『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』巨匠フレデリック・ワイズマンが映し出す、移民の街ニューヨークに生きる多様な人々と音楽


ドキュメンタリー界の巨匠、フレデリック・ワイズマン。ロー・スクールが出身だというワイズマンは、2011年11月に京都で開催したトークショーで、自身の作品について「普通は政治家やスポーツ選手など有名な人を撮りたがりますが、自分としてはありふれた普通の日常にドラマがあると思い、普通の人の日常を撮っています。一人の人物に焦点を当てるというよりは、組織や制度を対象にした映画を撮ろうと、2作目の『高校』からはそれを続けています」と語っていた。本作はまさに組織や制度を包み込む街、しかもニューヨークの中でも移民が多く住むジャクソンハイツの日々を3時間たっぷりと見せてくれる。意外にも、日本でワイズマンの街ドキュメンタリーが公開されるのは初めてなのだとか。確かに今まで特集上映でそのフィルモグラフィーを紹介されることがあっても、日本で劇場公開されたのは『パリ・オペラ座のすべて』や『クレイジー・ホース』、『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』など、ある特定の芸術的場所、ショーなどに密着したものが中心だった。この作品がアメリカで公開されたのは2015年、まだトランプ大統領が登場する前なので、様々な問題が起きていても、まだ希望が持てる時代だったのかもしれない。国を支えているという自負のもと、それぞれのコミュニティを築き、支え合って暮らしているニューヨーク、ジャクソンハイツの人々の生の姿を、まるでそこにいるかのように体感できる濃密な時間だ。



現在は住民の約半数が海外で生まれ、アメリカにやってきた移民というジャクソンハイツは167の言語が話され、世界の縮図のような場所。それぞれの国のコミュニティがあり、その住民たちが商店を営む。美容院、グローサリーストア、そして露天商など、人々だけではなく、そのカラフルな果物や小物たちまでドアップで映し出す。なんと色とりどりなことか。移民の街ならではの独立支援センターや移民支援センターでは、お互いの境遇を語り合う場、問題について議論する場があり、そこではしっかり長回ししながら、住民たちの生の悩みをじっくりと見せる。街中に点在している悩みを共有する場が、移民の街に住む人々の心を支えている。それだけではなく、大手資本がジャクソンハイツに入ってくる計画があることを住民たちに説明する場では、日常生活に追われ、地域に伸びる整備計画に無関心な人々の方が多いことも示される。マンハッタンへの交通の便がいいジャクソンハイツに忍び寄る危機もしっかりと映し出すのだ。


ニューヨークの名物とも言えるパレードでは、レズビアン・ゲイパレードで、ニューヨーク市長が初めて参加した様子も映し出される。レズビアン・ゲイ音楽隊のパレードの華やかな様子が映し出される一方、警察に不当な扱いを受けたと主張するトランスジェンダーたちの声も。無料コンドームを配布したり、HIV検査を呼びかける若者たちもいる。LGBTの人たちにとっても、声を上げる拠点になっているのだ。


音楽映画とも言えるぐらい、ジャクソンハイツの音楽たちももれなく集まっている。路上のミュージシャンから、様々な国の人たちが行うライブ演奏まで、街を歩いているだけでワールドミュージックを体感できそうな勢いだ。他にも屠殺場やタクシー運転手研修など、労働現場にも密着。彼らは皆、移民である自分たちがアメリカという国に貢献している自負がある。母国はあっても、自分たちの居場所がジャクソンハイツ。そこで、どのように自分たちの暮らしやすい街づくりを行なっていくか。ジャクソンハイツの住民たちのこれからにも思いを馳せたくなるような体感型ドキュメンタリー。移民問題が他人事ではなくなっている今だからこそ、より響くものがあるはずだ。