「生活保護の恩恵を受けたからこそ大きな衝撃を受けた事件を手掛かりに」 『スノードロップ』吉田浩太監督、出演の西原亜希さん、イトウハルヒさん、小野塚老さん、みやなおこさん、芦原健介さんインタビュー


 3月に開催された第19回大阪アジアン映画祭で、コンペティション部門の吉田浩太監督作『スノードロップ』が世界初上映された。監督は『Sexual Drive』(21)、『愛の病』(18)の吉田浩太。自身の受給経験を鑑み、矛盾した生活保護の在り方に一石を投じる重厚なヒューマンドラマの本作で、新境地をみせている。認知症の母の介護をひとりで担ってきた直子役には西原亜希、役所で直子の生活保護受給申請を担当するケースワーカー、宗村にイトウハルヒが扮し、手続きのプロセスで尊厳が踏みにじられるように感じる直子と、直子一家の生活安定のために担当者として受給決定に向け尽力する宗村の思いがすれ違っていく様を丁寧に表現している。制度自体の見直しもしかりだが、自分がよかれと思ってやっていることが果たして本当にそうなのか。立ち止まって考えてみたくなる作品だ。 

世界初上映後、吉田浩太監督と出演の西原亜希さん、イトウハルヒさん、小野塚老さん、みやなおこさん、芦原健介さんにお話を伺った。



■生活保護の恩恵を受けたからこそ大きな衝撃を受けた事件を手掛かりに(吉田監督)

―――吉田監督ご自身が生活保護を受けた経験や、実際の事件がベースになっているとのことですが、作品構想の経緯を詳しく教えてください。

吉田監督:15年ほど前に若年性脳梗塞を患い、それに伴うパニック発作が起因となり、1年ぐらい仕事ができない時期がありました。当時は会社に勤めていたので、休業という形をとり、生活保護を申請しました。妻が手伝ってくれたこともあり申請手続きは非常にスムーズで、当時対応いただいたケースワーカーの方が非常に親身に相談に乗ってくださり、強く印象に残っています。パニック発作がはじまった当初は、今後監督業をやっていくのは難しいだろうとかなり落ち込んでいたのですが、生活保護を受給できたことで1年間休養を取ることができ、むしろリフレッシュできた。非常に感謝しています。

 そんな中、2016年に生活保護を申請し、訪問審査を終えて受給がほぼ決まったにも関わらず、その2日後に川に車で突っ込むという選択をした女性のニュースを知り、僕にとっては大きな衝撃でした。助けてほしいという気持ちで申請を行っているのに、それと真逆の選択をするというのはどういうことなのか。その心境の変化に興味を持ちました。多分それは、僕が生活保護の恩恵を受けたからこそ、余計に感じたことだと思うのです。


―――今回は脚本が出来上がってから、全員オーディションで選んだそうですね。

吉田監督:人づての紹介や過去作に出演していただいたということではなく、純粋に演技力だけで判断したかったので、主演の直子と準主演のケースワーカー・宗村をオーディションで選ぶということは今回やってみたかったことでした。映画のラストで登場するふたりのシーンをやってもらえれば、全てがわかるのでそういう方法でキャスティングしようと思いました。



■対象は30代後半から40代の女優、台本を読んで演じさせてくれた吉田監督のオーディションに感動(西原)

―――直子役の西原さんは、脚本を読んでぜひ演じたいという感じだったのですか?

西原:わたしの俳優仲間が吉田監督のTwitter投稿にいいね!を押したことで、わたしのタイムラインに、吉田監督が新作で主演、準主演のオーディションをすること、年齢設定が主演で30代後半から40代という投稿が流れてきました。今、その年代の女優を対象に行われるオーディションがまずない中、吉田監督はやるのか!ということにまず感動し、まだ役については概要しか書かれていなかったけれど、ぜひ受けたいとマネージャーに伝えて書類を出してもらいました。書類審査を経て2次審査に進むとき、大体は演じるシーンの抜粋だけ渡されてオーディションに臨むことが多いのですが、今回は2次審査に進んだ人全員に台本を見せてくださった上で、2シーンが指定されたので、吉田監督とご一緒するのは初めてですが、すごく俳優思いの監督だなと思いました。背景などは想像力を駆使してやりなさいという形のオーディションが多い中、全ての情報を与えていただいた上で演じることができるのは非常にやりやすかったですし、二人一組で演じたあとに、演じてみてどう思ったかというディスカションの時間も取ってくださったんですよ。


―――それは貴重な体験です。

西原:監督に「ひとりの人間が成長していく物語だと思いました」と話した自分の感想の言葉がとても薄っぺらい気がして、演じることでもっと深いものがあると気付かされました。通常、オーディションが終わったら、シンプルに終わった!という気持ちになるのですが、帰ってから家で台本を読み直し、オーディションが受かるかどうかはわからないけれど、もう一度直子という役に向き合いたいと思ったんです。成長というより、もう一度生き直すぐらいの覚悟が必要だと感じ取り、改めてやっぱりこの役をやりたいのだと確信しました。


―――台本を最初から渡してのオーディションが非常に効果的だったわけですね。

吉田監督:西原さんがおっしゃる通り、30代後半からオーディションの機会が得づらい中で、その年代の女優の方たちは演じることや、芝居のことを考えることに飢えているのではないかというのはオーディションで僕も感じたことでした。僕自身も以前、40代の女性が主人公の企画を出資者に渡して、主人公の年齢を理由にダメだと言われてことがあり、悔しい思いをしたことがあります。



■ケースワーカー宗村と同じ資質を持っている(イトウ)

―――なるほど。大阪アジアン映画祭では毎年中高年の女性が重要な役割を果たす作品が登場し、昨年は『本日公休』(台湾 観客賞、薬師真珠賞受賞作)、今年は『ブラックバード、ブラックバード、ブラックベリー』(ジョージア・スイス)など評価の高い作品がラインナップされているので、50代、60代…とまだまだ描くべき物語があると思います。イトウさんはお母さまがカウンセラーということも、宗村役を演じる動機になったのですか?

イトウ:宗村は難しい立ち位置の人物だと思いました。仕事というラインを引いて関わっていく立場である一方、最後は仕事とか自分の立場を超えた、本音で話そうとする。台本を読んだとき、宗村に関してその背景はあまり書かれていなかったので、そこをどのように埋めていくかをすごく考えました。わたしの性格的な部分で言えば、主張するというより、相手の言うことを受け取ったり聞くことが好きですし、そちらの方が性に合っています。相手の話を聞き、その言葉から読み込んでいくケースワーカーという仕事は好きですし、宗村と同じ資質を持っていると思っていました。


■善意から追い詰められる人もいる(吉田監督)

―――芦原健介さんは新人の宗村が行き詰まったとき、適切なアドバイスをする上司役で理想の上司でしたね。

芦原:僕の役はあくまでも宗村のフォローが大事という立場でしたから、かつては宗村のような辛い体験もしたことがあるのだろうと思いながら、適切なトーンで話すことや、相手を傷つけないけど、心配しすぎない距離感で接することを心がけました。

吉田監督:コロナ禍で不正受給がかなり問題になりましたが、今回そこは描きたくなかった。僕の経験からパーフェクトなやりとりをしてくれる方がおり、逆にその善意から追い詰められる人もいるわけです。役所側としては芦原さんがおっしゃったように悪意は全くなく、善意からの行いであり、親身になって聞いてくれる芦原さんのキャラクターがそれを象徴していると思っています。


―――役所側が権力を振りかざすような悪っぽく描かれることも多いですが、そうではないという実感から描かれているのもリアルです。直子の両親役、小野塚老さんとみやなおこさんは監督からのオファーですか?

小野塚:実は僕の妻も直子役のオーディションを受けたんですよ。落ちた後に吉田監督やみなさんとの飲み会で、監督が探していた父役に僕のことを推してくれたそうです。「うちのジジィが」って笑。妻からどんな内容の映画かを聞いていたので、そんなに救いようのない話かと当初は思っていました。でも身につまされる話ではありますね。僕も、少しでも怪我や病気をして仕事ができなくなったら、生活が立ち行かなくなってしまうので。



■幼い頃の家族ピクニックをエチュードで行った経験が、直子と父の関係を理解するきっかけに(西原)

―――妻子を置いていなくなる無責任な父役ですが、何十年後かに戻ってきたときからは別人のように仕事をして家計を支えます。とはいえ、直子にとって許すことの難しい存在だったのでは?

西原:クランクインの前のリハーサル時に、監督から突然、子どもの頃、家族でピクニックに行ったというエチュードをやってみようと言われたんです。そのとき、みやさんがピクニックシートやお弁当箱を用意してくださり、直子が5歳のころ、父が家を出る前の一番幸せな頃の家族との思い出をエチュードでやったことが、家族にだったんだという実感を持つことに繋がり、すごく良かった。かつての父は、家の中で子どもに優しく、母と仲良くやっている。直子は末っ子なので、父が家を出るまではみんなに「直ちゃん」と可愛がられ、本当に天真爛漫の直子がいたということが、リハーサルで掴めました。そして、この直子が大人になったときに、映画でご覧になったような状況に陥ってしまう。その埋まらない部分についてしっかりと考えることができ、そこから切ない結末に向かっていくことを自分の中に落とし込むことができたと思います。直子もお父さんのことが好きだという気持ちが心の中にあったのです。

小野塚:エチュードで(僕が演じた父は)タバコを買いに行ったきり、帰ってこなかった。

西原:その状況もリアルでした。今までいた人が突然いなくなってしまう。バイバイも言っていない。それは私の実体験とも重なるのですが、どうしていなくなったのかとか、父に聞きたいことがたくさんある。一方で、そんな父が帰ってくると「なぜ」と聞けなくなるし、父を受け入れるのも母のため。直子は母に認められたかったのです。


■死に向き合うシーンは母にとってハッピーエンドだった(みや)

―――みやなおこさんは直子の人生に影響を及ぼす母役を演じていますが、子育て期と被介護者となった老年期の2つの時期を演じわけています。

吉田監督:『愛の病』(18)のときオーディションに参加していただいたことを覚えていたこともあり、今回みやさんにオファーしました。

みや:監督からオファーをいただいたときはやった!と思いました。わたしの演じる母は、老年期は寝たきりという設定でセリフがなかったのですが、あの家族にとって母の存在が一番の楔になっていたと思うので、それをどのように表現したらいいのかはすごく考えました。撮影前に監督とお話したとき、死に向き合うシーンを暗いものにしたくなくて悩んでいると聞き、さきほどのピクニックが頭に浮かんで、「わたし(母役)はケラケラ笑いながら死にたい」と伝えたのです。すごく幸せのまま死ぬというイメージですね。

西原:みやさんがあのシーンで「母にとってはハッピーエンドだ」とおっしゃったのをすごく覚えています。劇中で認知症になってからは娘の名前を呼んでいないのに、最後に「直ちゃん」と呼ぶんですよね。


―――介護することは本当に大変ですが、直子にとってはその介護を奪われることの方が自分の存在意義をなくすことになることを目の当たりにし、ハッとさせられました。

みや:直子にとって、介護をすることは自分をすごく必要にされていることを実感しているのであり、それを取り上げられると生きていく支えがなくなると感じましたね。頼れるところがあるという情報が少ないのかもしれませんが。



■直子と宗村の関係は全シーン「ミリ単位の調整だった」(西原)

―――生活保護を受ける権利があることを市民にあまり知らされていないこと、受けることに社会からの偏見があることも、直子が受け取ることにためらった一因なのかもしれません。

西原:宗村さんが直子から聞き取った内容をメモしていくのですが、監督からは「メモを取られるたびに、烙印が押されるような感覚で」と助言をされました。宗村さんからすれば確認事項として家賃を聞いているだけですが、それを答えるときに引っかかりを覚えたり、聞かれる前にガードをしながら情報を与えたり。伝えたことを全て記録されることで、追い詰められる感覚がありました。最後に宗村さんから「破棄します」と伝えられたとき、それらの出来事が全てつながったし、宗村さんは理解者であり、彼女にだけ言えた思いもありました。監督の求めるものが本当に繊細で、わたしが感じた部分よりさらに一歩も二歩も先のことを求めておられ、それが全シーンにあったんです。一旦演じたのを見て、決して否定はしないのですが、「やってみて、もう一歩」と。ミリ単位の調整でしたね。

吉田監督:撮影の関将史さんと話していたのですが、脚本、キャスティング、ロケハン、スケジュール作成も何のストレスもなくでき、求めるものも共有できていたので、本当に自動的に映画が出来上がった気がしたんですよ。




■解き放たれた直子と、孤独から個になるとき(西原)

―――ストレスレスな現場だったということですね。

西原:それは俳優陣もそうです。作品のテイストと違い、撮影現場は本当にほんわかしていたんですよ。今回は現場で衣装部がつかなかったので、貼り紙でいつどんな衣装がいるかが貼られていたのですが、みんなで衣装を確認しあいながら、「お父さんがこの衣装だから、わたしはこれかな?」とか。監督が「眠る時間がないのはダメだ」とおっしゃり、時間的にも余裕がある状態で毎日撮影ができました。

川のシーンはタフでしたが、そこから10日間空けて、出所後、更生施設に行くシーンを撮ったので、そのブランクの間に刑務所に入っていた4年分を体感できました。あと実感したのは川のシーンで父と母の手を離した瞬間に、本当に解き放たれた感覚があったんです。直子は、本当は二人の手を離したかったけれど、でもその手を掴んでいたのは自分なんだと再確認しました。実際に、二人の手を離した日から体が本当に軽くなったし、更生施設に行くときも、今までの撮影で感じていたことのない軽さを覚えました。


―――西原さんの体が直子と一体化している感じですね。

西原:そうですね。さらに監督からは「孤独から個になる」とお話しいただき、それが直子を演じる上での核になっていました。家族といるのに孤独だった直子が個になっていく瞬間をグラデーションのように感じられた。父から「一緒に死のう」と言われ、「いいよ」と直子が初めて自分の意思を見せたあたりから、個に移り変わっていく瞬間を感じていました。だから父母のいない更生施設の中でも、希望があると思ったし、一筋の光に照らされていると実感できました。


―――ありがとうございました。最後にタイトルの『スノードロップ』に込めた想いについて教えてください。

吉田監督:スノードロップは希望、慰めや、逆に死というイメージもあるのですが、この物語が描いている希望をこの花に託しています。

(江口由美) Photo by OAFF


※トップ画像の写真は、左から吉田浩太監督、出演の小野塚老さん、西原亜希さん、みやなおこさん、イトウハルヒさん、芦原健介さん



<作品紹介>

『スノードロップ』(2024年 日本 98分)

監督・脚本:吉田浩太

出演:西原亜希、イトウハルヒ、小野塚老、みやなおこ、芦原健介、丸山奈緒

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