在米ジャーナリスト菅谷明子さんがニューヨーク公共図書館と映画の魅力を語る。大阪市立中央図書館×映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』トークイベント。
世界で最も有名な図書館の一つであり、観光名所としても有名なニューヨーク公共図書館本館。地域分館(88館)と研究図書館(黒人文化研究図書館、舞台芸術美術館を含む4館)を合わせた92のネットワークを誇るニューヨーク公共図書館に密着し、図書館活動の様子やその舞台裏を余すところなく映し出す映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が、現在東京で大ヒット上映中だ。 ドキュメンタリーの巨匠、フレデリック・ワイズマン。ナレーションなし、テロップなし、音楽なしのスタイルを貫くワイズマン監督が映し出す図書館の日々は、地域の人々の生活に密着し、彼らにとってなくてはならない場所であることを痛切に感じさせる。
関西では6月21日(金)からテアトル梅田、6月29日(土)から京都シネマ、7月6日(土)から元町映画館で公開されるのに合わせ、6月16日(日)、日本最大規模の公立図書館、大阪市立中央図書館にて「借りるだけではもったいない!『もっと』使える!図書館」が開催された。300席の定員が満席になるのは非常に珍しいという盛況ぶりを見せた本イベント。図書館関係者はもとより、今回初めて大阪市立中央図書館を訪れたという人も多く、映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』や図書館最新事情に対する関心の高さを伺わせた。
1996年から継続して貴重資料のデジタル化と館内公開を行なっていることが評価され、2017年度にLibrary of the Year優秀賞を受賞した大阪市立中央図書館の三木信夫館長によるご挨拶、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』予告編とダイジェスト上映の後、「未来をつくる図書館〜ニューヨークからの報告」著者で、在米ジャーナリスト/ハーバード大学ニーマン・ジャーナリズム財団役員の菅谷明子さんがスカイプで本作およびニューヨーク公共図書館の魅力や存在意義を語った。その様子をご紹介したい。
■「これが図書館なのか!」という感動が執筆の動機に
菅谷さんは自らがフリーランスとなり、組織にいないとデータベースにすらアクセスできないことを痛感してニューヨーク公共図書館に通い始めた時、無料でデータベースが使えるだけでなく、病気の人のための医療情報や起業する人のための情報など幅広いサービスが提供され、「これが図書館なのか!」と感動したことが本を執筆するきっかけになったという。
「自分の解釈したものを伝えるのではなく、自分が見たり体験したものを共有していただくものにしたいという思いで、書き込まずに(解釈の)空白があるというのは、ワイズマン監督とスタイルが似ています。図書館のイメージに対する創造的破壊、つまり、図書館でこんなこともできるということを伝えたかった」
■映画では、社会的に支援を必要としている人に対する地域密着の分館での取り組みにフォーカス
ワイズマン監督作品との視点の違いについて、菅谷さんは
「ニューヨークはとても格差が多く、情報を必要としている人に対して、ニューヨーク公共図書館が担っている部分は非常に大きい。ワイズマン監督は、地域密着した分館にフォーカスし、社会的に支援が必要な人に対し、様々な取り組みをしていることによりフォーカスしています」と指摘。さらに、情報社会、情報過多と言われながら、本当に必要な情報は依然として足りない状況にも触れ、いかに情報を使うかという利用教育に力を入れていることにも言及。
「ワイズマン監督はいかに生計を立て、生活していくかという民主主義の基本的なところにフォーカスをしている。その場合、情報って何なのか、情報社会の中で書籍はどのような位置付けなのかという視点で描いている」と、ワイズマン監督視点への考察を加えた。
■情報社会における知のインフラとは?
メディア研究が専門の菅谷さんは、ニューヨーク公共図書館を通して、情報社会における知のインフラについても考察したという。
「日本の図書館はすでに出版されたものを集めて保管し、それを利用者に提供していることを中心に行なっているが、ニューヨーク公共図書館の舞台芸術図書館は情報を自分たちで作っている。例えば、舞台芸術は本にするのが難しいが、舞台のセットや体の動きなどを図書館自らがビデオをとり、保管して貸し出したり、芸術で秀でている人たちにインタビューして書籍にするなど、多様な取り組みを行っている。すでにある情報も大事だが、どんなものを生み出していけば、次の創造に結びつくかを考えたサービスを行っているのは、私の中でも興味深い」と、情報提供から一歩進んで、次の創造に結びつく情報を図書館自ら作り出していることの意義を語った。
■アメリカに「民主主義の砦のような場所が100年以上もある」という安堵感
今、東京で連日長蛇の列ができる大反響を呼んでいる状況について、
「図書館はほぼ誰もが行ったことのある馴染みのある場所。図書館はこういう場所だと思っているのと全く違うコンセプトで、全く違うサービスが行われている場所があるんだ!というポジティブな驚きを呼んだのが大きいと思う」と分析した菅谷さん。さらに、
「図書館の映画ではあるが、図書館だけではなく、図書館をケーススタディにした民主主義のあり方を描いている。ニューヨーク公共図書館のスタッフは、どんな市民に対しても同じようなサービスを無料で提供するために闘ってくれている。日本でもないわけではないが、改めて民主主義というものにあらためて目を開かされる」と映画の本質について言及した。特に日本では トランプ政権が誕生してからアメリカのネガディブな部分がフォーカスされていることに触れながら、
「トランプ政権は移民政策をはじめ、ある意味ニューヨーク公共図書館と対局の政策を打ち出しているが、実は民主主義の砦のような場所が100年以上あるという安堵感がある。ニューヨーク公共図書館はアメリカのもう一つの面。この図書館があれば、アメリカはまだ大丈夫だと思える」とニューヨーク公共図書館の存在意義を語った。最後に
「日本も終身雇用が崩れ、高齢化、共稼ぎ家庭、学校教育の課題など、社会問題が山積みする一方、これまで当たり前だと思っていた様々な支援がなくなってしまうだろう。そんな中、ニューヨーク公共図書館のように、いつでも誰でも全力で支援してくれる組織があるということも、本作に共感や理想を見出し、支持される理由ではないか」
と結び、社会の転換期である日本において、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』の示す民主主義を体現する組織がいかに大事であるかを強く訴えた。
※ニューヨーク公共図書館の予算削減に反対するキャンペーンをオンラインで展開中。
■図書館は社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)に馴染む
菅谷さんによるスカイプトークの後は、奈良大学教授/前瀬戸内市民図書館館長の嶋田学ぶさんと大阪市立中央図書館職員/日本図書館協会認定司書の澤谷晃子さんが登壇し、潜在的欲求や地域の特性を取り入れながら、図書館が今の時代の中で求められる情報をどう発信していくかについて、事例を交えてのトークが行われた。
中でも興味深かったのは、コミュニティ拠点としての図書館の役割。
- 図書館でウィキペディアタウンを編集(異世代と交流しながら地域の情報を豊かに)
- 定年後の夫婦の悩みを共有するコミュニティ(妻だけより、夫婦で出かける方が効果的)
- 育児をする父親のコミュニティ(父子読み聞かせイベント)
など実際の取り組みが語られた。 さらに昨今問題になっている大人の引きこもりについても、嶋田さんは劇作家平田オリザさんの
「引きこもりの方も、コンビニと図書館には行けるという人がいる」
という言葉を引用しながら、図書館が社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)に馴染むと指摘。「図書館は色々なものを抱えている人が行きやすい場所であり、その人たちが欲しい情報を作ること」がこれからの図書館に求められることを示唆した。最後に、図書館スタッフには「来館している方、一人一人の方の物語に思いをはせる。資料提供から一歩進んだ取り組みを」、そして来場客には「図書館体験を語り合っていただき、図書館を育てていただきたい」と呼びかけた。
<作品情報>
『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』“EX LIBRIS - THE NEW YORK PUBLIC LIBRARY” 2016年 アメリカ 205分
監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン
劇場:2019年5月18日(土)〜岩波ホール、6月21日(金)〜テアトル梅田、6月29日(土)〜京都シネマ、7月6日(土)〜元町映画館他全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ
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