『誰がための日々』やりきれない思いと現実の厳しさが胸を打つ、重量級のヒューマンドラマ
大阪アジアン映画祭2017でグランプリを受賞した『誰がための日々』(映画祭タイトル『一念無明』)がいよいよ関西でも劇場公開される。映画祭で毎年恒例となっている人気イベント、香港ナイトの上映作品でもあった本作。上映後のズシリとした空気は今でも忘れられない。さらに、上映後のQ&Aでは、当時まだ20代だったウォン・ジョン監督、脚本のフローレンス・チャンさんが登壇され、こんなに若い才能が、社会からこぼれ落ちそうになっている男の物語を痛切に描いたのかと、さらに驚かされた。
主演はショーン・ユーとエリック・ツァン。『インファナル・アフェア』シリーズでも共演している香港映画界を代表する二人が親子役で共演を果たしている。ショーン・ユーが演じるのは、仕事を辞め、一人献身的に母の介護をしたものの、結果的には事故で母を死なせてしまい、精神を病んでしばらく躁鬱病のため入院させられていた青年、トン。エリック・ツァンが演じるのは、家に寄り付かず、香港と大陸を往復するトラック運転手の父、ウォン。物語は、トンが退院し、ウォンのもとに身を寄せるところからはじまる。
ウォンが住むアパートの一室は、香港の厳しい住宅事情を象徴するような極狭の部屋。隣には、息子に勉強しろと口癖のようにつぶやく母子が住んでいる。大陸出身者の母は香港の居住証がなく、香港生まれの息子は大陸のIDがない。返還後の香港で起きていることをこのアパートに滲ませる一方、長らく交流のなかったトンとウォンが、同居を通して、徐々にお互いの抱えている問題、歩んできた過去を知り、気持ちが交差していく。
トンが婚約者と幸せに過ごしていた日々から、母の介護に専念し、弟のことばかりを口にする母の言葉に傷つき、気持ちが荒んでいく様子を次第に明らかにする一方、周りがまだ腫れ物に触るような目で見る中、トンが気持ちが抑えきれず、周りから見れば迷惑な行為を起こしてしまう現在も描かれる。一度植えつけられたトンに対する偏見は、なかなか消えない。トン自身も懸命に、もとの生活を取り戻そうとするが、周りとはすれ違ってしまうばかり。一度、狂った人生の歯車は、もう元にはもどらないのか。そんな重い問いが突きつけられる。
そんなつらい局面が多い中で救いとなるのは、隣家の息子。まだ10歳ぐらいの男の子だが、トンとは気があう。子どもは正直だ。大人以上に残酷な時もあるが、偏見のない目でトンと接する男の子との時間は、前向きな気持ちを取り戻せるひととき。そんなひとときも、ある事件がきっかけで奪われてしまう。なんでもそうだが、誰の立場に立って見るかによって、物事は違って見えてくる。私たち観客はトンの立場がわかっているから同情的な気持ちを持つだろうが、ひょっとしたら、この物語の登場人物のように、何かイレギュラーなことを起こした時、勝手なレッテルを貼ってしまっているのではないか。そんな思いに囚われながら、見守るような気持ちで胸に刻むラストシーン。究極は親子の物語でありながら、そこで描かれる周辺の人たちに、疲弊した香港社会、しいては現代社会が浮かび上がる、重量級のヒューマンドラマ。今まで見たことのないような香港映画と、胸に刻まれること間違いない。
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