奈良はファンタジー要素がたくさんあるスーパー空間。 『かぞくわり』塩崎祥平監督インタビュー


民俗学者・折口信夫の「死者の書」をモチーフに、崩壊の危機に直面した家族の再生を描く塩崎祥平監督(『茜色の約束』)の最新作『かぞくわり』が、4月5日(金)よりシネマート心斎橋、4月13日(土)よりシネ・ヌーヴォX他で全国順次公開される。 絵の才能がありながら、今は無味乾燥な日々を送っている主人公香奈には出演作『二階堂家物語』『あの日のオルガン』が続々と公開されている陽月華。香奈が生まれ持つ運命に気づいたが故に香奈の才能を封じてしまった父親役に小日向文世、マルチ商法にはまり、お金に執着する母親役に竹下景子が扮する他、香奈の影響受ける樹月役で、人気上昇中の木下彩音が初々しい演技を披露。奈良ならではの穏やかな風景と、歴史を感じる佇まいの中、奈良が都だった時代から現在、未来へと時空を駆ける、驚きいっぱいのファンタジーだ。 ロケから制作体制までオール奈良で行なったという本作の塩崎祥平監督に、お話を伺った。



 ■自分の境遇に重ね、奈良の住宅街、核家族に焦点を当てた作品に。 

――――塩崎監督は、奈良出身で、高校卒業後すぐにアメリカの大学で映画を学んでおられますが、小さい頃から映画好きだったのですか? 

塩崎:奈良は映画館が少なくて、映画といえば日曜洋画劇場ぐらいなので、そこまで身近なものではありませんでした。もともと絵を描いたり、写真を撮ったり、バンド活動で音楽に入り浸ったりと表現することは好きだったんです。高校の時、初めて映画館に行き、リメイクされた『きけ、わだつみの声 Last Friends』を観たのですが、当時の僕にはあまり面白いものではなかったので、観客の顔ばかり観ていました。暗闇に2時間も人を座らせ、そこに喜怒哀楽が映し出される。その映画体験は、僕にとってまさに「なんてこった!」状態。今から思えば映画監督を志したのはこの時からだったと思います。 


――――アメリカの大学で最初に「映画を作るとき、人生と切り離せない物語を書くことからスタートしなさい」と言われたそうですが、本作は塩崎監督の人生を反映している部分があるのですか? 

塩崎:奈良で映画を作ること自体もそうですし、住宅街に焦点を当てたのも、核家族を描いたのも、僕自身の境遇に重ねています。それに加えて、奈良の土地であったり、「死者の書」もこの作品を書く前に縁がありましたので、自分の知っている世界ですね。 



■重要なモチーフ「死者の書」と、『かぞくわり』脚本秘話。 

――――「死者の書」を映画化した人形アニメーション作家、川本喜八郎さんに師事していたとのことですが、実際にどんなことを学んだのですか? 

塩崎:川本先生が作るものに直接携わりましたし、渡された短編小説を脚本化したり、映画『死者の書』の予告編も任せていただきました。先生の中でも色々なプロジェクトがあり、それを実現していくための一スタッフとして、色々とさせていただきました。志半ばで亡くなられたので、どれも実現には至りませんでしたが、川本先生は今でも海外ではアニメーターとして有名で、海外の作家さんと一緒にプロジェクトへ参画することもありました。 


――――映画の中でも「死者の書」にまつわる物語が強い印象を残しますが、元々、家族の物語の中に入れるつもりでしたか? 

塩崎:川本先生がかつて「死者の書」の世界は人形でなければ表現できないとおっしゃっておられたので、この要素を入れるとか、実写化するつもりは全くありませんでした。ただ導かれるようなところはありました。家族の物語として脚本を書いている時に、二上山に登ったことがあるのですが、その時、川本先生や「死者の書」のことを思い出したのです。ベットタウンが麓に並んでいるので、ここを舞台に「死者の書」を取り入れたらどうなるだろうかと。この土地には二上山があり、そこにまつわる大津皇子がいる。お寺には中将姫がいて…と少しずつ「死者の書」を意識していくうちに、そこから思いっきり(脚本を書くのに)苦しむことになりました(笑)。 


――――奈良時代の物語を現代に置き換えたわけですね。具体的に「死者の書」の中将姫や大津皇子をどのように現在のキャラクターに反映させたのですか? 

塩崎:家族のキャラクター設定や、それらがどう動いていくかは考えていたので、そこに中将姫=天才的な画家という要素にして入れていくと、「死者の書」をあまり意識せず、ふわっと流れてくる要素をその中に組み入れられ、香奈というキャラクターに反映させられるのではないかと思いました。また、実際にすごくイケメンでミステリアスな清掃業者の方がいらっしゃり、色々と想像を掻き立てられたことが、清治(大津皇子)というキャラクターに繋がっています。


 ■地元の心霊スポット、地下壕からのインスピレーションと、穴での営みに込めた思い。 

――――なるほど。あと清治が見事な香奈を連れていき、創作活動を再開する場所となる見事な地下壕があるのにも驚きました。 

塩崎:実際に地下壕があります。本当に「こんなもんがあったら、『死者の書』の話が描けてしまうやんか。やめて〜〜〜!!!」みたいな感じで、どうしても描きたくなってしまいました。地元では心霊スポット、肝試しスポットとして有名な場所で、色々な逸話もあります。家族の物語を描くにあたり、絵の道を断たれ、今は40歳を前に無気力な主人公が、新しい家族を作り、命を繋いでいこうとするのか。新しい命を育みたいと思うのか。穴というのは、産道という意味も込めています。家族を物語る上で「死者の書」を少しずつ僕の中で、消化していく中の一つの要素でもありました。 


――――穴の中には織り機もあり、その新しいキャンバスに再び絵に取り組んできた香奈が、見事な絵を描いていきます。 

塩崎:曼荼羅というのも、縦と横の糸で織り成したものです。横の糸は時間軸で、縦の糸が家族の血(家系)、それが織り成され、一つの家族になる。それが曼荼羅だという学者もおられるのですが、つまりたくさんの家族のかたまりが曼荼羅で、それが極楽浄土を描いている。なんちゅうこっちゃ!という驚きがありますよね。 


――――香奈をはじめ、最後は一家全員が穴に集まって家族の営みを行う一方、そこで清治が中心となり、街をリセットするような作戦準備が行われている秘密のアジトでもありました。穴で様々な営みが行われていることを見せた意図は? 

塩崎:とにかく生きるということを最低限度の条件とし、家族を描く上でそこまで掘り下げてみたいという気持ちがありました。また映画で描いたオカルト的な集団については、やはり社会に絶対に出てきてしまうもので、オウム真理教もそういう流れから出てきたものですから。カリスマ性のある人について行くと、いつの間にか宗教団体のようになり、ついて行った本人がその団体から逃れられなくなってしまうのです。  


――――清治のリセット願望は、「死者の書」でも描かれた奈良時代、非業の死を遂げた大津皇子の恨みの表れでもありますね。 

塩崎:清治の願望は、大津皇子と完全にマッチします。大津皇子という存在が、カリスマ性があり、頭も良く、人望もあり、人が集まってきていた。何かをしようとしていたかもしれない中で、それを疎ましく思う人によって殺されてしまった訳です。どの時代にもいる悲劇的運命を背負った人間を象徴させている意味もありますね。 



■陽月華さんは「最後はお姫様のように輝く女性になっていくヒロインを体現できる」 

――――主演の陽月華さんは、奈良県天理市を舞台にした『二階堂家物語』(アイダ・パナハンテ監督)にも出演されていましたが、セリフが少ない中、変わっていく香奈を見事に表現されていましたね。キャスティングはどのように行ったのですか? 

塩崎:香奈は最初、心を閉ざしていますが、最後はお姫様のように輝く女性になっていくので、そういう変化を表現できる女優さんを探しました。キャスティングプロデューサーが出してくれたリストから、色々な方の舞台を見に行き、僕の中で陽月さんがいいのではないかと思ってオファーさせていただきました。  


――――小日向さんが演じる父親は、母、姉妹、姪っ子という女だらけの家族の中で、懸命に頑張る父を柔らかく演じていました。しかも、香奈が小さい頃も自ら演じる熱演ぶりです。 

塩崎:核家族の定年後のお父さんあるあるを演じていただきました。若い頃も演じていただいたというのは、気になる人は気になるし、気にならない人は全く気にならない。不思議ですね(笑) 


――――一方、竹下景子さんは、お金に執着する母親を熱演しています。今まで見たことのないような振り切った演技で、脚本を見て即OKだったそうですね。 

塩崎:竹下さんは、「若い頃を演じなくて本当に大丈夫なの?だって小日向さんもやるんでしょ?」とおっしゃってくださったのですが、そこは「ぼくの狙いですから」と丁寧にお断りしました。本当にノリノリで演じてくださって、どこまでもいってしまうので、こちらが止めなければいけないぐらいでした。  


――――家族の中に出戻りの妹・暁美、その娘・樹月が加わることから、今まで当たり前だった堂下家の日常が変化していきます。特に香奈に共感を覚えるようになる樹月の存在が大きく、演じた木下彩音さんも魅力的でした。

塩崎:暁美が親に甘えている香奈に対して放つ言葉は全うであり、家族に波紋を広げる役割を果たしています。樹月はお客さん目線でいる唯一のキャラクターです。彼女が色々見て、そのあり方に疑問を覚えながらじっと見ているところから始まり、成長期に香奈のような存在に出会うことで、好奇心をそそられる。樹月を演じた木下彩音さんは初演技だったので、まずは演技を学ぶところからはじめてもらいました。プロの俳優さんだけではなく、演技初心者のいる方が、うまく調和していくこともあるのです。特に家族の物語で、誰もが心配になるような存在が入ると、小日向さんや竹下さんもその場をなんとかしようと声かけしてくれたりします。僕自身も、俳優ではない人と作品を作るのが好きなタイプですから。  


■海外ではスタンダードなLLPという形態は、誰でも出資・参加できる自由さが魅力。 

――――この作品は、かぞくわりLLP(かぞくわり有限責任事業組合)により制作されています。このLLPについて教えていただけますか? 

塩崎:10年ほど前、今までの有限会社は作れなくなり、株式会社のみになったのですが、株式会社まではいかなくても、何かを共同で開発したいとか、地域おこし的なものに取り組みたいという時にできたのがLLPで、それを映画づくりにも適用させたのが今回のかぞくわりLLPです。日本の映画では僕のしっている限りは3〜4例目ぐらいですが、中には地域の人たちのお金を集めさせるため製作委員会の中に作られたものもあるので、LLPが全部の権利を持ち、それを活用して映画づくりを行うという本来の形で運営しているのはほとんどない。その一つが、かぞくわりLLPです。LLPは誰でも出資ができますので、個人でも会社でも参加できる自由さがあります。  


――――かぞくわりLLP発足時の声かけは塩崎監督自らがされたのですか? 

塩崎:そうですね。映画のテーマに沿った仕事や活動をされている方、映画の製作に必要な仕事や事業をされている方に声をかけ、20名が集まり、それぞれが同額出資をして立ち上げました。中には主婦の方で、学生時代にテレビや映像制作をしたかったという夢を今回、叶えたような方もいらっしゃいます。  


――――発足後も、運営する力が必要ですね。 

塩崎:相当要りますので、大変ですし、ほとんどの人はやりたくないと思います。でもきちんと機能すればすごく有用ですし、アメリカやヨーロッパではLLPで作っている作品がほとんどです。製作委員会という形は日本独自のものですから。今回は奈良の地域に住む、もしくは活動している人たちとだけで作り、皆でお金を集め、配給することを目指しました。 



■建物、仏像など古いものがふとしたところにある奈良にこだわって。 

――――本当に、メイド・イン・奈良の作品です。そこまで奈良にこだわって映画を作る理由は? 

塩崎:僕はファンタジーの世界が好きで、奈良はファンタジーの要素がたくさんある場所なのです。古い建物や仏像からこみ上げてくるものから想像すると、ファンタジーさを感じます。それがふとしたところにあるので、気づいた瞬間にすっと色々なものが自分の中で広がっていくワクワク感があるんです。今回は時代を遡ったり、時空を超えたりしましたが、それも奈良だからということで成立できてしまう。スーパー空間なのです。  


――――『かぞくわり』は家族を守るということがテーマですが、監督がこれから守りたいものは? 

塩崎:創作をする場所と、それができる頭ですね。自分の中では常に持ち、絶やすことのないようにしたい。映画づくりをしたい人たちが集まれる場所を持続させていきたいですね。今回初めてLLPをやっていますが、次にするときはその経験を活かしてグレードアップした形にし、もっと人が集まりやすいようにしたい。仕組みさえ分かれば他にも活用できますので、そういう場所を守っていきたいですね。 

(江口由美)



 <作品情報> 

『かぞくわり』 (2018年 日本 129分)  

監督・脚本:塩崎祥平 

 出演:陽月華、石井由多加、佃井皆美、木下彩音、竹下景子、小日向文世他 

2019年4月5日(金)~シネマート心斎橋、4月13日(土)〜シネ・ヌーヴォX他全国順次公開 


※シネマート心斎橋にてトークイベント決定!

4月5日(金)18時30分の回上映前 舞台挨拶 

  登壇:花*花(主題歌担当)、塩崎祥平監督  

4月6日(土)9時50分の回本編上映後 

  ゲストトーク <アートの世界を通して観る映画「かぞくわり」> 

  登壇:服部滋樹さん(graf)、塩崎祥平監督  

4月7日(日)9時50分の回本編上映後 

  ゲストトーク <劇中画を通して観る映画「かぞくわり」、来場者プレゼント付きトークイベント> 

  登壇:弓手研平さん(劇中画担当)、塩崎祥平監督 

4月8日(月)18時30分の回本編上映後 

 ゲストトーク <かぞくわりスポンサー、近畿刃物工業株式会社、阿形清信社長アフタートーク> 

 登壇:阿形清信社長、塩崎祥平監督  

4月11日(木)18時30分の回本編上映後 舞台挨拶 

 登壇:高見こころさん、塩崎祥平監督