こういう人間の在り方、エネルギーの在り方があると思って観てほしい。 『シャルロット、すさび』岩名雅記監督インタビュー


在仏の舞踏家で映画作家の岩名雅記による長編最新作、『シャルロット、すさび』が、3月23日(土)よりシネ・ヌーヴォ(大阪・九条)で公開される。16年かけて構想したという本作は、フランスと日本で撮影を敢行。妻が自死し、失意のパフォーマーのカミムラ(成田護)と、パリの板ガラス屋で出会う朝子(高橋恭子)とのラブストーリーから始まり、物語は時空や場所を超え、衝撃のラストシーンへと結実していく。プロデューサー、脚本も務め、175分に及ぶ壮大な抒情詩に仕立て上げた岩名雅記監督がキャンペーンのため来日し、本作の狙いを語ってくれた。  


『あなたは生きているからそんなこと言える』 
市井の小さな恋物語が やがて神話的ともいえる壮大な叙事詩へと変貌を遂げていく。 

<あらすじ>
現代のパリ。自身のアート活動に深くのめり込んだ為に前妻スイコを失った日本人パフォーマ ー・Kは以前のようにシンバルを使ったパフォーマンスが出来ないていた。 初夏のある午後、K は公演に使う板ガラスを買うため13区トルビアックにあるガラス店を訪れる。そこでK は日本人の女主人 朝子(35歳)に出会う。何故かほろ酔いの朝子。 同じ日突然の雨でメトロ構内に入り込んだKが見たのは大勢の人ひとの視線にさらされるイタリア人のフリーク女性シャルロット(32歳)たった。「夢の中て逢いましょう」 と告げるシャルロット。その晩、Kはシャルロットとのエロティックなサイドショーの夢をみる。       

■映画監督志望から、オリジナルな舞踏にいきついた昭和時代。

 ――――岩名監督は舞踏家であり、長年フランスを拠点に活動されていますが、最初からその道を目指していたのですか? 

岩名:僕は大学卒業後、漠然と映画監督になりたいと思っていたのですが、昭和42年ごろ、映画6社制度が崩壊してしまったので、TBSでテレビの演出を志願しました。ただキー局に入ったものの、既に下請け会社が制作する時期に入っていたので(局にいても)意味がないと思い、退職してから演劇の道に俳優として入ったのです。いくつかの劇団に所属して7年ぐらい活動していたのですが、次第に芝居でのセリフのやりとりがしんどくなり、自分に向いていないと感じた。それならば、自分の体で表現するしかないと、単独で「名付けようのない身体行為」を始めました。 


――――衣装をつけない身体表現も含め、非常にオリジナリティにあふれる舞踏スタイルですが、日本にいるときからこのスタイルは確立していたのですか? 

岩名:本当にオリジナルな舞踏にいきついたのは85年ごろです。79年当時は裸体舞踏が一つの傾向として存在していました。最初は衣装をつけて、他の人の舞踊を真似ていましたが、もっと根源的なものに戻らなければいけないと考え、体を追求するスタイルになって裸体舞踏となりました。みなさんが想像している舞踊は、振り付けや、手足の動きや回転、ジャンプがあるような「形と動きを洗練する」ものだと思いますが、僕らはそうではなく、もっと体そのものを、そこに物のように置くということからやっていきました。 



■バブル絶頂の頃、日本にいるのが辛くなった。昔の至福の時代に戻りたくて渡仏。 

――――渡仏したことも含めて、岩名監督にとって一番の転機は?

岩名:僕は地味な指向性の人間ですから(笑)、今にして思えばバブル絶頂期の頃、だんだん日本にいるのが辛くなってしまったのです。自分にとっての文化的な背景は、戦争が終わって復興の後の7〜8年間。小学校高学年だった頃が、一番楽しい時期でした。基本的にみな貧しいので、お互いに助け合いながら生きてきましたし、物と心が乖離していなかった。物が少ない分、心が豊かだったのです。今の社会を見ると、貧富の差が大きくなるばかりですし、欲望といえば物欲ばかりに行ってしまう。そういう風潮が合わないのです。昔の至福の時代に戻りたいと思ったのですが、それが今になって思えば海外に出たきっかけだったと思います。 今住んでいるのはフランスの南ノルマンディ。農業地帯ですから、とてもゆったりと暮らせているのがいいですね。 


 ■平成の時代は「しっぺ返しの30年」

 ――――フランスに滞在している岩名監督から見て、平成の日本はどのように見えていたのですか? 

岩名:僕は敗戦の半年前に生まれ、昭和天皇が亡くなった年に日本を離れた、まさに昭和の人間なので、平成の日本を知らない。いわば「平成の不在者」なのです。僕が思うに、平成は「しっぺ返しの30年」だったと。至福の時代を経て、70年代に向かって高度経済成長期に入っていきます。その後日本があまりにも経済発展するものだから80年代後半にはアメリカに叩かれた時代もあって、平成に入るのだけど、人々は成長が止まっているにもかかわらず高度成長期の旨味が忘れられず、生活と意識の地固めをしないままきてしまった。そのツケが今回ってきていますよね。少子化問題、子どもへの虐待、政治倫理の腐敗などが何故こんなに頻繁に起こるのかと言えば、みんなの中に欲望しても以前のように獲得できない苛立たしさが出てきてしまっているからではないかと思うのです。今、大事にしなければならないことは、貧しくとも物と心のバランスを取り戻すこと。うまくいっていた時のことを、いつまでも信じていてはいけないと思います。 


――――構想から16年かけて、作り上げたそうですが。 

岩名:『シャルロット、すさび』を構想してから具体的に撮影するまで5〜6年かかっていますが、その前に、最初の妻が病気を苦に、自死してしまった。その時に自分自身の罪悪感から、記憶に留めておきたいと思い最初の映画『朱霊たち』を作りました。けれど映画の内容はプライベートのこととは全く関係のない純粋フィクションだったのです。その後3作目まで撮り、『シャルロット、すさび』ではじめて、妻の死の問題を具体的に書いてみたいと思ったのです。



 ■映像作家として福島を描けるのかと自問自答を繰り返した。 

――――本作の日本編では福島原発事故後の福島をモデルにした場所が登場しますが、その意図は? 

岩名:映画全体のバランスの中で、福島のシーンをどう扱うべきか。そこは反省すべき部分もあります。私自身が福島出身ではないですし、東日本大震災の時も僕はあくまで外からしかその状況を見ていない。それで映像作家として福島を本当に描けるのかと自問自答を繰り返していました。映画では、逃げることができる人は逃げてしまったけれど、政府からお金をもらえずに取り残されたよろず屋の老人とその孫娘は、地域から取り残され、孫娘が少し精神薄弱であり、そしてその二人が潜在的に性的な関係があることを匂わせていることから、二重三重に差別されてしまうのです。外部世界に受け入れてもらえない状況を増幅する関係としてこの二人のキャラクターを作りました。  


――――そのじっちゃんと孫のシーンは、ラブストーリーとは違ったちょっと飄々としたトーンになり、物語が軽やかになります。 

岩名:じっちゃんが登場するシーンは、僕の小学生時代と同じ昭和30年代という設定のパートで、日本人全体が貧しかった頃です。制作費の関係で実はよろず屋は僕の南ノルマンディにある自宅のガレージを改装して、石壁も木で覆い隠しました。撮影の半年ぐらい前から舞踏関係の友人に頼んで、少しずつ作りこんでいった代物で、日本で撮影したように見えるとしたら大変嬉しいですね。 



■強烈な印象を残すシャルロットは、同質性に疑問を投げかける存在。 

――――シャルロットの存在が強烈な印象を残しますが、彼女が象徴していることは? 

岩名:前半はラブストーリーのような展開をみせますが、テーマに通底しているところにはいつもシャルロットが出てきます。最後はある種の異生物になるのですが、人間のレベルの話から、その座標軸を外へと広げていくと、人間ではない動物や異生物にたどり着く。私たちはいつも座標の中心に人間を置いて、その中でまた差別を生み出していく。同じ国かどうか、同じ性かどうか、健常であるか否か、など。こうした差別による同質性/「われわれ意識」を打破して、世界を開いていきたい。シャルロットが最初ハンディキャップのある人間として出てくるのも、同質性「われわれ意識」に疑問を投げかけたかったからです。



 ■意識的に取り入れたガラスに、現代社会の不安定さを重ねて。 

――――朝子がガラス屋に勤めていたことや、二人がガラス板の上でセックスをするなど、ガラスが非常に重要なモチーフとなっています。 

岩名:撮影前に僕が実際に4ミリ、6ミリ、8ミリのガラス板で実験しました。4ミリだと乗っただけですぐ割れてしまうし、8ミリだとジャンプをしても割れない。だから映画で使うのは6ミリしかなかった。今の社会/世界はしっかりと足をつけて立っているように思っていても、床はガラスで、しかもその下は非常に不安定なコップみたいなものに支えられているだけなのです。ガラス板は映画の中で4箇所に登場します。最初は前妻スイコがガラス板の上に乗り、自殺するシーン。次はカミムラのガラス板上でのパフォーマンスです。そのDVDを見た朝子はそのパフォーマンスを意識して、逃避行した後、廃屋でコップの上に乗せたガラス板の上で愛を交わすことをカミムラに提案する。最後はシャルロットによる水中での鏡のシーン、このようにガラスをかなり意識的に取り入れています。


 ――――全編にわたってモノクロームですが、全体の中で2箇所だけカラーで描かれるシーンがあります。途中で麦畑の中に裸体の女性が立ちはだかるシーンも印象的ですね。 

岩名:朝子たちのような「人間」がいて、その少し外側にシャルロットがいる。そのシャルロットも含めて生命や宇宙の営みをずっと見ているのが、「アラビア少女」と名付けている麦畑の女性です。ただそこにいるだけ。麦畑から立ち上がったり、歩いたり、そこに沈み込んだりしている、神のしもべ、天使のような存在にしました。  



――――『カメラを止めるな!』にも出演されている朝子役の高橋恭子さんは、どういう経緯でオファーされたのですか? 

岩名:今の若い女優さんは(演じるときに)70年代と違って脱ぐ芝居をしないですね。だから、撮影前こういうシーンでこういうカットがあり、どんな角度から描くのかを一通り説明して了承してもらったのですが、実際現場に入るとやはり大変なこともありました。舞踏家は体が楽器ですから、裸になること自体は男女問わずそんなに抵抗がないのです。もちろんカラダそのものと性描写は別物ですが。ともかく現場に入って、舞踏家との違いが分かりました(笑)。 


――――パリの街並みや、ムーラン・ルージュやサクレ・クール寺院付近も出てきますが、岩名監督がパリで好きな場所は? 

岩名:元々フランスは移民が集合して作った国ですが、サクレクール寺院から数百メートル離れた20区の、ある地域(カルティエ)へ行くと、アフリカ、アラブからやってきた人が住んでいる場所があり、好きな場所ですね。あとは、マレー地区(サンポール駅の北)もエキゾチックで好きです。移民した人たちが住んでいるようなゲットー(元々はユダヤ人の強制居留区の意味)みたいな場所が僕は好きなんですよ。ちょっと阻害された人たちが、ひっそりと、でも仲間内で楽しくやっているという場所ですね。フランスのいいところは、そういう場所が認められていること。一番嫌なのは、日本のビジネスマンが集まっているようなオペラ座界隈。あのあたりに行くと、逃げ出したくなってしまう(笑) 


――――ちなみに、どんな映画監督から影響を受けたのですか? 

岩名:僕はデンマークのイングマール・ベルイマンや、カール・テオドア・ドライヤーなど、キリスト教的な文化、神的なものへの憧れがあるのかなと思います。最近では、タル・ベーラの『ニーチェの馬』など、彼の画面や時間性が好きです。人物が画面から立ち去ったあとも延々と用もなく取り残された風景を映し出す。今回の僕の映画はそれとは真逆ですが。日本だと成瀬巳喜男の『稲妻』などは、もう何度でも見たくなります。ブレーク・エドワーズの「ティファニーで朝食を」みたいな映画も好きです。 



 ■平成の時代に暴力やエロのエネルギーがなくなってしまったのは、社会の問題。 

――――最後に、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いいたします。 

岩名:僕は戦争が終わる半年前に生まれ、今年で74歳になりました。戦後、皆が貧乏だった時期の後に高度成長期を迎え、更にバブル時代からその崩壊があって、平成のしっぺ返しの時代に入っていくわけです。当然のことですが今、日本に住んでいる若い人は今しか見えません。ある程度年齢を重ねた人間から見れば、かつては存在していたエロや暴力が何故消えてしまったのかと思うでしょう。若松孝二さん、大島渚さんが亡くなってしまったことはある意味で象徴的なことで、その世代で日本映画や社会文化状況が切れてしまう。平成の時代に暴力やエロのエネルギーがなくなってしまったのは閉塞的な日本社会の問題です。そういうものを今一度考え直してみようとするときに、この映画を見て、「なんだ、この映画は?」と遠ざけてしまうのではなく、「こういう人間の在り方、エネルギーの在り方もあるのか」と思って見て欲しい。僕と同世代の人なら共感してくれるかもしれませんが、こういうエロや暴力の世界を知らない若い人たちが、この映画を生活や意識の糧にしてくれればうれしいですね。  



<作品情報> 

『シャーロット、すさび』“Solitary Body”製作 

(2017年 日本=フランス 175分)  

監督・脚本・プロデューサー:岩名雅記 

出演:クララ・エレナ・クーダ、成田護、高橋恭子、大澤由理 

2019年3月23日(土)~シネ・ヌーヴォ 

★連日、岩名雅記監督来場予定 

公式サイト→ http://www.iwanabutoh.com/film/susabi/indexJP.html  



Cinemagical シネマジカル

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