「スクリーンを通してロヒンギャの出演者たちが世界中の人と出会うことに、映画の力を感じます」『LOST LAND/ロストランド』藤元明緒監督インタビュー


 世界で最も迫害されている民族の一つといわれるミャンマーのロヒンギャ難民たちの命がけの旅を描く藤元明緒監督の最新作『LOST LAND/ロストランド』が、4月24日(金)よりkino cinema心斎橋、kino cinema国際松竹、ユナイテッド・シネマ岸和田、MOVIX京都、順次シネ・ピピア他全国公開される。

 パスポートを持たないロヒンギャ難民たちが家族のいる地へ向かう旅で、幼い姉弟が幾多の困難を大人たちの手を借りながら乗り越え、その瞬間を生きる姿は、人間が本来持つ動物としての野性すら感じさせる。本作の藤元明緒監督にお話を伺った。



■無国籍のロヒンギャの人たちにとって、映画出演はリスクのあることだった

―――まず、現地でロヒンギャのことを語るのがタブーとされていることについて、いつ頃からのことなのかを教えていただけますか?

藤元:1960年代からロヒンギャの人たちは激しい弾圧にさらされていましたが、1982年、政府による国籍法改正で、ロヒンギャをはじめとする3民族が国籍を剥奪されたことにより、そこからロヒンギャ排除の動きは激しさを増しました。全国民レベルで、「ロヒンギャはバングラデシュからの不法移民。ミャンマーで国民としての権利を勝手に主張している人たちである」という思想が、刷り込まれており、それが変わらず続いているのが現状です。


―――ミャンマーの人にしてみればタブーに触れるような企画だと思いますが、そこに着手するリスクはあったのですか?

藤元:難民キャンプを取材したドキュメンタリーは今まで作られてきましたし、ロヒンギャを題材にした劇映画はありますが、ロヒンギャの人たち自身が出演する作品はこれまでなかったと思います。作るときにも、そして今でもリスクは当然ありますが、今回ミャンマー以外のバングラデシュ、タイ、マレーシアで撮影していますので、撮影時のリスクは軽減できました。ただロヒンギャの人たちは無国籍で、どこに住んでいるというステータスがない方々なので、彼らに出演してもらうことが、彼らにとって一番リスクのあることだったと思います。


―――そのリスクがありながらも今回は総勢200人のロヒンギャの方が出演されています。今まで作られてきた映画の中でも一番多いとのことですが。

藤元:タイでのブローカーなど英語を話す人以外、ロヒンギャ語を話す人たちはみなロヒンギャの方々です。ロードムービーなので、とにかくいろんな場所でいろんなロヒンギャの人たちが登場しています。



■まずは直接ロヒンギャの人たちにコンタクトを取ってヒアリングからスタート

―――このプロジェクトをやろうと考えたとき、まずは何から始めたのですか?

藤元:日本で映画にすることを考えているという情報を漏らしてしまうと、どこからか横槍が入ってしまう懸念もあったので、日本国内では一切このプロジェクトの話はしないと決め、基本的には国外にいるロヒンギャの人にメールを送ってコンタクトを取り、直接お会いすることが初めの第一歩でした。


―――その段階で大枠のプロットは決めていたのですか?

藤元:どういう物語にするかを考えたときに、漠然と国境を超えていく旅のイメージがありました。ロヒンギャの人たちからのヒアリングでは、基本的に旅についてのエピソードや、バングラデシュの難民キャンプでどんな生活をしていたのかなど、旅の背景の部分も含め、言える範囲でお話を聞かせてもらいました。そこからは話を聞かせてもらった人から別の人を紹介していただき、数珠つなぎでロヒンギャの人たちとのコミュニケーションが広がっていきましたね。


―――ちなみにロヒンギャ語は、文字はないとのことですが?

藤元:英語が話せる人は英語でコミュニケーションを取りますが、ロヒンギャ語は厳密に言えば文字はあるのだけれど、一般に認知されていないという状態だそうです。僕も最近そのことを知りました。



■ヒアリング内容の百分の一ぐらいマイルドなロードムービーに

―――本編でもかなり酷い目に遭わされる過酷な旅が描かれますが、ヒアリングでその実体験を聞かれたんですね。

藤元:想像以上に壮絶な体験をされていました。ロヒンギャの人たちはパスポートを持てないことが前提なので飛行機での移動は無理なんです。陸路で長い距離を歩く厳しい旅か、船旅の二択しかありません。装備が整っていない船での旅は本当に無謀です。お話を聞いた人の中で、船旅で全員無事にたどり着いたという話は一度も聞いたことがありませんでした。

ただ、ヒアリングした内容をそのまま映画にしてしまうと、全く別のスプラッター映画になってしまいます。加えて、親が子どもに見せたいと思うような映画にしたいと思っていたので、ヒアリング内容を百分の一ぐらいに薄めるぐらいの、かなりマイルドな状況でのロードムービーにしているつもりです。


―――最初から主人公が子どもであることは決めていたと?

藤元:そうですね。絵本を映画化したようなテイストの映画にしたいという想いがありました。


―――主人公の姉弟がジャングルの中を二人で過ごすシーンが『火垂るの墓』の清太と節子と重なったのですが、海外でも『火垂るの墓』を彷彿とさせるという声が多かったそうですね。

藤元:9歳の姉ソミーラが弟のシャフィをリヤカーに乗せて移動するシーンが度々登場しますが、『火垂るの墓』でもリヤカーが登場するのでフランスやベネチアの観客にすごくそのことを指摘されました。僕は幼少時に『火垂るの墓』を見てはいますが、もうすっかり忘れてしまったので、見返さないといけないですね。



■主人公姉弟との出会いと、信頼されるロヒンギャスタッフの存在

―――主人公のシャフィとソミーラは実の姉弟だそうですが、その出会いは?

藤元:弟のシャフィが遊んでいるところに偶然出会い、絶対に映画へ出演してもらいたいと思いました。シャフィに出会うことで、彼の周りにいる人がどんどん変わっていき、その命が運ばれていくという連帯性みたいな話にしたいというアイデアを思いついたんです。最初は彼の叔母、あるときは青年、そしてある時は姉、そして最終的には観客の前に彼がいるという妄想が、シャフィを見ているとどんどん広がっていきました。

 その後でシャフィの家にお邪魔したとき、姉のソミーラが出てきたんです。でもシャフィだけに出演してもらうのか、ソミーラにも出てもらい、二人を主軸にするのかはずっと迷っていました。途中まではシャフィだけ登場するバージョンの脚本を執筆していましたが、当時彼はまだ4歳だったので、一人で撮影をやりきるのも難しいだろうし、総合的に判断して姉弟で出演してもらうことに決めました。


―――共同プロデューサーにロヒンギャのスジャウディン・カリムディンさんも名を連ねておられますね。

藤元:元々は現場で通訳の中核を担っていただいた方で、僕の演出をロヒンギャのキャストたちに伝えてくれたので、彼らから一番信頼されている人です。撮影中にプロデューサーとして入っていただきましたが、カリムディンさんは小学校の先生でもあったので、子どもたちの懐き方も全然違う。子どもたちに自ら演技して、演出を伝えてくれたりもしたんですよ。


―――ロヒンギャのみなさんが自分たちの境遇をカメラの前で演技することについてや、映画をご覧になっての感想は聞かれましたか?

藤元:実際に映画で描いているような体験をした人が出演者の半分以上いらっしゃいましたが、ロケ中も気分が悪くなったり、船を見ると体が固まってしまうという人がやはりおられました。そこは無理をしないというスタイルで撮影をしていきました。

過酷な旅を経験した子どもに会ったこともありますが、顔色が全然違うので、さすがに演じるのは難しいと感じました。一方、出演している子どもたちは難民2世にあたるので、親たちから話を聞いており、そこは精神的なクッションになっていたと思うし、そういう意味でもシャフィとソミーラがキャスティングできたことは良かったと思います。

最近、出演者を対象にした完成披露上映会を現地で行ったのですが、みな初めての映画館体験だったそうです。でもみんな笑っていて、ずっとスマホで写真を撮っていましたね。「俺が出てるぞ!」みたいな。タイでブローカーに怒られるシーンなんて、「あいつ、怒られてる!」という感じでドカンと笑いが起きていました。



■北川喜雄撮影監督は「頼もしかった」

―――これまで撮影は岸建太朗さんでしたが、今回は濱口竜介監督作品でもお馴染みの北川喜雄さんが担当されています。かなり過酷な撮影だったと思いますが、いかがでしたか?

藤元:北川さんは英語が堪能なので、海外の照明クルーらとすごく意気投合していました。日本人の撮影監督がトップダウンで指示をするというスタイルではなく、技術チームのリーダーとしてロケ現場を引っ張っておられたので、とても頼もしかったです。

後は映画的なアングルを探す面でも素晴らしいですし、一方で映画的なことを置いて、シャフィとソミーラに寄り添い、この二人をどう撮るかという真剣さも持っておられましたね。


―――特に藤元さんからリクエストすることはなかったと?

藤元:シーンによりますね。北川さんもフィクションで手持ちカメラを使うのは多分初めてだと思いますので、それをどう映画の中で機能させていくかは一緒にディスカッションして撮影していきました。


―――映画文化にも触れられず、カメラで撮られるという緊張を強いられる状態で自然な演技をするのは、出演者のみなさんにとって難しかったのではないかと思いますが。

藤元:遠いところから子どもを映す、いわば盗み撮りのようなことはしないようにしました。きちんと子どもの目の前でカメラをどっしりと構えて、きちんと撮るという姿を見せる。最初はカメラのレンズを子どもたちに触られたりもしましたが、カメラがあることが日常になっていく撮影環境でした。実際にシャフィは初対面からカメラを意識せず、キリッともしない。むしろ「撮れば」ぐらいの感じで、決してカメラの前でもカッコつけたりしないんです。スマホ時代ですから、そんなにカメラが気にならない年代なのかもしれませんが。



■能動的に映画に参加する姿を見せた姉、ソミーラ

―――確かに、本当に自然体すぎるぐらいの自然体の姿を捉えているのも、この作品の魅力ですね。

藤元:ソミーラは最初から演技に興味を持っていたので、僕がOKを出したシーンでも「今のセリフはちょっと納得がいかないので、もう一度撮ってほしい」とリテイクを要求することがありました。そのようにソミーラが能動的に映画に参加する姿を弟の前で見せてくれたので、ありがたかったです。


―――辛い境遇での旅路ですが、姉弟と二人でなんとか切り抜けてやるというたくましさがビシビシ伝わってきました。

藤元:たくましさがありましたね。しかもソミーラにとってシャフィは実の弟なので、彼を守らなくてはいけないという兄弟愛がありましたし、僕らが描こうとしている物語の真剣さは絶対に伝播していたと思います。それに加えて、親から聞いていた難民としての旅の話を、映画出演を通して体験していく彼女の真面目さもすごく感じました。姉のソミーラが僕らに演技を褒められると、弟も「ぼくもやれる!」と奮起するんです。



■脚本には絶対に書けない純度のある言葉を受け止めて

―――奮起したというシャフィくんには、本当に魅了されました。

藤元:初長編の『僕の帰る場所』でも主人公の子どもを演出しましたが、4歳の子どもを演出するというのは今回が初めてです。しかも『僕の帰る場所』のときはセリフも動きも完全に自由だったのですが、今回はセリフあり、アクションありと覚えることもあった中、シャフィは一発OKで見事な集中力を見せてくれました。天才的な子どもですね。


―――過去作でも一般の人をメインキャストにして演出してきた積み重ねが、この作品にも活きた気がします。

藤元:シャフィとソミーラをキャスティングした時点でほぼ仕事は終わり、現場では二人の演技を見守るしかない。セリフのあるところはともかく、マンゴの木のエピソードのように、叔母が話すことにどんな反応をするのかなどは決めていなかったし、現場では彼らの話す言葉がわからないので、編集の段階でシャフィがこんなことを言っていたのかを知るんです。僕らが設定したある状況の中で彼らから感じたことや自然に発せられる言葉は素晴らしいし、僕が脚本には絶対に書けない純度がある。そういうものを僕らが受け止めていく撮影でした。そういうシーンとセリフや動きをしっかり固めたシーンとが混じるような撮影でした。



■僕が二人をキャスティングした時の感動が観客に伝播している

―――そのバランスがとてもいいですね。映画としての並々ならぬ強度があり、過酷な状況下にありながら、幼い姉弟が様々な大人の力を借りてなんとか前に進もうとする姿が尊い作品です。海外の映画祭や上映でも絶賛の嵐ですが、特にどんな感想が多いですか?

藤元:みなさん、まずおっしゃるのが「子どもたちが素晴らしい」「二人に会いたくなった」です。それはどの国、どの国籍の人もそうで、僕が最初にシャフィとソミーラをキャスティングしたときの感動が、同じ構図でスクリーンを通して観客のみなさんに伝播している。ほとんどの観客が、登場人物であるロヒンギャたちの背景事情を知らないと思いますが、まずは映っている人が好きになるのがすべての始まりだと思うのです。そこからストーリーや映画の背景、はたまた社会的なことへのアクセスが広がっていきます。その根幹であるシャフィとソミーラを気に入ってくれているのはすごくありがたいです。二人は舞台挨拶に同行できないけれど、その代わりに映画が垣根を超えて、いろんな人と彼らを出会わせてくれている。その事実が、今回の作品においては映画の力を一番感じる部分ですね。

(江口由美)



『LOST LAND/ロストランド』

2025年 日本・フランス・マレーシア・ドイツ 99分 

脚本・監督・編集:藤元明緒

出演:ムハマド・ショフィック・リア・フッディン、ソミーラ・リア・フッディン他

劇場:4月24日(金)よりkino cinema心斎橋、kino cinema国際松竹、ユナイテッド・シネマ岸和田、MOVIX京都、順次シネ・ピピア他全国公開

配給:キノフィルムズ

公式サイト:https://www.lostland-movie.com/

©2025 E.x.N K.K.