「現代の平塚らいてうや青鞜社のような団体を描きたかった」同じ痛みを持った者たちの共鳴・反射・連帯を描く『ブルーイマジン』松林麗監督インタビュー
映画界のセクシャルハラスメントに立ち向かう長編オムニバス映画『蒲田前奏曲』をプロデュース・出演した松林麗による長編デビュー作『ブルーイマジン』が、第19回大阪アジアン映画祭でJAPAN CUTS Awardスペシャル・メンションに輝いた。
東京・巣鴨を舞台に、女性たちの信念と連帯と葛藤のドラマを描いたオリジナル脚本の青春群像劇は、日本版#MeToo運動のこれからを見据えている。さまざまな形の性暴力、DV、ハラスメントに悩まされる若き女性たちに寄り添い、救済する助けとなる駆け込み寺、ブルーイマジンを舞台に、日本人やフィリピン人のキャストらがみせるシスターフッドやその広がりを力強く描いた本作は、日本映画史、女性映画史に残る一本になることだろう。
4月5日(金)よりアップリンク京都、4月6日(土)よりシネ・ヌーヴォ、元町映画館で劇場公開される本作の松林監督に、お話を伺った。
――――演技ワークショップやキャスティング時に新人俳優たちが様々なハラスメントを受け、心身ともに深い傷を負ってきたことが映画業界の問題になっている今、本当に重要な作品を生み出されましたが、いつ頃から問題意識を抱いていたのですか?
松林:デビュー作のとき、いきなり脱ぐシーンがあると言われ、みんなの前で監督から脱がないことを怒られ、わたしが怒鳴られているときに誰も助けてくれなかったのが今でもトラウマになっています。脱がないと俳優として一歩進めないのかと愕然としたし、覚悟がないと言われたことも当時は結構辛かった。それ以来、脱ぐ覚悟って何だろうとずっと考えていましたし、この経験を映画の中に取り入れています。
――――プロデューサーや監督(いずれも男性)の描写に、新人女優たちがモノ扱いされていることを感じずにはいられません。
松林:自宅名画座のようにスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』やデイヴィッド・リンチ作品『ブルーベルベット』などの洋画を気づいたら観ている家庭で育ったので、そこで登場するヌードシーンは芸術やアートという感じそんなにいやらしいものとは感じませんでしたが、なぜか邦画にはそれを感じ、子どもながらにそういうシーンを避けてきました。いざ女優という立場で日本の芸能界に踏み込んでみると、脱げることがステータスという風潮が10年前ぐらいはまだありました。何度かテレビの現場にも行き、枕営業を交換条件とするような人が本当にいることも分かってしまった。今は間違いだと言えるようになりましたが、当時はそれが普通で沈黙せざるをえない状況でした。10代後半からキャリアをスタートさせましたが、思い描いていたのとは違うイヤな世界に入ってしまったと感じたのです。
■フェミニズム本を読み開眼、知性で闘う
――――作品中で佳代が度々シェアハウスのブルーイマジンに置かれていたフェミニズム本に目を通していました。松林さんご自身もフェミニズムのことを色々勉強されているのではと想像したのですが。
松林:昔は活字を読むのがあまり得意ではなかったのですが、わたしの周りに本を読む方が多く、哲学や深く考えさせるような本を読む機会が自然に増え、映画しか観ていなかった頃より視野が広がりました。スーザン・ソンタグやレベッカ・ソルニット、上野千鶴子さんなどフェミニズムに関する本も読んでいます。無知だった自分が何で闘うかといえば知性だと思うので、佳代も本を読むシーンを作りました。ブルーストッキング(18世紀イギリスの知的女性たちのグループ)の視点など、まだまだ勉強したいことばかりです。
――――フェミニズム本を読むと、目を見開かされますね。
松林:スーザン・ソンタグや上野千鶴子さんを読んでいて気付かされたのは、怒っていいということ。女性が怒ることに対して非難されがちですが大事なことだし、一方、怒っているだけでは社会が変わらないのも事実です。わたしもこの問題を扱うにあたり、怒りや悲しみ、悔しさもたくさんありましたが、弾圧すればいいのかと言えば、それだけではない。そう思えるようになるまで、結構時間がかかりました。
■映画として表現することが人類の未来のために大事
――――ご自身の被害体験も取り入れながら映画を作るということはきっと心の血を流しながらの作業でしたでしょうし、なんと勇気のある作品なのかと思いました。
松林:そう思っていただけるのはすごくありがたいです。わたしも映画に助けられ、また救われてきましたから。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のように「こんな人生はないだろう」と思えるような悲劇のヒロインが今まで映画ではたくさん現れてきましたし、カール・テオドア・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』のように観る人の支えになったり、誰かのお守りになるような映画にしたいという気持ちがありました。誰が悪いとか、あの人のせいでこうなったと言い続けるのは、わたしは逃げだと思うのです。自分自身をえぐるような作業も含めて、映画として表現することが人類の未来のために大事なことではないかと感じています。
――――おっしゃる通り、ひとりで悩みを抱えなくていいと背中をさすってくれるお守りみたいな映画になっていますね。
松林:脚本でプロデューサーも務めていただいた後藤美波さんから、爽やかな映画にしたいと言われました。こういうテーマを扱うにあたり、救いや一筋の光がないと観ているのが辛くなるのではないかと。今の時代だからこそ、監督としての解決を提示しなければ何も生まれないと感じていました。
■映画界だけでなく、様々な職業の人を描いた群像劇
――――登場人物のみなさん、それぞれのセリフが本当によく練られており、本当にリアルなのも魅力です。
松林:被害を受けた側だけではなく、佳代(川床明日香)みたいに性被害を受けたことがない人もいれば、友梨奈(北村優衣)みたいにパパ活をしているグレーゾーンの人や、フィリピン人のジェシカ(イアナ・ベルナルデス)やアイリーン(ステファニー・アリアン)のように日本で外国人差別に遭っている人も描いています。93分の映画でかなりの人物が登場するので深めることができなかったけれど、明るさが印象的な八海(日高七海)は元スポーツ選手という設定にしています。映画界だけではなく様々な職業の人たちを描くことや伏線の回収をどうするかについて、後藤さんとシェアハウス、Ryozan Parkに一緒に住みながら脚本をブラッシュアップする作業を重ねました。作品を作る上で希望を探していたので、それは自分にとっての闘いであり、癒しでもありました。
――――学校教師役で飯島珠奈さん(『東京不穏詩』『浜辺のゲーム』)も登場していますね。
松林:実はファーストシーンの告白する女性の横顔は飯島さんで、彼女から映画を始めたいと思っていました。中盤、彼女はシェアハウス「ブルーイマジン」代表でハラスメント相談窓口の三千代の元にやってきますが、映画界以外の業界の人もハラスメントに対して声を上げることができるようになったところを描いています。
――――映画監督から性加害を受けた乃愛(山口まゆ)らの告白を真摯に取材した週刊誌記者も、取材に挑む姿勢がとてもリアルで驚きました。
松林:それは良かったです。わたしが行っている演技メソッドに参加している俳優で、『緑のざわめき』(夏都愛未監督)の終盤にとてもインパクトのあるワンポイント役で映画初出演を果たした仲野佳奈さんです。日本映画は従来細くてきれいな人が主にキャスティングされてきましたが、大阪アジアン映画祭や海外の映画祭で出会う映画に出演している俳優はふくよかでも美しく、年齢も含めて多様性があります。仲野さんと編集部先輩役の渡辺紘文さんが中華料理店で向かい合う画はインパクトがあるので、ロッテルダム国際映画祭では温かい笑いが起こりましたし、ラーメンを啜る姿に胃がグーグー鳴ったという感想も。キアロスタミみたいにリアルだと言っていただけました。
――――性加害者の田川監督(品田誠)やプロデューサーの植本(松浦祐也)の描写が的を得ていたのはもちろんですが、乃愛の兄で弁護士の俊太(細田善彦)の存在も非常に重要です。証拠がないなら訴えても傷つくだけと乃愛に忠告するのは二次加害ですね。
松林:すごく親しい人だからこそ、被害を受けた本人から見れば諭すような接し方をしてしまうのではないかと色々考えました。細田さんご自身がスマートな方で、冷静な弁護士役が似合っていたので、「乃愛」と声をかけて妹に近寄る際に、家具を揃えるという細かい演出もしています。最後に兄妹が寄り添えるようにするために、細田さんも色々と考えてくださいました。一方、わたしも初監督作で細田さんのようなキャリアのある方に演出をするのは恐れ多い部分があり、その壁を越えるのに時間がかかりましたね。
――――プロデュースは経験されていますが、初監督ということで手探りのことも多かったのでは?
松林:撮影の石井勲さんはベテランなので、わたしが画を選んではいけないんじゃないかと最初は気後れしていたのですが、石井さんはわたしを尊重してくださり、「監督はどう思う?」とワンシーンごとに聞いてくださった。年もキャリアも違うけれど、作品を作りながら、そういうところから生まれる連帯性を感じました。演技の面では今回若いキャストが多かったので、キャラクターづくりから行ってもらう一方、テスト撮影でキャラクターの方向性がズレている場合は微調整をしていきました。みんなお芝居を楽しみ、自分のキャラクターを生きてくれました。
■主人公乃愛役の山口まゆとのやりとりを重ね、脚本で大切にしたい一本筋が見えた
――――乃愛役の山口まゆさんと凛役の新谷ゆづみはいずれも俳優の卵で性被害を受けた過去を持つキャラクターですが、演じるにあたりどんなことを共有したのですか?
松林:主演の山口まゆさんとは、たくさんディスカッションや本読みをさせていただきました。山口さんは自分が思う乃愛を作るにあたり、被害者の痛みを本当の意味で知るのが難しかったとインタビューで語っておられます。山口さんのマネージャーからは松林監督自身の体験を聞かせてもらえませんかと打診を受け、山口さんと3人でお話をしたこともありました。彼女はとても真面目なので、セリフでわからないところはレポートみたいに書いて質問してもくれましたし、そんなやりとりを撮影前に重ねたことで、わたし自身も脚本で大切にしたい一本筋が見えて良かったです。
――――撮影までに入念に意識合わせや体験の共有、セリフの意味を考えることを積み重ねたんですね。
松林:撮影中も山口さんは乃愛をどう演じればよいか悩んでいたので、わたしは「被害者を演じないでほしい」とずっと伝えていました。被害者だから悲しいとか、被害者だから泣くとか、そういうイメージで被害者を演じることで本当に“被害者”になってしまうので、映画の中で乃愛という人生を生きてもらいました。
新谷さんはご自身で作ってきたキャラクターを本番でぶつけてくる感じでした。ただ、三千代に被害を打ち明けるシーンで、テストのときに新谷さんが激しく泣いてしまった。感情が上がってくるところをぐっとこらえることでドラマが生まれ、より深刻に見えます。凛が闘っている姿を見たいので、そのシーンの演出として新谷さんには感情をコントロールしながら闘ってもらいました。
――――闘うといえば、加害者に対して乃愛、凛、優衣らが声を上げる記者会見は記憶に残り、勇気を与えるシーンです。
松林:3人それぞれの対比が見えたし、懸命に闘っている彼女たちを見て、わたしも泣いてしまいました。監督の横に座っていた主演俳優の根岸日奈子(武内おと)も含め、彼女たちのせめぎ合いが美しく、そこを撮りたかった。みなさん、素晴らしい演技でした。
――――3人に加え、日奈子や記者会見の女性司会者も最初はその場での自分の立場から発言していましたが、乃愛らの告発を聞き、自分の中の正義を貫こうとします。
松林:シスターフッドが反射し、反響し合うシーンですね。ここでどのような復讐を乃愛らがするか色々考えました。『キル・ビル』みたいにぶった切って血しぶきが飛ぶとか。壁に3人が横並びで映る姿がまさしく勇者に見えて、本当にかっこいい。その姿を見ていると、刀を持たせる演出もやりたかったなと(笑)。結果的には、そういうことではない闘い方で良かったと思っています。
――――随所に松林さんの知性を感じさせる演出が光りましたが、劇中で「グリーンスリーブス」などを使われていますが、その意図は?
松林:わたしはスパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』が大好きで、音楽で共鳴するシーンを作りたかったので、今回は「グリーンスリーブス」を「ブルースリーブス」と呼んで、ピアノで演奏していますが、バンドを組んでいた佳代と友梨奈が仲違いしたあとに、離れたところでも繋がっているということを音の重なりで表現しました。編集の時、どこに入れるかすごく悩み、最初は前半に置いていたのですが、象徴的なシーンなので映画の心情に合わせて今の場所に置きました。口ずさみたくなるメロディーですよね。
第19回大阪アジアン映画祭でのアジア初上映後、舞台挨拶に登壇した松林麗監督(左)とエグゼクティブプロデューサー、出演の三谷一夫さん
■タイトル『ブルーイマジン』に込めた想い
――――そして、何と言っても女性たちの駆け込み寺ともいえるシェアハウス、ブルーイマジンの仕組みや、行われている取り組みが理想的だと感銘を受けました。
松林:施設自体は、さきほど触れた巣鴨のRyozan Parkを使わせていただきました。多国籍でいろいろなコミュニティが集まっている場所です。昔、女性寮の梁山泊があったり、かつて千駄木という巣鴨に近い場所に青鞜社があったと様々な要素が重なり、現代の平塚らいてうや青鞜社のような団体を描けないかと考えたのが発端だったので、『ブルーイマジン』というタイトルが出てきたときは、絶対にいい映画になると思いました。イマジンは今まで声を上げてきた先人たちがいて、乃愛たちのように動いた人たちがいることを“想像”してもらうことに繋がるし、最後もその先を想像させるようなシーンにしていることにも繋げています。
――――なるほど、青鞜社がタイトルの由来の一つだとは、合点がいきました。ちなみにブルーイマジンのモデルとなった場所が実際にあるのですか?
松林:架空の場所ではありますが、実際にこういう場所を作る構想をしていたし、本作を通してサロンのように文化人が集まるような場所ができればいいなと思っています。本が置いてあり、みんなが集まれる場所を作りたいですね。
――――話を聞いてもらえる場所、お互いに言い合える場所があれば、一人で抱え込まずに済みますね。
松林:哲学者の松本卓也さんが2021年に開催した哲学対話 PARA SHIF パラシフの「死ぬこと/生き延びること」の回で、個だった人たちが当事者性を持つことや、生き延びなければいけないという中で、フェミニズムの話も語っておられます。同じ痛みを持った人たちが共鳴し、反射し、連帯して団体になったのがブルーイマジンで、それが社会を変えるきっかけになるし、映画『ブルーイマジン』はそういうことを描きたかったと感じました。よく連帯と言いますが、同じ痛みを持った人が当事者性を持って団体になるのは大きなうねりになるというフェミニズムの流れに連なることが大事ですし、ロッテルダムのみなさんも同じことを感じてくださいました。
――――日本に目を向けると松林さんが『蒲田前奏曲』を制作した2020年前後より、少しは声が上げやすくなってきたかもしれませんが、これからどんなことが必要でしょうか?
松林:SNSがあることで、声を上げやすくなったのはいいことですが、一方で匿名性を悪用したバッシングを受け疲弊してしまい、そこでは何も建設的なことは生まれないと感じています。やはり映画など、何か一つの作品を作るとか、行動することでだれかが動くということをリアルな世界でやっていくしかない。さきほどの松本卓也さんは「死をかけた1回きりの行為では世界を変えられない。毎日、地道に考えてゆくしかない」とおっしゃっています。わたしは映画を作るのがある意味で自分の闘い方ではありましたが、映画を作ったからこれで終わりではなく、みんなで考え続けることが大事だと思います。
(江口由美) Photo by OAFF
<作品情報>
『ブルーイマジン』“Blue Imagine”
2024年/日本・フィリピン・シンガポール/93分
監督:松林麗 脚本:後藤美波
出演:山口まゆ 川床明日香 北村優衣 新谷ゆづみ 松林うらら イアナ・ベルナルデス 日高七海 林裕太 松浦祐也 カトウシンスケ 品田誠 仲野佳奈 武内おと 飯島珠奈 宮永梨愛 渡辺紘文 ステファニー・アリアン 細田善彦
現在、新宿K's cinemaで公開中。4月5日(金)よりアップリンク京都、4月6日(土)よりシネ・ヌーヴォ、元町映画館ほか全国順次公開
©Blue Imagine Film Partners
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