レズビアンに希望のある「別れ話」をきちんと作りたかった 『サラバ、さらんへ、サラバ』洪先恵(ホン・ソネ)監督インタビュー
『朝が来る』、 『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の蒔田彩珠と新鋭の碧木愛莉が高校生カップルを演じる映画『サラバ、さらんへ、サラバ』が、9月26日(金)より、東京の新宿バルト9、横浜ブルク13、T・ジョイ梅田、T・ジョイ博多ほか全国ロードショーされる。(短編での単独公開につき、通常鑑賞料金1000円)
茨城の田舎町に住む16歳の女子高生カップル、仁美(蒔田彩珠)と菜穂(碧木愛莉)。仁美はアイドルになることを夢見る菜穂を献身的に支えていたが、菜穂から「K-POPアイドルになるため韓国に行く」と告げられてしまう。突然訪れた別れをテーマに、ステレオタイプな悲劇に陥らない、新しい形のふたりのサヨナラを描いたのは、自身の脚本によるオリジナルストーリーで監督デビューした韓国出身の洪先恵(ホン・ソネ)さんだ。第20回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門作品として日本初上映され、上映後の舞台挨拶に登壇した洪監督にお話を伺った。
■「映画は現実と向き合うもの」と教えてくれた黒沢清の大ファン
―――青年同士の愛を描いた作品はBLモノというジャンルが確立され、映画やドラマなどで一定層のファンを獲得していますが、少女同士の愛を描く作品や、ましてやそれを軽やかかつ、潔い後味を残すような作品は今まであまりなかったなと、本作を見て改めて感じました。まず、洪さんがなぜ日本映画に興味を持たれたのかからお話を伺えますか?
洪監督:私は韓国で韓国総合芸術学校(K-Arts)に通っていたのですが、その前からずっと日本映画がとても好きで、チャンスがあればいつか日本に行ってみたいとずっと思っていました。実は生まれ変わったら黒沢清になりたいぐらい、黒沢さんの大ファンなんです。
―――それは猛烈なファンですね。
洪監督:K-Artsでは日本映画大学と一緒に日韓合作をずっと制作しているのですが、そのプロジェクトに2回連続で参加させていただき、学長の天願大介さんとも知り合うことができました。その流れでK-Artsから日本映画大学へ編入することになったのです。元々韓国映画よりも日本映画や日本のドラマに親近感を持っていたので、早く日本で脚本家としても、監督としても活躍したいという気持ちで、日本語はできないままでしたが留学しましたね。
―――日本映画を好きになったきっかけは?
洪監督:はじまりは小学生の頃に観た『ゴジラ』です。その時は「人間の体は弱いので、大きなゴジラになって強くなってみたい。私がゴジラになりたい」と思い、そこから三池崇史さんとか、ホラーものを観るようになりました。韓国では国際交流基金の援助で、日本の様々な映画が上映されているのですが、中学時代に黒沢清さんの『トウキョウソナタ』を観て、それまで自分にとって映画は“逃げる場所”だったのが、「逃げるのではなく現実と向き合ってください」と黒沢さんにお叱りをいただいた気がしたのです。それ以来、私は黒沢清になりたいと思っているし、映画監督になる夢を見ることになりました。
―――なるほど、日本映画をずっと観ていたとのことですが、多くの女性監督が支持しているチョン・ジェウン監督の長編デビュー作『子猫をお願い』はご覧になっていたのですか?
洪監督:私はソウルの端の方に住んでいて、『子猫をお願い』の舞台となったインチョンに近かったことで親近感も抱きましたし、どこか馴染めないとか、結局どこにいけばいいのかと主人公たちがモヤモヤする気持ちもよくわかりました。高校時代に観ましたが、いつかこんな映画を撮ってみたいと思いました。
■脚本家として活動。どうしてもやりたかった企画で監督に挑戦
―――では監督志望は学生時代から揺るぎなかったと?
洪監督:とはいえ、私はすごく人見知りなので監督はできないなとどこかで思っていたんです。それでも映画に関わりたかったので、最初は映画批評からスタートしました。ただ他人の気持ちがわからなすぎることに問題を感じ、脚本を学んだところすごく楽しかったので、脚本家を目指すようになりました。書き続けていたところ、私が昨年まで所属していたテレビマンユニオンで企画の募集(脚本が選ばれれば、映画化できる)があり、監督することが条件だったんです。この企画はなんとしてもやりたいと思い、頑張って撮りました。
―――会社に背中を押してもらったんですね。本当に初めて撮ったんですか?
洪監督:日本映画大学では荒井晴彦ゼミだったので脚本を学んでいましたが、韓国のK-Arts時代には、監督をしたこともあります。脚本なしの少人数撮影で、自分も出演するというものだったので、本格的にプロの方とご一緒できたのは今回が初めてでした。
■レズビアンに「希望のある別れ話」をきちんと作りたかった
―――この作品を撮りたいと思ったきっかけは?
洪監督:韓国で暮らしていた時からずっとオープンなレズビアンでしたが、ティーンエイジャー時代に同性の恋人がいると、親など外部の力で別れさせられることが多いんです。思い返せば、一度もちゃんと別れたことがないと思いました。いわゆるレズビアンに希望のある別れ話をきちんと作らなければ、私もずっと大人になれずにモヤモヤし続けてしまうのではないかと思ったのです。
―――その洪さんの意図はすごく作品に反映されていますね。
洪監督:今までのレズビアンの描き方を見ていると、別れて悲しくなってしまったり、自ら命を絶ってしまうような描写があまりにも多い。ちょっと明るくて、「こういうことあるよね」と共感できるレズビアン映画を作りたいと思ったのが、この企画の始まりですね。
―――終盤を念頭に置いたロケ地選びも、作品の魅力になっています。
洪監督:最初脚本に書いたのはプールだったのですが、日本の青春映画でプールに落ちるシーンが非常に多いし、私自身が魅力を感じていないことに気づきました。私は、汚れることが好きなんです。お互いに汚れたままキレイなお別れをすることが、自分が思う青春ではないかと思っていたので、ちゃんと安全に汚れられる場所をスタッフと話し合った結果、映画に出てくる場所になりました。
■この人じゃないと!と思った蒔田彩珠のキャスティング
―――そして何よりも素晴らしいのが、仁美役の蒔田彩珠さん、菜穂役の碧木愛莉さんのキャスティングです。
洪監督:仁美役は蒔田さんがいいなと、ダメもとでテレビマンユニオンの方に話したところ、事務所経由で蒔田さんに脚本をお渡しすることができ、読んでいただいた上で奇跡的にご快諾いただきました。菜穂役はオーディションで選んだのですが、最後に追加で紹介していただいたのが碧木さんでした。当初、私のイメージでは菜穂は病弱で髪が長い少女のイメージでしたが、碧木さんが部屋に入ってきた瞬間、この人だと確信を持ったのです。
―――ちなみに蒔田さんがいいと思ったのは、過去作をご覧になってですか?
洪監督:河瀬直美さんの『朝が来る』の演技も素晴らしかったですし、是枝裕和さんの作品や、短編アンソロジーの『DIVOC-12』など、かなり観ていました。蒔田さんの鼻と目がすごく好きなんです。本作の中にも目を2回瞬きするシーンがあるのですが、そういう繊細な顔の使い方がすごくいいので、「この人じゃないと!」とずっと思っていました。
―――想いが叶いましたね。かなり繊細なふたりの関係を描くにあたり、撮影前に蒔田さんや碧木さんにどんなディレクションをしたのですか?
洪監督:仁美の場合は、レズビアンの人が見てそうだとわかるようなコードを埋め込みたくて、歩き方の指導をさせていただきました。またレズビアンとして私がどのように生きてきたかもふたりにお話しし、レズビアンであることを意識してもらえるように準備していきました。また、スチール撮影の前に、ふたりで渋谷のゲーセンでプリクラを撮ったり、お互いが仲良くできる時間を1日設けたので、撮影現場に入った時点で仲の良いふたりの雰囲気ができていましたね。
■愛情を示すのは「触り方が肝心」
―――特にふたりの関係性を示すのに重要だと思った描写は?
洪監督:ふたりがキスするシーンもあり、それは行動としてお互いを愛していることが分かりやすいのですが、私は触り方が肝心だと思っているので「耳を触ってください」とか、「顎やほっぺを触ってください」と指示出しさせていただきました。お互いに仲が良いだけでなく、ずっと一緒にいようと思っているふたりなので、キスをする前にオナラの話をしたのも、雰囲気を作らなくてもキスができる関係性であることを強調したいと思い、入れています。
―――後半、仁美が意を決してあることをするときの格好も可愛かったですね。
洪監督:私は少女時代のテヨンが好きなのですが、デビュー曲「Into the new world」でテヨンがしていたのと同じ格好を仁美にしてもらいました。小学校時代からK-POPはずっと好きなので、一番好きなアイドルに変身させたいという私の欲望が入っていますね。
■観客の声を聞いて自分の作品が好きになった
―――実際に撮ってみての感想は?
洪監督:初監督作ですし、私自身がオタクで理想がものすごく高かったので、スクリーンに映ったときは、もっとこうすればよかったと思うところはありました。でも、韓国で上映が終わってから、私が思ってもいなかったいいところを見つけてくれる観客の皆さんがいらっしゃり、そこから徐々に自分の映画が好きになっていきました。みなさんのおかげで、今は大満足だし、スーパー映画だと思えるようになりました。
またソウル国際女性映画祭のクィアレインボーセクションで世界初上映をしたとき、高校生のレズビアンカップルが泣きながら私のところに来てくれたんです。ちょうど大学進学に伴ってふたりが離れ離れになるときだったらしくて、「2度観ました。勇気づけられはしなかったけれど、別れがくるということは納得できました。私たちもこんな風に明るく別れたいです」と言ってくれました。嬉しかったし、私自身も若い頃にこういう映画を観たかったなと思いました。最高です。
―――『サラバ、さらんへ、サラバ』のタイトルも、通常なら韓国語の「サランへ(愛してる)」がカタカナなのに、平仮名になっていますが、どんな想いが込められているのでしょうか?
洪監督:私は韓国人ですが、日本の方は平仮名の方が親しみを感じやすいのではないかと思っています。「さらんへ」は愛し合っているふたりがお互いに言い合っている言葉だけれど、「サラバ」はかしこまって、ちょっと距離感のある感じにしたいと思い、お互いが一番言いたい言葉「さらんへ」を、「サラバ」が囲む形にしました。
■監督業は「機会があればまたやりたい」
―――コロナ禍の助成金「ARTS for the future!」で短編映画が多数作られるようになってから、短編をミニシアターで公開する敷居がぐっと下がりました。映画祭だけでなく、劇場公開されることで、より広い観客に届けられるし、その反応が楽しみですね。
洪監督:色々なお客様とお会いしてみたいとすごく思っています。今は脚本を書いていますが、今回初めて監督をして、現場で様々なスタッフの方と仲良くなり、撮影も楽しかったし、現場が終わるのがすごく悲しくて、クランクアップの時はめちゃくちゃ泣いたんです。監督するのはこれが最後かもしれないと思いながら挑んだけれど、すごく楽しくて、監督っていいなと思ったので、機会があればまたやりたいですね。
(江口由美)
<作品紹介>
『サラバ、さらんへ、サラバ』(2024年 日本 26分)
脚本・監督:洪先恵(ホン・ソネ)
出演:蒔田彩珠、碧木愛莉、テイ龍進、石崎なつみ
配給:イハフィルムズ
(c)テレビマンユニオン
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