双葉町の人たちを避難者ではなく移民と捉え、盆唄を通して希望を描く 『盆唄』中江裕司監督インタビュー

 『ナビィの恋』などの中江裕司監督が、東日本大震災後、福島県双葉町から避難しながらも、盆唄の継承に奮闘する太鼓の名手や歌い手たちに密着。福島からハワイに移住した日系移民の子孫たちとの交流を通して、盆唄をハワイで継承する試みや、江戸時代富山から福島にやってきた相馬移民の歴史をも紐解く壮大なドキュメンタリー『盆唄』が、2月22日よりテアトル梅田他で公開中だ。  



双葉町に帰れない日々が続く中も、太鼓の名手横山さんをはじめとするメンバーは、ハワイ遠征の後、もともと双葉町で各地区の盆唄チームが集まって開催されていた「やぐらの共演」を復活させようと準備をはじめる。クライマックスで臨場感溢れるライブシーンとなった「やぐらの共演」は、長い避難生活でバラバラになったメンバーが寄り集まり、皆、イキイキと地区の歌や演奏を披露、見ていて胸が熱くなる。 ハワイでは、福島から移住した日系移民の歴史も語られ、交流の様子と共に、あまり知られることのなかった移民の歴史にも触れている。さらに江戸時代、大凶作の後、富山から福島に入り、荒地を蘇らせた相馬移民のことを語るシーンでは、アニメーションを交え、かつての移民たちに思いを馳せる。地域に伝わる盆唄の継承を見据えた物語は、過去や未来の日本を照らし出す。非常にスケールの大きいドキュメンタリーだ。

 テアトル梅田初日舞台挨拶のために来阪した中江裕司監督に、お話を伺った。


■「子どもたちにとっては、避難先が故郷」という言葉を聞いて、この映画を捉え直せると思った。 

――――まだ避難解除されていない双葉町の人たちを撮影するのは、大変ではなかったですか? 

中江:なんらかの希望を探しながら撮影していきましたが、それは簡単なことではないですよね。出口がないですから。撮り始めた時は、20年以上除染はしないと国から言われていた頃で、皆、絶対に双葉には戻れないと思っていた時でした。今は約2年後に一部避難指示を解除すると言われていますが、やはり自分たちだけ帰るわけにはいかない。それぐらい原発事故は大きいもので、今でも数万人が避難している訳です。それを撮ることで状況は映ってきますが、どうにもならない状況ばかりなのです。 横山さんが浪江町の子ども達に太鼓を教えていらっしゃるのですが、その時おっしゃっていたのは、「子どもたちに『故郷の双葉町を忘れるな』と言うのは、大人のエゴだ。子どもたちにとっては避難先が故郷なんだ」と。それを言える横山さんはすごいと思ったのと同時に、この映画を捉え直せると思ったのです。つまり、避難者ではなく、移民と捉え、故郷に帰れないことを前提にすれば、新たな希望を描くことができるのではないか。その一つの例が、福島からハワイに移民した人たちが150年かけて現地にどう根付いていったのかという歴史であり、ずっと繋げてきた「盆唄」だったのです。  



――――移民した福島の人が、故郷で歌っていた盆唄をハワイでも歌い続けたのですね。 

中江:そうです。盆唄の中で「べっちょ」という言葉があるのですが、実は福島では性行為や女性器を表す言葉ですが、それも移民一世たちが伝えているのです。何も知らずにただ盆唄として歌い継いでいる。俗も含めて、人間の生活がそのままちゃんと引き継がれているのが盆唄だし、それは素晴らしいことです。横山さんたちが、ハワイで歌い継がれている盆唄に希望を見出したのも当然のことですし、ハワイの日系人たちに「自分たちの世代の時は無理でも、孫の世代になって双葉に帰れるようになったら(盆唄を福島に)返してほしい」という言葉にもグッときました。  


――――もう一つ、江戸時代に富山から福島にきた相馬移民の話が出てきますね。 

中江:状況は原発事故後、福島(双葉)から他の場所に避難されている方たちと同じです。富山から福島にきた人たちは、殿様からお金をもらっていることで周囲から白い目で見られますが、地道に田畑を耕し、地域の発展に貢献していきました。福島県の双葉郡自体も元々産業もなく、肥沃な土地でもないので、出稼ぎをするしかなかった。周りの人たちから下に見られている中、そういう場所だからこそ原発ができ、平均所得がぐっと跳ね上がったんです。周りからすればこれがやっかみの材料になりましたし、原発事故後も補償金の問題で、まさに金による分断が顕著になっています。そして、それは沖縄の基地問題でも同じ現象が起きているのです。



 ■『盆唄』は奇跡的に、被写体の方の背中を押すことができた映画。 

――――横山さんをはじめ、盆唄を存続させようとする皆さんは非常に熱が入っていましたね。 

中江:撮影を始めた当初は、横山さんがまだ絶望している時でした。山小屋で太鼓を打っているのを横から撮影していた時、横山さんの中で何かが変わっていったと実感し、僕も泣けてきたのです。きっと、まだ自分にも(盆唄存続のために)できることがあると感じられたのではないでしょうか。僕の理想としては、映画を撮ることで、被写体の方の背中を押させてもらうことができればとずっと思っているのですが、そういかないことの方が圧倒的に多い。『盆唄』はその過程も写り込んでいますし、奇跡的に背中を押すことができた映画になったと思います。  


――――その変化を追うには、時間も必要では? 

中江:3年間撮りましたが、当初10年ぐらいは撮ることを想定していました。撮れたと自分が思わない限り、ドキュメンタリーは終わらないですから。横山さんたちがハワイで現地の日系移民の子孫と交流したり、「さくら」という曲を作ったりしているうちに、みなさんの心の中にも変化があり、ラストの「やぐらの共演」をやろうという気持ちになったのです。横山さんは双葉の中でも各地区で少しずつ盆唄が違うので、それを記録することが大事だと思っておられ、僕が記録を頼まれました。8台のカメラを持ち込んで、バッチリ記録するとお伝えし、この映画の主役となるハワイ遠征メンバーで最後に演奏してほしいとお願いしたのですが、横山さんから「できない」とはっきり断られてしまって。遠征メンバーは各地区の代表なので今回の目的とは違うし、自分は裏方なので最後に演奏はしないというのです。横山さんは本当に筋が通っている方なので、こちらも思案した挙句、「映画のために、別の場所で演奏してもらえませんか」とお願いするとOKが出てほっとしました。


 ■小川紳介さんの『1000年刻みの日時計 牧野村物語』に学び、取り入れたラストシーン。 

――――『ボヘミアン・ラプソディ』のように、やぐらの饗宴で終わるラストは圧巻です。 

中江:やぐらの共演を撮りながら、ラストシーンは100年後を撮ろうと思ったのです。双葉に震災で亡くなったご先祖さまも、避難していた人も皆帰ってくる。だから真っ暗にしましたし、演奏している皆さんには「ここは100年後で1万人ぐらいいますから、1万人に届く演奏をしてください」とお願いしました。小川紳介さんの『1000年刻みの日時計 牧野村物語』や、マーティン・スコセッシの『ラスト・ワルツ』などの先人に学び、僕だったらこうすると取り入れた形ですね。映画ってどこかで時空を超えた方が幸せだと思っていますから。  



――――相馬移民の物語をアニメで表現した理由は? 

中江:僕は撮影中に双葉の方から色々な気持ちをいただきました。その気持ちを撮るのが仕事なのですが、映画の側から皆さんに返信することはできないかと思ったのです。アニメパートは撮影後に作りましたので、撮らせていただいた皆さんはご存知ない。だから、ご先祖様も、こういう苦労をして新しい土地に根付かれたのではないですか。皆さんも、新天地で根付く方法があるのではないですかという僕からの返信だと思っています。  



――――日系移民が開拓したハワイのさとうきび畑も閉鎖されたと示されていましたが、先人の苦労を思うと、切なくなりますね。 

中江:双葉も同じです。数年立ち入り禁止になっただけで、もう背丈ぐらいの草が生え放題の荒地になってしまっています。多分、大飢饉で壊滅的な被害を受けた相馬藩に移民した富山の人たちは、もっと長い間荒地だった場所を一から開拓していった訳で、その苦労は並大抵ではなかったでしょう。逆にそれだけ自然の力は強いし、人を試しているところがあるのではないか。その自然とどう共存していくのかが、日本人の大事なところでしょうね。



 ■双葉の人たちは放射能を必要悪として受け入れているのは、切なさを通り越えてすごいこと。 

――――双葉地区はようやく除染が始まりましたが、また元どおりになるのでしょうか。 

中江:横山さんが「さくら」という曲を作られた時、「放射能は鬼なんだ」という言葉を言われていたのを聞いて、カメラの奥で僕は絶句したんです。日本人にとって鬼というのは、絶対悪ではなく必要悪です。放射能は僕にとって絶対悪だったので、鬼とは表現できなかった。つまり、双葉の人たちは放射能を必要悪と受け入れて、この表現をされている。もうあるものとして受け入れているんです。切ないを通り越えて、すごいなと思います。 


――――中江監督の作品は辛さの中にも救いがありますね。 

中江:『盆唄』は、どうやったら辛い状況から救えるかをずっと考えて撮影していました。『ナビィの恋』も心中の物語ですが、おじいを少しエッチなキャラクターにしようとか、音楽をうまく使おうという工夫をしています。『ホテル・ハイビスカス』も沖縄戦で亡くなった子どもたちのために作った映画ですが、女の子を少しやんちゃなキャラクターにしたり、少しでも笑えるようにと。深刻なことを、深刻なまま出すのはイヤなんです。人間は深刻な時ほどくだらないことを言うものですよね。そこは、関西や沖縄の人から学んだことです。「もう、ええやん」とか「しょうがないやん」とか。本当はそう思っていなくても言い放ちますから。沖縄のおばあちゃんは、本当に誰の言うことも聞かない強さがあるのですが、その背景には沖縄戦を生き抜いてきたという絶対的な強さがあります。そこが微笑ましく、『ホテル・ハイビスカス』にもつながっていくのです。 


■日本映画というなら、日本とは何かを描くべき。 

――――『盆唄』は江戸時代の歴史から、未来を見据えた作品になりました。 

中江:僕はすごく日本映画に対して不満があるんです。今は日本で作られた映画という意味でしかない。日本映画というなら、日本とは何かということに少しは触れなくてはダメじゃないかとずっと思っていました。僕は沖縄にいるから余計にそういう気持ちが強くなっているかもしれませんが、日本とは何かを描くべきだと思っていますし、『盆唄』でそれをやれたかなと思っています。 



<作品情報> 

『盆唄』(2018年 日本 134分)  

監督:中江裕司 

出演:福島双葉町のみなさん アニメパート声の出演:余貴美子、柄本明、村上淳、和田聰宏 

2019年2月22日(金)~シネ・リーブル梅田、2月23日(土)〜京都シネマ、3月15日(金)〜シネ・リーブル神戸にて絶賛上映中 

公式サイト→http://www.bitters.co.jp/bon-uta/ 

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