「ただ自分らしくいればいいと気づきました」ろう者の若者たちを描く香港映画『私たちの話し方』出演マルコ・ンさんインタビュー


 大阪アジアン映画祭でお馴染みの香港のアダム・ウォン監督初日本劇場公開作で、聴覚障がいを持つ3人の若者たちの挫折と希望を描く『私たちの話し方』が、3月27日(金)より新宿武蔵野館、テアトル梅田、京都シネマ、シネ・リーブル神戸他で全国公開される。


 2000年代まで手話教育が禁止されていたことを背景に、手話を習うことなく、幼い頃から人工内耳を装着し、努力を重ねて口語話者となり、今は数理士を目指すソフィー(ジョン・シュッイン)。幼い頃から手話話者であることに誇りをもち、手話話者たちと一緒に洗車業を行う一方、ダイビングコーチの夢に向かって歩んでいるジーソン(ネオ・ヤウ)。ジーソンの幼馴染で、人工内耳をつけても手話で話すことも続けると約束を交わし、今はクリエイターとして活動している手話もできる口語話者のアラン(マルコ・ン)。この3人それぞれのコミュニケーションのやり方やその日常を、リアリティーをもって描いている。さがの映像祭の登壇ゲストとして来日したアラン役のマルコ・ンさんにお話を伺った。



■ろう者を描く映画なら絶対に出演するべきだと思った

―――マルコ・ンさんは今回演技をするのが初めてだったそうですが、アダム・ウォン監督との出会いや出演の経緯を教えてください。

マルコ:実は最初はアラン役のキャスティングリストに僕は入っていなかったんです。監督はアランに近い人物像の俳優を探していたそうです。ある日監督がろうコミュニティについての取材の一環としてわたしの母校の高校を訪れ、わたしを教えていた先生に話を聞いたそうです。その日、突然わたしのInstagramを有名な映画監督であるアダム・ウォンさんがフォローしたので、何が起きているんだろうと思ったのを覚えています(笑) 

しばらくして、ウォン監督からInstagramで連絡をもらった時には、本当に驚きました。映画出演に興味はあるかと聞かれたので、ぜひやりたいと答えました。わたし自身も中等度難聴で口話と手話を使い分けて生活していますから、ろう者を描く映画なら絶対に出演するべきだと思ったのです。オーディションでフィルムテストをしてくれ、アラン役が正式に決まったときのことは今でも忘れられません。


―――それは感動的なオファーですね。実際に脚本を読んでの感想は?

マルコ:聴者の監督が、どうしてわたし自身よりも細かくろう者やろう者たちの関係性を理解しているのだろうと驚きました。それだけ監督がろう者たちやそのコミュニティにたくさんの取材を重ねた証ですし、きっといい映画になると確信しました。改めてこの作品に参加できたことを、とても光栄に思いました。



■手話に対する正しい理解と多様な教育環境が必要

―――映画では2000年代まで手話教育が禁止されていたことを背景にした3人の小学生時代が描かれています。ソフィーは聴者の世界で生きていくために母から手話を徹底的に禁止されていました。マルコ・ンさんご自身は、その当時に口話と手話の両方を学ぶインクルーシブ教育を受けていたそうですね。

マルコ:かつて国際的な教育機関が「ろう者は手話を学ぶべきではない」と提唱し、その考えが世界中に広まりました。その結果、多くのろう者の子どもたちは手話を学ぶ機会を奪われました。ろう者の知的能力は聴者と何も変わらないのにもかかわらず、教育や将来の可能性を狭められてきたのは、とても悲しいことです。

香港でも手話に対するタブーや誤解がたくさんありました。手話は大きく豊かな動きを使いますが、それが乱暴だとか、将来いい仕事に就けないだろうという偏見を生み、多くの親が子どもに手話を学ばせませんでした。ただわたしは幸運で、今回一緒に来日した母はそのような周囲の声や偏見に流されず、わたしに手話を学ばせてくれました。さらに一般的な普通校で、手話通訳が入るインクルーシブ教育のプログラムに入れたので、ろう者の生徒と聴者の生徒が同じ教室で学ぶことができました。わたしは手話通訳と先生の両方を見ながら、授業を受けていたのです。

母は幼稚園から集中的な言語セラピーにも通わせてくれたので、環境や周囲のサポートのおかげで、話す力も身につけることができました。ただ、どれだけのスピードで学ぶことができるかは、環境や他の様々な要素によって左右されます。ですからわたしは運が良かったのだと思います。



―――お母さまの教育方針や良き機会の与え方に加え、マルコさんの大変な努力の賜物だと思います。マルコさんの周りのろう者の方はどうですか?

マルコ:わたしは今、修士課程で学んでいますが、多くのろう者は映画のソフィーのように聴者の中で孤立しながら学んでいます。周囲からは異端視され、とても大変な思いをしている人が多いです。人は自分と違うと思う相手を排除したり攻撃するというのが社会の現実です。

香港では優秀なろう者の学生でリーチンさんという方が、大学を卒業しても就職ができず、自死するという衝撃的な事件が起きました。そのことを口にするたびにわたしも胸が痛みます。本当に優秀な方で、ワールドランキングに載るぐらいの難関大学に通っていたのにも関わらずです。こうしたことは、決して二度と起きてはならないと思います。

香港の教育制度や社会のステレオタイプが、ろう者の可能性や社会的な上昇の機会を奪っています。相手のことを理解しているといいながら、ろう者のことを「話せない」と決めつける人も多いです。ろう者といってもその多くは難聴で、話すことはできる人も多いんです。みな「聞き取りづらい」だけなんです。もっと正しい理解と多様な教育環境が必要だと強く感じています。



■初演技をサポートしてくれた共演者のネオ・ヤウとジョン・シュッイン

―――アラン役をどのように構築していったのですか?

マルコ:映画のために演じるのは初めての経験だったので、撮影前に監督が演技レッスンに通わせてくれ、まず演技について学んでから脚本を読みました。アランのバックボーンやどんな教育を受けたのか。そして手話を学ぶことを禁じられてきたというわたし自身にはない経験もありました。最初にアランの人物像を理解した上で、自分の考えにアランを当てはめるのではなく、アランだったらこの場面でどうするかを想像するようにしました。


―――プロの俳優であるネオ・ヤウさんとジョン・シュッインさんがろう者役を演じていますが、マルコさんから何かアドバイスをすることはありましたか?また一緒に演じて学んだことは?

マルコ:アドバイスなんてとんでもない(笑)ろう者のコミュニケーションの仕方などで少し話したことはありましたが、お二人とも経験豊かな俳優で、とても親切に接してくれました。わたしが質問をするといつも一緒に考えて、丁寧に答えてくれました。だからお二人にはとても感謝しています。

というのも、撮影現場は長時間拘束でみんな疲れているので、監督にもなかなか質問できるような雰囲気ではないのです。ネオ・ヤウさんやジョン・シュッインさんに聞くと、必ず時間を作ってくれ、もっと自然で、より良い演技ができるためのアドバイスもたくさんもらいました。特に覚えているのが、夜の駐車場での撮影です。わたしは疲れ切っていたのでセリフを忘れてしまい、何度もNGを出したのですが、それでも二人はわたしを責めることなく優しくフォローしてくれました。



―――ありがとうございました。最後に、この作品は自分らしい生き方を探すことがテーマだと思いますが、本作の出演を経ての感想や、これからこの体験を糧にどのような方向を目指すのか教えてください。

マルコ:この映画に出演する前の自分は、完全に聞こえないろう者でもなければ、聴者でもなく、どのグループにも属していないという感覚がありました。心の奥底で感じることを手話で話すこともできないし、聴者とマンツーマンで話すことはできても、聴者のグループの中に入ると、みんなが同時にしゃべるときは特に話についていくのが困難で、すごく集中して口元を読む読唇が求められ、なかなか難しかった。

でもこの映画に出演するという体験を通じて、自分が何者なのかがわかりました。どこかのグループに無理に属する必要はないんです。ただ自分らしくいればいいと気づきました。そして自分と同じように、どこのグループにも属していないと感じている人が、実はたくさんいることもわかりました。今は香港で司法を学んでおり、将来的には弁護士になるのがわたしの目標です。

(江口由美)


<作品紹介>

『私たちの話し方』”看我今天怎麼說”

2024年 香港 132分 

[監督]アダム・ウォン

[出演]ネオ・ヤウ、ジョン・シュッイン、マルコ・ン、ネイザン・チェン、ジェシー・ウォン、ヘイシー・ロー、イェム・ユン

[劇場]3月27日(金)より新宿武蔵野館、テアトル梅田、京都シネマ、シネ・リーブル神戸ほか全国公開

[配給]ミモザフィルムズ

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