い闇の中で映画を見るわけで、一連の動きは大変ですが、『ゴジラ-1.0』や『PERFECT DAYS』に行かず、わざわざこの映画を見に来てくださり、本当に素晴らしいと思います」(リム監督)

と挨拶し、今大ヒット販売中の似顔絵トートバックを下げて、カーワイポーズでフォトセッションを盛り上げた。

 大盛況のサイン会では、自らの“引退宣言”をネタに、「復活するなら『枯れ葉』のような作品を作ります!」と予言する一幕も。ウォン・カーウァイ監督作品と間違えて来場したという観客からの高評価の声に喜びの表情をみせた神戸初日となった。

『すべて、至るところにある』は元町映画館にて3月29日まで1週間限定上映。

(江口由美)


<作品紹介>

『すべて、至るところにある』”EVERYTHING  EVERYWHERE”(2023年 日本 88分)

監督・プロデューサー・脚本・編集:リム・カーワイ

出演:アデラ・ソー 尚玄 イン・ジアン

https://balkantrilogy.wixsite.com/etew

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